デジタル句集

明治十八年
夕立やはちすを笠にかぶり行く
初雪やかくれおほせぬ馬の糞
  明治二十年
茶の花や利休の像を床の上
夕立や一かたまりの雲の下
  明治二十一年
見ればただ水の色なる小鮎哉
梅雨晴やところどころに蟻の道
すつと出て莟見ゆるや杜若
萎みたる花に花さく杜若
蚊柱や蚊遣の烟のよけ具合
青々と障子にうつるばせを哉
海原や何の苦もなく上る月
雪よりも時雨にもろし冬牡丹
  明治二十二年
一日の旅のおもしろや萩の原
五月雨の晴間や屋根を直す音
つきあたる?一いきに燕哉
蓮の葉にうまくのつたる蛙哉
屋根葺の草履であがる熱哉
秋風はまだこえかねつ雲の峰
おのが荷に追はれて淋し芒売
  京都
祇園清水冬枯もなし東山
  明治二十三年
白雪をつんで小舟の流れけり
若草や草履の裏に塵もなし
朧とは桜の中の柳かな
あたたかな雨がふるなり枯葎
春の月一重の雲にかくれけり
家根舟の提灯多し朧月
菜の花やはつとあかるき町はづれ
半日は空にあそぶや舞雲雀
みなし子のひとりで遊ぶ雛哉
落したか落ちたか路の椿かな
散りやすきものから吹くや秋の風
朝顔や気儘に咲いておもしろき
朝顔にわれ恙なきあした哉
魂祭ふわふわと来る秋の蝶
  三井寺
我宿にはいりさう也昇る月
  明治二十四辛卯年
鶯や山をいづれば誕生寺
  軽井沢
山々は萌黄浅黄やほととぎす
岩々のわれめわれめや山つつじ
  舟下岐蘇川
下り舟岩に松ありつつじあり
涼しさや行燈消えて水の音
  三津いけすにて
初汐や帆柱ならぶ垣の外
  (ばせを忌)
頭巾きて老とよばれん初しぐれ
冬がれや田舎娘のうつくしき
  回文
松の戸や春を薫るは宿の妻
白魚や氷の中に生れけむ
水汲んだあとの濁りや杜若
一日の旅路しるきや蝸牛
  厳嶋
ゆらゆらと廻廊浮くや秋の汐
  当年二十五歳
痩せたりや二十五年の秋の風
  十五夜百花園をおとずれしに戸を閉じたれば
名月や叩かば散らん萩の門
  亀戸天神
秋風やはりこの亀のぶらんぶらん
秋に形あらば糸瓜に似たるべし
  十月二十四日、平塚より子安に至る道に日暮て
稲の香や闇に一すぢ野の小道
  翌二十五日、大山に上りて
野菊折る手元に低し伊豆の嶋
鐘つきはさびしがらせたあとさびし
  人之性善
濁り井の氷に泥はなかりけり
小烏の鳶なぶりゐる小春哉
雲助の睾丸黒き榾火哉
  明治二十五年
  蓑一枚笠一枚蓑は房州の雨にそぼち笠は川越の風にされたるを床の間にうやうやしくかざりて
蓑笠を蓬莱にして草の庵
元朝や皆見覚えの紋処
  乞食
元朝や米くれさうな家はどこ
若水や瓶の底なる去年の水
遣羽子をつきつきよける車哉
袴着て火ともす庵や花の春
死はいやぞ其きさらぎの二日灸
蝶々や順礼の子のおくれがち
死ぬものと誰も思はず花の春
小松曳袴の泥も画にかかん
元日と知らぬ鼾の高さかな
涅槃会や蚯蚓ちぎれし鍬の先
かかり凧奴は骨となつてけり
出代りの英語をつかふ別れ哉
春雨やよその燕のぬれてくる
鹿の角ふりむく時に落にけり
  石手川出合渡
若鮎の二手になりて上りけり
  松山堀端
門しめに出て聞て居る蛙かな
土器に花のひつつく神酒哉
山吹の垣にとなりはなかりけり
  伊予太山寺
蒟蒻につつじの名あれ太山寺
荒れにけり茅針まじりの市の坪
蝶ふせた五器は欠けたり面白や
恐ろしき女も出たる花見哉
さざ波のなりにちぢまる和布哉
鍋墨を静かになでる柳かな
山桜さく手際よりちる手際
灰吹にした跡もあり落椿
  十六夜桜
孝行は筍よりも桜かな
桜より奥に桃さく上野哉
梅の花白きをもつてはじめとす
しんとして露をこぼすや朝桜
のりあげた舟に汐まつ涼み哉
初産の髪みだしたる暑さ哉
涼み場をこじきのしめる昼ね哉
すずしさやつられた亀のそら泳ぎ
  布袋蛍狩の図
蛍狩袋の中の闇夜かな
  帰省
母親に夏やせかくす団扇かな
早をと女に夏痩のなきたうとさよ
  京東山
どこ見ても涼し神の灯仏の灯
  身内の老幼男女打ちつどいて
鯛鮓や一門三十五六人
とも綱に蜑の子ならぶ游泳哉
短夜や砂土手いそぐ小提灯
涼しさや馬も海向く淡井坂
萱町や裏へまはれば青簾
  松山
姉が織り妹が縫ふて衣更
垣ごしや隣へくばる小鯵鮓
虫干の塵や百年二百年
  鎌倉大仏
大仏にはらわたのなき涼しさよ
蚊の口もまじりて赤き汗疣哉
夏やせの腮にいたし笠の紐
おそろしや闇に乱るる鵜の篝
陣笠を着た人もある田植哉
白無垢の一竿すずし土用干
五月雨や漁婦ぬれて行くかかえ帯
甲斐の雲駿河の雲や不二詣
さをとめの泥をおとせば足軽し
大粒になつてはれけり五月雨
負ふた子の一人ぬれけり夏の雨
金時も熊も来てのむ清水哉
  根岸
五月雨やけふも上野を見てくらす
  六月十九日
五月雨に御幸を拝む晴間哉
ころがつて腹を見せたる鹿子哉
手の内に蛍つめたき光かな
ちぢまれば広き天地ぞ蝸牛
  待恋
蚤と蚊に一夜やせたる思ひ哉
あとばかりあつて消けりなめくじり
  根岸
水鶏叩き鼠答へて夜は明ぬ
鵜の首を蛇とも見えて恐ろしき
ある時は叩きそこなふ水鶏哉
  待恋
我顔を蚊にくはせたる思ひかな
墓拝む間を藪蚊の命哉
  殺生戒
蝿憎し打つ気なればよりつかず
杉谷や山三方にほととぎす
なでしこにざうとこけたり竹釣瓶
藻の花や小川に沈む鍋のつる
うつくしき燈籠の猶哀れ哉
沙魚釣の大加賀帰る月夜哉
名月や彷彿としてつくば山
我宿の名月芋の露にあり
大空の真つただ中やけふの月
  二夜つづきて破粧蕉先生のもとをおとづれて俳話猶つきず
よいよいに月みちたらぬ思い哉
椽端や月に向かいたる客あるじ
よしきりの声につつこむ小舟哉
なめくぢの夢見てぬぐや蛇の皮
蛍から蛍へ風のうつりけり
花も月も見しらぬ蝉のかしましき
古壁の隅に動かずはらみ蜘
孑孑の薮蚊見送る別れ哉
瓜一ツだけば鳴きやむ赤子かな
茗荷よりかしこさうなり茗荷の子
蓮の露ころがる度にふとりけり
花一つ一つ風持つ牡丹哉
  恋
うつむいた恨みはやさし百合の花
灯籠としらずに来たり灯取虫
ぬすんだる瓜や乞食の玉まつり
水底の亡者やさわぐ施餓鬼舟
施餓鬼舟向ふの岸はなかりけり
乞食の銭よむ音の夜寒哉
八朔やこじきも江戸の生れにて
  文科大学遠足会
秋しらぬ旅や同行五十人
一人旅一人つくづく夜寒哉
試みに案山子の口に笛入れん
袖なくてうき洋服の踊り哉
弁慶の道具しらべる夜長哉
行く秋の闇にもならず星月夜
乞食の葬礼見たり秋の暮
芋の露硯の海に湛へけり
花火やむあとは露けき夜也けり
白露の中に泣きけり祇王祇女
つるつると笠をすべるや露の玉
  大磯松林館(二句)
大磯の町出はなれし月見哉
名月やどちらを見ても松許り
  大磯
名月や汐に追はるる磯伝ひ
名月やすたすたありく芋畑
つぶつぶと丸む力や露の玉
草の露こぼれてへりもせざりけり
名月や露こしらへる芋の上
はせを泣き蘇鉄は怒る野分哉
名月や何やらうたふ海士が家
恐ろしき灘から出たりけふの月
  大磯
鎌倉に波のよる見ゆけふの月
網引の網引きながら月見哉
  十五夜雲多し(三句のうち一句)
尻を出し頭を出すや雲の月
雲に月わざわざはいるにくさ哉
名月やそりやこそ雲の大かたまり
  大磯にて終日垂釣の人を見て
秋風の一日何を釣る人ぞ
樵夫二人だまつて霧を現はるる
秋の海名もなき嶋のあらはるる
  首途(かどで)
旅の旅又その旅の秋の風
杉の木のたわみ見て居る野分哉
名月や伊予の松山一万戸
蛇落つる高石がけの野分哉
ていれぎの下葉浅黄に秋の風
名月はどこでながめん草枕
真帆片帆瀬戸に重なる月夜哉
名月に白砂玉とも見ゆるかな
下駄箱の奥になきけりきりぎりす
  行脚(あんぎや)
我なりを見かけて鵯のなくらしき
野分して牛蒡大根のうまさ哉
秋風や蟷螂肥て蝶細し
かまきりのはひ渡る也鍋のつる
太刀魚の水きつて行く姿かな
宮嶋の神殿はしる小鹿かな
町へ来て紅葉ふるふや奈良の鹿
その角を蔦にからめてなく鹿か
小男鹿の尻声きゆるあらし哉
鹿老て猿の声にも似たる哉
押しあふて月に遊ぶや鹿二つ
奥殿に鹿のまねする夕かな
烏帽子きた禰宜のよびけり神の鹿
物置に鹿のいねたる嵐かな
壁の笠とれば秋の蚊あらはるる
笠について一里は来たり秋の蝿
笠を手にいそぐ夕や河鹿鳴く
鶺鴒の飛び石づたひ来りけり
鶺鴒や岩を凹める尾の力
鶺鴒の尾にはねらるる蚯蚓哉
鵙啼て秋の日和を定めけり
  三嶋社
ぬかづけば鵯なくやどこでやら
  範頼(のりより)の墓に笠をささげて
鶺鴒よこの笠叩くことなかれ
神に灯をあげて戻れば鹿の声
鵙鳴くや一番高い木のさきに
竹椽を団栗はしる嵐哉
椎ひろふあとに団栗哀れ也
桐の木に葉もなき秋の半かな
雨風にますます赤し唐辛子
萩薄小町が笠は破れけり
はりはりと木の実ふる也檜木笠
秋の蝶動物園をたどりけり
こぼす露こぼさぬ露や萩と葛
唐辛子一ツ二ツは青くあれ
ひしひしと立つや墓場のまん珠さげ
そのあたり似た草もなし曼珠沙花
西瓜さへ表は青し蕃椒
蕃椒ややひんまがつて猶からし
箱根山薄八里と申さばや
  箱根
槍立てて通る人なし花薄
石の上にはへぬ許りぞ花薄
草鞋の緒きれてよりこむ薄哉
菅笠のそろふて動く薄哉
薄紅葉紅にそめよと与へけり
  箱根茶屋
犬蓼の花くふ馬や茶の煙
唐秬のからでたく湯や山の宿
石原にやせて倒るる野菊かな
牛の子を追い追いはいるもみぢ哉
千山の紅葉一すぢの流れ哉
両岸の紅葉に下す筏かな
夕もみぢ女もまじるうたひ哉
神殿の御格子おろす?哉
煙たつ軒にふすぼるもみぢ哉
弁当を鹿にやつたるもみぢ哉
井戸掘や砂かぶせたる蓼の花
朝顔の日うら勝にてあはれなり
  再遊松林館
色かへぬ松や主は知らぬ人
ほんのりと茶の花くもる霜夜哉
呉竹の奥に音あるあられ哉
さらさらと竹に音あり夜の雪
炭二俵壁にもたせて冬ごもり
  破蕉先生に笑はれて
冬ごもり小ぜにをかりて笑はるる
冬枯や蛸ぶら下る煮売茶屋
秋の山滝を残して紅葉哉
七草に入らぬあはれや男郎花
大名の庭に痩せたり女郎花
一村は夕日をあびる紅葉哉
をりをりに鹿のかほ出す紅葉哉
火ともせばずんぶり暮るる紅葉哉
猿引の家はもみぢとなりにけり
初雪をふるへばみのの雫かな
雪の中うたひに似たる翁哉
雪の日の隅田は青し都鳥
  達磨三味をひく 画賛
凩に三味も枯木の一ツ哉
新聞で見るや故郷の初しぐれ
  一月二十二日夜半ふと眼を開けば窓外月あかし、さては雨戸をや引き忘れけんと思いて左の句を吟ず、翌暁さめて考うれば前夜の発句は半醒半夢の間に髣髴たり
冬籠夜着の袖より窓の月
  不忍池
水鳥の中にうきけり天女堂
出て入り数定まらぬ小がもかな
夜著かたくからだにそはぬ寒さ哉
いそがしく時計の動く師走哉
冬川の涸れて蛇籠の寒さ哉
病人と静かに語る師走哉
  高尾山(二句のうち一句)
不二を背に筑波見下す小春哉
  松山会
行年を故郷人と酌みかはす
屋の棟に鳩のならびし小春哉
御格子に切髪かくる寒さ哉
君が代は大つごもりの月夜哉
馬痩せて鹿に似る頃の寒さ哉
白足袋のよごれ尽せし師走哉
年の暮月の暮のくれにけり
古暦雑用帳にまぎれけり
猫老て鼠もとらず置火燵
君味噌くれ我豆やらん冬ごもり
しぐれずに空行く風や神送
?もうたひ参らす神迎
どの馬で神は帰らせたまふらん
  松山
掛乞の大街道となりにけり
つみあげて庄屋ひれふす年貢哉
道々にこぼるる年のみつぎ哉
手をちぢめ足をちぢめて冬籠
貧乏は掛乞も来ぬ火燵哉
  鉄眼師によこす
凩や自在に釜のきしる音
  訪愚庵
浄林の釜にむかしを時雨けり
冬籠日記に夢を書きつける
初暦めでたくここに古暦
とりまいて人の火をたく枯野哉
松杉や枯野の中の不動堂
?車道の一すぢ長し冬木立
麦蒔やたばねあげたる桑の枝
薄とも蘆ともつかず枯れにけり
千鳥啼く揚荷のあとの月夜哉
旅籠屋や山見る窓の釣干菜
冬枯の野に学校のふらふ哉
  松山
寒梅や的場あたりは田舎めく
吹雪くる夜を禅寺に納豆打ツ
朝霜や藁家ばかりの村一つ
誰かある初雪の深さ見て参れ
赤煉瓦雪にならびし日比谷哉
親牛の子牛をねぶる霜夜哉
初雪の瓦屋よりも藁屋哉
  千嶋艦覆没
もののふの河豚にくはるる悲しさよ
ちる紅葉ちらぬ紅葉はまだ青し
  議会
麦蒔た顔つきもせず二百人
小石にも魚にもならず海鼠哉
安房へ行き相模へ帰り小夜千鳥
文覚をとりまいて鳴く千鳥哉
凩にしつかりふさぐ蠣の蓋
天地の気かすかに通ふ寒の梅
  松山堀ノ内
梟や聞耳立つる三千騎
逃げる気もつかでとらるる海鼠哉
二三枚もみぢ汲み出す釣瓶哉
一つかみづつ炉にくべるもみぢ哉
豆腐屋の豆腐の水にもみぢ哉
  明治二十六年
十万の常備軍あり国の春
餅花の小判動かず国の春
僧赤く神主白し国の春
民の春同胞三千九百万
母人は江戸はじめての春日哉
  根岸
鶯や東よりくる庵の春
我王の二月に春の立ちにけり
口紅や四十の顔も松の内
我庵は門松引て子の日せん
初日さす硯の海に波もなし
御降りの雪にならぬも面白き
行燈の油なめけり嫁が君
奥山や人こぬ家の門かざり
橙や都の家数四十万
橙や裏白がくれなつかしき
動きなき蓬莱山の姿哉
君が代や二十六度の初暦
門礼や草の庵にも隣あり
天は晴れ地は湿ふや鍬始
遣羽子や根岸の奥の明地面
薮入や思ひは同じ姉妹
薮入の二人落ちあふ渡し哉
藪入や縁きる咄よもすがら
鞭あげて入日招くや猿まはし
うつくしき妹をもてり猿まはし
万歳や黒き手を出し足を出し
無雑作に万歳楽の鼓哉
旃檀の実ばかりになる寒さ哉
一冬や簀の子の下の炭俵
埋火の夢やはかなき事許り
馬の尻雪吹きつけてあはれなり
裏窓の雪に顔出す女かな
面白やかさなりあふて雪の傘
  大詔下る
鶴の声これより空の長閑なり
うららかや女つれだつ嵯峨御室
あかがりやまだ新嫁のきのふけふ
世の中をかしこくくらす海鼠哉
つるされて尾のなき鴨の尻淋し
  不忍池
嶋の雪弁天道の破風赤し
  日頃烏の来て庵の屋根こつこつとつつくに、この雪ふりてよりたえてその音を聞かねば
屋根の雪鴉の觜のみじかさよ
朝日より猶あたたかき日入かな
あたたかに白壁ならぶ入江哉
一枚の紙衣久しき余寒なり
病人の巨燵消えたる余寒哉
  松宇亭に桃雨猿男と会して
四人の丸くなつたる余寒かな
  二法学士逝く
野辺送りきのふもけふも冴え返る
  病中送人
君行かばわれとどまらば冴返る
人の世になりても久し紀元節
  母の詞(ことば)自ら句になりて
毎年よ彼岸の入に寒いのは
初午や土手は行来の馬の糞
苗代の泥足はこぶ絵踏哉
巨燵なき蒲団や足ののべ心
婆様の顔をしぞ思ふ二日灸
蛙皆うたふ水口まつり哉
人もなし野中の杭の凧
摘草や三寸程の天王寺
雛祭り二日の宵ぞたのもしき
めでたしや娘ばかりの雛の宿
  母の詞自ら句になりて
毎年よ彼岸の入に寒いのは
初午や禰宜と坊主の従弟どし
涅槃像鼠の尿もあはれなり
出代や養子になりし丁稚あり
巻わらのとれて蘇鉄のそよぎ哉
紙雛や恋したさうな顔許り
人は寝て雛がはやしの太鼓哉
旅人や馬から落す草の餅
桃酒や大事の大事の小盃
我庭に歌なき妹の茶摘哉
はりもののもみ衣匂う春日哉
旅籠屋に夕餉待つ間の暮遅し
霞んだり雲つたり日の長さ哉
  飛鳥春煙 東都八春詞の一
うつくしき春の夕や人ちらほら
春の夜やくらがり走る小堤灯
行く春のもたれ心や床柱
草の戸や春ををしみに人のくる
茶つみ歌東寺の塔は霞みけり
うら若き声のみ多き茶摘哉
春の日を鼓のひものゆるみけり
行く春や尺に満ちたる蕗の薹
けふに成て頻りに春の惜くなる
春風や根岸の寮に女客
春風や牛売りありく京の町
春風や三味線堀のささら波
春風や海は海苔取蚫取
  虚子唐突に京より来りければ
春風や吹かれ吹かれて三百里
  某氏にいざなわれて鎌倉を見る、その人山の名など委しく語りけるに
歌にせん何山彼山春の風
朝鮮をうしろにかすむ対馬哉
  十国峠
十国の一つ一つに霞みけり
下町は雨になりけり春の雪
はしためのかもじ干たる雪解哉
  病中
蓑見ても旅したく成る春の雨
庭先に槌の出てくる雪解哉
陽炎や枯野の時の馬の糞
陽炎や此頃できし小石道
  浅草観音
春雨やお堂の中は鳩だらけ
大名のしのびありきや朧月
居酒屋の喧嘩押し出す朧月
聟がねに誰がなるらん春の月
腹つけて燕とび行く小川哉
凍解や戸口にしけるさん俵
名所とも知らで畑打つ男哉
畑打や草の戸つづく内裏跡
ふつふつと泡の出てくる種井哉
故郷やどちらを見ても山笑ふ
ささめくや春の山ふみ女づれ
鶯や畠つづきの寺の庭
鶯の覚束なくも初音哉
鶯の下に庭掃く男かな
恋猫のあはれやある夜泣寝入
よもすがら簀の子の下や猫の恋
鶯や又この山も汽車の音
鶯や人を見て居る逃げかかる
  妻におくれたる秋虎がもとへ
鶯や朝寐を起す人もなし
  根岸
雀より鶯多き根岸哉
  病中  二句(うち一句)
鶯の梅に下痢する余寒哉
都鳥囀つて曰く船頭どの
三寸の麦のいづこに啼く鶉
夕雲雀もつと揚つて消えて見よ
  二月廿六日朝夢中一句を得たり
から臼に落て消たる雲雀哉
雉鳴くや庭の中なる東山
雉鳴くや背丈にそろふ小松原
山里は梅さく頃の燕哉
足引の山もさけよと雉の声
  千嶋へ行く短艇を送る
帰る雁七艘ならぶ船の上
白魚や椀の中にも角田川
俎板に鱗ちりしく桜鯛
ひらひらと風に流れて蝶一つ
  旅行
蝶とぶや道々かはる子守歌
夕月やほのぼの白き蚕棚
