【春】
◇時候
少年や六十年後の春の如し 永田耕衣『闌位』
春の暮 いづかたも水行く途中春の暮 永田耕衣『驢鳴集』
麗か うららかや一度は死にし人ばかり 中川宋淵『命篇』
日永 永き日のにはとり柵を越えにけり 芝不器男『芝不器男句集』
遅日 遅き日のつもりて遠き昔かな 蕪村『自筆句帳』
行く春 行春を近江の人とをしみける 芭蕉『猿蓑』
◇天文
春の日 大いなる春日の翼垂れてあり 鈴木花蓑『鈴木花蓑句集』
春の月 水の地球少しはなれて春の月 正木ゆう子『静かな水』
おぼろ夜のかたまりとしてものおもふ 加藤楸邨『吹越』
春雨 はるさめやぬけ出たまゝの夜着の穴 丈草『丈草発句集』
春なれや名もなき山の薄霞 芭蕉『野ざらし紀行』
◇地理
春の水 春の水山なき国を流れけり 蕪村『俳諧新選』
雪解 雪解川名山けづる響かな 前田普羅『普羅句集』
◇生活
雛祭 草の戸も住み替る代ぞ雛の家 芭蕉『奥の細道』
草餅 両の手に桃とさくらや草の餅 芭蕉『桃の実』
茶摘 山門を出れば日本ぞ茶摘うた 菊舎『手折菊』
凧きのふの空のありどころ 蕪村『蕪村句集』
風車 風車まはり消えたる五色かな 鈴木花蓑『鈴木花蓑句集』
石鹸玉 向う家にかゞやき入りぬ石鹸玉 芝不器男『不器男全句集』
鞦韆 ふらここや花を洩れ来るわらひ声 嘯山『葎亭句集』
春眠 金の輪の春の眠りに入りけり 高浜虚子『虚子全集』
花衣 花衣ぬぐやまつはる紐いろく 杉田久女『杉田久女句集』
桜餅 さくら餅食ふやみやこのぬくき雨 飯田蛇笏『山廬集』
遠足 遠足の列大丸の中とおる 田川飛旅子『花文字』
野焼く 古き世の火の色うごく野焼きかな 飯田蛇笏『山廬集』
田打 生きかはり死にかはりして打つ田かな 村上鬼城『定本鬼城句集』
◇行事
お水取り 水とりや氷の僧の沓の音 芭蕉『野ざらし紀行』
涅槃会 涅槃会や花も涙をそそぐやと 素堂『かくれざと』
仏生会 灌仏の日に生れあふ鹿の子哉 芭蕉『笈の小文』
西行忌 花あれば西行の日と思ふべし 角川源義『西行の日』
◇動物
猫の恋 うらやまし思ひきる時猫の恋 越人『猿蓑』
古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉『蛙合』
鶯や下駄の歯につく小田の土 凡兆『猿蓑』
雉子の眸のかうかうとして売られけり 加藤楸邨『野哭』
雲雀 雲雀落ち天に金粉残りけり 平井照敏『猫町』
つばめつばめ泥が好きなる燕かな 細見綾子『桃は八重』
鳥雲に入る 引鶴の天地を引きてゆきにけり 平井照敏『天上大風』
囀りをこぼさじと抱く大樹かな 星野立子『鎌倉』
白魚 曙や白魚白きこと一寸 芭蕉『野ざらし紀行』
高々と蝶こゆる谷の深さかな 原石鼎『花影』
◇植物
白梅のあと紅梅の深空あり 飯田龍太『山の木』
さまざまの事思ひ出す桜かな 芭蕉『笈の小文』
木の芽 大寺を包みてわめく木の芽かな 高浜虚子『五百句』
八九間空で雨降る柳かな 芭蕉『木枯』
菜の花 菜の花や月は東に日は西に 蕪村『続明烏』
山路来て何やらゆかしすみれ草 芭蕉『野ざらし紀行』
蒲公英 たんぽぽや日はいつまでも大空に 中村汀女『汀女句集』
【夏】
◇時候
立夏 プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷『病鴈』
暑し 石も木も眼に光る暑さかな 去来『泊船集』
涼し 涼しさやほの三か月の羽黒山 芭蕉『奥の細道』
◇天文
雲の峰 雲の峰いくつ崩れて月の山 芭蕉『花摘』
夏の月 市中は物のにほいや夏の月 凡兆『猿蓑』
梅雨 ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき 桂信子『女身』
五月雨 湖の水まさりけり五月雨 去来『曠野』
日盛 日盛りに蝶の触れ合ふ音すなり 松瀬青々『松苗』
◇地理
夏野 たてよこに富士伸びてゐる夏野かな 桂信子『樹影』
夏の川 夏河を越すうれしさよ手に草履 蕪村『蕪村句集』
