毎年、国内外で山桜1000万本植樹計画を進めています。植樹場所は国内外の個人、法人、自治体などの所有地です。この活動を広めるために1口=1,000円の「山桜基金」を募集しています。郵便振替用紙に口数を明記のうえ、お振り込みください。


      なぜ、山桜か

長谷川 櫂      *

桜はこの国でもっとも華やかな花であり、古くから歌に詠まれ、絵に描かれてきた。紫式部は『源氏物語』のなかで、光源氏の最愛の紫の上を山桜にたとえてこう描写する。

気高く、清らに、さと匂ふ心地して、春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲きみだれたるを、見る心地す。(『源氏物語』野分)

この樺桜が山桜のこと。

しきしまのやまと心を人とはば朝日ににほふ山ざくらばな 本居宣長

本居宣長は日本人が古くから桜に対して抱いていた思いをそのまま一首の歌にした。ここで山桜にたとえられる大和心は、その字のとおり大らかに和する心。「もののあはれ」を解する和心のことだった。
ところが、戦争を遂行した時の政府は大和心を猛々しい大和魂にすり替え、山桜をその象徴に仕立てた。戦争に動員されたのは人間ばかりではない。桜も富士山も動員されたのである。
戦争が終ったとき、日本人の多くが戦争と同じく桜や富士を憎んだとしても何の不思議があろう。桜を詠む気にはなれない、詠んではいけないと思う人々が大半を占めていたのだ。

さまざまの事おもひ出す桜かな      芭蕉

芭蕉のこの句も、桜の花を見るたびに戦争を思い出すという意味にしか解しようがなかった。
その戦争から六十年が過ぎた。桜に対するわだかまりもようやく解けようとしている。戦後に生れた人間は、戦争によって桜のこうむった傷を治す役割り、日本人が昔のように桜を晴れ晴れと愛でることができる時代にする役割りを負っているのではなかろうか。(「六十年後の桜」から抜粋)


第1回 2008年5月18日 新潟県加茂市、雙璧寺 120本

第2回 2009年10月12日 韓国仁川市、仁荷大学構内 3本

第3回 2009年11月15日 熊本県天草市本渡町 100本

第4回 2009年12月6日 京都市芹生、個人宅 10本

第5回 2010年3月27日 熊本市、熊本保健科学大学構内 101本

第6回 2010年10月10日香川県さぬき市、志度寺など 30本

第7回 2011年10月26日 東京都大田区、せせらぎ公園他 25本

第8回 2013年2月20日東京都小平市 3本

第9回 2013年3月24日長崎市ハウステンボス 100本

第10回 2014年5月25日長崎市ハウステンボス 100本

第11回 2015年4月5日長崎市ハウステンボス 61本

第12回 2016年3月27日江東区役所 3本

植樹合計656本