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ソメイヨシノはひとりぼっち  シナリオライター 森下佳子

きごさいBASE 投稿日:2026年4月1日 作成者: dvx223272026年3月28日

©️やまもとしんじ/GATE

 桜について、私の最初の思い出は吉野山だ。いや、それまでも家の近所や公園で 見ていたのだけど、親に連れられ柿の葉寿司を食べながらお茶屋さんから向かいの 桜にけぶる山を見るというのは飛び抜けて強烈な桜体験だった。だって、桜の色が 全然違うのだ。いつも見ている白か桃かというような淡い色合いばかりでなく、 濃い桃、黄味がかった桃、赤に近い桃、様々な色を持つ山桜が入り乱れて咲いてい る。開花も一斉ではないのか緑の木も混ざっている。桜といっても本来はこんなに たくさんの種類があるのだなぁと知った瞬間だった。
 で、さて。幼い私はそれを美しいと思ったかというと、ごくごく普通の小学生女 子にはパッチワークのような山肌はどこかほっこりもったりと見え「これが全部 いつもの薄々ピンクの桜であったなら、もっともっと綺麗なのにぃ」と、思った のだった。何の深みもない話だが、これがおそらくごく一般的な感じ方なのでは ないだろうか。だからこそ、全国津々浦々の緑道、公園や土手には判で押したよう に薄々ピンクのソメイヨシノばかりが植えられたのだと考える。
 しかし、このソメイヨシノ、聞くところによると、たった一本の木を元としたク ローンなのだそうだ。自然の交接の中で生まれた木は一本もなく、すべて接木で人 為的に殖やされたもの。だからこそ、個体差なく一斉に同じ色の花を咲かせ、一斉 に散ることができるらしい。この事実に私は複雑な思いを抱いてしまう。「私が 愛でていたのは自然ではなく一種の人工物であった」という驚き。とどのつまり 「一糸乱れぬ」光景を美しいと思う己はつくづく昭和の日本人だとも感じるし、す べてクローンというのはSF的なグロテスクさも感じる。桜の身になれば、ソメイ ヨシノというのはなんと寂しい孤独な花であることかと思うし、花片を舞い散らす 美しさだけを求められる存在は切なく哀れである。
 吉野の桜のことを考える。勝手気ままに咲くがゆえ、ちょっとほっこりもったり 見えたあの山桜たち、あの子たちは今の私にはどう見えるのだろう。

【筆者略歴】
大阪府生まれ。東京大文学部宗教学科卒業後、リクルート入社。2000年、連続ド ラマ「平成夫婦茶碗~ドケチの花道~」(日本テレビ)でシナリオライターデ ビュー。その後、「世界の中心で、愛をさけぶ」、「白夜行」、「JIN-仁-」、「天 皇の料理番」、「とんび」(いずれもTBS)などを手がける。連続テレビ小説「ご ちそうさん」(NHK)では第32回向田邦子賞、第22回橋田賞を受賞。17年「おん な城主直虎」(NHK)で大河ドラマを初執筆。25年「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 ~」で2度目の大河を執筆。

第15回きごさい全国小中学生俳句大会表彰式を開催

きごさいBASE 投稿日:2026年3月31日 作成者: dvx223272026年4月1日

 令和8年3月14日(土)都立清澄公園の大正記念館において、第15回きごさい全国小中学生俳句大会表彰式を開催。
東京を代表する清澄庭園は、三菱財閥の創始者岩崎弥太郎によって、現在の見事な回遊式の庭園として整備されました。当日は、雲一つなき快晴、会場からは庭の素晴らしい景色が見渡せて、開会前から高揚した気分となりました。記念館のホールには、受賞者を始め、その家族、学校の先生方など100人以上が集いました。
新実行委員長の上澤篤司より開会が宣言され、江東区芭蕉記念館と清澄庭園の方からの祝辞があり、表彰式がスタートしました。
選者は、日本学校俳句研究会代表の小山正見、俳人の髙田正子、長谷川櫂、飛岡光枝氏の4人、それぞれの選んだ句を壇上のスクリーンに映し出し、読み上げながらの講評が次々行われました。時々、会場の受賞者にもマイクが回り、作品についての背景や思いを話す場面もありました。
第15回大会への応募校は、小学校66校、中学校66校、計132校、応募句数の総計は、全国から16372句の俳句が寄せられましたが、その中で入選した俳句の一部を紹介いたします。

【大賞】作品
夕凪は海のまぶたが閉じる音
東京都 中野区立緑野中学校三年 長谷川桜生
に決定!表彰式の最初に壇上に呼ばれて、賞状と賞品が授与されました。

◎各選者の特選作品
小山正見【特選】
登校班ぼくは班長落葉ふむ
東京都 葛飾区立二上小学校 六年 松本 拓弓
ビー玉が落ちて最後の夏を飲む
大阪府 枚方市立東香里中学校 三年 馬場 優奈
夕凪は海のまぶたが閉じる音
東京都 中野区立緑野中学校 三年 長谷川 桜生
髙田正子【特選】
夕凪は海のまぶたが閉じる音
東京都 中野区立緑野中学校 三年 長谷川 桜生
風鈴がなるたび猫がふり返る
奈良県 香芝市立香芝東中学校 三年 山下 紗瑛
十二時の冷たいスープ終戦日
東京都 八王子市立長房中学校 三年 丸山 楓
飛岡光枝【特選】
歌うたう歌のあさがおさいたんだ
東京都 江東区立第二辰巳小学校 二年 桑代 英弦
小春空こげめのついた玉子焼き
東京都 葛飾区立二上小学校 六年 篠原 颯翔
ふりそでに金魚が泳ぐ夏祭り
鹿児島県 鹿児島市立坂元中学校 三年 園原 凛桜菜
長谷川櫂【特選】
巻きもどしもう一度あそぶ夏休み
東京都 八王子市立松が谷小学校 六年 小野田 紫陽
凩は地球をまわすようにふく
東京都 江東区立深川小学校 四年 佐藤 響
どんぐりをまわせば虫も目が回る
東京都 江東区立第一亀戸小学校 三年 劉 師羽

