八月の和菓子 みすゞ飴

 みすゞ飴は長野の伝統的なゼリー菓子。果実のゼリーそれぞれが、いつかどこかでみた夕焼けの色。甘酸っぱい味もなつかしくてやさしい。金色に、だいだいに、茜に、そして夜の混じる暗赤色に。刻々と変わる夕空に、しばし日常を離れ、遥かな旅の気分。

夕焼の旅も終りやみすゞ飴    葛西美津子


七月の和菓子 葛饅頭・水饅頭


 夏の夕暮れは、水の匂い、水の色。足元の草々には宵闇が迫っているが、向こうの空はまだ明るい。水色と白の二色の餡を透明な葛で包んだ美しい葛饅頭を思い出す。また、湧水を汲んだ桶で冷やし、水から掬って出される大垣の水饅頭も忘れがたい。

しろがねの水一掬の水まんぢゆう  葛西美津子


六月の和菓子 鮎菓子

 鮎は、海と川を旅しながら一年という短い命を終える。清流の光を思わせる姿かたちはもちろん、この一生もなんとも涼やか。鮎のかたちに焼き上げた生地が白い求肥を包んでいる鮎菓子。鮎のおなかが真っ白とは、菓子もまた涼やか。

青竹の籠ひやひやと鮎の菓子  葛西美津子


五月の和菓子 粽

「結(ゆ)う」はすてきな言葉。同じ漢字でも「結(むす)ぶ」とは違うニュアンス。やさしくて軽やか。餅などを笹で包んでいぐさで巻いて、地方によって形は違うが、粽を作るのを「粽結う」という。結うときは笹の青い香り、解くときはさらさら風の音。

遠き日のさざめきにとく粽かな  葛西美津子


四月の和菓子  カステラ

厚めに切られたカステラは、内からの光を放つよう。飾りや細工もなしに堂々とした存在感。ふくよかな甘みは深みゆく春そのもの。長年の工夫で日本独自の立派な菓子となったが、もとは「南蛮菓子」と聞けば、金の霞たなびく長崎の町に遊ぶ気分。

かすていら金色の春横たはる  葛西美津子


三月の和菓子 蕨餅

「わらび餅」なんとも鄙びたなつかしい響き。蕨の細い根から蕨粉をとるには大変な手間がかかり、本蕨粉は今では高価と聞く。でも当のわらび餅はただのどかでやさしい。形があるような無いような、味があるような無いような。今、ぶるんと笑ったみたい。

取りまはす春の重さの蕨餅   葛西美津子


二月の和菓子 梅ヶ枝餅 2019-02

  梅ヶ枝餅は大宰府天満宮の名物。菅原道真公の逸話が由来だとか。白い餅に梅の刻印が愛らしい。焼きたてあつあつをおやつに、さあ勉強も仕事ももうひとがんばり。風はまだつめたいが、明るい日差しに白梅が清らかに微笑んでいる。

ふつくらと白き莟も梅ヶ枝餅   葛西美津子


一月の和菓子 花びら餅 2019-01

  いつもの事もめでたく感じるお正月。空も通りも子どもの声も、寝坊さえ。一方、正月ならではの飾りや節料理には新年の祝いや祈りが込められている。花びら餅もその一つ。もとは宮中の正月のお供えものが由来だとか。そんな由緒を知らなくても、きよらかでふくよかなこの菓子は淑気に満ちている。

花びら餅鶴舞ひ降りてきしごとく  葛西美津子


十二月の和菓子 お汁粉 2018-12

  喫茶店一辺倒だったが、近頃は甘味処に惹かれる。お汁粉は甘さ控えめ、家の味が一番と思っていたが、プロの作るお汁粉やぜんざいの絶妙な甘さ、深々とした味わいにはかなわない。あれこれ買ったデパートの紙袋を横に、この日最後の贅沢、と自分を甘やかす。

雪ちらちら汁粉ふつふつ大鍋に  葛西美津子


十一月の和菓子 亥の子餅 2018-11

  亥の子、つまりうり坊の姿かたち、と言われてもぴんとこない。まあ、リアルだったら食べにくいけれど。しいて似ているといえば、くすんだこの色だろうか。無病息災を祈って、その年に収穫した雑穀を搗き交ぜて作ったとか。雑穀!今どきの健康志向にもぴったり!

亥の子餅案外小さしふたつ食ふ  葛西美津子


九月の和菓子 栗きんとん 2018-09

  岐阜で「栗きんとん」といえばこのお菓子。おせちのきんとんではない。初めて見たとき、雲の形なのかと思った。なぜって、きんとん、きんとん、きんと雲!孫悟空を乗せて飛んできそうだ。正しくは炊いた栗を栗の形に茶巾で絞ったもの。形も味もシンプルにして奥深い。

山国の秋の到来栗きんとん  葛西美津子


八月の和菓子 かき氷 2018-08

  夏の終わりは軽い喪失感がある。まぶしい太陽をたくさん浴びた気だるさか。はしゃぎ過ぎた後のさびしさか。ついこの間のことなのに遥かな感じがする。かき氷のシロップも追憶の色。さくさく匙を入れれば夏のかけらがとけてゆく。

死者生者街を行き交ふかき氷  葛西美津子


七月の和菓子 白玉 2018-07

  白玉は遊んでいる。丸めて真ん中を窪ませると、むぎゅっ、といたずらっぽい声をあげる。ゆでると、つやつやと白い顔がわれ先にと浮いてくる。氷水にとり、くるっとかき混ぜると、ボールの中で氷と追いかけっこ。そしてこの匙に、ああ、なんて無邪気な白さ!