蛤の荷よりこぼるるうしほ哉
逃げざまに足つかまれし蛙哉
枯蘆の中にごそつく蛙哉
名所に住んでつたなき蛙哉
くみあふて一つに見ゆる胡蝶哉
虻よ虻世にうとましき名なりけり
熊蜂のふし穴のぞく日和哉
すり鉢に薄紫の蜆かな
面白や馬刀の居る穴居らぬ穴
蜆堀闇一寸をさぐりけり
膳の上にくへぬものあり桜貝
名所に住むや梅さく只の家
鎌倉は屋敷のあとの野梅哉
  旅中口吟 二句
岡あれば宮宮あれば梅の花
家一つ梅五六ここもここも
  根岸草庵
紅梅の隣もちけり草の庵
辻まちの車の上に柳哉
馬の尾の折々動く柳哉
菅笠にはらりとかかる柳哉
紅梅や女三の宮の立ち姿
  妻におくれたる秋虎のもとに遣す
思ひ出す頃を紅梅のさかり哉
橋落てうしろ淋しき柳哉
老い易くはた老い難き柳哉
柳とは酒屋が前のものならし
  猿沢池
身をなげた名所めでたき柳哉
  春江送人
舟と岸柳へだつる別れ哉
目隠しの女あぶなし山桜
男より女の多し山桜
草臥てよし足引の山桜
花にぬれて樽に綿衣をぬぎかけし
伽羅くさき風が吹く也京の花
少しづつ在所在所の花の雲
蓑笠や花の吹雪の渡し守
三井寺をのぼるともしや夕桜
遅桜静かに詠められにけり
  秋色桜
十三の年より咲て姥桜
釣鐘の寄進出来たり花盛
桜狩上野王子は山つづき
二の尼の一の尼とふ花見なり
すさましや花見戻りの下駄の音
すさましや花見戻りの橋の音
初旅や木瓜もうれしき物の数
木の芽とは豆腐の上に生ふる者なり
赤椿さいてもさいても一重哉
馬方の桜見かけて唄ひけり
  吉野山
南朝の桜今年も咲きにけり
  第二子をもうけたる人に
初桜二番桜も咲きにけり
一籠の蜆にまじる根芹哉
蕗の薹福寿草にも似たりけり
野辺の草草履の裏に芳しき
苗代のへりをつたふて目高哉
君が代や苗代時の物しづか
すみきるや苗代水の上流れ
垣ごしに菊の根わけてもらひ鳧
萍や池の真中に生ひ初る
春老てたんぽぽの花吹けば散る
捨て草鞋蔦の若葉のはひかかる
しほらしき物を名づけて蘆の角
白魚のもつれこんだる海雲哉
わりなくも箸にかからぬ海雲哉
萍や漫々たる江に生ひ初る
故郷や茅花ぬきしは十余年
もの出来ぬ痩田うつくし蓮花草
山陰に虎杖森の如くなり
青麦やあふてもあふてもしらぬ人
山吹や人形かわく一むしろ
風吹て山吹蝶をはね返し
  王子村松宇亭
山吹の上に家あり雪操居
菜の花の野末に低し天王寺
  根岸
ふらふらと行けば菜の花はや見ゆる
  瓢賛
寐ころんで酔のさめたる卯月哉
うすうすと窓に日のさす五月哉
牛の子にくひ残されし菫哉
永き日やそのしだり尾の下り藤
鏡見てゐるや遊女の秋近き
秋近し七夕恋ふる小傾城
夜咄や浦の苫屋の秋近き
松が根に小草花さく秋隣
山里や秋を隣に麦をこぐ
憎らしや夏を肥たる小傾城
  葛の松原に煩(わずら)ひて
人屑の身は死もせで夏寒し
  関山越
ほの暗きとんねる行けば夏もなし
短夜や逢坂こゆる牛車
短夜の雲をさまらずあたたらね
短夜の雲もかからず信夫山
短夜のまことをしるや一夜妻
傾城をよぶ声夏の夜は明けぬ
  この夕秋立つというに
ずんずんと夏を流すや最上川
あら壁に西日のほてるあつさかな
松陰はどこも銭出すあつさかな
熱さ哉八百八町家ばかり
  送秋山真之之英国
熱い日は思ひ出だせよふじの山
  病中
ぐるりからいとしがらるる熱さ哉
犬の子の草に寐ねたる熱さ哉
昼顔の花に皺見るあつさ哉
やるせなき夕立前のあつさ哉
雨折々あつさをなぶる山家哉
  旅中
我部屋は茶代も出さぬ熱さ哉
  村市
やせ馬の尻ならべたるあつさ哉
  岩代二本松にて
幾曲りまがりてあつし二本松
掛茶屋のほこりに坐るあつさ哉
熱き夜の寐られぬよその咄かな
紫のさむる茄子のあつさ哉
炎ふくふいごの風のあつさ哉
昼時に酒しひらるるあつさ哉
店先に車夫汗くさき熱哉
道々に瓜の皮ちるあつさ哉
馬車店先ふさぐあつさ哉
博奕うつ間のほの暗き暑かな
夕まぐれ馬叱る町のあつさ哉
腹痛に寐られぬ夜半の熱さ哉
みちのくも町あれば町の暑さ哉
  旅宿にて
くたびれを養ひかぬる暑さかな
昼顔はしぼむ間もなきあつさ哉
裸身の壁にひつつくあつさ哉
ひびわれて苔なき庭の熱さ哉
石原に片足づつのあつさ哉
上野から見下す町のあつさ哉
あつき名や天竺牡丹日でり草
庭石を草のうめたるあつさ哉
ぬれ足に河原をありく熱さ哉
鍬たててあたり人なき熱さ哉
小蒸?の機械をのぞく暑哉
油画の色彩多きあつさ哉
頭陀一つこれさへ暑き浮世哉
さはるもの蒲団木枕皆あつし
あつき日や肌もぬがれぬ女客
傾城にいつわりのなき熱さ哉
海士が家に干魚の臭ふあつさ哉
あつき日や運坐はじまる四畳半
此あたり土蔵の多きあつさ哉
大仏を見つめかねたる暑哉
気遣ひの壁叩きたる熱哉
破れ垣の隣見えすく熱哉
出立の飯いそぎたるあつさ哉
  病中
猶熱し骨と皮とになりてさえ
炎天の色やあく迄深緑
日ざかりや海人が門辺の大碇
夜も更けぬ妻も寐入りぬ門涼し
  宇治懐古
涼しさや川打ちわたす馬もなし
  太神宮
杉木立土につく手のうらすずし
  硯賛
すずしさや雲湧き起る海三寸
  素香狐松二氏閑栖
すずしさや月に二人の亭主あり
ぬり直す仁王の色のあつさ哉
  人に対して
涼しさや君とわれとの胸の中
闇涼し川の向ふの笑ひ声
涼しさや鷺も動かぬ杭の先
  ある人のもとにて
盗人もはいる此家のすずしさよ
網さげて涼しさうなる雫哉
涼しさや目高追はへる女の子
  白河結城氏城址
すずしさやむかしの人の汗のあと
すずしさや馬つなぎたる橋柱
夏川や馬つなぎたる橋柱
  浅香池
すずしさの只水くさき匂ひかな
  満福寺に宿りて
寺に寐る身の尊とさよ涼しさよ
  福嶋公園眺望
見下せば月にすずしや四千軒
  福嶋荵摺(しのぶずり)の古跡にて
うつぶけに涼し河原の左大臣
  十綱の橋
つり橋に乱れて涼し雨のあし
  岩代国湯野村
すずしさや滝ほどばしる家のあひ
涼しくもがらすにとほる月夜哉
  黒塚 二句
木下闇あらら涼しや恐ろしや
すずしさや聞けば昔は鬼の家
  七月二十六日岩代飯阪温泉にて夢中の句
涼しさや羽生えさうな腋の下
  笠嶋道祖神にて
われはただ旅すずしかれと祈る也
  塩竈(しおがま)神社より浦辺をめぐりて
涼しさの猶ありがたき昔かな
  籬か嶋
涼しさのここを扇のかなめかな
  松嶋雑詠(五句)
すずしさの腸にまで通りけり
すずしさや片帆を真帆に取直し
すずしさや舟うつり行千松嶋
涼しさや嶋かたぶきて松一つ
すずしさの大嶋よりも小島哉
  瑞岩寺
経の声はるかにすずし杉木立
  松嶋五大堂
涼しさや嶋から島へ橋づたひ
立ちよれば木の下涼し道祖神
  作並温泉(二句)
ちろちろと焚火涼しや山の家
  塩竈海中の藻をこのあたりにて何と呼ぶや問えば藻汐草というとぞ答えける
すずしさや海人が言葉も藻汐草
  多賀城の碑を見て
のぞく目に一千年の風涼し
窓あけて寐ざめ涼しや檐の雲
すずしさや関山こえて下り道
  鳴雪翁宅にて翁の帰りを待つ
すずしさやあるじまつ間の肘枕
すずしさや小船のりこむ蘆の中
  王子松宇亭
すずしさの隣をとへば正一位
  関山越の隧道にて 三句(うち二句)
涼しさや羽前をのぞく山の穴
隧道にうしろから吹く風すずし
すずしさや臍の真上の天の川
涼しさや子をよぶ牛も川の中
牛のせて涼しやよ淀の渡し舟
  白拍子(しらびょうし)賛
月涼し水干露をこぼすべう
風吹て篝のくらき鵜川哉
川狩や脇指さして水の中
そぼふるやあちらこちらの田植歌
?車行くやひんと立たる田草取
幟たてて嵐のほしき日なりけり
雨雲をさそふ嵐の幟かな
  瑞岩寺
政宗の眼もあらん土用干
掛茶屋は盧生に似たる昼寐哉
烏羽玉の闇の色なるあら鵜哉
物いへば女なりけり真菰刈
真菰負ふて真菰を出でぬ真菰刈
  松嶋一見せんとて上野の?車にのりて
みちのくへ涼みに行くや下駄はいて
  二本松満副寺
広しきに僧と二人の涼み哉
  福嶋
公園に旅人ひとり涼みけり
  奥羽漫遊途次仙台客舎にて
行きついた宿におちつくすずみかな
  松嶋
松嶋の闇を見てゐる涼みかな〔虚子〕
下涼み牛飼牛を放ちつつ
夜涼みや川に落ちたる人の音
山樫の木影に賤のすずみ哉
傾城や客に買はれて夕涼み
松嶋に目のくたびれしすずみ哉
  松嶋五大堂
松の木を叩いてまはるすずみかな
  富美観音にて
松嶋に足ぶらさげる涼みかな
  根岸
妻よりは妾の多し門涼み
  滝の川
筧にも滝と名のつく涼みかな
夏痩は野に伏し山に寐る身哉
風吹て飛ばんとぞ思ふ衣がへ
  実方(さねかた)の墓にまうでて行脚の行末をいのる
旅衣ひとへにわれを護り給へ
家並に娘見せたる浴衣哉
青簾娘をもたぬ家もなし
きぬぎぬの心やすさよ竹婦人
鉢木の謡にむせぶ蚊遣哉
山寺の方丈深き蚊遣哉
傾城の手づからくべる蚊遣哉
門番の窓にわきでる蚊遣哉
藪多き侍町の蚊遣哉
窓ならぶ長屋つづきの蚊遣哉
片隅へ机押しやる蚊帳哉
瘧落て足ふみのばす蚊帳哉
山寺の庫裏ものうしや蝿叩
一梅雨を羽黒にこもるひじり哉
道ふさぐ竹のたわみや五月雨
五月雨やともし火もるる藪の家
五月雨の隅田見に出る戸口哉
五月闇あやめもふかぬ軒端哉
打水に小庭は苔の匂ひ哉
水上はふんどし洗ふ御祓哉
夏痩を親に泣かるる遊女哉
  仙臺愛宕山
汗ふくや仙臺は木もあるところ
心太水にもならず明けにけり
  送之奥州人
みちのくの水の味しれ心太
限りなき海のけしきや五月雨
うれしさや小草影もつ五月晴
夕立や沖は入日の真帆かた帆
  病起
頤の鬚に風あり五月雨
夕立や屋根葺すくむ破風の陰
夕立にうたるる鯉のかしらかな
見てをれば夕立わたる湖水哉
夕立のくるやあれあれ向ふから
  旅亭
夕立や雨戸くり出す下女の数
山を出てはじめて高し雲の峰
雲の峰ならんで低し海のはて
?車見る見る山を上るや青嵐
中をふむ人や青田の水車
田から田へうれしさうなる水の音
其底に木葉年ふる清水哉
岩つかみ片手に結ぶ清水哉
馬柄杓に草をわけ行清水哉
苔のなき石を踏場の清水哉
青松葉見えつつ沈む泉哉
静かさは砂吹きあぐる泉哉
  関山隧道
とんねるや笠にしたたる山清水
夏川や水の中なる立咄し
夏山をめぐりて遠し道普請
  作並温泉
夏山を廊下づたひの温泉哉
ちらちらと伏勢見ゆる夏野哉
杉檜朝日つめたき氷室山
蘆原の中に家あり行々子
川蝉や柳静かに池探し
旅やすし蚤の寐巻の袖だたみ
蚊の声にらんぷの暗き宿屋哉
わけ行けば虫のとびつく夏野哉
一雨にのびるや鹿のふくろ角
大原や雨の中より時鳥
郭公一声毎に十里づつ
大空は四隅もなくて時鳥
  運坐の会にて閑古鳥という題を
閑古鳥扨も発句師のかしましき
蘆の葉と共になびくや行々子
旅烏浮巣にのつて流れけり
蝙蝠や髪そりつかふ手くらがり
初松魚羽が生えたり江戸の空
鎌倉と名のつて死る松魚哉
長居してふみつぶされな蟇
  松嶋の客舎にて
松嶋や名所の蚤のわれをくふ
蚊をたたくいそがはしさよ写し物
  神社新築
蚊柱やふとしきたてて宮造り
露よりもさきにこぼるる蛍哉
灯取虫仏の灯にも焼かれけり
火取虫書よむ人の罪深し
蝉させば竿にもつるる柳哉
洗ふたる飯櫃に蝿あはれなり
我書て紙魚くふ程に成にけり
孑孑の蚊になる頃や何学士
水馬流れんとして飛び返る
夏木立宮ありさうな処哉
  鴻の台
城もなし寺もこぼちぬ夏木立
下闇に八町奥に大悲閣
木下闇ところどころの地蔵かな
夜芝居の小屋をかけたる樗哉
よすがらや花栗匂う山の宿
梅の実の落て黄なるあり青きあり
  根岸
青梅や黄梅やうつる軒らんぷ
  奥州行脚の時
風流は苦しきものぞ蝉の声
鐘もなき鐘つき堂の若葉哉
墓は皆涼しさうなり杉木立
立ちつくす写生の絵師や夏木立
目がさめた頃かよ合歓の花が散る
てらてらと小鳥も鳴かず百日紅
無住寺と人はいふなり百日紅
青き中に五月つつじの盛り哉
くひながら夏桃売のいそぎけり
店さきに幾日を経たる李哉
  実方中将の墓にて
君が墓筍のびて二三間
若竹の筆になるべき細り哉
茨さくや根岸の里の貸本屋
河骨の水を出兼る莟哉
行水をすてる小池や蓮の花
欄干に楊貴妃眠る牡丹哉
牡丹咲て美人の鼾聞えけり
  岩切
蓮の花さくや淋しき停車場
紫陽花ややはなだにかはるきのふけふ
  追善
極楽や清水の中に蓮の花
蓮切て牛の背にのる童哉
門前の老婆利を貪るや蓮の花
  傾城賛
紫陽花やきのふの誠けふの嘘
  陸奥の旅に古風の袴はきたる少女を見て
撫し子やものなつかしき昔ぶり
  羽州行脚
喘ぎ喘ぎ撫し子の上に倒れけり
?の塀にのぼりし葵哉
御湯殿の窓から覗く葵哉
花一つ一つ虻もつ葵哉
夕顔に女所帯の小家かな
藍刈やここも故郷に似たる哉
藍干や一筋あけてはいり口
夕顔に旅と名のつく硯かな
一つ葉の二葉の時ぞ見まほしき
引けば皆かたよる池のぬなわ哉
鎌倉や別荘のうらにふのり干
夏草や嵯峨に美人の墓多し
麦秋や中国下る旅役者
小山田に早苗とるなり只一人
ほろほろと谷にこぼるるいちご哉
ほろほろと手をこぼれたるいちご哉
旅人の岨はひあがるいちご哉
いちごとる手もとを群山走りけり
  ばせを塚にて
旅路なれば残るいちごを参らせん
蝶を追う虻の力や瓜の花
瓜ぬすむあやしや御身誰やらん
  奥州旅中
真桑瓜見かけてやすむ床几哉
  関山の茶屋にやすんで
我はまた山を出羽の初真桑
花のあとにはや見えそむる胡瓜哉
牛部屋のかこひと見ゆれささげ垣
秋立つと知らずや人の水鏡
  最上川(二句)
旅人や秋立つ船の最上川
旅の秋立つや最上の船の中
盆過の村静かなり猿廻し
家の向き西日に残る暑さ哉
  湯田温泉
肌寒み寐ぬよすがらや温泉の匂ひ
  奥羽にては胡瓜を生にてかじる風あれば
輪にもせず竪にもわらず胡瓜哉
今朝の秋扇のかなめ外れたり
西吹くと水士のいふ也けさの秋
見て居れば見えて秋来る二本杉
  古口の旅亭にて
初秋に大事がらるる宿り哉
星の夜に誰そや小川を渡る音
蚊の勢を又立て直す残暑哉
  最上川
筵帆の風に暑さの残りけり
  出羽行脚の時銭嚢底淋しく行末覚束なければ菓子喰いたる茶屋には茶代おかぬ事にきわめて
松風の価をねぎる残暑哉
朝寒や看板残る氷店
  鳴雪翁を訪ひて
俳諧の咄身にしむ二人哉
壁やれてともし火もるる夜寒哉
向ひ地のともし消え行く夜寒
封切て灯をかきたてる夜寒哉
銭湯に端唄のはやる夜寒哉
挑灯の厠へ通ふ夜寒哉
昼中の残暑にかはる夜寒哉
文机にもたれ心の夜寒哉
夜寒さや身をちぢむれば眠く成
  神田祭
夜寒さの樽天王の勢ひ哉
我背戸に二百十日の茄子哉
滝の音といろいろになる夜長哉
  妙義の旅宿に妓楼の蒲団をかりて
傾城のぬけがらに寝る夜寒哉
  病中
妹に軍書読まする夜長哉
秋晴て故人の来る夕哉
いあたづらな子は寐入けり秋のくれ
命には何事もなし秋のくれ
  旅中
宿とつて見れば淋しや秋のくれ
鳥海にかたまる雲や秋日和
行く秋の淋しく成し田面哉
行く秋や油かわきし枕紙
  奥州行脚より帰りて
みちのくを出てにぎはしや江戸の秋
暁のしづかに星の別れ哉
  旅中
うれしさや七夕竹の中を行く
なき人のあらば尋ねん秋の暮
秋のくれ我身の上に風ぞ吹く
秋のくれ屋根に烏の評議哉
はてもなき秋の行へや外が浜
  水中竹枝の画賛
行く秋や水の中にも風の音
秋高し雲より上を鳥かける
  はせを翁二百年忌という今年
俳諧の秋さびてより二百年
梶の葉に雑の歌書く女哉
乞食が売りに出でけり蓮の花
つらつらとならび給へり魂祭
草市にねぎる心のあはれなり
燈籠の火消えなんとす此夕
風吹て廻り燈籠の浮世かな
牛なくや其牛かひの魂まつり
生身魂我は芋にてまつられん
やせ村に老もこぞりし踊かな
一休の投げつけられし角力哉
夕月や京のはづれの辻角力
木の末に遠くの花火開きけり
風吹てかたよる空の花火哉
三千の遊女に砧うたせばや
星ちるや多摩の里人砧打つ
ふんどしになる白布を砧哉
背の高い人のこにくき踊かな
どちらから見てもうしろの案山子哉
山畑は笠に雲おく案山子哉
母親を負ふて出でけり御遷宮
山もとや鳩吹く声の消えて行
白河や二度こゆる時秋の風
売物の大名屋敷秋の風
秋風や妙義の岩に雲はしる
  旅中
笠の端に山かさなりて秋の風
  湯田温泉
秋風や人あらはなる山の宿
  「はて知らずの記」の後に題す
秋風や旅の浮世の果知らず
天の川高燈籠にかかりけり
  旅中
宿もなき旅の夜更けぬ天の川
  湯田温泉
山の温泉や裸の上の天の川
稲妻に人見かけたる野道哉
稲妻をしきりにこぼす夕哉
  湯田温泉
白露にいえ四五軒の小村哉
暁の霧しづか也中禅寺
朝顔の花やぶれけり初嵐
  他郷嵐にあひける夜東京の草庵を憶ひて
恙なきや庵の蕣初嵐
民の田の見えてものうき野分哉
ものうさは日の照りながら野分哉
立琴にから鳴絶えぬ野分哉
しづしづと野分のあとの旭かな
名月やあからさまなる局口
名月やわれは根岸の四畳半
名月や上野は庵の帰り道
名月や大路小路の京の人
雪の富士花の芳野もけふの月
橋二つ三つ漕ぎ出でて月見哉
名月や山を下り来るから車
一寸の草に影ありけふの月
秋風やわれは可もなく不可もなし
  最上川 二句
秋風の吹きひろげけり川の幅
秋風や下駄流したる最上川
月見るや上野は江戸の比叡山
  根岸草庵
ありく丈の庭は持ちけりけふの月
待宵や降ても晴ても面白き