◎学校賞 奨励賞
【学校賞】東京都 葛飾区立二上小学校
北海道 札幌市立厚別南中学校
【奨励賞】東京都 葛飾区立新宿小学校
東京都 江東区立第二辰巳小学校

今年の表彰式は、準備段階から当日の運営まで、すべて学校俳句研究会のメンバー主体で行われました。長年の経験の蓄積を生かしながら、会場設営から撤収まで、途中のハプニングも乗り越え、流れるように進行して無事終了しました。閉会後、庭園内の池の上にある涼亭にて、反省会を開催。感想や来年に向けての問題点などを意見交換。とくに印象深かった事は、教え子が入選し初参加したK先生が「A君は学校に来ることが難しい子。俳句には興味をもってくれて、今回入選したのは、はじめ彼が教室のホワイトボードに書いた句。今日の表彰式の経験で、彼の中の何か変わるのか、見守って行きたい」と話されたことでした。
*
また、研究会の先生方が選ぶ【日本学校俳句研究会賞】は、
長なわをまっすぐぬける秋の空(江東区立第一亀戸小学校三年 川崎要)
が選ばれました。

レポート=西川遊歩

第15回きごさい全国小中学生俳句大会入選作品

きごさいBASE 投稿日:2026年3月31日 作成者: dvx223272026年3月31日

【大賞】
夕凪は海のまぶたが閉じる音
東京都 中野区立緑野中学校 三年 長谷川桜生
(受賞のコメント)
 夕暮れ時、海が静まり返る「夕凪」の瞬間を詠みました。
波の音が消えて世界がしんと静かになったとき、まるで海が眠るためにまぶたを閉じたように感じ、この言葉を選びました。俳句を作るのは難しかったですが、賞をいただけて大きな自信になりました。これからも感動を大切に、自分らしい句を詠んでいきたいです。
 
【 学校賞 】
東京都 葛飾区立二上小学校
北海道 札幌市立厚別南中学校
【 奨励賞 】
東京都 葛飾区立新宿小学校
東京都 江東区立第二辰巳小学校

小山正見 選                
【特 選】
登校班ぼくは班長落葉ふむ
東京都 葛飾区立二上小学校 六年 松本拓弓  
 登校班の先頭に立って通学路を歩む高学年の子供の責任感があり、かつ自信に満ちた顔が見えるようだ。こうした子供たちが日本の未来を背負ってくれるのかと思うと頼もしい。

ビー玉が落ちて最後の夏を飲む
大阪府 枚方市立東香里中学校 三年 馬場優奈 
 このビー玉は、ラムネ瓶のビー玉に違いない。夏休みも終わりに近い。夏の最後の旅行の思い出かもしれない。このラムネを飲み終わったら、いつもの生活に戻らなければならない。いったいどんな味がしたのだろう。

夕凪は海のまぶたが閉じる音
東京都 中野区立緑野中学校 三年 長谷川桜生
 実にうまいことを言う。夕凪は海風が止み陸風に変る間の凪のことだ。日は沈み、辺りには静寂が立ちこめる。この静寂を「まぶたが閉じる音」と捉えた感性に脱帽した。

【入 選】
青い空これから始まる僕の夏
北海道 札幌市立厚別南中学校 二年 二階堂大吾

百の顔雲にうかんで終戦日
東京都 八王子市立長房中学校 三年 大田原心愛

凩は地球をまわすようにふく
東京都 江東区立深川小学校 四年 佐藤響  

秋暑し奥社につづく二百段
東京都 葛飾区立清和小学校 六年 梅田結衣子

木の実ごま回す速さはしんかんせん
東京都 江東区立有明小学校 三年 斎藤遼  

夜が好きなんだかんだいって夜がすき
東京都 江戸川区立鹿骨東小学校 四年 樋口悠人 

行き先は群馬と決まる夏の旅
富山県 高岡市立伏木小学校 四年 水戸芽依

【佳 作】
浅草寺凶が出ようが五月晴れ
北海道 札幌市立厚別南中学校 三年 髙橋景飛 

思い出を線香花火で締めくくる
鹿児島県 鹿児島市立坂元中学校 三年 松根伊進 

帰り道僕の背中の残暑かな
東京都 江東区立第六砂町小学校 六年 山川莞治 

ストローの先で風待つしゃぼん玉
富山県 高岡市立伏木小学校 四年 山香葉  

私より日焼けしている参考書
大阪府 枚方市立東香里中学校 三年 辻﨑穂ノ美

【選句を終えて】
 今年も自らの生活や気持ちを素直に捉え、表現している多くの俳句に出会うことができた。俳句の教育材としての価値と役割を再認識させられた思いである。

髙田正子 選                

【特 選】
夕凪は海のまぶたが閉じる音
東京都 中野区立緑野中学校 三年 長谷川桜生
 夕方の海を大きな目にたとえました。まぶたがゆっくり閉じて、夜になってゆくさまが見えます。「音」の語が加わったことにより、静かな波音も聞こえてきます。

風鈴がなるたび猫がふり返る
奈良県 香芝市立香芝東中学校 三年 山下紗瑛 
 猫ってこんなことをするのね、と思いました。このしぐさをまのあたりにした作者も、きっと同じだったことでしょう。面白くて目が離せないと言っている句です。

十二時の冷たいスープ終戦日
東京都 八王子市立長房中学校 三年 丸山楓  
 暑いその日が「終戦日」で、十二時が玉音放送の時刻だと気づき、スープの喉越しが変わったかもしれません。季語の語り伝える役割を改めて考えさせられる一句です。

