4月15日(日)第14回「きごさい+」が神奈川近代文学館で開催された。講師は俳人の正木ゆう子さん。熊本大地震が起きたのは2年前の昨日、4月14日。まだまだ復興に時間がかかりそうな熊本城や人々の暮らしをテレビで見たばかりだったので、熊本出身の正木さんのお話はいっそう心に響いた。
☆熊本への愛
他県に比べ熊本県人は愛郷心が強いと言われており、確かにそうかもしれない、と正木さんの講座は始まった。お話を聞いていると、もちろん熊本の自然、風景への愛情も深いが、それより人や人との縁を大事に思い、熊本人の気質を誇りに思い、それが正木さんの愛郷心につながっているように思われた。まず取り上げられたのが、熊本出身の明治時代の人、上塚周平。
☆上塚周平は遠いブラジルで四千もの句を詠んだ
上塚周平は1876年(明治9年)熊本に生まれ、熊本五高(現熊本大学)から東京帝大を出たエリート。1908年、日本人移民事業でブラジルに渡り、その後定住し、困窮する移民のために生涯を捧げ「ブラジル移民の父」と称されている。一度も結婚せず、生涯四千もの句を詠んだ。
熊本五高在学中に、夏目漱石が教師として五高に赴任しており、周平は漱石の影響で俳句を始めたと思われる。正木さんは、エピソードを交えて周平の句を紹介してゆく。正直言って周平の句はあまり上手とも思えない。でも周平の心に寄り添うような正木さんの語り口に、次第に心が動かされていった。
移民船潮吹く鯨見て着きぬ
秋風や黍の中なる移民小屋
翅破れて胡蝶轍の水に浮く
ブラジルに着いたものの、移民事業はうまくいかず、引率者だった周平は移民たちに強く責められた。それでも逃げもせず、むしろ苦境に立ち向かう静かな決意さえ感じさせる。
大山羊に乗りて童や秋日和
繭の玉抱いて鼠立ち歩く
冬に湧く源遠き泉かな
何の気負いもなく淡々と大らかな句を詠んでいる。十年以上の苦闘の末、移民たちの生活が少し楽になった頃、まだあばら家に住んでいた周平に、「先生に新しい家を建ててあげたい。」と移民たちが申し出た。すると、周平は「それより橋をかけなさい、小学校を建てなさい。」と申し出を断ったという。熊本の人らしい、と正木さんはうれしそうにこのエピソードを語った。
苦闘の連続の人生でも、悲惨な出来事があっても、周平には常に俳句があった。名句を残したわけでも俳人として名を残したわけでもないが、俳句を詠み続けることで、苦難を乗り越え人々を救う力となったことだろう。1935年58歳で死去。2015年には遺徳を偲ぶ人たちによる80回忌法要が行われた。
周平はおそらくブラジルで初めて俳句を詠んだ人であった。現在ブラジルで俳句が盛んなのも周平が俳句の種を蒔いたからかもしれない。そして周平に俳句の種を蒔いたのは漱石であり、故郷熊本であった。俳句も人もつながっているのだ。
☆熊本大地震の俳句
熊本日日新聞の俳句選者をしている正木さん。2年前の地震直後は投句数が減るだろうと思っていたが、まったく減らないことに驚いたという。余震が続き、車中生活を余儀なくされ、ハガキの購入もままならないと思われるのにたくさんの投句ハガキが届いた。しかも春のいきいきとした明るい季語の句が多かった。人は自然によって励まされ、俳句の中に自然や季語を取り込むことで生きる力を得ていることを実感したという。地震直後に投句された句がいくつか紹介された。
被災地となりて仰げば春の星
千回の余震に耐へてゐる新樹
おとろしかことでござした春の地震