山高く月小にして人舟にあり
鯉はねて月のさざ波つくりけり
社を出れば十六宵の月上りけり
葉まばらに柚子あらはるる後の月
から駕籠の近道戻る花野哉
ながながと安房の岬や秋の海
  出羽
夕陽に馬洗ひけり秋の海
  素麺を人に贈る時
素麺の滝に李白の月見せよ
  春日局像
秋老て九月の月の皺寒し
  恋
其人の名もありさうな花野哉
旅烏雁にまじりてあはれなり
月の出や皆首立てて小田の雁
鵯の声ばかり也箱根山
風吹てくの字にまがる雁の棹
堅田なり雁の居ぬ夜のおもしろや
籠あけて雑魚にまじりし鱸哉
  山上より山麓の人家を見ながら路遠く日のくれかかるに
蜩や夕日の里は見えながら
  小会
蜩や夕日の坐敷十の影
  最上川
蜩や乗あひ舟のかしましき
  清川に戊辰戦争のあとを見て
蜩の二十五年もむかし哉
  最上川舟中
蜻?や追ひつきかぬる下り船
秋の蝿叩かれやすく成にけり
秋の蝿二尺のうちを立ち去らず
暁や厨子を飛び出るきりぎりす
夜をこめて麦つく音やきりぎりす
馬ひとり木槿にそふて曲りけり
大柳散りつくすとも見えざりき
古寺に灯のともりたる紅葉哉
?車の窓折々うつる紅葉哉
  目黒
夕紅葉客よぶ下女の声高し
  王子途中
道々の菊や紅葉や右左
  雅楽協会
伶人のならびぬ紅葉かざしつつ
  王子松宇亭
栗焼てしづかに話す夕哉
野社に子供のたえぬ榎実哉
蕣の入谷豆腐の根岸哉
秋の蚊や死ぬる覚期でわれを刺す
秋の蚊の声ばかりするあはれ也
蓑虫の妹恋しとは鳴かぬ也
金持は悟りのわろし桐一葉
紅葉折て夕日寒がる女哉
紅葉して錦に埋む家二軒
口あけて柘榴のたるる軒端哉
音深く熟柿落けり井戸の中
  入谷
蕣は開く間を売られけり
  漱石来る
蕣や君いかめしき文学士
  行脚より帰りて
蕣に今朝は朝寐の亭主あり
白萩のしきりに露をこぼしけり
萩の花くねるともなくてうねりけり
五文づつに分けて淋しや草の花
?頭や賤が伏家の唐錦
月落て江村蘆の花白し
白水の行へや蓼の花盛り
淋しさを猶も紫?ののびるなり
南山にもたれて咲くや菊の花
萩を手に児山下る一人かな
萩さくや百万石の大城下
萩の中に猶白萩のあはれなり
  某妓に代って某郎に答う
女郎花ただはずかしき許り也
こころみに四五本出たり初尾花
  墳墓発掘
薄ほるあとのくぼみや小雨ふる
  大井村 二句(うち一句)
少しづつ砂利に取らるる薄哉
嵐雪の黄菊白菊庵貧し
縁日へ押し出す聞くの車かな
菊あれて?ねらふ鼬かな
  根岸草庵
菊の垣犬くぐりだけ折れにけり
  天長節
旭に向くや大輪の菊露ながら
隣からともしのうつるばせを哉
我庵や黄菊白菊それもなし
絵に書くは黄菊白菊に限りけり
菊淋し歌にもならで賤が庭
  雅楽協会にて東遊舞を見る
昔めくことこそよしや菊の露
  羯南(かつなん)氏住居に隣れば
芭蕉破れて書読む君の声近し
蓮の実のこぼれ尽して何もなし
稲の穂の伏し重なりし夕日哉
茸狩女と知れし木玉哉
稲の波かぶりて遊ぶ雀かな
新わらや此頃出来し鼠の巣
末枯や帆綱干したる須磨の里
古妻やうら枯時の洗ひ張
初冬の家ならびけり須磨の里
霜月や内外の宮の行脚僧
板橋へ荷馬のつづく師走哉
  述懐
冬の日の筆の林に暮れて行く
うたたねはさめて背筋の寒さ哉
通されて子牛の穴の鼻寒し
  百鬼夜行の図
一ツ目も三ツ目も光る寒さ哉
近道に氷を渡る師走哉
小鼠の行列つづく師走哉
たらちねのあればぞ悲し年の暮
渋色の袈裟きた僧の十夜哉
腫物の血を押し出すや年の暮
風吹て今年も暮れぬ土佐日記
冬籠り琴に鼠の足のあと
  草庵
薪をわるいもうと一人冬籠
炭出しに行けば師走の月夜哉
書の上に取り落したる炭団哉
真黒な手鞠出てくる炭団哉
重ねても軽きが上の薄蒲団
関守の睾丸あぶる火鉢哉
番小屋に昼は人なき火鉢哉
妹なくて向ひ淋しき巨燵哉
寒さうに母の寐給ふ蒲団哉
菊枯て垣に足袋干す日和哉
ゆゆしさや内外の宮の神神楽
たふとさに寒し神楽の舞少女
奈良阪や昔男の麦を蒔く
  病中
飯くはぬ腹にひびくや鉢叩き
寒念仏京は嵐の夜なりけり
あの中に鬼やまじらん寒念仏
?八や俄かに見ゆる人のやせ
鼻水の黒きもあはれ煤払
煤払ひ鏡かくされし女哉
来あはした人も煤はく庵哉
昆布さげて人波わくる年の市
  太鼓画賛
雷神の物買ひにくる年の市
  病中
医者が来て発句よむ也初しぐれ
しぐれうとしぐれうとして暮れにけり
寺もなき鐘つき堂のしぐれ哉
背戸あけて家鴨よびこむしぐれ哉
夕月やおもて過行しぐれ哉
小夜しぐれとのゐ申の声遠し
首立てて家鴨つれたつしぐれ哉
牛つんで渡る小船や夕しぐれ
猿一つ蔦にすがりてしぐれけり
名所は古人の歌にしぐれけり
きそひ打つ五山の鐘や夕しぐれ
?あてや横にしぐるる舟の中
宗祇去り芭蕉没して幾時雨
  獺祭書屋
しぐるるや写本の上に雨のしみ
  芭蕉翁二百年忌
月花の愚をしぐれけり二百年
  送飄亭
凩に吹き落されな馬の尻
朝霜や青菜つみ出す三河嶋
渡りかけて鷹舞ふ阿波の鳴門哉
湖の上に舞ひ行く落葉哉
椽に干す蒲団の上の落葉哉
大寺の屋根にしづまる落葉哉
  訪人不遇
凩や蝉も栄螺もから許り
  獺祭書屋
物は何凩の笠雪の蓑
風吹て雪なき空のもの凄し
惜い事降る程消えて海の雪
寝ころんで牛も雪待つけしき哉
人妻のぬす人にあふ枯野哉
  幽霊画賛
何うらむさまか枯野の女郎花
浮くや金魚唐紅の薄氷
大仏の鼻水たらす氷柱哉
関守の厠へ通ふ千鳥哉
鴨啼いて小鍋を洗ふ入江哉
朝見れば吹きよせられて浮寝鳥
かいつぶり思はぬ方に浮て出る
人をさす剣はさびて冬の蜂
  根岸草庵
三尺の庭に上野の落葉かな
犬吠て里遠からず冬木立
芭蕉枯れんとして其音かしましき
  不忍池
蓮枯て夕栄うつる湖水哉
枯蘆の中に火を焚く小船哉
  芭蕉像賛
寒ければ木の葉衣を参らせん
茶の花の茶の葉あるこそ恨みなれ
山茶花の椽にこぼるる日和哉
寒椿力を入れて赤を咲く
  長恨歌
太液の枯蓮未央の枯柳
  獺祭(だつさい)書屋
古書幾巻水仙もなし床の上
冬枯や巡査に吠ゆる里の犬
冬枯や柿をくはへて飛ぶ鴉
冬枯に犬の追ひ出す烏哉
冬枯の垣根に咲くや薔薇の花
冬枯をのがれぬ庵の小庭哉
夕月に大根洗ふ流れかな
紙燭とつて大根洗ふ小川哉
葱洗ふ浪人の娘痩せにけり
  明治二十七年
父母います人たれたれぞ花の春
淋しさの尊とさまさる神の春
灯を消して元日と申庵哉
猫の子の眷族ふゑて玉の春
  草庵
掃溜にこれはこれはの春も来し
元日や二十六年同じこと
元日や都の宿の置巨燵
めでたさや飾りの蜜柑盗まれて
大内は蓬莱山の姿かな
輪かざりに標札探る礼者かな
人の手にはや古りそめぬ初暦
乗そめや恵方参りの渡し舟
春日野の子の日に出たり六歌仙
星落ちて石となる夜の寒さ哉
日のあたる石にさはればつめたさよ
とりまくや殿居する夜の大火鉢
湖青し雪の山々鳥帰る
大粒の霰降るなり石畳
大木の雲に聳ゆる枯野哉
建石や道折り曲る冬木立
大庭や落葉もなしに冬木立
  村居を訪ふ
冬木立隠士が家の見ゆる哉
草枯れて礎残るあら野哉
冬枯や鳥に石打つ童あり
冬枯や大きな鳥の飛んで行く
冬枯や王子の道の稲荷鮨
  根岸草庵
冬枯や隣へつづく庵の庭
のどかさや内海川の如くなり
旃檀のほろほろ落る二月哉
  宝生新朔の谷行を見て
三月を此能故に冴え返る
小舟漕で大船めぐる春日哉
雨一日二日山家の暮遅し
毛蒲団の上を走るや大鼠
頭巾ぬげば皆坊主でもなかりけり
辻堂に狐の寝たる霜夜かな
霜柱石灯籠は倒れけり
さゆる夜の氷をはしる礫かな
蘆の根のしつかり氷る入江哉
  ある大名邸の跡にて
金魚死して涸れ残る水の氷哉
貝塚に石器を拾ふ冬野哉
貞女石に化す悪女海鼠に化すやらん
釣りあげて河豚投げつける石の上
うららかや氷の解けし諏訪の湖
葉ののびて独活の木になる二月哉
辻堂に絵馬のふゑたる弥生哉
吹て消えて石鹸の玉の日永哉
亀の子の盥這ひ出る日永哉
百人の人夫掘る日永哉
牛に乗て飴買ひに行く日永哉
永き日の滋賀の山越湖見えて
金比羅に大絵馬あげる日永哉
宮嶋や春の夕波うねり来る
春の夜の石壇上るともし哉
春の夜のともし火赤し金屏
  王子松宇亭
春の夜を稲荷に隣るともし哉
朧夜の銭湯匂ふ小村哉
数珠ひろふ人や彼岸の天王寺
山一つこえて畑打つ翁かな
春の夜を語れ式部も小式部も
行春の魚のはらわた腐りけり
行春に手をひろげたる蕨哉
  題画 三句(うち一句)
鳥の声春は緑に暮れて行
  亀井戸と題せる画に藤の花の一房二房と玩具の猿など釣り下げたる処をかきしに
暮れて行く春をぶらりと下りけり
僧や俗や春の山寺碁を囲む
大凧や伽藍の屋根に人の声
そこらから江戸が見えるか奴凧
やぶ入の人許りなり浅草寺
うき人よ彼岸参りの薄化粧
子を負ふてひとり畑うつやもめ哉
武蔵野や畑打ち広げ打ち広げ
大仏に草餅あげて戻りけり
春風や木の間に赤き寺一つ
春風や石に字を書く旅硯
春風や森のはずれの天王寺
六国の印章重し春の風
霜解や杭にふるふ下駄の土
年々や婆々が手痩せて干大根
人も見ず山の凹みの茶摘歌
春風や永代橋の人通り
薄絹に鴛鴦縫ふや春の風
橋ぎはや帆を下したる春の風
  浅草
鳩鳴くや大提灯の春の風
  千住
春風や青物市の跡広し
  上の方にばかり鳥の飛びたるかたに
旅人の上向いて行く春の風
武蔵野を囲む山々雪残る
品川の霞んで遠き入江哉
大仏の横顔かすむ夕哉
  送別
行く人の霞になつてしまひけり
女負ふて川渡りけり朧月
奈良の町の昔くさしや朧月
  上野台眺望
鳶一つ都のはてにかすみけり
春雨の土塀にとまる烏かな
春雨や檻に寝ねたる大狸
石投げて堀の深さを春の雨
蛇の渡るや沼の水ぬるむ
馬引て渡る女や春の水
春の水石をめぐりて流れけり
春の野や何に人行き人帰る
家ありや牛引き帰る春の山
太船の真向に居る汐干哉
鶯や枯木の中の一軒家
背を見せて魚泳ぐ春の水浅し
土橋あり肥舟つどふ春の川
何染めて紅流す春の川
竜宮の鐘聞えたる汐干哉
鶯や女車の加茂詣
鶯にわがくふだけの畠哉
  御題 鶯遅
勅なるぞ深山鶯はや来鳴け
山道や人去て雉あらはるる
板塀や梅の根岸の幾曲り
雀の巣産婆の檐は傾きぬ
夕月や田舟めぐつて鳴く蛙
溝川の澄で行く中蛙かな
泥すみて影の動かぬ蛙かな
穴を出て古石垣の蛇細し
白魚痩せて網の目もるるわりなさよ
板の間にはねけり須磨の桜鯛
人の背に蝶々なぶる小猿哉
蝶々や旅人になつて見たく思ふ
船橋のふわふわ動く胡蝶哉
釣鐘を蹴落さんと虻の飛びめぐる
梅を見て野を見て行きぬ草加迄
  草庵
根岸にて梅なき宿と尋ね来よ
土手一里依々恋々と柳哉
史家村の入口見ゆる柳かな
何の木としらで芽を吹く垣根哉
大桜只一もとのさかり哉
観音の大悲の桜咲きにけり
山ぞひや花の根岸の一くるわ
  悼静渓叟
其ままに花を見た目を瞑がれぬ
  画賛
磬の声花なき寺の静かなり
夜桜や大雪洞の空うつり
石塔や一本桜散りかかる
人もなし花散る雨の館船
めらめらと落花燃けり大篝
紫の夕山つつじ家もなし
籠さげて若菜つみつみ関屋迄
  訪人
ここぢやあろ家あり梅も咲て居る
  鳴雪翁とつれだちて行きけるに翁は梅見にまかるとて道より別れければ
右へ町左へ梅の別れかな
鎌倉や野梅ちる日に我来たり
梅散て又大仏の寒げなり
大川に女船漕ぐやなぎ哉
  根岸
この辺は名もなき家の柳哉
つぶつぶと芽をふいて居る老木哉
鳥の声一樹に深き椿哉
これはこれはあちらこちらの初桜
山桜いくさのあとと思はれず
桜咲てお白粉売や紅粉売や
  芳原
大門や夜桜深く灯ともれり
桜ちる勿来と馬士の唄ひけり
この岡に根芹つむ妹名のらさね
泥川を芹生ひ隠すうれしさよ
石原やほちほち青き春の草
三十六宮荒れ尽して草芳ばしき
下萌や寝牛の尻のこそばゆき
砲台に海苔麁朶つづく浅瀬哉
土筆野中の石碑字消えたり
鷺下りて苗代時の寒哉
大風の俄かに起る幟かな
大幟百万石の城下かな
竹植ゑて朋有り遠方より来る
何なりと草さしくべる蚊遣哉
蚊帳の中に書燈かすかに見ゆる哉
五月雨の雲許りなり箱根山
  虚子の木會路を行くとて旅立ちする時
花菫討死の塚ところどころ
蓮花草咲くや野中の土饅頭
菜の花の小村ゆたかに見ゆる哉
上り帆の菜の花の上に見ゆる哉
涼しさや柳につなぐ裸馬
涼しさのはや穂に出でて早稲の花
  虚子を送る
躑躅さける夏の木曾山君帰る
乞食にはならで今年も衣がへ
乗合の大勢になる袷哉
若人の眼鏡かけたり絹袷
草の戸の粽に蛍来る夜かな
子を負ふて小川飛びこす田植哉
方丈を蚊遣の烟這ひめぐる
文机の下を這ひ出る蚊遣哉
  動物園
夏やせとしもなき象の姿かな
川風に背中吹かるる御祓哉
牛若の鞍馬上るや五月雨
馬で行け和田塩尻の五月雨
海原や夕立さわぐ蜑小舟
五月雨の木曾は面白い処ぞや
破風赤く風緑なり寛永寺
  東照宮
古杉や三百年の風薫る
  上野眺望
雲の峰凌雲閣に並びけり
家あるまで夏野六里と聞えけり
大砲の車小さき夏野かな
絶えず人いこふ夏野の石一つ
夏山や雲湧いて石横はる
板塀にそふて飛び行く蛍哉
蛍飛ぶ中を夜舟のともし哉
大風のあとを蚊の出る山家哉
  晏起(あんき)
天窓の若葉日のさすうがひ哉
夏木立故郷近くなりにけり
木下闇電信の柱あたらしき
  谷中
猫の塚お伝の塚や木下闇
若楓軒のともしのうつり哉
夏桜石を火に焚く山家哉
人も無し牡丹活けたる大坐敷
舟つけて裏門入れば牡丹哉
古池に水草の花さかりなり
十二時の大砲ひびく夏野哉
鉄砲の調練見ゆる夏野哉
時鳥千住あたりは月夜哉
竹藪やものにさはらず飛ぶ蛍
わきかへる薮蚊の中や家一つ
牛馬の尻並べけり蝿の中
川上へ頭そろへて水馬
水馬枯葉かかえて遡る
三井寺は三千坊の若葉哉
夏木立村あるべくも見えぬ哉
  上野
ふらここや雨に濡れたる若楓
  虚子の木曾へ旅立つを
あら恋し木曾の桑の実くふ君は
善き人の皆金くさき牡丹かな
咲きにけり唐紅の大牡丹
杜若咲くや五月の濁り水
藻の花の上に乗り込む田舟哉
  不忍池
昼中の堂静かなり蓮の花
夕顔や随身誰をかいまみる
夏草や大石見ゆるところどころ
  碧梧桐(へきごとう)虚子を伴ひて
初秋や三人つれだちてそこらあたり
玄関に昼顔咲くや村役場
昼顔の花さかりなり野雪隠
  動物園
獣の鼾聞ゆる朝寒み
  猫に紙袋をかぶせたる画に
何笑ふ声ぞ夜長の台所
  王子権現祭礼
杉高く秋の夕日の茶店哉
  旅
馬も居らず駕にもあはず秋の暮
月ながら暮れ行く秋ぞうとましき
乗懸に九月尽きたり宇都の山
すさまじや此山奥の石仏
小坊主のひとり鐘撞く夜寒哉
  恋
待てば来ず雨の夜寒の薄蒲団
長き夜の大同江を渡りけり
秋晴れて両国橋の往来かな
鳶舞ふや本郷台の秋日和
  動物園
秋高く魯西亜の馬の寒げなり
何蒔くと秋の畠を一人打つ
秋晴れて塔にはさはるものもなし
  王子
一日の秋にぎやかに祭りかな
  御行松(おぎようのまつ)
  松一木根岸の秋の姿かな
  悼
此秋に堪へでや人の身まかりぬ
舟に寐て我にふりかかる花火哉
長崎や三味線提げて墓参
草市のあとや麻木に露の玉
角力取の矢走へ渡る小舟哉
向きあふて何を二つの案山子哉
秋はまた春の残りの三阿弥陀
新酒売る家は小菊の莟かな
砧打てばほろほろと星のこぼれける
鯛もなし柚味噌淋しき膳の上
雨ほろほろ小橋落ち簗崩れたり
稲妻に金屏たたむ夕かな
名月のこよひに迫る曇り哉
名月や人うづくまる石の上
名月の波に浮ぶや大八洲
雲一つこよひの空の大事なり
  兵士
あす知らぬ身を韓国の月見哉
  僧
月見るやきのふの花に出家して
  征外の兵士を憶ふ
韓に見よ日本を出づる今日の月
進め進め角一声月上りけり
昼顔や秋をものうき花の形
うまさうに見れば彼岸の焼茄子
ところどころ夜営張るなり天の川
大木の低き枝なし三日の月
大名のひとり月見る夜中哉
いろいろに坐り直す舟の月見哉
野に山に進むや月の三万騎
月千里馬上に小手をかざしけり
月更けて東坡の舟の流れけり
月や今かかれり松の第三枝
薄月も更けぬ御格子参らせよ
  鳴雪不折両氏につれだちて
一行に画かきもまじる月夜かな
  御院田にて鳴雪不折両氏に送る
月の根岸闇の谷中や別れ道
  芋阪に名物の団子あり
芋阪も団子も月のゆかりかな
  海戦
船沈みてあら波月を砕くかな
秋風や森を出でて川横はる
秋風の上野の出茶屋人もなし
野分すなり赤きもの空にひるがへる
  無花菓の
幅広き葉を流れけり朝の露
いたいけな小草露待つ夜明哉
  戦捷
砲やんで月腥し山の上
何とせん母痩せたまふ秋の風
電灯や夜の野分の砂ぼこり
安房の海や霧に灯ともす漁船
  川崎
朝霧の雫するなり大師堂
  川崎大師堂山門を新築す
くさび打つ音の高さよ霧の中
白露や野営の枕木ぎれ也
大仏の顔をはしるや露の玉
  従軍の人を送る
生きて帰れ露の命と言ひながら
からげたる赤腰巻や露時雨
秋もはや日和しぐるる飯時分
大木の中を人行く秋の雨
紫陽花や青にきまりし秋の雨
禅寺の門を出づれば星月夜
此頃や樫の梢の星月夜
信濃路やどこ迄つづく秋の山
  送別
草鞋はいて木曾路の露につまづくな
立てば淋し立たねば淋し沢の鴫
鶺鴒や水痩せて石あらはるる
色鳥や頬の白きは頬白か
気短に鵙啼き立つる日和哉
はらはらと飛ぶや紅葉の四十雀
引汐や沙魚釣り繞る阜頭の先