【入 選】
冬隣じいちゃんのひざねこがいる
東京都 江戸川区立鹿骨東小学校 六年 縣誠一朗 

おちばふむおとうととふむ金ようび
東京都 葛飾区立新宿小学校 一年 尾花瑛大 

夏の宵ピアスのような星一つ
東京都 葛飾区立新宿小学校 六年 細谷彩葉 

凩は地球をまわすようにふく
東京都 江東区立深川小学校 四年 佐藤響  

風光る東京の空ぎこちない
北海道 札幌市立厚別南中学校 三年 山内陽斗 

パンダねるペンギンあるくあきびより
東京都 江東区立第二亀戸小学校 一年 原乙夏  

たいようをぶっとばしたいなつのあさ
東京都 江東区立川南小学校 一年 木内秋斗 

【佳 作】
風光る試合終わりのポテトL
東京都 葛飾区立亀青小学校 五年 星野結吾 

来年はあの背中抜く南風
東京都 狛江市立狛江第一中学校 二年 海老江蓮 

秋の田を新幹線がシュンとゆく
東京都 葛飾区立亀青小学校 五年 永野航輝 

原爆忌テレビの前で目を瞑る
東京都 江東区立第二辰巳小学校 五年 福島悠生 

オレンジのピンポン玉のような月
東京都 葛飾区立亀青小学校 五年 佐藤ほのか

【選句を終えて】
 今年も楽しい句がそろいました。十五句しか選べないのがつらいです。小中学生のみなさんが、毎日の暮らしの中で何に出会い、 何を考え、どう感じているのかが、俳句を通してわかります。ここには皆さんの「今」が、ぴょんぴょんとはね回っていますね。

飛岡光枝 選                

【特 選】
歌うたう歌のあさがおさいたんだ
東京都 江東区立第二辰巳小学校 二年 桑代英弦 
 昼間はまだあついけれど、夜はすずしくなる秋の初めの朝に開く朝顔。ラッパのような花のかたちは、レコードの音楽を聞く「ちくおんき」にも似ています。「歌のあさがお」が開く様子を「歌うたう」と歌うようによみました。

小春空こげめのついた玉子焼き
東京都 葛飾区立二上小学校 六年 篠原颯翔 
 冬のはじめのあたたかな一日。「小春」の日の空と「玉子焼き」というなんの関係もないような言葉が並んでより世界が広がるのが俳句。「こげめのついた玉子焼き」はとてもおいしそうで、うきうきした気持ちがよく伝わります。

ふりそでに金魚が泳ぐ夏祭り
鹿児島県 鹿児島市立坂元中学校 三年 園原凛桜菜
 夏祭りの夜店を見てまわっているのでしょうか、踊りの輪で踊っているのかもしれません。動くたびにゆれるゆかたのそでの金魚のがら。それを「金魚が泳ぐ」と思い切って言ったところがりっぱです。

【入 選】
十二時の冷たいスープ終戦日
東京都 八王子市立長房中学校 三年 丸山楓  

はつ冬のとうめいな声合唱だ
東京都 葛飾区立二上小学校 六年 藤原実央 

雪だるままんまるすぎてこわいんだ
東京都 江東区立越中島小学校 二年 阿部望結 

アゲハチョウとんだしゅんかん花ゆれる
東京都 葛飾区立新宿小学校 三年 望月結暖 

こんな暑い日は自分の影に入りたい
山形県 山形市立蔵王第一中学校 三年 岸景邑  

金魚持ち名を考える帰り道
東京都 江東区立毛利小学校 六年 上澤壮史 

ストローの先で風待つしゃぼん玉
富山県 高岡市立伏木小学校 四年 山香葉  

【佳 作】
こわくないオオカマキリはもうなかま
東京都 大田区立矢口小学校 二年 細田悠貴 

凩は地球をまわすようにふく
東京都 江東区立深川小学校 四年 佐藤響  

シュッシュッと冬りんご切るたんじょう日
愛媛大学教育学部附属小学校 二年 若狭早  

木犀の香りのなかはあんず色
東京都 江戸川区立北小岩小学校 四年 渡辺琴巴 

プカプカと浮き輪が浮ぶ海宇宙
千葉県 麗澤中学校 三年 藤平明日香

【選句を終えて】
 小鳥がことばを使っているという研究が発表されました。そのニュースを聞いて、たくさんのことばを使うことができる人間はとてもいいなとあらためて思いました。
俳句はことばでできています。自分で思ったことをどんなことばで言うかを考えるのはとても楽しいと思います。俳句にまちがいはありません。これからも自由に、たくさんの俳句を作ってください。

長谷川櫂 選                   

【特 選】
巻きもどしもう一度あそぶ夏休み
東京都 八王子市立松が谷小学校 六年 小野田紫陽
 もう一度、時間を巻き戻したい。ビデオテープのように。夏休みへのかなわぬ思いを率直に具体的に表現しています。

