九月:鱸のムニエル

ようやく暑さも収まる初秋の旬の魚といえば鱸。季語の鱸は、その大口や跳ぶ様、膾などが詠まれ、平家物語では、熊野詣の清盛の舟に鱸が飛び込んだのを平家興隆の瑞兆と喜ぶ話がある。出雲の奉書焼など、大昔から日本人に親しまれてきたその淡白な白身は、和風は無論、洋風の味付けにも合う。小麦粉を薄くまぶしバターで焼き上げるムニエルは、皮も香ばしく美味しい。彩り野菜を付け合わせ和風にも洋風にも・・。日本の料理の幅は実に広い。

ムニエルの銀焦がしたる鱸かな 越智淳子


八月:ゴーヤチャンプル

気候変動の結果はいよいよ明らか。今、北半球は猛暑に喘いでいる。ゴーヤは沖縄をはじめ、鹿児島、宮崎、長崎など暖かい地域の産物。外観の疣と味の苦みが特徴だが、食用にするのは未熟な果実なのだから青臭い苦さは当然。ゴーヤチャンプルは、豚肉、木綿豆腐、卵とゴーヤという抜群の組み合わせ。暑い地域の料理は、暑さに負けない活力を人に恵む。

けふもまた猛暑ゴーヤの力得ん 越智淳子


七月:冷しゃぶ

あっけなく梅雨明け。この時期からの猛暑では大地はますます熱くなる。まだ日のある夏の夕餉にはキンと冷えた料理が有難い。夏バテに効くという豚肉の冷しゃぶは美味しい。薄切り肉を熱湯に軽くくぐらせ脂肪を落として冷やし、胡瓜やレタス、トマト、スライス玉ねぎなど豊富な野菜や若布などの海藻と一緒に頬張る。タレはさっぱりのポン酢あるいはコクの胡麻ダレなど好み次第。ざくざくむしゃむしゃと食み音高く食べれば、酷暑も乗り切れる。

冷しやぶに野菜ざくざく夕餉とす 越智淳子


六月:パエリア

スペイン料理の中心メニューといえばパエリア。玉葱、ニンジン、セロリ、野菜の旨味の上に夏の旬の烏賊や海老、ムール貝など魚介のスープに生米を入れて煮立て軽く焦げ目がつくまで水分を飛ばす。サフランが入れば本格的。今では家庭でフライパンでも作れるが、どうも魚介炊き込みご飯になりがちと指摘もされる。が、生米感よりもふっくらご飯に親しむ日本人にはスペイン風魚介炊き込みご飯も、それはそれでやはり美味しい。

半島の海のパエリア大南風 越智淳子


五月:豆ごはん

グリーンピースが出てくると豆ごはん-は母の定番料理。ほのかな塩味と甘さ、そして何より白いご飯に緑の豆が目にも美味しい。また豆を別に甘く煮て、酢飯に入れた俵型のおにぎりは、初夏のピクニック弁当にぴったりだった。ほっくりと豆ごはんを頬張るのも、豆をちょこちょこ摘まむのもどちらも美味しい。夕餉の豆ごはん、そのおかずには、鰹のたたき、筍の若竹煮、それに分葱のヌタとくれば、まさに緑あふれる初夏のご馳走。

親も子も箸かろやかに豆ごはん 越智淳子


四月:鰆の焼物

椿が春の木なら、鰆は春の魚。もっとも鰆は日本では北海道以南で一年中とれる出世魚。寒鰆は脂がのっていて西京焼きにはぴったり。春に関西周辺、瀬戸内海に来る頃には体長1メートルほどになるという。脂は少なくなるが、むしろさっぱりして旨味は増す。春の京料理の焼き物には欠かせない。骨が少なくて食べやすいのも嬉しい。焼く匂で何の魚かと判るほど魚はそれぞれの味が違う。魚を食す人々は味覚が発達するらしいが、それも頷ける。