自分も熊本の人も、熊本は安全なところと思い込んでいたが、震源地の近くに「なまず」という地名があるし、大鯰の神話や鯰を祀った神社もある。昔大きな地震があり、それは大鯰が暴れたせいだ、と伝えられたのかもしれない、とユーモアたっぷりに語った。「事実が神話になりそして文学になる」に一同大いに納得した。その後の句会で鯰の句が出たのは言うまでもない。
☆福島の子どもたち
東日本大震災の半年後から、原発被害に揺れる福島に通い、子どもたちに俳句を教えているとのこと。授業は、外を歩いて見つけたものを紙に書かせるところから始めるのだが、ある日、大雨で外に出られないとき、「一分間、目をつぶって心の中をみてみよう。心にうかんだことを紙に書いて。」という授業にしたそうだ。結果も上々だったが、何より、ぎゅっと目をつぶっている子どもたちの顔がかわいくて、その顔がまた見たくて、雨が降ってなくても、「一分間目をつぶって、」をやっているそうだ。正木さんはひとりひとりの心を抱きしめるように子どもたちに向き合っている。
その人の心に寄り添うように俳句を読み、自分の心に寄り添うように俳句を詠む。自分を励まし、自分を再生するための俳句があってもいい、と講座を聞いてあらためて思った。「一分間目をつぶって心の中をみてみよう」私もやってみよう。(葛西美津子記)
<句会報告>
*正木ゆう子選
【特選】
雨雲も青空もある桜かな 那珂侑子
ブラジルを詠み四千の蝶生るる 神谷宣行
花筏櫂をひらりと水面割る 平野恭子
二人静いつしか消えてしまひけり 那珂侑子
クラス替え背大きくて字の見えず 佐藤森惠
タワーの下大河のほとり桜餅 久根下豊子
ひとり居に椅子の四脚花曇 久根下豊子
蜂の巣を見つけ途方に暮れにけり 田中益美
【入選】
ブラジルは春の裏側移民船 西川遊歩
散歩する犬も進まぬ春嵐 田中益美
沖を見る一人となりし花疲 岩田陽一
父からの長き手紙や鳥帰る 山中澄江
とつとつと水俣語り花馬酔木 吉安とも子
あらためて仕上げの畦や塗りに塗る 園田靖彦
てふてふとてくてくとゆくひとり野に 山中澄江
大いなる干潟にひとりひとりかな 飛岡光枝
朝寝から覚めずともよし大鯰 葛西美津子
芽吹たり父祖七代の柏かな 藤倉桂
ファインダー越しに佐保姫よく笑ふ 藤井祐喜
新年度かかとそろえる心かな 佐藤森惠
地震あとのくまモンの意地木々芽ぐむ 片山ひろし
きざはしに野の花置きぬ仏生会 山本恵子
春眠の鯰起こすな起こすなよ 飛岡光枝
獣めく萼脱ぎ白蓮咲きそむる 久根下豊子
連弾の音ゆづりあふ朧の夜 岩田陽一
延び縮みのつしのつしと蚕かな 園田靖彦
*長谷川櫂選
【特選】
青々と俳句のそよぐ芭蕉林 飛岡光枝
一基一基三十万個城遅日 鈴木伊豆山
ブラジルを詠み四千の蝶生るる 神谷宣行
昔とは色なき時間亀の鳴く 片山ひろし
二人静いつしか消えてしまひけり 那珂侑子
ふるさとは帰れぬところ春の空 趙栄順
通るたび藤房いとし掌に 那珂侑子
ブラジルの空も大きな春の月 葛西美津子
熊本にありし俳句の種袋 野島正則
おほぞらにまなかひに花吹雪かな 正木ゆう子
【入選】
桜しべ払ひて母を座らする 金澤道子
恋文の灰を埋めし丘に蝶 磯田佐多子
美しきばら園といふ薔薇の檻 上田雅子
ブラジルに俳句の花の種蒔けり 趙栄順
俳句にも移民のこころ花曇 片山ひろし
朝寝から覚めずともよし大鯰 葛西美津子
真青なる空へ石積むさくらかな 神谷宣行
春眠の鯰起こすな起こすなよ 飛岡光枝
復元の鯱天に柏餅 鈴木伊豆山
春の海夢をみてゐるヨットかな 藤倉桂
◆ 選者の一句
おほぞらにまなかひに花吹雪かな 正木ゆう子
大鯰ここに鎮まる日永かな 長谷川櫂