凩は地球をまわすようにふく
東京都 江東区立深川小学校 四年 佐藤響  
 凩が地球を回るのではなく、地球を回すんだね。この見方がとてもおもしろい。

どんぐりをまわせば虫も目が回る
東京都 江東区立第一亀戸小学校 三年 劉師羽  
 ドングリの中で眠っていた虫もびっくり。虫の気持ちを想像したところがよかった。

【入 選】
あきたかしすらすらのぼるのぼりぼう
東京都 江東区立第一亀戸小学校 一年 安田一路 

こごえる夜ひとりの声が壁に消え
北海道 札幌市立札苗北中学校 三年 髙橋美遥 

雪明り眠る街にも影があり
  東京都 中村中学校 三年 永澤美子 

こいのぼりこっちをむいてわらってる
東京都 江東区立第二辰巳小学校 三年 寺島咲依 

下校路に風鈴ひとつ鳴っていた
千葉県 麗澤中学校 三年 大滝ちか 

焼き芋や見かけによらず明るいヤツ
大阪府 同志社香里中学校 三年 福葉桜介 

白球や背中で終わる夏の空
石川県 かほく市立宇ノ気中学校 三年 山出健太 

【佳 作】
俺が来た片道切符の青田風
沖縄県 宮古島市立城東中学校 三年 福里源二郎

あきはじめおにいちゃんいつもまじめなこ
東京都 江東区立越中島小学校 一年 橋 輝   

秋の風ぼくのおならが運ばれる
東京都 江東区立深川小学校 六年 鈴木誓仁 

おふとんでこすり合わせる足と猫
東京都 中村中学校 三年 小峰大亜 

サイダーにどんどん体はじけてる
高知県 土佐市立高岡第一小学校 四年 下村空千 

【選句を終えて】
 気がついてみると、特選は三句とも「まわす」の句になりました。どれも力のある句です。

きごさい 第十八号が出ました

きごさいBASE 投稿日:2026年3月25日 作成者: dvx223272026年3月25日

特集 桜を救え!
二〇二〇年が示した桜の行く末 伊藤久徳
吉野山の桜、楽観視できない 中野悟
桜(花)の名歌・名句きごさい 編集部選

一茶に見るわが国園芸文化
~世界最高水準の園芸文化とその庶民性 賀来宏和

黒田杏子の俳句-「巡礼」の句業 高田正子

連載 加藤楸邨×大岡信 対談⑥
句集『山脈』について 構成・解説 西川遊歩

きごさい十(講座と句会)
鮎の話=釣り、味、歴史 鈴木康友
平安時代の菓子とは? 中山圭子

動物季語の科学的見解 両生類と賭虫類 藤吉正明

日本の暦二〇二六年度版 季語と歳時記の会編

HAIKU+報告 五島高資さんの「人間・金子兜太に迫る」

きごさいBASE 投稿日:2026年2月12日 作成者: dvx223272026年2月12日

2月7日 五島高資さんの講演と対談HAIKU+がズームで開催されました。

金子兜太小論 「人間・金子兜太に迫る」  五島高資

1. はじめに
大正8年(1919) 夏、金子兜太は、父・金子元春(伊昔紅)の長男として比企郡皆野町の母の実家で生まれる。

2. 兜太の父・金子伊昔紅のこと
(1) 兜太命名の地・宇都宮
宇都宮にいた父(当時、軍医として宇都宮の連隊に所属)が「トウタ」と命名し打電したが、生家が「藤太」と誤って役所に届出るが、後に「兜太」と判明し訂正。
(2) 医師・俳人
1920年、元春は上海東亜同文学院の校医として単身赴任。上海から高浜虚子の「ホトトギス」に投句。のちに水原秋桜子の「馬酔木」に移る。また「皆野盆歌」を「秩父音頭」へと改作。

3. 金子兜太と俳句の出会い
兜太は1937年、旧制水戸高校に入学し、出沢珊太郎との出会いを契機に俳句を始め、「白梅や老子無心の旅に住む」を詠む。この無為自然の感覚は後の「定住漂泊」へつながる。1941年、東京帝国大学に進学し、加藤楸邨の「寒雷」に学んだ。

4. 金子兜太と戦争
(1) 昭和18年、兜太は大学を繰り上げ卒業後、日本銀行に就職するも即座に海軍経理学校へ入学。翌年主計中尉としてトラック島に赴任し、深刻な食糧不足と激戦の中で多くの死を目の当たりにし、過酷な戦場体験を通じて「捨身飼虎」の精神を培った。
(2) 「文藝春秋・くりま」五月号・「戦地で俳句と訣別し、戦地でふたたび俳句に会う」・戦時中、殺伐とした階級絶対主義の軍隊で、身分の上下を超えて和気藹々と催されたトラック島での句会の様子が克明に記されている。当時、海軍中尉の金子兜太の句友で陸軍少尉の西澤實は次のように指摘する。
奇蹟のようなものです。何より兜太の人徳、その包容力があって可能になった。もう一つは、俳句そのものがもっている力、汎人間的な文芸の魅力だと思います。美しいものに憧れる心、優しいものに触れたいという気持ち、素敵なもののそばにいたいという人の思いに、俳句は応えてくれました。
礁湖守るは奥州鎮守甘藷兵  實
苦境にあっても矜持を保つ防人を彷彿させる。
足につくいとど星座は島被う  兜太
これは『金子兜太集』(筑摩書房)全句集に見えないが、『少年』に収録されている。のちに兜太が至る天人合一の詩境への嚆矢として感銘深いものがある。いとど(竈馬)は秩父でも詠まれており、「産土の風土」に裏打ちされた「生きもの感覚」とともに、星座が光る「天」と戦場の「地」あるいは「天国」と「地獄」、「あの世」と「この世」の狭間に逃げ場のない過酷な状況が覗える。島を覆うような美しい星空が却ってその過酷さを際立たせる秀句である。
魚雷の丸胴蜥蜴這い廻りて去りぬ  兜太
のちに加藤楸邨から激賞される。飢餓のときは食用にもした蜥蜴だが、魚雷という殺戮兵器の上を這い回って消えた。敗戦を目前として、その長物が無用の長物であることを「小動物」に教えられるようだ。その姿は兜太自身とも重なるのかもしれない。
水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る  兜太
内地への帰国船での作。島に残した亡き戦友のみならず、これまでの自分への追悼も込められている。グアム島までは激しい船酔いに苦しめられたが、同島を出てからは不思議と船酔いは治まった。その直後、これからの生活に命をかけて生きる覚悟が定まったという。兜太は後の人生を俳句に捧げることでもののふから人間への再生を決意したのである。