鰆焼く香や昼近き京の露地 越智淳子


三月:スパゲッティボンゴレ

アサリ(ボンゴレ)は、最近、産地偽装の残念なニュースが出たが、3月が旬の、味の濃い、多くの人に好まれる二枚貝。アサリをガーリック、塩、白ワインで仕上げたスパゲッティボンゴレは、日本人が最も好むイタリアンの定番。アサリの身を細かくしたものや貝の殻ごと入れるものなどタイプはいろいろだが、殻に溜まったソースに浸かったアサリの旨味は格別。食べた殻を別の皿に積み上げるのは、野趣もあり、ちょっと豪勢。

磯の香の殻ごと浅蜊スパゲッティ 越智淳子


二月:おでん

二月は立春だが寒さは一段と深い。温かい鍋は、なによりご馳走。おでんが、他の鍋物と違うのは、その時間の流れ。のんびりと時間に揺蕩いながら、おでんは美味しくなる。がんもどき、大根、薩摩揚げ、つみれ、蒟蒻、はんぺん、ちくわ、ゆで卵、等々具材は限りなく、それぞれが互いに作用し合い味を作り出す。好みの具を人に尋ね、自分の好みも宣言してみると良い。驚くほど、一番好みの具は各人それぞれ。その違いこそが、おでんの醍醐味。

語り合ふ大根つみれおでん鍋 越智淳子


一月:七草粥

七草粥は芹、薺、御形、はこべら、仏の座、すずな、すずしろの若菜を入れた正月七日に食べる粥。お節に雑煮、酒、肴と食べ過ぎた正月もやや落ち着いた頃、大根の若菜などで胃を休め、生命力を頂くのも理に適う。前の晩、俎板たたき「七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に ストトントン」と囃し朝粥にする。この歌母から聞いた。昔から人々は鳥インフルなど経験的に知っていたのかもしれない。今年こそ、疫病去って健やかに!

健やかに老も児もみな若菜粥 越智淳子


十二月:湯豆腐

凩が吹くようになると、暖かい鍋物はご馳走。豆腐はたいていの鍋に入る素材だが、豆腐一品、昆布だけで成り立つのが湯豆腐。大勢で囲んで具を競り合って楽しいのが大方の鍋だが、湯豆腐はごく少人数、あるいはひとりで向かうのも悪くない。湯を沸騰させず、しかし豆腐の芯まで温まるのをゆっくりと待つ。待っているその時間は、いつしか、忙しない師走を遠く離れ、心も体もゆったりと温まる。

湯豆腐や思ひ出ゆるる小さき泡 越智淳子


十一月:猪鍋(牡丹鍋)

ニホンオオカミがご神体の神社は武州近辺には多いらしい。狼が食物連鎖で頂点に立つため、猪や鹿、鳥獣による作物被害に困った人間が狼を頼りにした故とか。現代の狩猟解禁日は本州以南では11月15日。仏教から日本人は、猪肉を牡丹や山鯨と言い換え、薬喰など、どこか言いわけがましいのも面白い。季語は昔を語る。ドイツで肉料理を食べた鴎外は「粗なりといへど滋養に富む」と日記に記した。昔の日本人に猪はまさに滋養の源だったろう。

山駆ける勢のまま牡丹鍋 越智淳子


十月:栗ご飯

栗は縄文時代から食べられ、なんと栽培の跡もあるそう。栗はその成長過程が面白い。目立たない花から青い毬、そして茶色へと。地面に落ち弾けた毬からは艶やかな栗の実が現れる。形も色も元気溌剌。栗飯には栗おこわや栗ご飯といろいろ。母は昔包丁で一つ一つ皮を剥いていた。今は剥き栗を買えば簡単に炊ける。ほんのり甘い栗ご飯におかずは秋鯖の煮付け、茸の澄まし汁とくれば、まさに秋の味覚満載。

ほこほこと甘みほのかに栗ご飯 越智淳子


九月:秋刀魚の塩焼き

秋刀魚は文字通り、刀の形と光を持つまさに秋を告げる魚だったが、最近は不漁とのこと。気候変動の故か海流の変化か、理由ははっきりしないとか。自然はやはり人知を超える。もうもうと煙を立てて焼く秋刀魚は庶民の代表的な魚だったはずが、いつのまにか高値となった。冷凍技術のおかげか、食卓には冷凍秋刀魚も上る。ともあれ、脂の炎に焦げた秋刀魚に大根おろし、スダチあるいはレモン、醤油を滴らせれば、秋の海の恵みは広がる。