泉への道後れゆく安けさよ 石田波郷『春嵐』
滝の上に水現れて落ちにけり 後藤夜半『翠黛』
◇生活
鯉幟 風吹けば来るや隣の鯉幟 高浜虚子『新歳時記
菖蒲湯 さうぶ湯やさうぶ寄くる乳のあたり 白雄『白雄句集』
更衣 越後屋に衣さく音や更衣 其角『浮世の北』
羅をゆるやかに着て崩れざる 松本たかし『松本たかし句集』
柏餅 柏餅古葉を出づる白さかな 渡辺水巴『渡辺水巴句集』
文もなく口上もなし粽五把 嵐雪『炭俵』
鮒ずしや彦根が城に雲かかる 蕪村『蕪村句集』
浴衣 雑巾となるまではわが古浴衣 加藤楸邨『まぼろしの鹿』
蚊帳 つりそめて水草の香の蚊帳かな 飯田蛇笏『山響集』
団扇 月にえをさしたらばよき団哉 宋鑑『俳諧初学抄』
風鈴 風鈴のもつるるほどに涼しけれ 中村汀女『汀女句集』
田植 田一枚植て立去る柳かな 芭蕉『奥の細道』
早乙女 早乙女やよごれぬものは歌ばかり 来山『破暁集』
心太 ところてん煙のごとく沈みをり 日野草城『花氷』
新茶 宇治に似て山なつかしき新茶かな 支考『梟日記』
◇行事
神田川祭の中をながれけり 久保田万太郎『道芝』
祗園会 祇園会や真葛が原の風かほる 蕪村『蕪村句集』
◇動物
時鳥 ほととぎす大竹藪を漏る月夜 芭蕉『嵯峨日記』
飛ぶ鮎の底に雲ゆく流れかな 鬼貫『鬼貫句選』
初鰹 目には青葉山郭公初鰹 素堂『江戸新道』
閑かさや岩にしみ入る蝉の声 芭蕉『おくのほそ道』
おおかみに蛍が一つ付いていた 金子兜太『東国抄』
蟻の道雲の峰よりつづきけん 一茶『おらが春』
金魚 あるときの我をよぎれる金魚かな 中村汀女『汀女句集』
蚊柱に夢の浮橋かかるなり 其角『葛の松原』
◇植物
牡丹 牡丹散つてうちかさなりぬ二三片 蕪村『付合小鏡』
百日紅 さるすべり美しかりし与謝郡 森澄雄『游方』
若葉 不二ひとつうづみ残してわかばかな 蕪村『蕪村句集』
万緑 万緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男『火の島』
【秋】
◇時候
立秋 秋立つや川瀬にまじる風の音 飯田蛇笏『山廬集』
秋の暮 秋の暮大魚の骨を海が引く 西東三鬼『変身』
夜長 長き夜の苦しみを解き給ひしや 稲畑汀子『汀子第二句集』
冷やか 冷やかに人住める地の起伏あり 飯田蛇笏『心像』
秋深し 秋深き隣は何をする人ぞ  芭蕉『笈日記』
行く秋 天広く地ひろく秋もゆく秋ぞ 一茶『たびしうゐ』
◇天文
鎖あけて月さし入れよ浮御堂 芭蕉『笈日記』
名月 十五夜の雲のあそびてかぎりなし 後藤夜半『青き獅子』
良夜 我庭の良夜の薄湧く如し 松本たかし『野守』
十六夜 十六夜はわづかに闇の初哉 芭蕉『続猿蓑』
後の月 のちの月葡萄に核のくもりかな 成美『成美家集』
天の川 荒海や佐渡に横たふ天の川 芭蕉『奥の細道』
秋風 秋風やしらきの弓に弦はらん 去来『曠野』
野分 大いなるものが過ぎ行く野分かな 高濱虚子『五百句』
稲妻 稲づまや浪もてゆへる秋津しま 蕪村『蕪村自筆句帳』
霧にひらいてもののはじめの穴ひとつ 加藤楸邨『吹越』
芋の露連山影を正しうす 飯田蛇笏『山廬集』
◇生活
七夕 七夕竹惜命の文字隠れなし 石田波郷『惜命』
新米 新米もまだ艸の実の匂哉 蕪村『落日庵句集』
新藁 新わらにふはりふはりと寝楽かな 一茶『七番日記』
衣被 今生の今が倖せ衣被 鈴木真砂女『都鳥』
枝豆 枝豆が白河越えて秋深し『七十句』
相撲 やはらかに人分け行くや勝相撲 几董『井華集』
◇行事
魂祭 数ならぬ身とな思ひそ玉祭り 一茶『有磯海』
大文字 大文字やあふみの空もたゞならね 蕪村『蕪村句集』
◇動物
雁や残るものみな美しき 石田波郷『病雁』
蜻蛉 とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな 中村汀女『汀女句集』
蟋蟀 蟋蟀が深き地中を覗き込む 山口誓子『七曜』
◇植物