5. 戦後俳句における、俳句改革の旗手
(1) 日本銀行復職と転勤。(昭和22年2月) 従業員組合の事務局長。その後、福島支店に約3年、神戸支店に4年半、長崎支店に三年半と、10年間の地方支店勤務。本店復帰。
① 福島支店時代(昭和25年)
暗闇の下山くちびるをぶ厚くし  兜太
② 神戸支店時代(昭和28年)
朝はじまる海へ突込む鷗の死  兜太
ある朝の神戸港。カモメは再び魚をくわえて飛び上がった。カモメは決して死んだのではない。ここで兜太は「死んで生きる」と思い定める。俳句へかける信念の再生とも取れる。
銀行員ら朝より螢光す烏賊のごとく  兜太
神戸支店の朝。前日、尾道の水族館でホタルイカを見物。この景を非生産性に生きる銀行員への皮肉、批評と取る者多く、社会性俳句の代表と読まれた。
③ 長崎支店時代(昭和33年1月) 転勤時、私の師であった「土曜」主宰・隈治人が駅まで出迎えたが、兜太は「熊襲のような大男」という印象を残している。長崎支店は私の母校・長崎東高等学校(旧姓長崎中学)のある丘の下にある。
湾曲し火傷し爆心地のマラソン  兜太
粉屋が哭く山を駈け降りてきた俺に  兜太
美智子様のご婚儀から、その父・日清製粉社主と絡めて鑑賞されたが関係なし。旗揚げで賑わう長崎の山から降りたら、製粉工場のおじさんらしき人が寂しげに立っていた。
長崎では五島列島、平戸、島原に遊ぶ。
殉教の島薄明に錆びゆく斧  兜太
「殉教の島」:五島列島は、潜伏キリシタンの歴史と殉教の記憶が濃密に残る土地。「斧」:処刑・暴力の具体物というより、歴史的暴力の象徴として置かれ、時間の経過(錆)によって“過去が現在に沈殿する”感触を生む。「薄明」:夜明け/夕暮れの境目は、死と生の臨界を示す時間。平安時代、五島は「亡き人に逢える島―みみらくのしま―」(『蜻蛉日記』)として紹介され、生と死が交錯する時空でもあった。
(2) 日本銀行本店復帰
日本銀行本店時代(昭和35年5月)杉並区沓掛町に住む。
果樹園がシャツ一枚の俺の孤島  兜太
長崎から東京に移り、秩父や戦地と違って「土」が少ない都会にあって、近くの果樹園の土に親しんで、「風土」を楽しむ。
(3) 現代俳句協会の分裂
昭和22年、石田波郷らにより現代俳句協会が創設されたが、昭和36年の協会賞選考を契機とする世代間対立から分裂し、中村草田男らが俳人協会を設立した。この流れの中で、兜太ら前衛俳句は五七五を守りつつ、季語必須としない立場を示した。

6. 「造型」の詩法
兜太の俳句革新の理論的基盤は、昭和三十六年『俳句』掲載の「造型俳句六章」にある。兜太は近代俳句を、花鳥諷詠や写生構成に代表される諷詠的傾向、草田男らの象徴的傾向、赤黄男らの主体的傾向に分類し、いずれも「私」と世界を分ける主客二元論に陥りやすいと批判した。そこで主客の間に「創る自分」という新たな自我を導入し、現象学的エポケーによって物自体へ迫ろうとする造型の方法を提示した。
しかしその試みは独り善がりに陥る危険も孕む。〈粉屋が哭く〉句をめぐり、小西甚一は独り合点として否定したが、原子公平は異質な運動感覚の共有、すなわち間主体的自我の成立として評価した。兜太はこの間主体性を通じて社会性俳句へ進み、さらに超越論的主体へと深化させ、言葉を観念の死から生へと回復しようとした。

7. 「ふたりごごろ」による総体性
いずれにしても、のちに兜太は俳諧を「情(ふたりごころ)を伝える工夫のさまざま」であるとし、自己の内に閉じこもる「心(ひとりごころ)」に対する他者に開かれた「ふたりごごろ」に注目するようになる。このことはまさに個別的自我や間主体的自我から超越論的自我への志向を示すものである。フッサールの超越論的還元においては、その総体性を保証するものを類比的統覚という漠然とした概念で捉えているのに対して、兜太はその超越論的還元の保証を「風土は肉体である」という原初的な体感的共有感覚に求めたのである。

人体冷えて東北白い花盛り  兜太

「私」ではなく思考以前の「人体」が置かれる。特定の花名を避けた「白い花」は、東北の風土そのものが春として立ち上がった姿である。冷える身体と白い花が説明なく並び立つことで、人と自然は対立せず共在する。そこに兜太のいう「ふたりごころ」が生まれ、死に近い冷えの中から、かえって確かな生の感覚が浮かび上がる。

8. 「生きもの感覚」
兜太にとって「荒凡夫」とは、一茶の言葉に示された、作為を脱いだ自由で平凡な人間像であった。ものに裏打ちされた言葉が生き、本能のままに生きる命どうしが触れ合う感覚である。兜太は一茶や山頭火に憧れつつも、自己の風土と体験を通して、独自の「生きもの感覚としての荒凡夫」を目指した。

9. 「産土の風土」に裏打ちされた詩境
猪がきて空気を食べる春の峠  兜太
森羅万象における詩的相互交流によって、やがて、秩父という産土の風土に裏打ちされた「生きもの感覚」すなわちアニミズム的感性による大いなる生命が句に立ち現れるようになる。
梅咲いて庭中に青鮫が来ている  兜太
兜太の住んだ熊谷は縄文海進の記憶を持つ。咲き満つ梅は珊瑚のように庭を仄めかし、青鮫が寄り来る気配を醸す。白と青の交錯のうちに、兜太がいう「生きもの感覚」に裏打ちされた「情」が、古今を貫いて感応する。