皮ぱりと箸に破るる焼き秋刀魚 越智淳子


八月:精進揚げ

和食は、仏教に根差す精進料理から発展したともいわれる。八月は、旧盆の季節、死者の魂を迎え、また送り返す鎮魂の月。お寺で供されていた精進料理も、料理屋や家庭に入り、ご馳走となれば、精進揚げとなる。魚肉は使わずとも、茄子、シイタケ、人参、かぼちゃ、サツマイモ、舞茸等々、野菜のどれもこれもが、何故にこれほど、と思うほど美味しくなる。まるで陶磁器が灼熱の窯の中で思いがけない変容を遂げる窯変のように。

窯変の茄子や茸や精進揚げ 越智淳子


七月:鱧料理

魚篇にいかにも良い字が当てられているのが鱧。大阪の天神祭、京都の祇園祭では欠かせない魚だが、関西と関東で消費量に大きな差があるとか。ただし、最近では関東のスーパーでも鱧の湯引きが売られ、料理アプリでは骨切り済みを使って家で作れる湯引きや洋風など多様なレシピが見られる。特別な包丁で骨切りの技が広まっての鱧料理。真っ白な身に真紅の梅肉は美しく、ふわりとした天ぷらは、淡白のようで後から豊かな旨味がじわり広がる。まさに字の通り。

食べなはれ鱧は元気の天こ盛り 越智淳子


六月:鮎料理

人々が散策やスポーツする広々とした河川敷の真ん中に一筋の水面がキラキラ光る。この穏やかな川風景も、ひとたび豪雨や台風となれば、河川敷を覆いつくし橋げたに迫る濁流となるのが日本の河川。この変化の激しさは急峻な山が連なる日本独自の地形によるのだろう。その分、河川の恵みもまた豊。川魚の代表の鮎は、その眼付、口付に野生の精悍さを見せる。夏、日本人はこの恵をありがたく頂く。塩焼き、鮎膾、甘露煮、どれも美味。

河童くれし鮎山川の香りかな 越智淳子


五月:アスパラガスとオランデーズソース

日本だけでなくどの国も旬の味を楽しむ習慣は古くからある。アスパラガスは、日本では晩春の季語だが、ヨーロッパでの旬は初夏になる。これを食べるためにアスパラガスを模した特製の皿に載せるほど、日本人顔負けの礼儀作法で旬を賞味。ホワイトあるいはグリーンアスパラガスを柔らかく茹でた上にバター、卵黄、レモンの酸味が絶妙に融合したオランデーズソースは、アスパラガスのほのかな若草の匂いと相まってまさに旬の味。

アスパラガスオランデーズをまとひ初夏 越智淳子


四月:鯛めし

桜鯛とは、まさに桜の季節に体が朱くなる鯛を呼び、季語ともなる。生態的には、繁殖期特有とのことだが、この色、かなり繊細で、ストレスがかかると失せるので、漁師は、船内の大きな生け簀にすぐに納めて、朱色を保つという。鯛めしは、焼鯛をお米と一緒に炊くものから、刺身あるいは鯛そぼろをご飯にのせるものと地域によっていろいろ。流線形が魚の普通の形なら、丸みを帯びた鯛は尾頭ともに立派、味が良くて、その上、朱いとなれば、やはりめでたい魚、ありがたい海の幸だ。

ほろほろと土鍋にほぐすさくら鯛 越智淳子


三月:ちらし寿司

3月3日の雛祭りにちらし寿司、というのがいつの間にかスーパーに浸透している。確かにちらし寿司は見た目も華やかで美味しい。江戸前の握りずしが日本全国いや世界に浸透したのは、つい半世紀前ぐらいから。それまでは祝いの寿司はちらし寿司、という土地も多いはず。瀬戸内の海老を桃色のそぼろにして載せたちらし寿司の美味しさは、今も記憶にはっきりと残っている。魚貝、筍、青いんげん、シイタケなど具いっぱいに海苔や錦糸たまごのちらし寿司は、日本の色に満ちている。