白玉や地獄見てきし人静か  葛西美津子


六月の和菓子 水無月 2018-06

  六月末、半年の罪や穢れを祓う「夏越の祓え」で食べる京都のお菓子。「京都人の密かな愉しみ」という番組で初めて知った。「水無月」という美しい言葉の響きと文字が、京都の夏のしんとした暑さ、常盤貴子の演じた老舗和菓子屋若女将の佇まいと重なる。
水無月の一切れ山河滴れり  葛西美津子


五月の和菓子 柏餅 2018-05

 ばさばさと大きな葉を開くと、玉のような白い餅。店によっては味噌餡のピンクの餅もあるが、濃い緑の柏の葉には白い餅こそすがすがしい。ひと口ほおばると青葉を吹き渡る風の香り。大空には鯉幟が泳ぎ、子どもたちの、若い人たちの汗がまぶしい季節。

オリンピックパラリンピック柏餅  葛西美津子


四月の和菓子 桜餅 2018-04

  黒い格子戸のせいか、中はここちよいほの暗さ。しっとりとひんやりと桜餅が運ばれてきた。昨夜からの雨がこの菓子をいっそう匂い立たせている。しんとしたひとりの時間。しばらくして店を出ると雨があがっていた。雲の切れ間が滴となって葉をつたう。空気がやわらかい。

富士を見て帰る東京さくらもち  葛西美津子


三月の和菓子 雛あられ 2018-03

クラスメートの家に雛祭りのお招ばれ。帰りがけ、きゅっとひねった白い包みをもらう。ご馳走がいっぱいで食べきれなかった雛あられだ。春の雪のような小さなあられ、しゃぼん玉みたいな大きなあられ、たまに黒い甘納豆。包みを振ると春の光の音がした。

雛あられほころぶ花のごとき日々 葛西美津子


二月の和菓子 鴬餅 2018-02

白い紙箱を開けると鴬餅のやわらかな光。昔ながらのこの店は個別包装ではないので、箱の中でちょっと片寄るのもご愛嬌。鴬餅は互いにくっついて、すやすや眠っているかのよう。取り分けると青黄な粉の淡い色がこぼれた。今、目覚めて、瞬きをしたように。

鴬餅さもやはらかに押し合へる 葛西美津子


一月の和菓子 辻占 2018-01

辻占は金沢の新春のお菓子。まばゆい色の一つを割って、小さな紙を取り出す。「あなたとならば」私のは何やら意味深な言葉。にやにやしているあなたの紙には何て書いてあるの? だれも来ない、どこへも行かない、静かでおだやかなお正月。

辻占のかけらきらめく夢初め  葛西美津子


十二月の和菓子 鯛焼 2017-12

鯛焼十個、抱えて走る。冷めるのはもちろん、ぱりっと焼けた皮が、湯気でしなっとなるのだってかなしい。急げ、急げ。バザーの準備に途中から参加の私は、息せき切ってドアを開けた。「遅くなってごめん!鯛焼、差し入れ!」窓の外は風、落葉が舞っている。

鯛焼やまださめやらぬ夢ひとつ 葛西美津子


十一月の和菓子 柚餅子 2017-11

初めて食べたのに懐かしい。昼下がりの縁側で、まあお茶でも、と出された柚餅子。十一月の日溜りの庭は明るく暖かだった。雀が何か啄んでいる。それでも太陽は、傾いたと思うと見る間に衰え、やがて黄昏色に。柚餅子は懐かしくやさしいこの夕空のよう。

雲染めてこの秋が逝く柚餅子かな  葛西美津子


十月の和菓子 栗蒸し羊羹 2017-10

切り分けると真ん中に大きな栗、煌々と夜空に浮かぶ月のよう。これは老舗の、とびきりの栗蒸し羊羹。一方その辺で売っている、もっちりした生地にくすんだ栗がちょこんと乗っている、素朴な栗蒸し羊羹も捨てがたい。こちらはうす雲のかかったやさしい月の風情。

また雲に隠るる月や栗羊羹  葛西美津子


九月の和菓子 おはぎ 2017-09

祖母のおはぎはずっしりと重かった。中の丸めたごはんからして大きいのだ。それをまたたっぷりの甘いこし餡が包む。お墓参りの後、祖母の家で叔母や従妹たちとにぎやかに食べた。取り回すお重のおはぎが、秋の日につやつやと輝いていた。遠い日の昼下がり。

ひややかに大きく甘くおはぎかな  葛西美津子