10. 金剛三昧院のこと
(1) 「還源為思」
数年前、私が結縁灌頂を受けに高野山を訪れた折、たまたま金剛三昧院の宿坊に泊まった。そこに金剛峯寺座主・松長有慶先生揮毫の「還源為思」が掲げられていた。その語は、空海の「性薫我を勧めて還源を思いとす。経路、未だ知らず。岐に臨んで幾たびか泣く」(『遍照発揮性霊集』)に由来する。生まれながらに備わる仏心(性薫)に促され本源へ還ろうとするが、道が見えず分岐点で泣かずにいられない――その切実な懊悩がここにはある。空海が用いた「泣く」は日常的悲嘆ではなく、覚醒へ向かう途上で避けがたい根源的苦悩の表現である。この姿は、造型の詩法が理解されず苦闘した兜太の〈粉屋が哭く山を駈けおりてきた俺に〉と重なり、表現の岐に立ちつつ本源を志向する創作者の精神的葛藤を照らしている。
(2)「粉屋」は誰だったのか
〈粉屋が哭く〉の「粉屋」は、単なる抽象的他者ではなく、理解されず、なお働き続け、哭くことしかできない「ひとりごころ」を体現する存在であった。私はかつて、異質な運動感覚の同化や間主体的共有の立場からこの句を擁護したが、今振り返れば、そこには新しい俳句の方向を模索し苦悩する若き兜太自身の姿が重なっている。粉屋は作者であり読者であり、なお本源に至れぬ「思」そのものでもあった。しかしこの哭きは徒労ではない。仏教的に言えば、智慧へ至る道は必ず我執の焼失という懊悩を通過する。〈粉屋が哭く〉は、兜太の造型論や社会性俳句が燃焼の途上にあったことを示す、智を通過する際に避けられない苦悩の噴出なのである。
(3) 還源為思 = 定住漂泊
ここで二つの言葉が、完全に重なります。還源為思 帰る場所はまだなく、しかし帰ろうとする衝動だけが確かにある。定住漂泊 定着しているようで、実はつねに移動している存在のあり方であり、これは、「到達点」ではなく「駆動形式」である。
兜太は、「社会性」や「前衛俳句」に止まったのではなく、つねに「思としての還源」に駆動され続けた結果、「ふたりごころ」それを裏打ちする「生きもの感覚」「産土の風土」というものに重きを置いていったと言える。
その最終形が、生前最後の句集の題名でもある「日常」であり、句集『日常』収められている、以下に記す、高野山での句に示されている。
① 山も谷も若葉が埋める空海なり  兜太
見えているもの:山も谷も若葉でびっしり。世界が緑に覆われる。兜太は「その緑ぜんぶが、空海みたいだ」とかみ砕き、空海は「偉人」じゃなくて、いま目の前の自然の「気配」として立ち上がる。
② 金剛三昧院石楠の花は智慧だ  兜太
兜太はここで、「智慧とは何か」を説明しない。考えた末に結論を出したのでもない。
ただ、石楠の花は智慧だと、言い切ってしまう。金剛三昧院は、智慧を求めて修行する場所。けれど兜太は、智慧を語る建物よりも、黙って咲いている花の方を見て、こちらが智慧だ、と見抜いた。石楠の花は、悟ろうともしないし、理解されようともしない。ただ、咲いている。そこに在る。
兜太は生涯、造型だとか、社会性だとか、智の言葉を徹底的に生きた人だった。逆説的に、だからこそ、智を生き切った末に、智を説明しなくてよくなった。それは、金剛を捨てたのではない。金剛が、そのまま慈悲として、日常に現れてしまった。金胎不二の一句である。
同じ感覚は、「人体冷えて東北白い花盛り」にもはっきり出ている。ここでは人間は「私」ではなく、ただの「人体」になる。冷える身体と、咲き満ちる白い花が、同じ場所で、同じ空気を分け合っている。人と自然が向き合うのではなく、並んで立っている。
石楠の花も、白い花も、智慧を語らない。ただ、生きものとして在る。
③ わが夢寐に石楠の花厚く溜る  兜太
兜太はもはや外の景色を見ていない。山も寺も花も一度すべて自らの内側に引き取られている。「夢寐」とは単なる夢や睡眠の時間ではなく、生きている時間そのものが、どこか夢のようであり、同時に死に近くもある、そのあわいの感覚を示す語である。その深部に、石楠の花が一輪二輪ではなく「厚く」溜っている。それは考えて得た智慧でも修行の成果でもなく、説明もできない。ただ、生きているうちに知らぬ間に、花のような智慧が身体の奥に沈殿してしまったのである。兜太はそれを誇らず、悟りとも言わない。ただ「そうなってしまった」と静かに受け止める。若き日に智を尽くし、悩み、哭き、走り続けた末に辿り着いたのは、もはや多くを語らなくてよい場所だった。この一句は、生きもの感覚に裏打ちされた時間そのものが智慧へと転じ、生ききった先にもなお生が続いていることを、そっと示している。

11. 生死を越える句境
(1) 大患を克服して、死の危機を克服。
① 胆管癌 : 見つかったときには治癒困難な癌だが、奇跡的に手術が成功。
② 類天疱瘡 : 長谷川櫂氏の機転ある導きによって慶應義塾大学病院に入院し、無事完治。

よく眠る夢の枯野が青むまで  兜太

兜太晩年の句境を象徴する一句である。兜太は朝夕、亡き人の名を唱える称名とともに、神棚の前で三十分から一時間の立禅を行い、心気を整え、産土の神々や死者との交感を深めていた。睡眠を疑似的な死の体験と捉える兜太にとって、「よく眠る」とは死者との篤い交わりであり、その夢の中で枯野は青み、命は再び輝く。立禅と称名に裏打ちされたこの一句は、生と死を隔てず、命の不滅を静かに確信する境地を示している。

12. 死の床に再会
(1) 誤報
時事通信は2月19日午前6時50分ごろ、俳人で文化功労者の金子兜太が死去したとの記事を配信したが、後に誤報だと判明し、約1時間後に記事全文を取り消した。私は慌てて先生が入院している熊谷市の病院を訪ねると、面会謝絶にもかかわらず、先生とお目にかかれて、最後の貴重なひとときを得たことは幸いであった。
(2) 最期の別れ
片目にて笑む師のなみだ風光る  高資
永日や手のひらに手のひらを置く  同
(3) 墓参
月命日の2025年4月20日、秩父長瀞の菩提寺・総持寺を訪ねたが、墓所が分からず彷徨っていると、竹林から現れた女性に導かれた。後にその方が住職夫人であり、筍まで頂くという不思議な縁が重なった。同行の干野風来子さんと墓掃除をしたが供華を忘れ、近くに咲いていた諸葛菜の紫花を供えたが、後になって兜太が同じ花を詠んでいたことを思い出し、奇遇を覚えた。墓前で感じた先生の気配は錯覚ではないように思われ、〈諸葛菜猫が猫背で往き来して〉の句が、時空を超えて「人は死なない」という言葉を確かに裏打ちした。