春色をちらし節句の寿司とせん 越智淳子


二月:寄鍋

日脚は日に日に伸びているが、寒さは一段と厳しい二月。寒く冷え切った晩には、やはり鍋が一番。水炊き、しゃぶしゃぶとさまざまあるが、魚貝の入る寄鍋は、だしの旨味で湯気の香りまで味わい深い。親は子に、子は老親に、あるいは若者同士、美味しい具材をにぎやかに教え合うおしゃべりも寄鍋の良さ。湯気でくもる窓の外の寒さは遠い。

寄鍋やこの貝旨しと箸で寄せ 越智淳子


一月:お節料理

お正月のお節、重箱に綺麗に詰められたもろもろの料理。紅白かまぼこ、ごまめ、黒豆、栗きんとん、伊達巻、酢の物、焼き魚、海老、煮しめ、叩きごぼう、昆布巻き、酢蓮根等々。お節のそれぞれ品の由来は、「よろ昆布」や「豆に生きる」など、駄洒落のように聞こえるが、ひょっとして、これは後付けではなく、それこそ遥か遠い昔、人類が食べ物を手に入れた時の喜びの叫びがそのまま糧の名前になったのではないか?ふとそんなことを考える。

よろこびの言の葉つどふお節かな 越智淳子


十二月:ローストチキンレッグ

クリスマス料理-欧米各国にはそれぞれの伝統料理があるが、戦後日本が取り入れたのはアメリカ文化。ならクリスマスには七面鳥となるはずが、それは無理と、替わりに鶏のもも肉ローストが店頭に見え始めたのは昭和30年代後半。味は照り焼き風で、骨の部分を銀紙で包めばご馳走感に溢れた。その後のブロイラー鶏、そしてその味に満足しなくなると地鶏を謳い、今では全国にブランド鶏があるようだ。そんな歴史の変遷も子供の笑顔の食卓には遠い話。

鶏の腿ほほばる子どもイヴの卓 越智淳子


十一月:牡蠣フライ

季節が寒さに向かうにつれ、牡蠣が美味しくなる。牡蠣の賞味期間は、月の文字にRが入る九月(September)から四月(April)というのは日本でもよく知られた話だが、養殖が当たり前の今では昔の話となりつつある。殻付きの生牡蠣にレモンを滴らせ啜るのは、旬を楽しむ優雅な習わしというのはモーパッサンの「ジュール叔父」からもお馴染み。生も良いが、火を入れた牡蠣は安心で一層美味しい。ご飯と味噌汁に牡蠣フライ、サクと齧れば、その美味しさは口いっぱいに広がる。

潮の香熱く放つや牡蠣フライ 越智淳子


十月:松茸飯、土瓶蒸し、焼き松茸

松茸は希少価値の食材の代表格。その香りは独特で、しかも採れにくい。昔人々は、里山で燃料とする松葉掻きをしていたが、化石燃料となり松葉掻きが絶えると、土地は落葉で富栄養化し、その結果生育しにくくなったとか。アカマツも樹齢30年ぐらいなどいろいろと条件もあり、人工的に栽培できないのは確かに希少価値。ということは、松茸はまぎれもない「旬」という季節の、秋のご馳走。松茸を焼き、ご飯に炊き込み、はたまた吸物にと松茸を料るのもまた誇らしげ。

松茸籠下げて高下駄板前は 越智淳子


九月 子芋の煮物

今月から「今夜はご馳走」がテーマ。美味しいもので心が満たされれば、どんなものでもそれが「ご馳走」。俳句では芋は里芋。八ツ頭、海老芋と形もいろいろ。親芋から子芋たくさんというのも縁起が良い。煮ればもろもろの味が沁みこみ、噛み心地のある柔らかさは美味しさのもと。「衣被」や「芋の煮ころがし」あるいは「お芋さん」、里芋をめぐる言葉は、丸く愛らしい形と深い味への有難みの故だろう。里芋は、家庭の味から京の料亭、各地の芋煮会までおそらく日本人の味の原点のひとつに違いない。

山の味海の味沁む子芋かな 越智淳子