ソメイヨシノはひとりぼっち シナリオライター 森下佳子
桜について、私の最初の思い出は吉野山だ。いや、それまでも家の近所や公園で 見ていたのだけど、親に連れられ柿の葉寿司を食べながらお茶屋さんから向かいの 桜にけぶる山を見るというのは飛び抜けて強烈な桜体験だった。だって、桜の色が 全然違うのだ。いつも見ている白か桃かというような淡い色合いばかりでなく、 濃い桃、黄味がかった桃、赤に近い桃、様々な色を持つ山桜が入り乱れて咲いてい る。開花も一斉ではないのか緑の木も混ざっている。桜といっても本来はこんなに たくさんの種類があるのだなぁと知った瞬間だった。
で、さて。幼い私はそれを美しいと思ったかというと、ごくごく普通の小学生女 子にはパッチワークのような山肌はどこかほっこりもったりと見え「これが全部 いつもの薄々ピンクの桜であったなら、もっともっと綺麗なのにぃ」と、思った のだった。何の深みもない話だが、これがおそらくごく一般的な感じ方なのでは ないだろうか。だからこそ、全国津々浦々の緑道、公園や土手には判で押したよう に薄々ピンクのソメイヨシノばかりが植えられたのだと考える。
しかし、このソメイヨシノ、聞くところによると、たった一本の木を元としたク ローンなのだそうだ。自然の交接の中で生まれた木は一本もなく、すべて接木で人 為的に殖やされたもの。だからこそ、個体差なく一斉に同じ色の花を咲かせ、一斉 に散ることができるらしい。この事実に私は複雑な思いを抱いてしまう。「私が 愛でていたのは自然ではなく一種の人工物であった」という驚き。とどのつまり 「一糸乱れぬ」光景を美しいと思う己はつくづく昭和の日本人だとも感じるし、す べてクローンというのはSF的なグロテスクさも感じる。桜の身になれば、ソメイ ヨシノというのはなんと寂しい孤独な花であることかと思うし、花片を舞い散らす 美しさだけを求められる存在は切なく哀れである。
吉野の桜のことを考える。勝手気ままに咲くがゆえ、ちょっとほっこりもったり 見えたあの山桜たち、あの子たちは今の私にはどう見えるのだろう。
で、さて。幼い私はそれを美しいと思ったかというと、ごくごく普通の小学生女 子にはパッチワークのような山肌はどこかほっこりもったりと見え「これが全部 いつもの薄々ピンクの桜であったなら、もっともっと綺麗なのにぃ」と、思った のだった。何の深みもない話だが、これがおそらくごく一般的な感じ方なのでは ないだろうか。だからこそ、全国津々浦々の緑道、公園や土手には判で押したよう に薄々ピンクのソメイヨシノばかりが植えられたのだと考える。
しかし、このソメイヨシノ、聞くところによると、たった一本の木を元としたク ローンなのだそうだ。自然の交接の中で生まれた木は一本もなく、すべて接木で人 為的に殖やされたもの。だからこそ、個体差なく一斉に同じ色の花を咲かせ、一斉 に散ることができるらしい。この事実に私は複雑な思いを抱いてしまう。「私が 愛でていたのは自然ではなく一種の人工物であった」という驚き。とどのつまり 「一糸乱れぬ」光景を美しいと思う己はつくづく昭和の日本人だとも感じるし、す べてクローンというのはSF的なグロテスクさも感じる。桜の身になれば、ソメイ ヨシノというのはなんと寂しい孤独な花であることかと思うし、花片を舞い散らす 美しさだけを求められる存在は切なく哀れである。
吉野の桜のことを考える。勝手気ままに咲くがゆえ、ちょっとほっこりもったり 見えたあの山桜たち、あの子たちは今の私にはどう見えるのだろう。
【筆者略歴】
大阪府生まれ。東京大文学部宗教学科卒業後、リクルート入社。2000年、連続ド ラマ「平成夫婦茶碗~ドケチの花道~」(日本テレビ)でシナリオライターデ ビュー。その後、「世界の中心で、愛をさけぶ」、「白夜行」、「JIN-仁-」、「天 皇の料理番」、「とんび」(いずれもTBS)などを手がける。連続テレビ小説「ご ちそうさん」(NHK)では第32回向田邦子賞、第22回橋田賞を受賞。17年「おん な城主直虎」(NHK)で大河ドラマを初執筆。25年「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 ~」で2度目の大河を執筆。