書に倦みて饅頭焼けば雁の声
燕の帰りて淋し電信機
嬉しさうに忙がしさうに稲雀
河鹿鳴いて石ころ多き小川哉
奥の院見えて蜩十八町
秋の蝉子にとらるるもあはれ也
此頃はまばらになりぬ秋の蝉
馬糞をはなれて石に秋の蝿
秋の蚊とあなどれば群れて我をさす
赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり
堀割を四角に返す蜻蛉哉
刈株を螽老い行く日数かな
稲刈りて水に飛びこむ螽かな
我袖に来てはね返る螽かな
木槿咲いて船出来上る漁村哉
杉垣に結ひこまれたる木槿哉
余所の田へ螽のうつる日和哉
飛びついて螽を落す蛙かな
虫鳴くや木もなき闇の山一つ
  根岸音無川
柳散り菜屑流るる小川哉
つれだつや女商人山紅葉
家やいづこ夕山紅葉人帰る
水青く石白く両岸の紅葉哉
奥深き杉の木の間の紅葉かな
  飛鳥山
目の下のおよそ紅葉の十箇村
  蒲田眺望
山に倚つて家まばらなりむら紅葉
たたかひのあとを野山の錦かな
綿弓や店にならべし青蜜柑
渋柿の烏もつかずあはれなり
  根岸
黒板塀無花菓多き小道かな
  上根岸八十二番地内の家に移りし秋 三句(うち二句)
団栗の音めづらしや板庇
団栗や屋根をころげて手水鉢
鳥啼いて赤き木の実をこぼしけり
  御院殿
阪は木の実乞食此頃見えずなりぬ
曲り曲り突きあたる家の蕣ぞ
朝顔や入谷あたりの只の家
朝顔や塵紙を漉く一つ家
  草庵の囲ひあるとある限り蕣はひつかせて朝な朝な楽みしにある日家主なる人の使して杉垣枯れなんとて尽くそを引かせたる誠に悲しく浮世のさまなりける
朝顔の引き捨てられし莟かな
地に引くや雀のすがる萩の花
武蔵野や畠の隅の花芒
稲刈りて野菊おとろふ小道かな
大寺の礎残る野菊かな
  王子権現祭
祭見に狐も尾花かざし来よ
大石を抱えてなびく尾花かな
野菊咲て測量杭の丈低し
野菊折つて足洗ふ里の女かな
  王子製紙場
水赤く泡流れけり蓼の花
夕風や蘆の花散る捨小舟
草花や小川にそふて王子まで
西洋の草花赤し明屋敷
墓原や小草も無しに?頭花
うつくしき色見えそめぬ葉?頭
戸あくれば紙燭のとどく黄菊哉
二三本?頭咲けり墓の間
?頭や油ぎつたる花の色
白菊の老いて赤らむわりなさよ
菊咲くや草の庵の大硯
菊積んで人中通る車かな
もののうれし小菊の莟鳥の声
  団子阪を望みて
日曜やけふ菊による人の蟻
  団子阪菊花偶
あはれ気もなくて此菊あはれなり
  天長節(四句)
日の旗や淋しき村の菊の垣
明家や旗はなけれど菊の花
木棉ながら善き衣着たり菊の花
菊の垣満艦飾の見ゆる哉
いやが上に野菊露草かさなりぬ
芭蕉破れて露おくべくもあらね哉
茸狩山浅くいぐちばかりなり
ものの香の茸あるべくも思ふかな
蕎麦植ゑて人住みけるよ藪の中
黍がらや?あそぶ土間の隅
白帆見ゆや黍のうしろの角田川
  東京暮秋
菊の花八百屋の店に老いにける
荒寺や芭蕉破れて猫もなし
綻びのとめどもなくて芭蕉哉
  根岸
蔦かづら裏門多き小道かな
一筋は戸にはさまれて蔦紅葉
  田舎
唐黍に背中うたるる湯あみ哉
大藩のもの静かなり稲の花
稲の花道灌山の日和かな
稲の穂や南に凌雲閣低し
  道灌山
見下せば里は稲刈る日和かな
掛稲や野菊花咲く道の端
村近し小川流るるかいわり菜
掛稲に螽飛びつく夕日かな
?の親子引きあふ落穂かな
稲舟や野菊の渚蓼の岸
掛稲や狐に似たる村の犬
稲舟に棹とり馴れぬ女かな
稲積んで車押し行く親子哉
村遠近雨雲垂れて稲十里
武蔵野の薄にまじる岡穂かな
こぼれしか車のあとの今年米
糸瓜肥え?頭痩せぬ背戸の雨
淋しさもぬくさも冬のはじめ哉
薪舟の関宿下る寒さかな
冬ざれや稲荷の茶屋の油揚
ともし行く灯や凍らんと禰宜が袖
冬立つや背中合せの宮と寺
十月の桜咲くなり幼稚園
?豆の生える小春の日向かな
村は小春山は時雨と野の広さ
霜月の小道にくさる落葉かな
大船の干潟にすわる寒さかな
物もなき神殿寒し大太鼓
冬ざれて火焔つめたき不動かな
冬の日の刈田のはてに暮れんとす
大極にものあり除夜の不二の山
大寺の静まりかへる師走かな
大幅の達磨かけたる師走かな
海広し師走の町を出はなれて
大筆にかする師走の日記かな
大声にさわぐ師走の鴉かな
  顔のごとくこしらえたる瓢の火桶の図に
淋しさをにらみあふたる師走かな
行く年の行きどまりなり袋町
行く年や石にくひつく牡蠣の殻
嶋原や笛も太鼓も冬の音
青々と冬を根岸の一つ松
うつせみの羽衣の宮や神の留守
雪空の雪にもならで亥子かな
世の中も淋しくなりぬ三の酉
夜の雨昼の嵐や置巨燵
いくさから便とどきし巨燵かな
凩も負けて太鼓の木魂かな
餅ぬくき蜜柑つめたき祭りかな
世の中も淋しくなりぬ三の酉
炉開いて僧呼び入るる遊女かな
炉開きや炭も桜の帰り花
  芭蕉翁像に対す
われは巨燵君は行脚の姿かな
絵屏風の倒れかかりし火桶かな
藁掛けて冬構へたり一つ家
冬ごもり男ばかりの庵かな
箒さはる琴のそら音や冬籠り
一村は冬ごもりたるけしきかな
  清国捕虜廠舎
かゆといふ名を覚えたか冬籠
子を負ふて大根干し居る女かな
押さるるや年の市人小夜嵐
山僧や経読み罷めて納豆打つ
納豆汁腹あたたかに風寒し
猿引の紙衣裂かるる猿の爪に
ものの香のゆかしや旅の薄蒲団
徴発の馬つづきけり年の市
何となく奈良なつかしや古暦
しぐるるや?頭黒く菊白し
蒟蒻にしぐれ初めけり笊の中
帆柱に月持ちながら時雨かな
あつめ来て紙衣に縫はん古暦
十月や十日も過ぎて初時雨
  従軍中の飄亭を憶う
此頃はどこの時雨に泣いて居る
凩や昼は淋しき廓道
凩の中より月の升りけり
凩の明家を猫のより処
  草庵
凩の上野に近きいほりかな
  浅草
凩に大提灯の静かさよ
饅頭の湯気のいきりや霜の朝
ほつかりと日のあたりけり霜の塔
南天をこぼさぬ霜の静かさよ
一村は雪にうもれて煙かな
冬川の菜屑啄む家鴨かな
ところどころ菜畑青き枯野かな
霜の夜や赤子に似たる猫の声
朝霜の御茶の水河岸静かなり
竹買ふて裏河岸戻る霰かな
新庭やほつちり高き雪の笹
  厳嶋
海の上に初雪白し大鳥居
初冬の月裏門にかかりけり
うしろからひそかに出たり冬の月
冬川に捨てたる犬の屍かな
冬川や砂にひつつく水車
つらつらと雁並びたる冬田かな
?車道の此頃出来し枯野かな
日のさすや枯野のはての本願寺
野は枯れて杉二三本の社かな
上げ汐の千住を越ゆる千鳥かな
夜更けたり何にさわだつ鴨の声
はし鷹の拳はなれぬ嵐かな
学校の旗竿高き冬野かな
不忍に朝日かがやく氷かな
染汁の紫氷る小溝かな
水鳥や中に一すぢ船の道
鯨よる大海原の静かさよ
来年の事言へば鰒が笑ひけり
天地を我が産み顔の海鼠かな
妹がりや荒れし垣根の蠣の殻
吹きたまる落葉や町の行き止まり
山の井の魚浅く落葉沈みけり
大村の鎮守淋しき落葉かな
大船の蠣すり落す干潟かな
古筆や墨嘗めに来る冬の蝿
御手の上に落葉たまりぬ立仏
捨てて置く箒埋めて落葉かな
延宝の立石見ゆる落葉かな
尼寺の仏壇浅き落葉かな
飛ぶが中に蔦の落葉の大きさよ
冬木立五重の塔の聳えけり
枯荻や日和定まる伊良子崎
蓮枯れて泥に散りこむ紅葉かな
寒椿今年は咲かぬやうすなり
川狭く板橋高し枯尾花
枯蘆や同じ処に捨小舟
蓼枯れて隠れあへず魚逃げて行
冬枯や張物見ゆる裏田圃
恋にうとき身は冬枯るる許りなり
寒菊や村あたたかき南受
蛸壺に水仙を活けおほせたり
水仙に今様の男住めりけり
棒入れて冬菜を洗ふ男かな
桶踏んで冬菜を洗ふ女かな
山里や木立を負ふて葱畠
   明治二十八年乙未
  禅師に寄す
隻手声絶えて年立つあした哉
元日の行燈をかしや枕もと
  広嶋行在所(あんざいしょ)
空近くあまりまばゆき初日哉
大家や出口出口の松かざり
蓬莱に貧乏見ゆるあはれなり
  古妻の屠蘇の銚子をささげける
名こそかはれ江戸の裏白京の歯朶
梅提げて新年の御慶申しけり
猿曳や猿に着せたる晴小袖
初夢の思ひしことを見ざりける
うら返す其古衣の着衣始
書初や紙の小旗の日のしるし
  安東県に在る青厓(せいがい)山人に寄す
立札や法三章の筆始
正月の人あつまりし落語かな
新らしき地図も出来たり国の春
薺うつ都はずれの伏家かな
残り少なに余寒ももののなつかしき
  金州
鵲の人に糞する春日哉
春の日の暮れて野末に灯ともれり
石手寺へまはれば春の日暮れたり
  独居恋
何として春の夕をまぎらさん
春の夜や寄席の崩れの人通り
春の夜や奈良の町家の懸行燈
  亡き古白(こはく)を思ひいで
春の夜のそこ行くは誰そ行くは誰そ
たれこめて已に三月二十日かな
斧の柄のいくたび朽ちて日永哉
?車道にならんでありく日永哉
  金州
永き日や驢馬を追ひ行く鞭の影
  奈良
群れ上る人や日永の二月堂
此春は金州城に暮れてけり
  金州城にて
行く春の酒をたまはる陣屋哉
  ある席にて
春の夜の連歌くづれて端唄哉
  古白を悼む
春や昔古白といへる男あり
  松山
春や昔十五万石の城下哉
  黄雲断春色画角起辺愁
春らしきものもなし只角の声
やぶ入の馬にのれば又馬遅し
出代や尾の道船を聞き合せ
無病なる人のいたがる二日灸
涅槃像仏一人は笑ひけり
ものいはず夫婦畑うつ麓かな
日一日同じ処に畠打つ
  法竜寺父君の墓に詣でて
畑打よここらあたりは打ち残せ
荷を解けば浅草海苔の匂ひ哉
野辺焼くも見えて淋しや城の跡
はれてあふ雛に人目の関もなし
  日本新聞社楼上に従軍の酒宴を張りて吾を送らる折ふし三月三日なりければ雛もなしといふ題を皆々詠みけるにわれも筆を取りて 二句
雛もなし男許りの桃の宿
首途やきぬぎぬをしむ雛もなし
妹が頬のほのかに赤し桃の宴
曲水や盃の舟筆の棹
峰入や顔のあたりの山かつら
伊豆の鼻安房の岬もかすみけり
  大聯湾に行く海上対馬を見返りて
日本のぽつちり見ゆる霞哉
  大聯湾
大国の山皆低きかすみ哉
宇治川やほつりほつりと春の雨
春雨の舟に彳む女かな
春風に尾をひろげたる孔雀哉
人もなき几帳を吹くや春の風
  奈良
堂の名は皆忘れけり春の風
春の月枯木の中を上りけり
春の月簾の外にかかりけり
だんだらのかつぎに逢ひぬ朧月
三筋程雲たなびきぬ朧月
  旅順
砲台の舳に霞む港かな
  中野逍遥を憶う
春風や天上の人我を招く
春の月芝居の木戸に湧く女
古庭の雪間をはしる鼬かな
  広嶋東照宮
古社陽炎力無くもえぬ
満汐や橋の下まで春の海
氷解けて古藻に動く小海老哉
山の井や氷解けて石に落ち入れり
春の山一つになりて暮れにけり
角落ちてあちら向いたる男鹿哉
おそろしや石垣崩す猫の恋
神殿や鶯走るとゆの中
燕や酒蔵つづく灘伊丹
  金州
戦ひのあとに少き燕哉
雉鳴くや那須の裾山家もなし
雉鳴くや雲裂けて山あらはるる
姫松に身を隠したる雉子哉
雀子や人居らぬさまの盥伏せ
子の口に餌をふくめたる雀哉
夜越して麓に近き蛙かな
くくと鳴く昼の蛙のうとましや
  金州にて
蛙はや日本の歌を詠みにけり
ひらひらと蝶々黄なり水の上
女そぞろ梅折りなやむけしき哉
紙燭して梅の中行く女哉
舟で行き歩で行く梅の十ヶ村
古寺や葎の中の梅の花
茶畑やところどころに梅の花
裾山や畠の中の梅一木
大原や黒木の中の梅の花
梅の花柴門深く鎖しけり
京人のいつはり多き柳かな
日の入やはや屋根に出る猫の恋
鶯の湯殿のぞくや春の雨
鶯のものしり顔に初音哉
舞雲雀捨身になつて落つる也
昼中や雲にとまりて鳴く雲雀
草原や蜂を恐るる狐の子
大仏の鼻の穴より虻一つ
谷川や橋朽ちて梅おもしろき
  根岸
横町の又横町や梅の花
金州の城門高き柳かな
故郷にわが植ゑおきし柳哉
  金州 三句
兀山の麓に青き柳かな
大柳しだれぬ程ぞおもしろき
城門を出て遠近の柳かな
  猿沢池衣掛柳
柵結ふて柳の中の柳かな
  長安大道連狭斜
大門につきあたりたる柳かな
  金州
珍らしき鳥の来て鳴く木芽哉
  予備病院
君が代は足も腕も接木かな
椿から李も咲かぬ接木かな
聾の聖尊し山桜
門前に児待つ母や山桜
花咲いて妻なき宿ぞ口をしき
銭湯で上野の花の噂かな
観音で雨に逢ひけり花盛
  従軍の首途に 二句
いくさかな我もいでたつ花に剣
出陣や桜見ながら宇品迄
  金州にて
故郷の目に見えてただ桜散る
  狂言「止動方角」
狂ひ馬花見の人をちらしける
  従軍の時
行かばわれ筆の花散る処まで
渤海の平らにつづく柳かな
四五本の柳とりまく小家かな
広嶋は柳の多きところかな
はきだめの榎芽をふく日和哉
鼻つけて牛の嗅ぎ居る木芽哉
三つまたやどの道行かば山桜
折り参らせて初桜とぞ申しける
世の中は桜が咲いて笑ひ声
花咲いて坊主の顔の黒さ哉
浮世とは下戸の嘘なり花に酒
  須磨
敦盛の塚に桜もなかりけり
  年々歳々花相似
年々の花に同じき顔もなし
  眼中之人吾老矣
吾は寐ん君高楼の花に酔へ
  天子呼来不上船
花の酔さめずと申せ司人
  金州
梨咲くやいくさのあとの崩れ家
荷車に娘載せけり桃の花
  松山
故郷はいとこの多し桃の花
  金州
もろこしは杏の花の名所かな
荒寺や簀の子の下の春の草
牛引て書読む人や春の草
  金州城外
なき人のむくろを隠せ春の草
種芋を植ゑて二日の月細し
苗代の雨緑なり三坪程
菜の花の四角に咲きぬ麦の中
菜の花の中に川あり渡し舟
  奈良
菜の花の中に三条四条かな
城跡や大根花咲く山の上
山吹の花の雫やよべの雨
落ちかかる石を抱えて藤の花
菜の花の中に稲荷の鳥居かな
菜の花や牛の尿する渡し船
山吹や水うつくしき多摩の里
落ちかかる石を抱えて藤の花
海苔麁朶の中を走るや帆掛船
柳桜柳桜と栽ゑにけり
  金州城外
一村は杏と柳ばかりかな
  五月金州にて
花盛故郷や今衣がへ
横雲に夏の夜あける入江哉
短夜のともし火残る御堂哉
短夜や一寸のびる桐の苗
明け易き頃を鼾のいそがしき
短夜や大工火ともす船の底
  碧梧桐の東帰を送る
短夜を眠がる人の別れかな
  兵士凱旋
明け易き夜頃をいくさ物語
  百鬼夜行
短夜の足跡許りぞ残りける
  須磨
六月を奇麗な風の吹くことよ
  須磨の松苗を鳴雪翁に寄するとて
水無月の須磨の緑を御らんぜよ
昼中の白雲涼し中禅寺
涼しさや松這ひ上る雨の蟹
涼しさや夕汐満ちて魚躍る
宮一つそこらあたりの涼しさよ
  須磨(六句)
涼しさや松の葉ごしの帆掛船
涼しさやほたりほたりと松ふぐり
涼しさや内裏のあとの小笹原
涼しさや波打つ際の藻汐草
すずしさや須磨の夕波横うねり
あら涼し松の下陰草もなし
  神戸病院を出でて須磨に行くとて
うれしさに涼しさに須磨の恋しさに
  須磨寺
涼しさや石燈籠の穴も海
  壇浦
涼しさや平家亡びし波の音
漆かく裸男のあつさ哉
須磨寺に取りつく迄の暑哉
あら熱し波を見んとて立ち出づる
いらいらと暑しや雨のむらかわき
  病後
なまじひに生き残りたる暑哉
炎天や蟻這い上る人の足
ほろほろと朝雨こぼす土用哉
更衣少し寒うて気あひよき
行列の葵の橋にかかりけり
くらべ馬おくれし一騎あはれなり
風呂の隅に菖蒲かたよせる女哉
あはれさは粽に露もなかりけり
幟暮れて五日の月の静かなり
朝嵐隣の幟立てにけり
山里に雲吹きはらふ幟かな
人の妻の菖蒲葺くとて楷子哉
村医者の洋服着たる暑哉
男許り中に女のあつさかな
ほこり立つ硯の海の夏涸れたり
灌仏や尼の子尼になりにけり
ある夜来て梟啼きぬ幟竿
蚊帳釣りて書読む人のともし哉
病む人の蚊帳にすがる起居哉
人もなし子一人寐たる蚊帳の中
はつきりと見る夜もなしに?の中
  送別
別れとて片隅はづす蚊帳哉
  須磨
暁や白帆過ぎ行く蚊帳の外
火串消えて鹿の嗅ぎよるあした哉
  須磨にて虚子の東帰を送る
贈るべき扇も持たずうき別れ
夏羽織われをはなれて飛ばんとす
いたはしき法親王の夏書哉
ふるさとや親すこやかに鮓の味
夏痩せて大めし喰ふ男かな
夏痩や枕にいたきものの本
夜を起きて人の昼寐ぞすさまじき
板敷や昼寐をめぐる山の蟻
  布袋(ほてい)の杖袋など打ち置きて眠りたる図に
世の中の重荷おろして昼寐哉
  虚子の東帰にことづてて東の人々に申遣はす
ことづてよ須磨の浦わに昼寐すと
雨乞やをさな心におそろしき
茶屋ありや山辺の水の心太
川狩の鉄輪を見たる咄かな
川狩や人におどろく夜の鳥
稗蒔や百姓鶴に語つて曰く
清水の阪のぼり行く日傘かな
古庭や水打つ夕苔くさき
水打て石燈籠のしずくかな
湖に足ぶらさげる涼みかな
子は寐たり飯はくふたり夕涼
ことよせて君を諫むる納涼哉
商人やしばらく涼む橋の上
  須磨寺 二句
二文投げて寺の椽借る涼み哉
御仏も扉をあけて涼みかな
  神戸
分捕の軍艦見ゆる涼みかな
  病起(やまいおき)
痩骨の風に吹かるる涼みかな
  送別
すずみがてら君を送らんそこら迄
  須磨(二句)
真夜中や涼みも過ぎて波の音
ある人の平家?屓や夕涼
  須磨保養院即事
夕涼み仲居に文字を習はする
一銭の氷少き野茶屋哉
絶えずしも白雲おこる氷室哉
  塩屋
夏館異人住むかや赤い花
雨雲の烏帽子に動く御祓哉
甲板に寐る人多し夏の月
  松山大街道
夏の月提灯多きちまた哉
椽側に棒ふる人や五月雨
人並ぶ寮の廊下や五月雨
  病中
ころしもやけふも病む身にさみだるる
  母の東へ帰りたまふに
この二日五月雨なんど降るべからず