13. 私との出会い
私が初めて金子兜太先生にお目にかかったのは四十年前、高校生の頃である。隈治人主宰「土曜」全国大会での講演で、兜太先生が語った「俳句は寸鉄詩」という言葉は、花鳥諷詠・有季定型を旨としていた私に強烈な衝撃を与えた。講演後に言葉を交わした記憶は定かでないが、その印象は深く残った。その後、俳句から離れていた時期に、全国学生俳句大会で文部大臣奨励賞を受賞したが、これは兜太先生の選考によるものであった。俳号も異なり、私とは気づかれなかったはずだが、この僥倖を機に個人的な師事を許された。現代俳句新人賞受賞後、第一句集『海馬』は兜太先生の帯文を得て中新田俳句大賞・スウェーデン賞に選ばれ、さらに評論賞を受賞。先生の推挙で朝日新聞俳句時評を二年間担当し、のちに「海程」同人にも推挙された。
その後、紆余曲折を経て俳句の道を歩む中で、人生の岐に立たされたとき、最初に手を差し伸べて下さったのが兜太先生であった。電話での励ましはもちろん、手紙には「何かのときは小生に連絡あれ」とあり、涙が止まらなかった。まさに不肖の弟子にもかかわらずいつも温かいお心で長きに亘って私を支えて下さった大恩は死んでも忘れることはできない。

「歌舞伎」に感じる季節  歌舞伎役者 松本幸四郎

きごさいBASE 投稿日:2026年1月1日 作成者: dvx223272026年1月13日

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
 歌舞伎役者の家に生まれ52年、歌舞伎役者になって46年になります松本幸四郎です。曽祖父・七代目松本幸四郎が九代目市川團十郎に入門して以降、代々歌舞伎役者を生業としています。
 四季のある日本で生まれた「歌舞伎」は、季節を敏感に捉えていてそれが作品に影響をしています。お正月は「初春歌舞伎公演」として1月2日から始まります。お正月らしいおめでたく、明るい演目が並び、客席もお着物姿の方が多く劇場全体が彩の鮮やかな空間になります。年末のお稽古があって。元旦のお年始回りそして2日が舞台の初日となりいつにも増して慌ただしいですが、その慌ただしさがお正月を実感できる時でもあります。
 2月は節分の日には、舞台の幕間に鬼が出て豆まきを一座でするイベントがあり、4月は桜が舞い散る演目が上演されます。お花見にはあまり行ったことはないのですが、舞台装置の桜の大木が象徴的に描かれている演目に出演すると本物の桜よりも美しさを感じています。
 夏になるとお客様に猛暑を忘れていただくために本当の水を使って滝を作り、その中で役者はずぶ濡れになっての立廻りがある作品が上演されます。勧善懲悪は歌舞伎の得意な作品ですが、「夏芝居」と言われる真夏での上演は、ひときわ水しぶきが飛ぶお芝居でお客様に清涼感を味わっていただきます。
 冬になると本来無音の「雪」に「雪音」という大太鼓で音を作り、シンシンと降る雪を表現する作品が上演されます。寒さをさらに感じる世界ですが、人と人とが深く繋がる温かな人情話が展開される演目が上演されます。
 私は「歌舞伎」によって季節を感じているのかもしれません。全国にある「地芝居」には伝統、そして先人を大切にする日本の温かな心を感じます。日本が産んだ日本らしさを感じる「歌舞伎」、あらゆる時代に生きてきた歴史を紐解く「歌舞伎」を楽しんでいただければと思っています。誰よりも私が楽しんでいるのかもしれませんが・・・。

【筆者略歴】
1973年1月8日生まれ。松本白鸚の長男。79年3月歌舞伎座「侠客春雨傘」で三代目松本金太郎を名のり初舞台。81年10・11月、歌舞伎座「仮名手本忠臣蔵」七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。2018年1・2月歌舞伎座で十代目松本幸四郎を襲名。日本舞踊の松本流家元を兼ねる。屋号は高麗屋。26年1月は歌舞伎座「女殺油地獄」で河内屋与兵衛を演じる。

*各界の第一線で活躍している方の「四季のエッセイ」は1、4、7、10月1日に掲載します。次回は4月1日です。

「きごさい歳時記」を全面改訂へ

きごさいBASE 投稿日:2025年12月31日 作成者: dvx223272026年1月8日

「きごさい歳時記」につきましては、2008年3月の開始以来、多くのみなさまにご利用いただいておりますが、今後、ネット歳時記の需要が益々高まることが想定されるなかで、内容をさらに充実させるべく、全面的な改訂を実施することといたしました。
具体的には、現在の項目(主季語)約5000語を確認の上、必要に応じて主季語の追加、子季語・解説・例句の見直し等を、概ね5年を掛けて進めてまいります。

2026年は項目(主季語)の確認・追加検討に集中し、本体の更新は2027年から始まります。その後も順次改訂を進め、豊かで分かりやすい「きごさい歳時記」を追求いたします。ご期待ください。

2026年2月7日(土) Zoom でHAIKU+、講師は五島高資さん

きごさいBASE 投稿日:2025年12月14日 作成者: dvx223272026年1月30日

「HAIKU+」の新シリーズ「戦後俳句の検証」
現在ご活躍中の俳人・俳句研究者をお迎えして、戦後の俳句に多大な影響を及ぼした俳人についてご講演をいただきます。
2026年最初のHAIKU+は、俳人で「俳句スクエア」代表の五島高資(ごとう・たかとし)さんによる「金子兜太論」です。
遠方の方も参加しやすいZoomを使ったオンライン講演です。ぜひご参加ください。

