2月3日(土)節分の日、第13回「きごさい+」が神奈川近代文学館で開催されました。カステラという身近なお菓子から、はるか大航海時代の南蛮貿易、南蛮文化の世界へ旅をしたような充実した講座でした。講師の岡美穂子先生のレポートをご覧ください。
《講座》「桃山時代の日本食文化の転換 ヨーロッパとの邂逅から」岡美穂子(東京大学 史料編纂所 准教授)
本日のお話は長谷川櫂先生のご著書『和の思想』に記されていることと、かなり通じる部分があるお話です。日本の文化は、私たちが日常的にさほど意識していなくても、実はかなり海外との交流の蓄積から成り立っている部分があります。昔から交流のある中国や朝鮮半島といった、東アジアの近隣地域から渡ってきた文化を基幹にしているところも当然多くありますが、衣服や食物といったところに目を向けていると、16・17世紀に交流のあった南蛮の地域(いわゆるスペイン・ポルトガル)との交流の痕跡を、かなり様々な形で見ることができます。今日はとくに、大航海時代の世界と日本の交流が日本の食文化にどのような影響を与えたのか見ていきたいと思います。
ポルトガル人が日本に伝えた「南蛮菓子」というと、やはり最も身近なものに、「カステラ」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。私の本来の専門は南蛮貿易ですが、長崎に本店のあるカステラ本家福砂屋から創業390年記念の冊子を「南蛮貿易とカステラ」というテーマで作るために、委託研究のご依頼を頂いて以来、南蛮との交流を通じた日本の食文化の変化に関心を持っています。
「カステラ」という言葉は、江戸時代の初頭には、現在のスペインに相当する地域を指すものとして使われていました。『長崎夜話草』という江戸時代に長崎の観光名物を紹介する目的で作られた冊子には、長崎名物として、「かすてらぼうる」の名前で登場します。「ぼうる=ぼうろ」は、ポルトガル語で「ケーキ」という意味になります。ですから「かすてらぼうる」はポルトガル語で「スペインのケーキ」という意味になります。とはいえ、料理の名前がポルトガル語で残っているわけですから、ポルトガル人は、ポルトガルに今もあるお菓子、「パン・デ・ロ」が日本の「カステラ」の起源であると主張します。一方でスペイン人は「スペインのケーキ」だと言っているのだから、これはスペインで今も残るスポンジケーキ状の「ビスコチョ」が起源に決まっている、と主張します。
「ビスコチョ(西)」、「ビスコイト(葡)」、「ビスケット(英)、「ビスキュイ(仏)」などは元々ラテン語の「ビス(二回)」と「コクトゥス(焼く)」という語源を持ち、「ビスケット」でイメージされるような硬いクッキーのもの以外に、スポンジケーキ状のものまであります。スペインの「ビスコチョ」には、カステラに似た食感のものもあります。ビスケットは大航海時代の船上食の主食でしたので、世界各地へと運ばれたのですが、カステラのような甘いお菓子となると、そうそう簡単には手に入りません。大量の卵、それに小麦粉、砂糖を必要とするからです。日本では、卵や砂糖は貴重品でしたが、小麦粉は比較的多くあって、16世紀末には九州から東南アジアに輸出していたほどでした。ヨーロッパではお菓子作りの本場はキリスト教の修道院なのですが、やはり南蛮菓子も最初は修道院で作られていた可能性が高いと考えています。
ところで「カステラ」の起源については、ポルトガルVSスペインの論争をうまく解決出来るレシピを17世紀のポルトガルの宮廷料理書の中に見つけました。「スペインの王妃様のビスコイト」という名前のレシピで、カステラの作り方にそっくりです。ポルトガル国王の王妃は、より強大な隣国スペイン王家から嫁いでくるのが伝統でしたから、「スペインの王妃様」が具体的に誰を指すのかはわかりません。ただ、私は様々な理由からスペイン王フェリペ二世の叔母に当たるカタリーナという王妃のことではないかと考えています。その理由の一つに、彼女が生まれ育ったトルデシリャスという町の女子修道院は、今でもお菓子作りがとても有名だというのがあります。つまりスペイン王女がポルトガル宮廷に嫁いできた際に「スペインのお菓子作り」を伝え、それが日本まで伝わったと考えれば、名前に因む謎は氷解するのはないかと考えています。
日常的に目にしたり、食したりしているお菓子の歴史も、紐解けば、意外と深い歴史へと繋がっているものなのです。
《句会》
*岡美穂子選
【特選】
かすてらの底はざくざく霜柱 長谷川櫂
長崎の金の霞のかすていら 長谷川櫂
華南三彩の緑や浅き春 金澤道子
泥靴をぬぐいて春の句会かな 上田雅子
寒卵すけて命のあかあかと 飛岡光枝
はるていす焼き上がるまで春を待つ 三玉一郎
雪の乱御堂の燭火揺るぎなし 佐藤森惠
【入選】
ころがつて春立つ角立つコンペイト 飛岡光枝
血の色の地球映せる寒の月 上田雅子
年の豆金平糖も数の内 石川桃瑪
白梅やきりと半襟合わせけり 吉安とも子
恋などと呆けてみたし春の雪 上田雅子
春めくや妃のカステラは大航海 石川桃瑪
かすてらを切るや薔薇の芽みな動く 長谷川櫂
寒卵ふんだんに割り南蛮菓子 西川遊歩
ぬぎすてし小さき靴や鍋夕餉 佐藤森惠
カステラの粗目に雪の光りかな 西川遊歩
鶏卵そうめんチャオプラヤ川の遅日かな 川村玲子
存分に寒卵割り菓子焼く日 長井はるみ
*長谷川櫂 選
【特選】
節分の鬼もてなさんかすてーら 川村玲子
フォイ・トーンひと口づつの春の雪 長井はるみ
たまご泡たててかすてら花の昼 川村玲子
かすてらは王妃のお菓子春の風 川村玲子
【入選】
曳く人も曳かるる犬もダウン着て 金澤道子
春障子あいてカステラ出されけり 田中益美
初耳の菓子つぎつぎとうららけし 三玉一郎
寒卵すけて命のあかあかと 飛岡光枝
佐保姫も食べし南蛮お菓子かな 上田雅子
降りかかる雪の柊挿しにけり 葛西美津子