夕立や砂に突き立つ青松葉
  高浜海水浴
薫風や裸の上に松の影
岡の上に馬ひかえたり青嵐
雲の峰白帆南にむらがれり
夕栄や月も出て居て雲の峰
古杉の薫りけり奥の院
帆の多き阿蘭陀船や雲の峰
夏川や随身さきへ牛車
旅人の兎追ひ出す夏野哉
商人に行き違ふたる夏野哉
絶壁の巌をしぼる清水哉
一口に足らぬ清水の尊さよ
  日光図
夏山や万象青く橋赤し
  須磨
夏山のここもかしこも名所哉
  神戸市錬卿寓居にて
夏山にもたれてあるじ何を読む
流れ矢の弱りて落ちし青田哉
  満州より帰りて
日本の国ありがたき青田哉
  須磨寺
山門や青田の中の松並木
説教にけがれた耳を時鳥
古池や翡翠去つて魚浮ぶ
ここ迄に蝿居らずなりぬ馬返し
蝿打てしばらく安し四畳半
  露月東都を去りて出羽に帰ると聞えければ須磨より遣す
今百里さらに夏山何百里
うつとりと人見る奈良の鹿子哉
是非もなや足を蚊のさす写し物
灯ともすや蚊の声さわぐ石燈籠
名も知らぬ大木多し蝉の声
着物干す上は蝉鳴く一の谷
鳴きやめて飛ぶ時蝉の見ゆる也
  根岸
いろいろの売声絶えて蝉の昼
蚤飛んで仲間部屋の人もなし
次の夜は蛍痩せたり籠の中
蛍飛ぶ背戸の小橋を渡りけり
孑孑や汲んで幾日の閼伽の水
  有感
?蝉のかしこさうなり浮世也
  病後
蚤に足らず虱にあまる力かな
孑孑や須磨の宿屋の手水鉢
まひまひは水に数かくたぐい哉
夕暮れの小雨に似たり水すまし
蝸牛や雨雲さそふ角のさき
  須磨
松白帆されど蚊も居り蝿も居る
とうとうと太鼓のひびく若葉哉
満山の若葉にうつる朝日哉
若葉して家ありとしも見えぬ哉
山越えて城下見おろす若葉哉
?車過ぎて烟うづまく若葉哉
雨雲の谷にをさまる若葉哉
先供のはるかに高き茂り哉
道ばたに只一本の茂り哉
  松山南郊薬師
我見しより久しきひよんの茂哉
  留別
送られて別れてひとり木下闇
  須磨
物凄き平家の墓や木下闇
  旅立
見返るや門の樗の身えぬ迄
吸物にいささか匂ふ花柚哉
柿の花土塀の上にこぼれけり
露けしや杉の落葉のつづら折
  須磨保養院
人もなし木陰の椅子の散松葉
桑の実の毛虫に似たる恨み哉
ありきながら桑の実くらふ木曾路哉
  辞富居貧
若竹や豆腐一丁米二合
牡丹咲く賤が垣根か内裏跡
牡丹載せて今戸へ帰る小舟かな
一八の屋根並びたる小村かな
芥子咲いて其日の風に散りにけり
  中野逍遥を悼む
いたづらに牡丹の花の崩れけり
花芥子の開くや遅き散るや疾き
萍の中に動くや亀の首
  洪水図
家も木も皆萍とさそはるる
  郊外
藻の花も重なりあふて咲きにけり
弁天の石橋低し蓮の花
  古白百ヶ日
蓮咲いて百ヶ日とはなりにけり
夜の闇にひろがる蓮の匂ひ哉
  仏教
極楽は赤い蓮に女かな
河骨の蕾乏しき流れ哉
藺の花や小田にもならぬ溜り水
蓼の葉や泥鰌隠るる薄濁り
  侘住居(わびずまい)する人につかはす
海松刈る君が姿ぞなつかしき
小祭の三日にせまる葵かな
百姓の塀に窓ある葵かな
  社
何神か知らずひわだの苔の花
隠れ家のものものしさよ百合の花
  傾城画賛
うつむいて何を思案の百合の花
  須磨古跡
撫子に蝶々白し誰の魂
思ひ出して又紫陽花の染めかふる
家毎に凌霄咲ける温泉かな
  留別
昼顔に草鞋を直す別れ哉
雲濡るる巌に蔦の茂りかな
叢に鬼灯青き空家かな
夕顔に平壌のいくさ物語れ
  飄亭凱旋
恙なく帰るや茄子も一年目
瓜好きの僧正山を下りけり
刈麻やどの小娘の恋衣
日の入りや麻刈るあとの通り雨
麦刈つて疫のはやる小村かな
麦藁や地蔵の膝にちらしかけ
兀山のてかてかとして麦の秋
  須磨
入口に麦干す家や古簾
  須磨の関所の跡といへるに
瓜茄子どこを関屋の名残とも
  須磨
秋立てば淋し立たねばあつくるし
秋立つやほろりと落ちし蝉の殻
初秋の簾に動く日あし哉
  広嶋にて飄亭に分るるとて
餞別に汗衫をもらふ残暑哉
  古白の旧庵に入りたる虚子に寄す
尻の跡のもう冷かに古畳
学ぶ夜の更けて身に入む昔哉
朝寒や蘇鉄見に行く妙国寺
  須磨保養院にある頃盗人はいりたりとて罵りさわぐにわれも物とられけりやがて明け行くほどに次の日立秋なりければ 二句
けさの秋きのふの物を取られけり
ののしりし人静まりてけさの秋
朝寒や起つて廊下を徘徊す
朝寒を日に照らさるる首途哉
  観山翁の墓に詣でて
朝寒やたのもと響く内玄関
藪村に旅籠屋もなき夜寒哉
首途の用意して寐る夜寒哉
蜘殺すあとの淋しき夜寒哉
不忍の池をめぐりて夜寒かな
片里に盗人はやる夜寒かな
  須磨
須磨寺の門を過ぎ行く夜寒哉
  奈良角定にて
大仏の足もとに寐る夜寒哉
  即景
灯更けて書読む窓の夜寒哉
  霽月(せいげつ)来る
やや寒み襟を正して坐りけり
長き夜の面白きかな水滸伝
寐られぬよ長き夜頃の物の本
長き夜や人灯を取つて庭を行く
下女部屋の話聞ゆる夜長哉
  有感
長き夜を月取る猿の思案哉
鎌倉や秋の夕日の旅法師
藪寺に磬打つ音や秋の暮
老僧に棒加へけり秋の暮
  須磨
めずらしや海に帆の無い秋の暮
  諸友に三津迄送られて
酒あり飯あり十有一人秋の暮
  留別
十一人一人になりて秋の暮
  再び須磨に来りて
ちかづきの仲居も居らず秋の暮
  帰京途中
日蓮の死んだ山あり秋の暮
  留別
いさましく別れてのちの秋の暮
  高浜
八月や楼下に満つる汐の音
内海や二百十日の釣小舟
行く秋の涙もなしにあはれなり
行く秋や店に兀げたる春日盆
行く秋や奈良の小寺の鐘を撞く
行く秋や奈良の小店の古仏
  観山翁の墓に詣でて
朝寒やひとり墓前にうづくまる
渋柿の実勝になりて肌寒し
  布袋の眠りたる画に
風引くな肌寒頃の臍の穴
  芭蕉の像に題す
此君にわれに秋行く四畳半
  余戸手引松
行く秋や手を引きあひし松二木
  感あり
行く秋の我に神無し仏無し
  客舎に臥して
行く秋の腰骨いたむ旅寐哉
  須磨より奈良に赴きて
須磨に更けて奈良に行く秋あら淋し
  三月堂
行く秋や一千年の仏だち
  法華寺
尼寺や寂莫として秋の行く
  法隆寺
行く秋をしぐれかけたり法隆寺
  帰菴(二句)
行く秋を生きて帰りし都哉
行く秋や菴の菊見る五六日
易を点じ兌の卦に到り九月尽
我庵は蚊帳に別れて冬近し
  羽箒五徳など画きたるに
冬待つや寂然として四畳半
?船過ぎて波よる秋の小島かな
旅人の盗人に逢ひぬ須磨の秋
淋しさや盗人はやる須磨の秋
湖の細り細りて瀬田の秋
病起杖に倚れば千山万獄の秋
行く春の死にそこなひが帰りけり
  燈火斬可親
猿蓑の秋の季あけて読む夜哉
  松山城
秋高し鳶舞ひ沈む城の上
  漱石に別る
行く我にとどまる汝に秋二つ
人かへる花火のあとの暗さ哉
音もなし松の梢の遠花火
  碌堂に別る
秋三月馬鹿を尽して別れけり
雨雲に入りては開く花火かな
昼見れば小旗立てたり花火舟
扇捨てて手を置く膝のものうさよ
白頭の吟を書きけり捨団扇
捨てられて厠に古りし団扇哉
七夕を祭らぬ御代に恋男
七夕やおよそやもめの涙雨
梶の葉に書きなやみたる女哉
七夕や蜘の振舞おもしろき
おろそかになりまさる世の魂祭
聖霊の写真に憑るや二三日
  病中
病んで父を思ふ心や魂祭
  戦後
魂棚やいくさを語る人二人
売れ残るもの露けしや草の市
草市や人まばらなる宵の雨
燈籠をともして留守の小家哉
賤が檐端干魚燈籠蕃椒
たはれ男の遊君祭る燈籠哉
火や消えし雲やかかりし高燈籠
同じ事を廻燈籠のまはりけり
いざたまへ迎火焚てまゐらせん
生身魂七十と申し達者也
家族従者十人許り墓参
棚経や小僧面白さうに読む
施餓鬼舟はや竜王も浮ぶべし
盆過の小草生えたる墓場哉
わづらふと聞けばあはれや角力取
年若く前歯折りたる角力哉
なまくさき漁村の月の踊かな
やぶ入もせぬ迄老いぬ秋の風
玉川や夜毎の月に砧打つ
こしらへて案山子負ひ行く山路哉
兼平の塚を案山子の矢先かな
余り淋し鳥なと飛ばせ鳴子引
二三匹馬?ぎたる新酒かな
莨干す壁に西日のよわりかな
おもしろや田毎の月の落し水
崩れ簗杭一本残りけり
男ばかりと見えて案山子の哀れ也
どう見ても案山子に耳はなかりけり
夕焼や鰯の網に人だかり
藪陰や鳩吹く人のあらはるる
蓬生や我頬はしる露の玉
柴門孤なり誰が住み捨てし露の庵
旅籠屋の戸口で脱げば笠の露
草の戸やひねもす深き苔の露
白露や芋の畠の天の川
朝露の槍の柄つたふ関屋哉
火ちろちろ誰人寐たる露の中
朝露や飯焚く煙草を這ふ
けさの露ゆふべの雨や屋根の草
無雑作に名月出たる畠かな
物干に大阪人の月見哉
方丈や月見の客の五六人
豆のあと畔道ありく月見哉
  正宗寺にて
名月や寺の二階の瓦頭口
  松山を立ち出づるとて
思ひ出の月見も過ぎて分れけり
辻君の辻に立待月夜かな
あら波や二日の月を捲いて去る
  子をまうけてすぐに失ひたる人につかはす
月ならば二日の月とあきらめよ
我国に日蓮ありて后の月
月暗し一筋白き海の上
須磨の海の西に流れて月夜哉
あるが中に詩人痩せたり月の宴
  須磨にて 二句
読みさして月が出るなり須磨の巻
藍色の海の上なり須磨の月
  東坡赤壁図
月に問へ東坡いづくにか去りしと
網あけて鰯ちらばる浜辺哉
暁の骨に露置く焼場哉
  須磨夜景
月昇る紀伊と和泉の堺より
  蕉門十哲の図に
月の座や人さまざまの影法師
  奈良
月上る大仏殿の足場かな
絶壁の草動きけり秋の風
昼の灯や本堂暗く秋の風
ともし火を見れば吹きけり秋の風
船よする築嶋寺や秋の風
礎を尋ねてまはる月夜哉
瀬戸二町中を秋風吹いて来る
秋風や侍町は塀ばかり
  奈良(四句)
秋風や囲ひもなしに興福寺
右京左京中は畑なり秋の風
般若寺の釣鐘細し秋の風
古里や小寺もありて秋の風
  須磨寺
秋風や平家吊ふ経の声
  須磨にて
名所に秋風吹きぬ歌よまん
秋風や皆千年の物ばかり
  東大寺 三句(うち一句)
大仏の尻より吹きぬ秋の風
  飄亭六軍に従ひて遼東の野に戦ふこと一年命を砲煙弾丸の間に全うして帰るわれはた神戸須磨に病みて絶えなんとする玉の緒危くもここに?ぎとめつひに飄亭に逢ふことを得たり相見て惘然(ぼうぜん)言い出づべき言葉も知らず
秋風や生きてあひ見る汝と我
送られて一人行くなり秋の風
  故郷の?(じゆんさい)鱸(すずき)くひたしといひし人もありとか
秋風や高井のていれぎ三津の鯛
すごすごと月さし上る野分哉
無住寺に荒れたきままの野分哉
豆腐買ふて裏道戻る野分哉
天の川浜名の橋の十文字
鳥消えて舟あらはるる霧の中
中天に並ぶ岩あり霧の奥
清水の屋根あらはれぬ霧の中
屋の棟や草にからまる朝の霧
  石手寺
護摩堂にさしこむ秋の日あし哉
  東雲(しののめ)神社
社壇百級秋の空へと上る人
戸口迄送つて出れば星月夜
門を出て十歩に秋の海広し
那古寺の椽の下より秋の海
初汐や千石積の船おろし
山門を出て下りけり秋の山
道尽きて雲起りけり秋の山
秋の山御幸寺と申し天狗住む
秋の山松鬱として常信寺
秋の山突兀として寺一つ
山陰や日あしもささず秋の水
底見えて魚見えて秋の水深し
秋の水泥しづまつて魚もなし
  奈良(三句)
鹿聞いて淋しき奈良の宿屋哉
ともし火や鹿鳴くあとの神の杜
鹿も居らず樵夫下り来る手向山
朝鳥の来ればうれしき日和哉
  須磨
赤蜻?飛ぶや平家のちりぢりに
  貧家の図に
泣く母も笑ふ其子も秋の風
  はじめて古白の墓を訪う 二句(うち一句)
我死なで君生きもせで秋の風
  石手寺の御鬮に「二十四凶病事は長引也命にさわりなし」とあり

身の上や御鬮を引けば秋の風
  広嶋へわたりて
来て見ればここにも吹くや秋の風
  再び須磨に来りて
人も居らずほこりも立たず秋の風
大仏の鼻の穴から野分かな
雲ちぎれ雲飛び野分雨もふらず
秋の海音頭が瀬戸を流れけり
三四日見ぬ間に広き刈田哉
有明や寝ぼけてしらむ鹿の顔
煎餅をくふて鳴きけり神の鹿
とりつくや日本の山へ渡り鳥
  題画
さびたりな茄子の紫鮎の腹
  須磨
赤蜻蛉飛ぶや平家のちりぢりに
啼きながら蟻にひかるる秋の蝉
  茶店
人もなし駄菓子の上の秋の蝿
何事の心いそぎぞ秋の蝶
馬糞に息つく秋の胡蝶かな
童子呼べば答なし只蚯蚓鳴く
我に落ちて淋しき桐の一葉かな
駄菓子売る村の小店の木槿かな
道ばたの木槿にたまるほこり哉
木槿咲く塀や昔の武家屋敷
木槿垣草鞋ばかりの小店哉
  浦屋先生村荘の前を過ぎて
花木槿雲林先生恙なきや
露なくて色のさめたる芙蓉哉
松が根になまめきたてる芙蓉哉
箒持つて所化二人立つ紅葉哉
紅葉焼く法師は知らず酒の熱燗
柳樹屯紅葉する木もなかりけり
通天の下に火を焚く紅葉かな
  竜田川
むら雨や車をいそぐ紅葉狩
?遊ぶ銀杏の下の落葉かな
かせを干す紺屋の柳散りにけり
  道後遊廓の出口の柳は一遍上人(いつぺんしょうにん)御出生地と書ける碑のしだれかかりたるもいとうちとけたるさまなるに
古塚や恋のさめたる柳散る
川崎や梨を喰ひ居る旅の人
仏壇の柑子を落す鼠哉
鍋蓋にはぢく木の実や流し元
二つ三つ木の実の落つる音淋し
代る代る礫打ちたる木の実かな
柿落ちて犬吠ゆる奈良の横町かな
柿の実や口ばし赤き鳥が来る
渋柿やあら壁つづく奈良の町
渋柿や古寺多き奈良の町
町あれて柿の木多し一くるわ
柿ばかり並べし須磨の小店哉
村一つ渋柿勝に見ゆるかな
嫁がものに凡そ五町の柿畠
  道後
温泉の町を取り巻く柿の小山哉
  法隆寺の茶店に憩ひて
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
一本に子供あつまる榎の実かな
葛の葉の吹きしづまりて葛の花
きぬぎぬや蕣折りて参らする
きぬぎぬや蕣いまだ綻びず
逆上の人蕣に遊ぶべし
蕣に一夜とめたる車かな
蕣の蔦にとりつく山家哉
  須磨にある頃虚子おとづれして君が菴の朝顔は今さかりといふに
帰るかと朝顔咲きし留守の垣
風をいたみ萩の上枝の花もなし
麓から寺まで萩の花五町
僧もなし山門閉ぢて萩の花
裾山や小松が中の女郎花
  小さくといへる女能役者を見て
男郎花は男にばけし女かな
蘆の穂に汐さし上る小川かな
橋やあらん漁夫帰り行く蘆の花
つくりしよ茶店の前の草の花
草の花少しありけば道後なり
  須磨にて痾を養うころ
ものうさや手すりに倚れば萩の花
  深きちなみある老女の墓に謁でんと鷺谷をめぐりしに数年の星霜は知らぬ石塔のみみちみちてそれぞとも尋ねかねて空しく帰りぬ
花芒墓いづれとも見定めず
がさがさと猫の上りし芭蕉哉
さらさらと白雲わたる芭蕉哉
石に触れて芭蕉驚く夜半哉
芭蕉破れて繕ふべくもあらぬ哉
  北隣の夢大翁に申つかはす
壁隣芭蕉に風のわたりけり
黄檗の山門深き芭蕉かな
女こびて秋海棠に何思ふ
  漱石寓居の一間を借りて
桔梗活けてしばらく仮の書斎哉
竹籠に紫苑活けたり軸は誰
蘭の香や女詩うたふ詩は東坡
道の辺や荊がくれに野菊咲く
蔦からむ侍町の土塀かな
藁葺の法華の寺や?頭花
水せきて穂蓼踏み込む野川哉
溝川を埋めて蓼のさかりかな
  余戸村を過ぐるに二十年の昔思ひだされて
?苡や昔通ひし叔父が家
  病中
枕もと浦島草を活けてけり
道ばたや魂消たやうに曼珠沙花
病居士の端居そぞろなり菊の花
谷川に臨んで菊の宿屋哉
黄菊白菊一もとは赤もあらまほし
菊の花天長節は過ぎにけり
  『愛媛教育雑誌』百号の祝ひに
松に菊古きはもののなつかしき
  別れを惜みて
年々や菊に思はん思はれん
  奈良
人形をきざむ小店や菊の花
武家町の畠になりぬ秋茄子
  大阪にて
菊活けて荷物散らばる宿屋哉
  帰庵
面白う黄菊白菊咲きやたな
  不折来る
絵かきには見せじよ庵の作り菊
秋茄子小きはもののなつかしき
切売の西瓜くふなり市の月
南無大師石手の寺よ稲の花
稲の花四五人語りつつありく
真宗の伽藍いかめし稲の花
  遠望
稲の花今出の海の光りけり
  石手寺
二の門は二町奥なり稲の花
村中の先生顔や稲の花
  鷺谷眺望
稲の穂に湯の町低し二百軒
はせ違ふ?車の行方や稲筵
ところどころ家かたまりぬ稲の中
  法隆寺
稲の雨斑鳩寺にまうでけり
  田舎
鮎はあれど鰻はあれど秋茄子
庄屋殿の棺行くなり稲の中
家高低稲段々に山の裾
  帰京
稲の秋命拾ふて戻りけり
順礼や稲刈るわざを見て過る
子を負ふて女痩田の稲を刈る
君が代は道に拾はぬ落穂かな
籾干すや?遊ぶ門の内
乞食の袋に見ゆる落穂かな
  法竜寺に至り家君の墓を尋ぬれば今は畑中の荒地とかはりはてたるにそぞろ涙の催されて
粟の穂のここを叩くなこの墓を
  石手寺
通夜堂の前に粟干す日向哉
唐辛子蘆のまろ屋の戸口哉
ほろほろとぬかごこぼるる垣根哉
牛蒡肥えて鎮守の祭近よりぬ
名も知らぬ菌や山のはいり口
  題画
松茸はにくし茶茸は愛らし
谷あひや谷は掛稲山は柿
  題画
秋茄子唐辛子の朱に奪はれぬ
  秋二月故山に病をやしなひ今去るにのぞんで
せわしなや桔梗に来り菊に去る
  奈良
柿赤く稲田みのれり塀の内
病む人の病む人をとふ小春哉
  近衛師団凱旋
うれしくば開け小春の桜花
菊の香や月夜ながらに冬に入る
霜月の野の宮残る嵯峨野哉
気楽さのまたや師走の草枕
あけ放す窓は上野の小春哉
  春の暮より入院し居る虚空子のもとに遣わす
いたはしや花のなやみの小春?
