夏に想う 元駐イタリア大使 安藤裕康
昔、東南アジアの常夏の国に仕事で暮らしたことがある。そこには四季がなくていつも暖かく、果物などもふんだんにあるから食べるに事欠かない。そうすると、その日その日を精一杯に楽しむことで事足れりとして、享楽的に生きる習性が身につき、「時の流れに身をまかせ」てしまう。厳しい明日を予見して、今日よりも明日のことを考えようという、未来志向の気持ちが希薄になる。
それに引き換え、日本のように四季が豊かな国に戻ると、季節の移り変わりの変化が顕著だから、「今」だけを満喫することなく将来に備えねばと思うようになる。俳句の季語の世界にも、季節の流れを敏感に感じ取って味わいつつも、やがて訪れる「次」の季節への期待感も込められているように思う。
あえて常夏の国の生き方を「受動的」と呼ぶなら、日本の場合は「能動的」と形容しても良いのかもしれない。
そこで私自身の人生を振り返るに、若い頃から長らく「能動的」に生きるよう、自分に言い聞かせてきた気がする。しかし、老年期に入った今、そういう「能動的」な生き方にある種の限界を感じ、「受動的」な生き方に魅力を覚え始めている。いささか理屈っぽく言うことを許されるなら、「能動的」に生きながら、他方で移り行く物事をそのまま受け入れる「受動的」な生き方も大切にしたい。
小津安二郎監督の「東京物語」は、日本映画の最高傑作として世界中から高い評価を受けている。笠智衆演じる主人公の老人は、諸行無常なるこの世の現実を自覚し、最愛の妻の死も従容として受け入れながらも、人生を肯定的にとらえて前向きに生きていこうとする。
ヱンデイング近くの有名なシーンでは、妻の死の朝、遠くに昇り行く「夏」の太陽を眺めながら、老人は「きれいな夜明けだった。今日も暑うなるぞ」とつぶやく。そこには、受動的な諦観の心情と、能動的で断固たる静かな意志の双方が感じられて胸が熱くなるのだ。
【筆者略歴】
1944年⽣まれ。1970年に東京⼤学を卒業後、外務省に⼊省。外交官として⽶国、フィリピンや英国での勤務を経て、内閣総理⼤⾂秘書官、在⽶国⽇本国⼤使館公使(特命全権)、中東アフリカ局⻑、在ニューヨーク総領事(⼤使)、内閣官房副⻑官補、駐イタリア特命全権⼤使等を歴任。2011年10⽉より2020年9⽉まで、国際交流基⾦理事⻑として外国との⽂化交流に取り組む。2019年7⽉より2026年5⽉まで、東京国際映画祭チェアマン。
