句集別飯田龍太100句 萬燈ゆき選

デジタル句集

俳句 季語 出典
春の鳶寄りわかれては高みつつ 春の鳥 百戸の谿
紺絣春月重く出でしかな 春の月 百戸の谿
抱く吾子も梅雨の重みといふべしや 梅雨 百戸の谿
わが息のわが身に通ひ渡り鳥 渡り鳥 百戸の谿
花栗のちからかぎりに夜もにほふ 栗の花 百戸の谿
露草も露のちからの花ひらく 露草 百戸の谿
天つつぬけに木犀と豚にほふ 木犀 百戸の谿
春すでに高嶺未婚のつばくらめ 百戸の谿
いきいきと三月生る雲の奥 三月 百戸の谿
満月に目をみひらいて花こぶし 辛夷 百戸の谿
山河はや冬かがやきて位に即けり 百戸の谿
強霜の富士や力を裾までも 百戸の谿
新米といふよろこびのかすかなり 新米 百戸の谿
大寒の一戸もかくれなき故郷 大寒 童眸
雪の峰しづかに春ののぼりゆく 童眸
灯の下の波がひらりと夜の秋 夜の秋 童眸
秋冷の黒牛に幹直立す 冷やか 童眸
枯れ果てて誰か火を焚く子の墓域 冬枯 童眸
湯の少女臍すこやかに山ざくら 山桜 童眸
晩年の父母あかつきの山ざくら 山桜 童眸
裸子にかすかな熱の竈口 童眸
山碧く冷えてころりと死ぬ故郷 冷やか 麓の人
雪山のどこも動かず花にほふ 麓の人
手がみえて父が落葉の山歩く 落葉 麓の人
桔梗一輪死なばゆく手の道通る 桔梗 麓の人
亡き父の秋夜濡れたる机拭く 秋の夜 麓の人
緑陰をよろこびの影すぎしのみ 緑陰 麓の人
生前も死後もつめたき箒の柄 冷たし 忘音
亡き母の草履いちにち秋の風 秋風 忘音
父母の亡き裏口開いて枯木山 枯木 忘音
同じ湯にしづみて寒の月明り 寒月 忘音
子の皿に塩ふる音もみどりの夜 新緑 忘音
どの子にも涼しく風の吹く日かな 涼し 忘音
きさらぎは薄闇を去る眼のごとし 如月 忘音
春暁の竹筒にある筆二本 春暁 忘音
雲のぼる六月宙の深山蝉 六月 春の道
白菊に遠い空から雨が来る 春の道
一月の川一月の谷の中 一月 春の道
雪の日暮れはいくたびも読む文のごとし 春の道
枯れはてて濯ぐうしろは山ばかり 冬枯 春の道
白い肌着のなかの膚の小六月 小春 春の道
しんかんと栄螺の籠の十ばかり 栄螺 春の道
蜆売りしばらく仰ぐ大手門 春の道
釣鐘のなかの月日も柿の秋 春の道
騒然と柚の香放てば甲斐の国 柚子 春の道
鷹とほる柿爛熟の蒼の中 春の道
銀鼠色の夜空も春隣り 春近し 春の道
炎天のかすみをのぼる山の鳥 炎天 春の道
大鯉の屍見にゆく凍のなか 冱つ 山の木
冬深し手に乗る禽の夢を見て 冬深し 山の木
薬草の一束揺れる神無月 神無月 山の木
ふるさとは坂八方に春の嶺 春の山 山の木
眠る嬰児水あげてゐる薔薇のごとし 薔薇 山の木
かたつむり甲斐も信濃も雨のなか 蝸牛 山の木
元日や忘れられゐし白兎 元日 山の木
雛を掌に乗せて霞の中をゆく 山の木
白梅のあと紅梅の深空あり 紅梅 山の木
黒猫の子のぞろぞろと月夜かな 山の木
三伏の闇はるかより露のこゑ 三伏 山の木
偽りのなき香を放ち山の百合 百合の花 山の木
枯山の月今昔を照らしゐる 冬の山 山の木
貝こきと噛めば朧の安房の国 山の木
春の雷ひびく赤子の六腑かな 春の雷 山の木
たのしさとさびしさ隣る滝の音 山の木
水澄みて四方に関ある甲斐の国 水澄む 山の木
冬の雲生後三日の仔牛立つ 冬の雲 山の木
別の桶にも寒鯉の水しぶき 寒鯉 涼夜
かるた切るうしろ菊の香しんと澄み 歌留多 涼夜
鳴く鹿のこゑのかぎりの山襖 鹿 涼夜
朧夜の船団北を指して消ゆ 涼夜
海鼠噛む遠き暮天の波を見て 海鼠 涼夜
梅漬の種が真赤ぞ甲斐の冬 涼夜
存念のいろ定まれる山の柿 今昔
齊粥仮の世の雪舞ひそめし 七種 今昔
葱抜くや春の不思議な夢のあと 春の夢 今昔
柚の花はいづれの世の香ともわかず 柚の花 今昔
去るものは去りまた充ちて秋の空 秋の空 今昔
返り花咲けば小さな山のこゑ 帰り花 今昔
裏富士の月夜の空を黄金虫 金亀子 今昔
鹿の子にももの見る眼ふたつづつ 鹿の子 今昔
良夜かな赤子の寝息麩のごとく 良夜 今昔
鳥帰るこんにやく村の夕空を 鳥帰る 今昔
朧月露国遠しと思ふとき 朧月 山の影
鏡餅わけても西の遙かかな 鏡餅 山の影
龍の玉升さんとよぶ虚子のこゑ 龍の玉 山の影
月夜茸山の寝息の思はるる 月夜茸 山の影
鶏鳴のちりりと遠き大暑かな 大暑 山の影
凧のぼるひかりの網の目の中を 山の影
おのがこゑに溺れてのぼる春の鳥 春の鳥 遅速
闇よりも山大いなる晩夏かな 晩夏 遅速
鶏鳴に露のあつまる虚空かな 遅速
白雲のうしろはるけき小春かな 小春 遅速
初燕木々また朝をよろこべり 遅速
千里より一里が遠し春の闇 春の闇 遅速
涅槃の日鰻ぬるりと籠の中 涅槃会 遅速
茅舎の死ある夜ひとりの夏座敷 夏座敷 遅速
百千鳥雌蕊雄蕊を囃すなり 百千鳥 遅速
涼風の一塊として男来る 涼風 遅速
炎天の鹿に母なる眸あり 炎天 遅速
厭な風出て来し山の木の実かな 木の実 遅速
落葉の夜歌仙これより恋の部へ 落葉 遅速