行く年の雪五六尺つもりけり
摺小木や大つごもりを掻き廻す
  漱石虚子来る
漱石が来て虚子が来て大三十日
  漱石来るべき約あり
梅活けて君待つ菴の大三十日
薔薇の花の此頃絶えし寒さ哉
旅籠屋の我につれなき寒さ哉
又例の羅漢の軸の寒さ哉
寒き日を書もてはひる厠かな
寒けれど不二見て居るや阪の上
  神田橋
石垣や松這ひ出でて水寒し
  われも軍隊歓迎会に招かれて
めでたさに袴つけたる寒さ哉
大木のすつくと高し冬の門
  漱石東京へ来りしに
足柄はさぞ寒かつたでござんしよう
冬や今年我病めり古書二百巻
月影や外は十夜の人通り
佐渡へ行く舟呼びもどせ御命講
眼鏡橋門松舟の着きにけり
馬の尻に行きあたりけり年の市
煤払や神も仏も草の上
煤はくとおぼしき船の埃かな
煤はいて蕪村の幅のかかりけり
煤はきのここだけ許せ四畳半
仏壇に風呂敷かけて煤はらひ
  奈良
千年の煤もはらはず仏だち
死にかけしこともありしか年忘れ
炉開や叔父の法師の参られぬ
巨燵から見ゆるや橋の人通り
人もなし巨燵の上の草双紙
丁稚叱る身は無精さの巨燵哉
みちのくの旅籠屋さびて巨燵哉
老ほものの恋にもうとし置火燵
風呂敷を掛けたる昼の巨燵かな
  漱石来る
何はなくとこたつ一つを参らせん
文机の向きや火桶の置き処
化物に似てをかしさよ古火桶
火桶張る昔女の白髪かな
鋸に炭切る妹の手ぞ黒き
冬ごもり達磨は我をにらむ哉
冬ごもり金平本の二三冊
冬ごもり世間の音を聞いて居る
冬ごもり煙のもるる壁の穴
冬ごもり顔も洗はず書に対す
雲のぞく障子の穴や冬ごもり
琴の音の聞えてゆかし冬籠
人病んでせんかたなさの冬ごもり
なかなかに病むを力の冬ごもり
商人の坐敷に僧の冬ごもり
音もせず親子二人の冬ごもり
傾城の文届きけり冬ごもり
冬籠書斎の掃除無用なり
兜着たことは昔に頭巾かな
手凍えて筆動かず夜や更けぬらん
鰒汁一休去つて僧もなし
無精さや蒲団の中で足袋をぬぐ
白菊の少しあからむ時雨哉
稲掛けて神南村の時雨哉
  北白川薨御(こうぎよ)と聞き侍りてそぞろ涙せきあへず金州御在陣の時の事など只まぼろしのごとくに覚えて
しぐるれど御笠参らすよしもなし
金殿のともし火細し夜の雪
峠より人の下り来る吹雪哉
つらなりていくつも丸し雪の岡
山里や雪積む下の水の音
高縄と知られて雪の尾上哉
古関や雪にうもれて鹿の声
雪ながら山紫の夕かな
初雪の大雪になるぞ口をしき
  病中
庭の雪見るや厠の行き戻り
初霜に負けて倒れし菊の花
筵帆の白帆にまじる枯野哉
村人の都へ通ふ枯野哉
乞食の鐚銭拾ふ枯野哉
めづらしく女に逢ひし枯野哉
あぜ許り見えて重なる冬田哉
気車道の一段高き冬田かな
古濠の小鴨も居らぬ氷かな
刈株に水をはなるる氷かな
人住まぬ屋敷の池の氷かな
はりはりと白水落つる氷かな
鶺鴒の刈株つたふ氷かな
暁の氷すり砕く硯かな
旭のさすや檐の氷柱の長短
土ともに崩るる崕の霜柱
枯れ尽す菊の畠の霜柱
湖や渺々として鳰一つ
鴨啼くや上野は闇に横はる
内濠に小鴨のたまる日向哉
  根岸
迷ひ出でし誰が別荘の鴛一羽
  腰の疾にかかりて
起せども腰が抜けたか霜の菊
うとましや世にながらへて冬の蝿
  病に臥して
我病みて冬の蝿にも劣りけり
山深し樫の葉落ちる紅葉散る
舞ひながら渦に吸はるる木葉哉
堀割の道じくじくと落葉哉
谷底にとどきかねたる落葉哉
月の出やはらりはらりと木の葉散る
田の畦も畠のへりも冬木立
山門を出て八町の冬木立
門前のすぐに阪なり冬木立
白帆ばかり見ゆや漁村の冬木立
引汐に引き残されし海鼠哉
落付きの知れぬ木の葉や風の空
山茶花を雀のこぼす日和哉
山茶花のここを書斎と定めたり
帰り咲く八重の桜や法隆寺
冬枯の中に小菊の赤さかな
冬枯やともし火通ふ桑畑
草山の奇麗に枯れてしまひけり
白菊の黄菊の何の彼の枯れぬ
枯菊に着綿程の雲もなし
枯薄ここらよ昔不破の関
枯芝に松緑なり丸の内
古寺や大日如来水仙花
尼寺に冬の牡丹もなかりけり
  根岸郊外
水引くや冬菜を洗ふ一と構
水仙に蒔絵はいやし硯箱
水仙にわびて味噌焼く火桶哉
   明治二十九年丙申
とにかくに坊主をかしや春の花
元朝の上野静かに灯残れり
寐んとすれば?鳴いて年新なり
元日の人通りとはなりにけり
  三十而立と古の人もいはれけん
今年はと思ふことなきにしもあらず
  われをさなくて郷里松山にある頃友二三人づつ両方に分れ橙(だいだい)を投げあひてそを或る限の内にとどめ得ざりし方を負けとする遊びあり之を橙投げとぞいへる正月の一つの遊びなりけるを今はさることも絶えにけん
正月や橙投げる屋敷町
漂母我をあはれむ旅の余寒哉
  家君の二十五回忌にあひて
手向くるや余寒の豆腐初桜
なにがしの忌日ぞけふは冴え返れ
赤飯の湯気あたたかに野の小店
のどかさや千住曲れば野が見ゆる
垂れこめて古人を思ふ春日哉
怪談に女まじりて春の宵
春の夜の妹が手枕更けにけり
朧夜や悪い宿屋を立ち出づる
  俳諧の盛運を祝す
初日呑むと夢みて発句栄ゆべく
  腰の疾に罹りて
立たんとす腰のつがひの冴え返る
朧夜や女盗まんはかりごと
行く春や女載せたるいくさ船
行く春やほうほうとして蓬原
紙あます日記も春のなごり哉
三味線を掛けたる春の野茶屋哉
  病中
この春を鏡見ることもなかりけり
  郷里の風俗におなぐさみといふことあり春暖のころにもなればささえ重箱など携へて親族友だちさそひ合せ石手川の堤吉敷の土手其他思ひ思ひの処に遊び女子供は鬼事摘草に興を尽し老いたるは酒のみながら鬼事にかけまはる女子供を見てうちゑむめり
なぐさみや花はなけれど松葉関
牡丹餅の昼夜を分つ彼岸哉
雛の影桃の影壁に重なりぬ
雛二つ桃一枝や床の上
大凧に近よる鳶もなかりけり
行く春をひとり鼻ひる女かな
緑子の凧あげながらこけにけり
畑打の王莽が銭掘り出しぬ
春風にこぼれて赤し歯磨粉
欄間には二十五菩薩春の風
上市は灯をともしけり夕霞
畑見ゆる杉垣低し春の雨
人に貸して我に傘なし春の雨
風呂の蓋取るやほつほつ春の雨
春雨や日記をしるす船の中
春雨や傘高低に渡し舟
春の山畠となつてしまひけり
内のチヨマが隣のタマを待つ夜かな
  紅緑に贈る
鶯や垣をへだてて君と我
行列につきあたりたる燕哉
  送別
燕のうしろも向かぬ別れ哉
  病中送人
椽端に見送る雁の名残哉
崖急に梅ことごとく斜なり
  幽居を驚かされて
古人来れり何もてなさん梅の宿
  菅笠に題す
此上に落花つもれと思ふかな
交番やここにも一人花の酔
  上野
花の山鐘楼ばかりぞ残りける
  松山語にて揚げたる凧の糸をはじきて凧に響かすることをぱちんこという
ぱちんこに大凧切れてしまひけり
  松山の風俗、童が凧揚ぐる時風なければ「天狗さん風おくれ鰯の頭を三ッつあげよ」と呼ぶ
凧揚げて天狗をたのむ童かな
春風の吹けども黒き仏かな
  病気平癒祝
これはこれは腰が立つたか春の風
  病中
春雨のわれまぼろしに近き身ぞ
  病中
つれづれやわれ寝て居れば春の雨
  根岸
鶯の鳴きさうな家ばかりなり
  病
鶯の鳴けども腰の立たぬなり
  鶯の窓にとびこみたるを捕えたりとてそをめでたき事に思いて句を求めける人に
さすが鶯梟などは飛び込まず
  金州近辺の景を思いでて
鵲の巣くふ古木や石の塀
  古白一周忌
今年又花散る四月十二日
  病中
寐て聞けば上野は花のさわぎ哉
  松山十六日桜
うそのやうな十六日桜咲きにけり
ひねくりし一枝活けぬ花椿
名物の菎蒻黒きつつじかな
  不忍池
弁天をとりまく柳桜かな
連翹に一閑張の机かな
  向嶋の絵に 六句(うち一句)
花の雲言問団子桜餅
  菊五郎賛
梨の花団十郎をひゐきかな
  松山にてつつじの小枝ばかり束ねて売りに来る薪をこまがりという
こまがりに刈り残されて山つつじ
  名を改めたる人に
君知るや三味線は薺なり
  病起小庭をありきまはりて
萩桔梗撫子なんど萌えにけり
古株の底やもやもや薄の芽
木の末をたわめて藤の下りけり
晴れんとす皐月の端山塔一つ
短夜やわりなくなじむ小傾城
  殺気粉々十二首の一
書置の心いそぎに明け易き
もの涼し春日の巫の眼に惚れた
信者五六人花輪かけたる棺涼し
  病苦、安眠せず
夏至過ぎて吾に寝ぬ夜の長くなる
  三界無安猶如火宅
又けふも涼しき道へ誰が柩
平内のぐるりに暑し小平内
朝顔の一輪咲きし熱さかな
夏毎に痩せ行く老の思ひかな
親はまだ衣更ふべくも見えざりき
更衣此頃銭にうとき哉
  病中
人は皆衣など更へて来りけり
ほろほろと雨吹きこむや青簾
明家に菖蒲葺いたる屋主哉
古家に五尺の菖かけてけり
旅籠屋の飯くふそばに蚊遣哉
路次入れば烟うづまく蚊遣かな
なぐさみに蚊遣す須磨の薄月夜
蚊遣火や老母此頃わづらひぬ
歌書俳書紛然として昼寐哉
月赤し雨乞踊見に行かん
三尺の木陰に涼む主従かな
おこし絵に灯をともしけり夕涼
汗ふく親銭数ふる子舟は着きぬ
川風や団扇持て人遠ありきす
しひられてもの書きなぐる扇哉
麁末にして新しきをぞ夏帽子
吹き出しの水葛餅を流れけり
鮓店にほの聞く人の行方かな
早鮎や東海の魚背戸の蓼
野の店や鮎に掛けたる赤木綿
山の家や留守に雲起る鮎の石
われに法あり君をもてなすもぶり鮎
僧来ませり水飯なりと参らせん
夏嵐机上の白紙飛び尽す
洞穴や涼風暗く水の音
  清風関 愚庵十二勝ノ内
涼風や愚庵の門は破れたり
五月雨や大木並ぶ窓の外
五月雨や戸をおろしたる野の小店
五月雨やしとど濡れたる恋衣
五月雨の合羽つつぱる刀かな
かち渡る人流れんとす五月雨
雷の声五月雨これに力得て
今日も亦君返さじとさみだるる
夕立や並んでさわぐ馬の尻
  戦死者を弔ふ
匹夫にして神と祭られ雲の峰
戸の外に筵織るなり夏の月
  西隣夜毎の三味の音(ね)寂(せき)として声なし
妻去りし隣淋しや夏の月
電信の棒隠れたる夏野かな
国道の普請出来たる夏野哉
行列の草に隠るる夏野かな
夏川や吾れ君を負ふて渡るべし
夏川や中流にしてかへり見る
夏川や鍋洗ふべき門構え
夏川のあなたに友を訪ふ日哉
清水ありや婆子曰く茶を喫し去れ
苔清水馬の口籠をはづしけり
笈あけて仏を拝む清水かな
釜つけて飯粒沈む清水かな
  送別
忘れても清水むすぶな高野道
川蝉や柳垂れ蘆生ふる処
川せみやおのれみめよくて魚沈む
  海嘯(かいしょう)
人すがる屋根も浮巣のたぐひ哉
昼の蚊や円休寺借屋と申して
  閉戸
うかと来て喰ひ殺されな庵の蚊に
庭の木にらんぷとどいて夜の蝉
一本に蝉の集まる野中哉
白や赤や黄や色々の灯取虫
馬蝿の吾にうつるや山の道
夏木立幻住庵はなかりけり
下闇や蛇を彫りたる蛇の塚
蛾の飛んで陰気な茶屋や木下闇
葉桜はつまらぬものよ隅田川
花桐の琴屋を待てば下駄屋哉
塗盆に崩れ牡丹をかむろかな
美服して牡丹に媚びる心あり
宰相の詩会催す牡丹哉
廃苑に蜘のゐ閉づる牡丹哉
赤薔薇や萌黄の蜘の這ふて居る
  極堂の妻を迎えたるに
めでたさに石投げつけん夏小袖
  妖怪体
蚊遣火や赤子煮え居る鍋の中
  静岡新声会に寄す
見ぬ友や幾人涼む不二の陰
  議員当選
えらい人になつたさうなと夕涼
  墨水静岡に赴くに
団扇もて我に吹き送れ不二の風
新茶青く古茶黒し我れ古茶飲まん
我心蝿一匹に狂はんとす
  漱石結婚
蓁々たる桃の若葉や君娶る
筍を剥いて発句を題せんか
喰ひなれて筍くらふ異人哉
花震ふ大雨の中の牡丹哉
  病間あり
薔薇剪つて手づから活けし書斎哉
片隅に菖蒲花咲く門田哉
藻の花や水ゆるやかに手長鰕
藻の花に鷺彳んで昼永し
御所拝観の時鉄仙の咲けりしか
御門主の女倶したる蓮見哉
夕顔に女湯あみすあからさま
夏草の上に砂利しく野道哉
夏葱に?裂くや山の宿
野の道や童蛇打つ麦の秋
夕暮やかならず麻の一嵐
いちご熟す去年の此頃病みたりし
  種竹来る
秋の立つ朝や種竹を庵の客
やや寒みちりけ打たする温泉哉
やや寒み朝顔の花小くなる
ひやひやと朝日さしけり松の中
肌寒や湯ぬるうして人こぞる
  即事
夜を寒み俳書の山の中に坐す
灯ともして秋の夕を淋しがる
山門をぎいと鎖すや秋の暮
長き夜や千年の後を考へる
長き夜や孔明死する三国志
?車過ぐるあとを根岸の夜ぞ長き
物に倦みて時計見る夜の長さ哉
椎の樹に月傾きて夜ぞ長き
行く秋の鐘つき料を取りに来る
行く秋を法華経写す手もとどめず
秋晴れてものの煙の空に入る
秋晴れて敷浪雲の平なり
秋不二や異人仰向く馬の上
いのちありて今年の秋も涙かな
砂の如き雲流れ行く朝の秋
水なくて泥に蓮咲く旱かな
朝風やぱくりぱくりと蓮開く
  ある翁のもとへ発句会にまかりけるに胡瓜などいえる句をこそものせしか、はや三年になりけるにその翁みまかりぬと聞きて
其題の胡瓜の頃に死なれけり
看経や鉦はやめたる秋の暮
  即事
枕にす俳句分類の秋の集
月蝕の話などして星の妻
十年の硯洗ふこともなかりけり
燈籠に灯ともさぬ家の端居哉
両国の花火見て居る上野哉
案山子にも劣りし人の行へかな
痩畑の鳴子引くこともなかりけり
説教に行かでやもめの砧かな
小博奕にまけて戻れば砧かな
打ちやみつ打ちつ砧に恨あり
酒のあらたならんよりは蕎麦のあらたなれ
北国の庇は長し天の川
稲妻に心なぐさむひとやかな
草の露馬も夜討の支度かな
  根岸草庵
庭十歩秋風吹かぬ隈もなし
銀杏の青葉吹き散る野分哉
塀こけて家あらはなる野分哉
心細く野分のつのる日暮かな
この野分さらにやむべくもなかりけり
野分して上野の鳶の庭に来る
野分の夜書読む心定まらず
草むらに落つる野分の鴉哉
名月や笛になるべき竹伐らん
  所思
吾に爵位なし月中の桂手折るべく
  恋
月に来よと只さりげなく書き送る
湖をとりまく秋の高嶺哉
森濡れて神鎮まりぬ秋の山
人にあひて恐しくなりぬ秋の山
翡翠の来らずなりぬ秋の水
秋の水魚住むべくもあらね哉
釵で行燈掻き立て雁の声
一夜二夜秋の蚊居らずなりにけり
竹竿のさきに夕日の蜻蛉かな
  今年は全国大雨にて洪水ならぬ処もなきに今は輦轂の下さえ寝耳に水の騒ぎは向嶋一面海のごとく、牛の御前に避難所を構えてさながら戦時の有様なりと聞くより都下の老幼われ先に墨田堤に洪水見んと行くを、中にも女だてらしかも紅粉白粉つけて出かけたる、花なくて何の有様ぞと見し人の話しけるもうたてや
都かな悲しき秋を大水見
もうもうと牛鳴く星の別れ哉
稲妻や獄門の首我を見る
  妖怪体の内
稲妻や波黒く人魚出没す
  仕官の人に贈る
雲の上露の世界を忘るるな
秋風が吹くと申すぞ吹かねども
  妖怪体の内
宿替の百鬼群れ行く野分哉
秋の空露をためたる青さかな
  八月十五夜九月十三夜ともに天晴れて雲影を見ず
洪水多き年を二夜の月晴れたり
稲刈りてにぶくなりたる螽かな
  草庵即興
飼ひ置きし鈴虫死で庵淋し
幕吹いて伶人見ゆる紅葉哉
仏へと梨十ばかりもらひける
  碧梧桐深大寺(じんだいじ)の栗を携へ来る
いがながら栗くれる人の誠哉
榎の実散る此頃うとし隣の子
  棗子逕 愚庵十二勝ノ内
行脚より帰れば棗熟したり
我ねぶり彼なめる柚味噌一つ哉
虫の名は知らず虫聞く男ども
柚味噌尽きて更に梅干を愛す哉
貧厨や柚味噌残りて鼠鳴く
柿くふや道灌山の婆が茶屋
奈良の宿御所柿くへば鹿が鳴く
  霜月国手(こくしゅ)を嘲る
渋柿は馬鹿の薬になるまいか
僧房を借りて人住む萩の花
  目黒
芒わけて甘藷先生の墓を得たり
芋の子や籠の目あらみころげ落つ
三日月の頃より肥ゆる子芋哉
稲の花人相書のまはりけり
何ともな芒がもとの吾亦香
  庭前
萩薄中に水汲む小道かな
  続小説
其はてが萩と薄の心中かな
売り出しの旗や小春の広小路
  閑居
十二月上野の北は静かなり
行く年を母すこやかに我病めり
冬ざれや狐もくはぬ小豆飯
  悼少年
明日より桔梗折るべき人もなし
毒茸や赤きは真赤黄は真黄
色黄にして裏に穴あるは毒茸ぞ
垢すりになるべく糸瓜愚也けり
  漱石の松山へ行くを送る
寒けれど富士見る旅は羨まし
  開花楼に琵琶を聴く