日 時: 2026年2月7日(土)
13:30から

演 題 : 人間・金子兜太に迫る

講 師:  五島高資(ごとう・たかとし)

<プロフィール> 
 1968年長崎市生まれ。ホトトギス同人・森大鈴に師事、その後、金子兜太に師事。現代俳句新人賞、加美俳句大賞・スウェーデン賞、現代俳句評論賞、日本血液学会奨励賞など。「俳句スクエア」代表、「豈」同人。日本俳句協会理事長、現代俳句協会・GHOC 現代俳句オープンカレッジ講師、日本文藝家協会会員。
句集に『海馬』、『雷光』、『蓬萊紀行』、評論に『芭蕉百句(英訳付)』、『平畑静塔の百句』など。医師(血液内科)、博士(医学)。

<講師よりひと言>
  戦後、金子兜太は前衛俳句運動の中心的存在として「造型」の俳句理念を提唱した。これは、近代俳句の根本前提であった主客二元論を超克する新たな詩法であり、対象のみならず作者自身をも対象化する「創る自分」という高次の主体を措定することで、主客一如の詩境へ到る試みである。後年、兜太が「生きもの感覚」と呼んだ生命的・体感的な共有感覚がその詩境を裏打ちすることによって兜太俳句の本領が発揮されることになる。
 本講演では、兜太の作品を精査しつつ、この造型論が俳句史において果たした意義を明らかにしたい。また、講演者自身が兜太と交わった出会いから永訣までの歳月を振り返り、人間・金子兜太の実像に迫りたい。

2026年2月7日(土)13:30から
13:15 Zoom入室開始
13:30~15:00 講演 
15:00~15:45 長谷川櫂(きごさい代表)との対談、質疑応答     

「動物季語の科学的見解(両生類と爬虫類)」を追加しました

きごさいBASE 投稿日:2025年9月25日 作成者: dvx223272025年10月1日

 東海大学教養学部の藤吉正明先生による「動物季語の科学的見解」の追加です。四回目は両生類と爬虫類の20季語、

蛙(かわず)、蟇穴を出づ(ひきあなをいづ)、蝌蚪(かと)、青蛙(あおがえる)、雨蛙(あまがえる)、いもり、海亀(うみがめ)、河鹿(かじか)、亀の子(かめのこ)、山椒魚(さんしょううお)、蜥蜴(とかげ)、飯匙倩(はぶ)、蟇(ひきがえる)、蛇(へび)、蝮(まむし)、守宮(やもり)、牛蛙(うしがえる)、蛇衣を脱ぐ(へびきぬをぬぐ)、秋の蛙(あきのかわず)、冬眠(とうみん)

 以上季語の解説が新しくなりました。ぜひ、お読みください。今後は、昆虫、魚類などについての改訂も予定しております。
 なお、今回の改訂にあたって引用及び参考にした文献は以下の通りです。

引用及び参考文献
・岩村恵子(訳)(一九九九)最新ヘビ学入門、平凡社
・内山りゅう 他(二〇〇二)決定版日本の両生爬虫類、平凡社
・亀崎直樹(二〇一二)ウミガメの自然誌、東京大学出版会
・川添宣広(二〇二〇)日本の爬虫類両生類生態図鑑、誠文堂新光社
・関慎太郎(二〇〇八)身近な両生類・はちゅう類観察ガイド、文一総合出版
・関慎太郎(二〇二一)野外観察のための日本産両生類図鑑 第三版、緑書房
・日本ウミガメ協議会
https://www.umigame.org/umigamenitsuite/cn11/kyoukasho_seikettei.html
・日本爬虫両棲類学会 編 (二〇二二)新日本両生爬虫類図鑑、サンライズ出版
・比婆科学教育振興会 編(一九九六)広島県の両生・爬虫類、中国新聞社
・松井正文・前田憲男(二〇一八)日本産カエル大鑑、文一総合出版
・松橋利光・奥山風太郎(二〇一五)山渓ハンディ図鑑九 日本のカエル 増補改訂察ガイド、山と渓谷社
・松橋利光・富田京一(二〇二五)山渓ハンディ図鑑 日本のカメ・トカゲ・ヘビ、山と渓谷社

恋の俳句大賞(2025年前期)大賞はなし

きごさいBASE 投稿日:2025年9月7日 作成者: dvx223272025年9月24日

【大賞】
該当作なし

☆村松二本 選
【特選】   
月光を浴びて弥勒のやうなきみ   千葉文智
君に逢ふたびに菜の花蝶と化す   綾竹あんどれ
【入選】
日焼けして恋はキャラメルコーン味 深谷健
さよならは無色透明夏の海     折田祐美子
ゆきむしのゆの字のやうな恋でした げばげば
肩ふれて祭の夜は火の匂ひ     薮下瑞香
マヨラーの君にハムカツ作る夏   城内幸江
毛糸玉手品のように愛を編む    大野喬

☆趙栄順 選
【特選】
ぼくの右手きみの左手夕立来る   押見げばげば
ゆく春や百まで惚れて土に帰す   まんぷく
休日の香水の君知らざりき     縄田ゆみこ
ひまわりの高さのキミとキスをする 中西羽音
恋心10℃冷まして夕立過ぐ     澤田紫
【入選】
友情は恋には勝てず青林檎     尾澤慧璃
風鈴や揺れて戻らぬ恋ひとつ    長楽健司
好きですと言うには夜が足りぬ夏  後藤喜生那
山笑う少し大きなラブレター    中原壱朋
星飛んでバームクーヘン半分こ   椋本望生

☆長谷川櫂 選
【特選】
涼しさや敬語は恋の防波堤     陽子
【入選】
遠花火君の全てを忘れまじ     円美々
夕映えや湘南テラス二人の夏    倉森愛華
ぼくの右手きみの左手夕立来る   押見げばげば
日焼けして恋はキャラメルコーン味 深谷健
大好きを少しくださいかき氷    城内幸江

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