木槿 道のべの木槿は馬に食はれけり 芭蕉『野ざらし紀行』
中年や遠くみのれる夜の桃 西東三鬼『夜の桃』
朝顔 朝がほや一輪深き淵のいろ 蕪村『蕪村句集』
菊の香や奈良には古き仏達 芭蕉『杉風宛書簡』
をりとりてはらりとおもきすゝきかな 飯田蛇笏『蛇笏俳句選集』
桐一葉 桐一葉日当りながら落ちにけり 高浜虚子『虚子全集』
白露もこぼさぬ萩のうねりかな 芭蕉『真蹟自画賛』
葛の花 あなたなる夜雨の葛のあなたかな 芝不器男『不器男句集』
【冬】
◇時候
小春 白雲のうしろはるけき小春かな 飯田龍太『遅速』
冬至 山国の虚空日わたる冬至かな 飯田蛇笏『山廬集』
一月 一月の川一月の谷の中 飯田龍太『春の道』
短日 人間は管より成れる日短 川崎展宏『観音』
寒し くれなゐの色を見てゐる寒さかな 細見綾子『冬薔薇』
◇天文
冬の日 大仏の冬日は山に移りけり 星野立子『立子句集』
凩の果はありけり海の音 言水『新撰都曲』
時雨 天地の間にほろと時雨かな 高浜虚子『六百句』
いざ子どもはしりありかむ玉霰 芭蕉『智周発句集』
霜強し蓮華と開く八ヶ嶽 前田普羅『東京日日新聞』
降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男『長子』
淋しさの底ぬけてふるみぞれかな 丈草『篇突』
◇地理
枯野 旅に病で夢は枯野をかけ廻る 芭蕉『笈日記』
◇生活
冬籠 冬ごもり五車の反古のあるじかな 召波『五車反古』
湯豆腐 湯豆腐やいのちのはてのうすあかり 久保田万太郎『久保田万太郎全句集』
竹馬 竹馬やいろはにほへとちりぢりに 久保田万太郎『道芝』
埋火 うづみ火や終には煮ゆる鍋のもの 蕪村『鏡の華』
大榾をかへせば裏は一面火 高野素十『初鴉』
炬燵 つくづくと物のはじまる火燵かな 鬼貫『鬼貫句選』
柚子湯 白々と女沈める柚子湯かな 日野草城『花氷』
追儺 姿ある鬼あはれなり鬼やらひ 三橋敏雄『畳の上』
◇動物
鷹一つ見付けてうれし伊良古崎 芭蕉『笈の小文』
千鳥 ありあけの月をこぼるゝ千鳥かな 飯田蛇笏『山廬集』
鮟鱇 鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる 加藤楸邨『起伏』
海鼠 生きながら一つに氷る海鼠かな 芭蕉『続別座敷』
鴛鴦 こがらしや日に日に鴛鴦のうつくしき 士朗『枇杷園句集』
水鳥 鳥どもも寝入つてゐるか余吾の海 路通『猿蓑』
◇植物
枯木 赤く見え青くも見ゆる枯木かな 松本たかし『松本たかし句集』
夢の世に葱を作りて寂しさよ 永田耕衣『驢鳴集』
帰り花 日に消えて又現れぬ帰り花 高浜虚子『虚子全集』
山茶花 山茶花やいくさに敗れたる国の 日野草城『旦暮』
龍の玉 竜の玉深く蔵すといふことを 高浜虚子『虚子全集』
【暮・新年】
◇時候
行く年 船のやうに年逝く人をこぼしつつ 矢島渚男『船のやうに』
去年今年 去年今年貫く棒の如きもの 高濱虚子『六百五十句』
初春 目出度さもちう位なりおらが春 一茶『おらが春』
元日 元日や神代のことも思はるゝ 守武『真蹟』
◇天文
初空 初空や大悪人虚子の頭上に 高濱虚子『ホトトギス』
初日 大空のせましと匂ふ初日かな 鳳朗 『鳳朗発句集』
◇生活
雑煮 神ごころりんと雑煮にむかふ時 来山『続今宮草』
七種 七草や兄弟の子の起きそろひ 太祇『太祇句選後編』
御慶 長松が親の名で来る御慶かな 野坡『炭俵』
蓬莱 蓬莱に聞ばや伊勢の初便 芭蕉『炭俵』
屠蘇 指につくとそも一日匂ひけり 梅室『梅室家集』
初夢 はつ夢や正しく去年の放し亀 言水『柏崎』
万歳 万歳の踏かためてや京の土 蕪村『落日庵句集』
餅花 餅花のなだれんとして宙にあり 栗生純生『山路笛』
◇行事
藪入 やぶ入の寐るや一人の親の側 太祇『太祇句選』
◇動物
嫁が君 明くる夜もほのかに嬉しよめが君 其角『七瀬川』
◇植物
福寿草 日の障子太鼓の如し福寿草 松本たかし『松本たかし句集』