蝋燭の泪を流す寒さ哉
靴凍てて墨塗るべくもあらぬ哉
  平家を聴く
琵琶冴えて星落来る台哉
戸を閉ぢた家の多さよ冬の村
冬籠長生きせんと思ひけり
老僧の爪の長さよ冬籠
  草庵
冬籠あるじ寐ながら人に逢ふ
いもあらばいも焼かうもの古火桶
  病中
詩腸枯れて病骨を護す蒲団哉
冷え尽す湯婆に足をちぢめけり
目さむるや湯婆わづかに暖き
ある時は手もとへよせる湯婆哉
古庭や月に湯婆の湯をこぼす
貧乏は妾も置かず湯婆哉
  病中 二句
胃痛やんで足のばしたる湯婆哉
古湯婆形海鼠に似申すよ
碧梧桐のわれをいたはる湯婆哉
三十にして我老いし懐炉哉
足袋ぬいであかがり見るや夜半の鐘
あちら向き古足袋さして居る妻よ
野の道や十夜戻りの小提灯
芭蕉忌に芭蕉の像もなかりけり
故郷の大根うまき亥子哉
仏壇に水仙活けし冬至哉
餅を搗く音やお城の山かつら
年忘橙剥いて酒酌まん
  露石に贈るべき手紙のはしに
此頃は蕪引くらん天王寺
  明月和尚百年忌
風呂吹を喰ひに浮世へ百年目
夕烏一羽おくれてしぐれけり
烏鳶をかへり見て曰くしぐれんか
  病中 二句
しぐるるや蒟蒻冷えて臍の上
小夜時雨上野を虚子の来つつあらん
  琵琶を聴く
?々としぐるる音や四つの糸
凩や禰宜帰り行く森の中
  愚庵和尚に寄す
凩の浄林の釜恙なきや
鴛鴦の羽に薄雪つもる静さよ
南天に吹雪きつけて雀鳴く
  病中雪 四句
雪ふるよ障子の穴を見てあれば
いくたびも雪の深さを尋ねけり
雪の家に寐て居ると思ふ許りにて
障子明けよ上野の雪を一目見ん
雪女旅人雪に埋れけり
棕櫚の葉のばさりばさりとみぞれけり
水鳥や菜屑につれて二間程
  草庵
菜屑など散らかしておけば鷦鷯
菊枯れて上野の山は静かなり
菊枯れて松の緑の寒げなり
背戸の菊枯れて道灌山近し
百菊の同じ色にぞ枯れにける
  我死せりと夢みたるよしある人より申おこせしに
腐り尽す老木と見れば返り花
  明治三十年
門松と門松と接す裏家哉
塗椀の家に久しき雑煮哉
銭湯に善き衣著たり松の内
蓬?や上野の山と相対す
長安の市に日永し売卜者
出て見れば南の山を焼きにけり
雲無心南山の下畑打つ
零落や竹刀を削り接木をす
大砲のどろどろと鳴る木の芽哉
柳北が寄附せし土手の桜かな
  根岸名所ノ内
鶯横町塀に梅なく柳なし
大道の柳依々として洛に入る
野道行けばげんげんの束のすててある
  弔古白
古白死して二年桜咲き我病めり
一つ落ちて二つ落たる椿哉
  病中
枕もとに長命菊のさかりかな
芒芽をふきぬ病もいえるべく
  病間あり
足の立つ嬉しさに萩の芽を検す
山吹や小鮒入れたる桶に散る
つれづれや病床に土筆の袴取る
  病中
短夜の我を見とる人うたたねす
  病中
余命いくばくかある夜短し
  病中
この熱さある時死ぬと思ひけり
  やごとなき君の早うよりしたしみ参らせしがみまかりたまひぬまだ春秋(しゆんじゆう)に富み給ふ御身の養生残る方なくせさせ給へども兼て定りたる御事にもやありけん同し病に臥す身のいとど悲(かなしみ)に堪へぬに昔いと若うおはせし頃日光伊香保の山道など倶し参らせし事などそぞろに思ひいでて
短夜をやがて追付参らせん
山の池にひとり泳ぐ子肝太き
内閣を辞して薩摩に昼寐哉
法帖の古きに臨む衣がへ
  病中
夏痩や牛乳に飽て粥薄し
  碧梧桐帰京
団扇出して先ず問ふ加賀は能登は如何
  送秋山真之米国行
君を送りて思ふことあり蚊帳に泣く
  有所思
古団扇涙の迹を見らるるな
足しびれて邯鄲の昼寐夢さめぬ
山風や桶浅く心太動く
五斗米の望もなくて古袷
書を干すや昔わが張りし不審紙
書を干すや昔なつかしの不審紙
わが物も昔になりぬ土用干
土用干や軍書虫ばみて烟草の葉
宵月や黍の葉がくれ行水す
  寄愚庵師
霊山や昼寐の鼾雲起る
虫干やけふは俳書の家集の部
日曜や浴衣袖広く委蛇委蛇たり
絵の嶋や薫風魚の新しき
夏野尽きて道山に入る人力車
巡査見えて裸子逃げる青田哉
  浦屋先生の家に冷泉あり
庭清水藤原村の七番戸
  病
いまだ天下を取らず蚤と蚊に病みし
  病中即事(二句)
蝿打を持て居眠るみとりかな
眠らんとす汝静に蝿を打て
  病中
うつらうつら蚊の声耳の根を去らず
  病中
蝿を打ち蚊を焼き病む身罪深し
  清談
心清ししばらく蝿もよりつかず
一筋の夕日に蝉の飛んで行
人寐ねて蛍飛ぶ也蚊帳の中
林檎くふて又物写す夜半哉
しづ心牡丹崩れてしまひけり
茄子汁に村の者よる忌日哉
  病中
障子あけて病間あり薔薇を見る
  別人
来年や葵さいてもあはれまじ
  所思
たれこめて薔薇ちることも知らざりき
銀屏に燃ゆるが如き牡丹哉
朝寒の撃剣はやる城下哉
吉原の太鼓聞ゆる夜寒哉
秋晴れて凌雲閣の人小し
里川や燈籠提げて渉る人
石ころで花いけ打や墓参
草の戸や天長節の小豆飯
複道や銀河に近き灯の通ひ
誰やらの後姿や廓の月
  根岸名所ノ内
芋阪の団子や寐たりけふの月
見に行くや野分のあとの百花園
岩崎の横町淋しき塀の月
書に倦むや蜩鳴て飯遅し
蜩や柩を埋む五六人
蜩や几を圧す椎の影
雨となりぬ雁声昨夜低かりし
祇園の鴉愚庵の棗くひに来る
  虚子下宿屋をはじむ
虚子に俗なし隣の三味に秋の声
  送漱石
秋の雨荷物ぬらすな風引くな
  春は蛙夏は時鳥、虫の諸声犬の遠吠梟の淋しき声に至るまで夜のものは大方に鳴かぬはきわが庵なれど
鹿を放ち向ふの森に鳴かせばや
  つりがねといふ柿をもらひて
つり鐘の蔕のところが渋かりき
柿熟す愚庵に猿も弟子もなし
稍渋き仏の柿をもらひけり
  愚庵より柿をおくられて
御仏に供へあまりの柿十五
柿に思ふ奈良の旅籠の下女の顔
色かへぬ松をあはれむ枯葉哉
  ある日夜にかけて俳句函の底を叩きて
三千の俳句を閲し柿二つ
椎の実を拾ひに来るや隣の子
団栗の落ちずなりたる嵐哉
日まはりの花心がちに大いなり
朝顔のさまざま色を尽す哉
本尊は阿弥陀菊咲いて無住也
  清女が簾(すだれ)かかげたるそれは雲の上の御事これは根岸の隅のあばらやに親一人子二人の侘住居(わびずまい)
いもうとが日覆をまくる萩の月
ごてごてと草花植し小庭哉
  根岸雑咏ノ内
貧しさや葉生姜多き夜の市
  文売らん柿買ふ銭の足らぬ勝
  自慰
柿くはばや鬼の泣く詩を作らばや
樽柿の少し渋きをすてかねし
  我死にし後は
柿喰ヒの俳句好みしと伝ふべし
  我境涯は
萩咲て家賃五円の家に住む
  送漱石
萩芒来年逢んさりながら
  前書あり
萩咲くや生きて今年の望足る
蓮の実の飛や出離の一大事
大菊に吾は小菊を愛すかな
屋根葺のごみ掃落す芭蕉哉
清貧の家に客あり蘭の花
  富
百両の蘭百両の万年青哉
松茸は茶村がくれし小豆飯
  碧梧桐先ず到る
虚子を待つ松蕈鮓や酒二合
  米価騰貴して人食に飽かず
一升に五合まぜたる陸穂哉
  皇太后陛下御病気
この寒さ神だちも看とり参らせよ
出家せんとして寺を思へば寒さ哉
  碧梧桐天然痘にかかりて入院せるに遣す
寒からう痒からう人に逢ひたからう
冬ざれの厨に赤き蕪かな
  草庵
冬さびぬ蔵沢の竹明月の書
畑の木に鳥籠かけし小春哉
フランスの一輪ざしや冬の薔薇
王孫を市にあはれむ師走哉
戸を叩く女の声や冬籠
冬帽の我土耳其といふを愛す
  有感
つくづくと来年思ふ灯下哉
穴多きケツトー疵多き火鉢哉
人も来ぬ根岸の奥よ冬籠
芭蕉忌の下駄多き庵や町はずれ
年忘酒泉の太守鼓打つ
  声涸れて力無き嫗(おうな)の朝な朝なに呼び来る納豆の辛き世こそ思ひやらるれ
豆腐屋の来ぬ日はあれど納豆売
静かさに雪積もりけり三四尺
大雪になるや夜討も遂に来ず
  芳原詞(よしわらことば)の内
居つづけに禿は雪の兎かな
お長屋の老人会や鯨汁
団栗の共に掃かるる落葉哉
  根岸の草庵に故郷の緋蕪をおくられて
緋の蕪の三河嶋菜に誇つて曰く
水仙や晋山の僧黄衣なり
火鉢二つ二つとも欠げて客来らず
    明治三十一年俳句未定稿
女王禄やねびまさりたる御笑顔
門番に餠を賜ふや三ヶ日
めでたさも一茶位や雑煮餠
うたた寐に風引く春の夕哉
春古りし三味線箱の題詩哉
刀鍛冶は庖丁鍛冶や御代の春
  新聞雑咏
永き日や雑報書きの耳に筆
初午に鶯春亭の行燈哉
大兵の野山に満つる霞かな
藍壺に泥落したる燕哉
京に来てひたと病みつきぬ花盛
我病んで花の発句もなかりけり
山吹の花くふ馬を叱りけり
  めずらしく郊外にいでて
めずらしや畑打つ女五年ぶり
  「韻文学」に題す
貫之の蛙芭蕉の蛙哉
  独り何やらを感じて
鶯も啼くぞ雲雀も囀るぞ
  女児誕生
紅梅の莟のやうな拳哉
  両国
鷺の立つ中洲の草や川涼し
  角田川辺
金持は涼しき家に住みにけり
  鳴雪翁久しぶりに句を示されければ
水無月の山吹の花にたとふべし
衣更へて机に向ふうつし物
  長命寺
葉がくれに小さし夏の桜餅
  鳴雪翁久しぶりに句を示されければ
水無月の山吹の花にたとふべし
老車夫の汗を憐む酒手哉
つつじ多き田舎の寺や花御堂
げんげんの下で仏は生れけり
祇園会や二階に顔のうづ高き
あやまつて清水にぬらす扇哉
破れ易し人のかたみの夏羽織
昼寐する人も見えけり須磨の里
蛇のから滝を見ずして返りけり
時鳥一尺の鮎串にあり
蚊の声やうつつにたたく写し物
愛憎は蝿打つて蟻に与へけり
  新聞
蚤とり粉の広告を読む牀の中
上野山余花を尋ねて吟行す
  病間あり(二句)
椅子を移す若葉の陰に空を見る
若葉陰袖に毛虫をはらひけり
  向嶋
葉桜や昔の人と立咄
病僧や杜若剪る手のふるへ
船著きの小き廓や棉の花
  病間あり
椅子を置くや薔薇に膝の触るる処
虫のつく夏萩の芽を剪り捨てぬ
門の内に誰が投げこみし早苗哉
  小園
家主が植ゑてくれたる松の秋
長き夜や障子の外をともし行く
羽織著る秋の夕のくさめ哉
  元光院観月会
やや寒み文彦先生髯まだら
?車の窓に首出す人や瀬田の秋
  草廬(二句)
蓑笠をかけて夜寒の書斎かな
蔵沢の竹も久しや庵の秋
  正倉院
風入や五位の司の奈良下り
掃溜に捨てずもがなの団扇哉
憎まれて見にくき顔や相撲取
鳴子きれて粟の穂垂るるみのり哉
野分して蝉の少きあした哉
鎌倉や畠の上の月一つ
大家の寐静まりたる野分哉
旅人や杖に干し行く汗拭
  両国
贅沢な人の涼みや柳橋
  厩橋
夕涼石炭くさき風が吹く
  入谷
暗き町やたまたま床屋氷店
  おとといは喀痰きのうは発熱
今日は又足が痛みぬ五月雨
鶯や鴉は老いぬものなりけり
鶯の老いたるが多き山路哉
  菓物の常食をやめて
薔薇ちるやいちごくひたき八ツ下り
  不折新居
葉?頭の苗養ふや絵師が家
  庭前
撫子や上野の夕日照り返す
迎火や墓は故郷家は旅
  陰暦八月十七日元光院
ある僧の月も待たずに帰りけり
琵琶一曲月は鴨居に隠れけり
月さすや碁をうつ人のうしろ迄
  元光院(四句)
月曇る観月会の終り哉
三十六坊一坊残る秋の風
瓶花露をこぼす琵琶三両曲
精進に月見る人の誠かな(観月会)
  元光院観月会
月の出を斯う見よと坊は建てたらん
野分して片枝折れし松の月
貧厨の光を生ず鱸哉
螽焼く爺の話や嘘だらけ
  虚子寓
桐の葉のいまだ落ざる小庭哉
  元光院観月会
紅葉山の文庫保ちし人は誰
  碁
淋しげに柿くふは碁を知らざらん
師の坊に猿の持て来る木実哉
山駕や雨さつと来る夕紅葉
荻吹くや崩れそめたる雲の峰
湯治二十日山を出づれば稲の花
  午前四時
朝顔の垣や上野の山かつら
  午前八時
虫の声二度目の運坐始まりぬ
  愚哉が持てる鹿の睾丸の袋に
ひとり寝の紅葉に冷えし夜もあらん
薄月夜西瓜を盗む心あり
船頭の西瓜を切るや涼船
  一本の葉?頭の痩せたるを大事がりて
葉?頭昼照草を引きにけり
  物価騰貴
唐辛子からき命をつなぎけり
  赤
山里の蕣藍も紺もなし
この頃の蕣藍に定まりぬ
朝顔や松の梢の花一つ
朝顔にあさつての莟多き哉
朝顔の花猶存す午の雨
  元光院
日おさへの通草の棚や檐のさき
  観月会準備(二句)
夕飯は芋でくひけり寺男
芋の用意酒の用意や人遅し
  元光院
うら広く秋の茄子も植ゑてあらん
  同観月会(四句)
話ながら枝豆をくふあせり哉
茶の土瓶酒の土瓶や芋団子
蘭の如き君子桂の如き儒者
芋阪の団子の起り尋ねけり
琵琶聴くや芋をくふたる顔もせず
  元光院観月会
老僧に通草をもらふ暇乞
  小園
おしろいは妹のものよ俗な花
市に得し草花植る夜半哉
菊安し天長節の後の市
  俳諧の自然といふことを
合点ぢや萩のうねりの其事か
行く年の御幸を拝む狂女哉
繙いて冬の部に入る井華集
西行に糸瓜の歌はなかりけり
  病中照自題
写し見る鏡中の人吾寒し
小説を草して独り春を待つ
  鳴雪翁を懐ふ
侃々も諤々も聞かず冬籠
遼東の夢見てさめる湯婆哉
兎角して佝僂となりぬ冬籠
声高に書読む人よ冬籠
手炉さげて頭巾の人や寄席を出る
間違へて笑ふ頭巾や客二人
着心の古き頭巾にしくはなし
頭巾著き物は心にさからはず
戯作者のたぐひなるべし絹頭巾
炉開や故人を会すふき膾
冬籠る今戸の家や色ガラス
芭蕉忌や芭蕉に媚びる人いやし
芭蕉忌や吾に派もなく伝もなし
  札幌より林檎一箱送られて
一箱の林檎ゆゆしや冬籠
誓ひには濡れぬ十夜の盲哉
雑炊のきらひな妻や冬籠
冬ごもる人の多さよ上根岸
日あたりのよき部屋一つ冬籠
咲き絶えし薔薇の心や冬籠
  即事
冬籠盥になるる小鴨哉
?頭の黒きにそそぐ時雨かな
口こはき馬に乗たる霰哉
道哲の寺を過ぐれば冬田哉
金州の南門見ゆる枯野哉
杜夫魚のまうけ少きたつき哉
山茶花に新聞遅き場末哉
霜枯や狂女に吠ゆる村の犬
  寒の内よりはや恋わたる猫の声よ
凍え死ぬ人さへあるに猫の恋
初五文字のすわらでやみぬ海鼠の句
海鼠眼なしふくとの面を憎みけり
  露石より天王寺蕪を送られて
蕪肥えたり蕪村生れし村の土
  明治三十二年
蓬莱に一斗の酒を尽しけり
水祝恋の敵と名のりけり
門松やわがほととぎす発行所
  子日画賛
烏帽子著た人ばかり也小松曳
遣羽子の風に上手を尽しけり
  所思
初暦五月の中に死ぬ日あり
  草庵(二句)
雪の絵を春も掛けたる埃哉
蓑掛けし病の牀や日の永き
蒲団著て手紙書く也春の風邪
二番目の娘みめよし雛祭
母方は善き家柄や雛祭
汐干より今帰りたる隣哉
さそはれし妻を遣りけり二の替
雪残る頂一つ国境
会の日や晴れて又ふる春の雨
下駄借りて宿屋出づるや朧月
芹目高乏しき水のぬるみけり
手に満つる蜆うれしや友を呼ぶ
池の端に書画の会あり遅桜
惜気なく梅折りくれぬ寺男
  上野
銅像に集まる人や花の山
  喜人見訪
韮剪つて酒借りに行く隣哉
五女ありて後の男や初幟
滝殿のしぶきや料紙硯箱
ざれ歌の手跡めでたき扇哉
椎の舎の主病みたる五月雨
かたまりて黄なる花さく夏野哉
鴨の子を盥に飼ふや銭葵
夏引その乱れや二十八天下
林檎くふて牡丹の前に死なん哉
  牡丹句録の終りに
三日にして牡丹散りたる句録哉
此村は帝国党や瓜茄子
水清く瓜肥えし里に隠れけり
舟歌のやんで物いふ夜寒かな
  病中
粥にする天長節の小豆飯
  雨
止みになる観月会の手紙哉
?頭の皆倒れたる野分哉
人の目を螫したる蜂の怒哉
蜂を飼ふ隣は蜂を憎む哉
為山画いて皆が賛する扇哉
虫干に蕪村の偽筆掛りけり
  自嘲
十年の狂態今に案山子哉
妹に七夕星を教へけり
町を出でて稲妻広し森の上
稲妻のする時雲の形哉
稲妻や提灯多き野辺送
三銭の鰯包むや竹の皮
安房へ来て鰯に飽きし脚気哉
  わが境涯
句を閲すラムプの下や柿二つ
  自ら自らの手を写して
樽柿を握るところを写生哉
大なるやはらかき柿を好みけり
我好の柿をくはれぬ病哉
初なりの柿を仏にそなへけり
胃を病んで柿をくはれぬいさめ哉
側に柿くふ人を恨みけり
盗みくふ林檎に腹をいためけり
  胃痛
柿もくはで随問随答を草しけり
妹が庭や秋海棠とおしろいと
  自慙
蘭の花我に鄙吝の心あり
  有省
蕃椒広長舌をちぢめけり
  自ら秋海棠を画いて
画き習ふ秋海棠の絵具哉
人賤しく蘭の価を論じけり
筆談の客と主や蘭の花
菊時は菊を売る也小百姓
霜月の梨を田町に求めけり
のびのびし帰り詣や小六月
のら猫の糞して居るや冬の庭
煤払の埃しづまる葉蘭哉
天井無き家中屋敷や煤払
年忘一斗の酒を尽しけり
吉原ではぐれし人や酉の市
  愚哉新婚
結びおきて結ぶの神は旅立ちぬ
柿あまたくひけるよりの病哉
柿くはぬ病に柿をもらひけり
柿くはぬ腹にまぐろのうまさ哉
癒えんとして柿くはれぬぞ小淋しき
胃痛癒えて林檎の来る嬉しさよ
鬼灯を鳴らしやめたる唱歌哉
  自ら秋海棠を画いて(三句のうち二句)
病床に秋海棠を描きけり
紙ににじむ秋海棠の絵の具哉
  蕪村忌 集る四十余人
風呂吹の一きれづつや四十人
炉のふちに懐炉の灰をはたきけり
鷹狩や予陽の太守武を好む
千駄木に隠れおほせぬ冬の梅
  不折の画室開に
祝宴に湯婆かかへて参りけり
蕪村忌の風呂吹足らぬ人数哉
  山林払下
払ひ下げて民に伐らしむ冬木立
  不折子の画室成る
苦辛ここに成功を見る冬の梅
  不折に寄す
画室成る蕪贈つて祝ひけり
  明治三十三年
長病の今年も参る雑煮哉
病牀を囲む礼者や五六人
新年の白紙綴ぢるたる句帖哉
水入の水をやりけり福寿草
蟹を得つ新年会の残り酒
初曾我や団十菊五左団小団
初芝居見て来て曠著いまだ脱がず
梅いけて礼者ことわる病かな
病牀の匂袋や浅き春
  草庵
春寒き寒暖計や水仙花
  皇太子妃冊立
伏して念ふ雛の如き御契
新海苔や肴乏しき精進落
曲水の詩や盃に遅れたる
顔を出す長屋の窓や春の雨
  草庵
春雨や裏戸明け来る傘は誰
  『陸羽新報』発刊
雑煮くふて第一号を祝ひけり
  俳諧雑誌『ふぶき』発刊
蓬莱やふぶきを祝ふ吹雪の句
  月人追悼ノ句麦人ヨリノ求メニ
月人ハ逝イテ麦人春寒シ
  金沢ノ桜花ヲ封ジ来ル
雪国の桜の花は小粒哉
  鼠骨(そこつ)出獄始めて来る
いたわしさ花見ぬ人の痩せやうや
  藜杖神戸へ赴任するに
柳垂れて海を向いたる借家あらん
苗代へ分るる水の目高哉
  不可得(ふかとく)来る
仏を話す土筆の袴剥ぎながら
夏籠や仏刻まむ志
湯に入るや湯満ちて菖蒲あふれこす
地に落し葵踏み行く祭哉
  水滸伝ノ内
素袴や黒三郎が妾
菜の花や一人乗りたる二人乗
  四月二十八日
春蘭や無名の筆の俗ならず
和歌に痩せ俳句に痩せぬ夏男
薫風や千山の緑寺一つ
鉢植の梅の実黄なり時鳥
一門は皆四位五位の茂り哉
薄色の牡丹久しく保ちけり
  新婚
糠味噌に瓜と茄子の契かな
  承久
院宣や夏草夏木振ひ立ち
鐘の音の輪をなして来る夜長哉
冬近き嵐に折れし?頭哉
冬を待つ用意かしこし四畳半
摂待の札所や札の打ち納め
古扇物書き散らし捨てにけり
蕈狩や浅き山々女連
寒き夜の銭湯遠き場末哉
  俳句講習 贈鳴雪翁
舌頭に千転するや汗の玉
  古稀ノ賀
竹の子の子の子もつどふ祝哉
  草廬
西隣陸の筍伸びにけり
かいなでに牡丹描くや泥絵の具
  五月九日
散らまくの花びら垂れし牡丹哉
  五月十一日
一輪ざしに活けたる薔薇の二輪哉
  五月十五日
薔薇を画く花は易く葉は難かりき
  五月十七日
病癒えて力無き手や薔薇を折る
花藺田に水?鳴くべき小雨哉
藺の花にかくるる鷺の頭哉
束髪にして袴つけたり薔薇の花
薔薇の香の粉々として眠られず
萩刈て?頭の庭となりにけり
?頭の十四五本もありぬべし
  浅井氏の洋行を送る
先生のお留守寒しや上根岸
凍筆をほやにかざして焦がしけり
筆ちびてかすれし冬の日記哉
髯のある雑兵どもや冬の陣
書きなれて書きよき筆や冬籠
  信州の人某々来りて俳句のつくりやうを問ふ俳句は即景をよむべしといふことを即事
信州の人に訪はれぬ冬籠
仏壇も火燵もあるや四畳半
芭蕉忌や我俳諧の奈良茶飯
仏壇の菓子うつくしき冬至哉
十年の苦学毛の無き毛布哉
霜の蟹や玉壺の酒の底濁り
?頭やこたへこたへて幾時雨
凩や燈炉にいもを焼く夜半
  月渓がかける蕪村の像の写しを見て
乾鮭に目鼻つけたる御姿
菓子赤く茶の花白き忌日哉
唐筆の安きを売るや水仙花
筆洗の水こぼしけり水仙花
六尺の緑枯れたる芭蕉哉
日暮の里の旧家や冬牡丹
火を焚かぬ煖炉の側や冬牡丹
朝下る寒暖計や冬牡丹
冬牡丹頼み少く咲にけり
  蕪村遺稿刻成
冬の部に河豚の句多き句集哉
  信州の人某々来りて俳句のつくりようを問う、俳句は即景をよむべしということを 即事三句
信州の人に訪はれぬ冬籠
菓子箱をさし出したる火鉢哉
煎餅かんで俳句を談ず火鉢哉
  月兎新婚に
君がために冬牡丹かく祝哉
  明治三十四年
  自題小照
大三十日愚なり元日猶愚也
  春雑
何も書かぬ赤短冊や春浅し
  筋の痛を怺えて臥し居れば昼静かなる根岸の日の永さ
  パン売の太鼓も鳴らず日の永き
  毎日の発熱毎日の密柑此頃の密柑は樵稍々腐りたるが旨き
春深く腐りし蜜柑好みけり
春の日や病牀にして絵の稽古
  蛙
ラムプ消して行燈ともすや遠蛙
  上野は花盛学校の運動会は日毎(ひごと)絶えざる此頃の庵の眺
松杉や花の上野の後側
土筆煮て飯くふ夜の台所
  歯の痛三処に起りて柔かき物さえ噛みがてにする昨今
筍に虫歯痛みて暮の春
写生して病間なり春一日
  暮春(二句)
行く春ややぶれかぶれの迎酒
行く春や日記を結ぶ藤の歌
  焚かねば邪魔になる暖炉取除けさせたる次の朝の寒さ
暖炉取りて六畳の間の広さかな
  草餅(九句のうち三句)
雛様をなぐさめ顔の蓬餅
桜餅草餅春も半かな
故郷や母がいまさば蓬餅
  陽炎
陽炎や石の仁王の力瘤
  雪解(五句のうち三句)
雪垣をのけて明るき雪解かな
雪解けて雪踏の音の嬉しさよ
雪解や町を走らす裸馬
  ある人苔を封じ来る、こは奈良春日大社石灯籠の苔なりと
苔を包む紙のしめりや春の雨
  春雪(八句のうち二句)
春の雪霏々として又降つて来る
雛祭る節供になりて春の雪
  (左千夫の携え来りし鯉を盥に放ちて春水四沢に満つる様を我に見するに十句のうち二句)
春水の盥に鯉の??かな
鯉はねて浅き盥や春の水
  蛇出穴(六句のうち三句)
蛇穴を出る野に遺賢なかりけり
蛇穴を出るよりのたりくたりかな
蛇穴を出て人間を恐れけり
  椿(四句のうち一句)
珍品は凡花に如かぬ椿かな
  短夜(五句のうち三句)
短夜の短さ知るや油さし
短夜の祈り験なく明けにけり
  短夜
短夜を燈明料のかすりかな
  竹婦人(二句のうち一句)
抱籠を抱いて虫歯に泣く夜かな
  団扇
買ひに往て絵の気に入らぬ団扇かな
  夏の月
椽端や虫歯抱へて夏の月
  五月雨(二句)
五月雨や上野の山も見あきたり
病人に鯛の見舞や五月雨
滝迄は行かで返りぬ蛇の衣
  罌栗花(けしのはな)
けしの花大きな蝶のとまりけり
  牡丹(三句)
昼中は散るべく見えし牡丹かな
灯のうつる牡丹色薄く見えにけり
寐牀から見ゆる小庭の牡丹かな
病間あり秋の小庭の記を作る
  即事
母と二人いもうとを待つ夜寒かな
  病牀
痩骨をさする朝寒夜寒かな
病牀の財布も秋の錦かな
  (蚊帳の略画に)
病人の息たえだえに秋の蚊帳
  題払子 肋骨ノクレシ払子、毛ノ長サ三尺モアリ
馬の尾に仏性ありや秋の風
人間ハバマダ生キテ居ル秋ノ風
病床ノウメキニ和シテ秋ノ蝉
夜涼如水天ノ川邊ノ星一ツ
  即事
いもうとの帰り遅さよ五日月
秋ノ蝿追ヘバマタ来ル叩けば死ヌ
  即事
九月蝉椎伐らばやと思ふかな
  (虫)
こほろぎや物音絶えし台所
  蛇の衣
蛇のから何を力に抜け出でし
秋モハヤ塩煎餅ニ渋茶哉
  新暦重陽(三句)
栗飯ヤ糸瓜ノ花ノ黄ナルアリ
主病ム糸瓜ノ宿ヤ栗ノ飯
栗飯ノ四椀ト書キシ日記カナ
秋の蚊のよろよろと来て人を刺す
  (きざ柿の御礼に 臍斎へ)
柿くふも今年ばかりと思ひけり
  病床のながめ
取付て松にも一つふくべかな
  病牀所見
伏して見る秋海棠の木末かな
  家人の秋海棠を剪らんといふを制して
秋海棠に鋏をあてること勿れ
  細臑ノ影襖ニアル
ツクヅクト我影見ルヤ虫ノ声
  虫(四句のうち一句)
痩臑ニ秋ノ蚊トマル憎キカナ
秋ノ蝿叩キ殺セト命ジケリ
  節ヨリ送リコシ栗ハ実ノ入ラデ悪キ栗ナリ
真心ノ虫喰ヒ栗ヲモラヒケリ
棚一ツ夕顔フクベヘチマナンド
  病床ノナガメ(九句のうち三句)
棚ノ糸瓜思フ処ヘブラ下ル
試ミニ名ヲバ巾着フクベカナ
野分近ク夕顔ノ実ノ太リ哉
  家庭ノ快楽トイウコトイクラ言ウテモ分ラズ
物思フ窓ニブラリト糸瓜哉
  (朝鮮服ノ少女ニ)
芙蓉ヨリモ朝顔ヨリモウツクシク
  (朝顔ヲ画キテ 四句のうち二句)
朝顔ヤ絵ノ具ニジンデ絵ヲ成サズ
朝顔ノシボマヌ秋トナリニケリ
  (枝豆 十二句のうち二句)
枝豆ヤ三寸飛ンデ口ニ入ル
枝豆ノツマメバハヂク仕掛カナ
  草木国土悉皆成仏
糸瓜さへ仏になるぞ後るるな
  秀調死せしよし
悪の利く女形なり唐辛子
驚くや夕顔落ちし夜半の音
  冬雑
朝な朝な粥くふ冬となりにけり
成仏ヤ夕顔ノ顔ヘチマノ屁
  (一ヶ月五十円ノ収入アリ 二句のうち一句)
?頭ヤ糸瓜ヤ庵ハ貧ナラズ
  大原御祖母様の七十七をいわい申して
百歳の春も隣や餅の音
  冬田(五句のうち一句)
泥深き小田や田螺の冬籠
  明治三十五年
  病床口吟(室内)
煖炉たく部屋暖に福寿草
色さめし造り花売る小春かな
  病床口吟(室内)
薬のむあとの蜜柑や寒の内
君を呼ぶ内証話や鮟鱇汁
鮟鱇ありと答へて鍋の支度かな
傾城を買ひに往く夜や鮟鱇鍋
  移居十首のうち 二句
新宅は神も祭らで冬籠
鮟鱇鍋河豚の苦説もなかりけり
  病床口吟(室外)(二句)
隣住む貧士に餅を分ちけり(憶鼠骨)
烏帽子著よふいご祭のあるじ振(憶秀真)
  病床口吟(室内)
病床やおもちや併べて冬籠
  病床口吟(室外)
朝霜に青き物なき小庭哉
  病床口吟(室外)
枯尽くす糸瓜の棚の氷柱哉
  移居十首のうち
貧をかこつ隣同士の寒鴉
  日蓮賛
鯨つく漁父ともならで坊主哉
  移居十首のうち
軸の前支那水仙の鉢もなし
  枯しのぶ
大事がる金魚死にたり枯しのぶ
  西陣
冬枯の中に錦を織る処
  自ら枕辺にある画三種を写して賛をつくる(三句)(大津画)
昔絵の春や弁慶藤娘
  (蕙斎略画式)
汐干潟うれし物皆生きて居る
  (幼童稽古画帖)
春惜む一日画をかき詩を作る
土佐が画の人丸兀げし忌日かな
橘の曙覧の庵や人丸忌
鬚剃るや上野の鐘の霞む日に
  悼蘇山人
陽炎や日本の土に殯
下総の国の低さよ春の水
茶器どもを獺の祭の並べ方
  叔父の欧羅巴へ赴かるるに笹の雪贈りて
春惜む宿や日本の納豆汁
  (加藤叔父男子出産)
雀の子忠三郎も二代かな
  読吉野紀行(二句)
花の宿くたびれ足を按摩哉
千本が一時に落花する夜あらん
  盆栽紅梅(六句のうち一句)
紅梅の鉢や寝て見る置処
  母の花見に行き玉へるに
たらちねの花見の留守や時計見る
蒲公英やボールころげて通りけり
  芹
雨に友あり八百屋に芹を求めける
  律(りつ)土筆取にさそはれて行けるに
家を出でて土筆摘むのも何年目
  法然賛
念仏に季はなけれども藤の花
修竹千竿灯漏れて碁の音涼し
驟雨欲来五尺ノ百合ヲ吹ク嵐
夜涼如水三味引きやめて下り舟
すずしさの皆打扮や袴能
  律土筆取にさそわれて行けるに
看病や土筆摘むのも何年目
病床を三里はなれて土筆取
  陸前石巻より大鯛三枚氷につめて贈りこしければ
三尺の鯛生きてあり夏氷
  自画菓物写生帖の後に
画がくべき夏のくだ物何々ぞ
  六月会 舟遊
網の舟料理の舟や舟遊び
草市の草の匂ひや広小路
遠くから見えし此松氷茶屋
  此頃の暑さにも堪へ兼て風を起す機械を欲しと言へば、碧梧桐の自ら作りて我が寐床の上に吊り呉れたる、仮に之を名づけて風板といふ。夏の季にもやなるべき。
風板引け鉢植の花散る程に
三尺の鯛や蝿飛ぶ台所
  (上根岸三島神社祭礼 八句のうち一句)
この祭いつも卯の花くだしにて
  この頃すこしく痛みのひまあるに任せて俳句など案じわずらうほどに古の俳人たちはかかる夏の日をいかにして送りけんなど思いつづくれば、あら面白、その人々の境涯あるはその宿の有様ありありと眼の前に浮ぶままにまぼろしを捉えて、一句また一句、十余人十余句を得てけり。試に記して昼寝の目ざまし草、茶のみ時の笑い草にもなさんかし。(『病床六尺』前文)
  芭蕉
破団扇夏も一炉の備哉
  其角
粛山のお相手暑し昼一斗
  去来
柿の花散るや仕官の暇無き
  蕪村
団扇二つ角と雪とを画きけり
  太祇
俳諧の仏千句の安居かな
  召波
村と話す維駒団扇取つて傍に
  几董
李斯伝を風吹きかへす昼寐かな
  惟然
昼蚊帳に乞食と見れば惟然坊
  鬼貫
酒を煮る男も弟子の発句よみ
  智月
義仲寺へ乙州つれて夏花摘
  自画菓物写生帖の後に
画き終へて昼寝も出来ぬ疲れかな
梅雨晴や蜩鳴くと書く日記
薔薇を剪る鋏刀の音や五月晴
ラムネ屋も此頃出来て別荘地
  垂釣雑詠のうち
薫風吹レ袖釣竿担ぐ者は我
  丈草
青嵐去来や来ると門に立つ
夏野行く人や天狗の面を負ふ
夏山や岩あらはれて乱麻皴
氏祭これより根岸蚊の多き
  無事庵久しく病に臥したりしが此頃みまかりぬと聞きて
時鳥辞世の一句なかりしや
蝉始めて鳴く鮠釣る頃の水絵空
  六月会  翡翠
御庭池川せみ去つて鷺来る
川せみや池を遶りて皆柳
柳伐て川せみ魚を取らずなりぬ
飯呼べど来らず蚋の跡を掻く
天狗住んで斧入らしめず木の茂り
柱にもならで茂りぬ五百年
  小照自題
蝸牛の頭もたげしにも似たり
  病中作
活きた目をつつきに来るか蝿の声
  蚋
飯呼べど来らず蚋の跡を掻く
  写生帖の後に数句あり(五句)
青梅をかきはじめなり菓物帖
南瓜より茄子むつかしき写生哉
  自画菓物写生帖の後に
病間や桃食ひながら李画く
歯が抜けて筍堅く烏賊こはし
  河東氏手飼のカナリヤ今や卵を産む季節に際し昨日も今日も一つずつうみたりというに、今夕刻に至り俄に様子悪く身動きもせぬと茂枝子の泣きまどいわが家へ来て訴えられけるに、せむ術もなくて祈祷の句を作る(五句)
菜種の実はこべらの実も食はずなりぬ
鳥の親に中将湯や糞づまり
鳥の巣も頼むや子安観世音
竹の子も鳥の子も只やすやすと
糞づまりならば卯の花下しませ
  芍薬を画いて(二句)
芍薬の衰へて在り枕許
芍薬を画く牡丹に似も似ずも
  虚子一男一女の写真
筍哉虞美人草の蕾哉
畑もあり百合など咲いて島ゆかた
箒木の四五本同じ形かな
  園女
罌栗さくや尋ねあてたる智月庵
草花を画く日課や秋に入る
  自題
土一塊牡丹いけたる其下に
  丁堂和尚より南岳の百花画巻をもらひて朝夕手を放さず
病床の我に露ちる思ひあり
  大漁
十ヶ村鰛くはぬは寺ばかり
  薩摩知覧(ちらん)の提灯といふを新圃にもらふたり
虫取る夜運座戻りの夜更など
大岩の穴より見ゆる秋の海
芋虫や女をおどす悪太郎
桃売の西瓜食ひ居る木陰哉
  千里女子写真
桃の如く肥えて可愛や目口鼻
桃の実に目鼻かきたる如きかな
  男の子一人ほしといふ人に代りて
桃太郎は桃金太郎は何からぞ
  (温州蜜柑の御礼に 松本翠濤へ)
珍らしきみかむや母に参らする
  (孫生、快生への返事 病牀六尺)
断腸花つれなき文の返事哉
  (思はぬ恋の失望に)
病む人が老いての恋や秋茄子
朝顔や我に写生の心あり
庭行くや露ちりかかる足の甲
  臥病十年
首あげて折々見るや庭の萩
  女の子ほしといふを
花ならば爪くれなゐやおしろいや
  年ふけて修学する不幸女へ
女郎花女ながらも一人前
黒きまでに紫深き葡萄かな
  絶筆 三句(是れ子が永眠の十二時間前即ち十八日の午前十一時病牀に仰臥しつつ痩せに痩せたる手に依りて書かれたる最後の俳句なり–新聞「日本」掲載時の前書)
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間にあはず
をととひのへちまの水も取らざりき