リレーエッセイ008 春を呼ぶ音 岩井善子
春は、大なべの蓋を床に落す音で始まる。
賄い方の元気の良い声と庫裏に籠る煮炊きの蒸気、昆布出汁の香り、一升釜から香るご飯のにおい。彼岸の中日、寺はお斎の準備で大忙しだ。油揚げ蒟蒻などの煮物。薇と里芋ののっぺ、椎茸と青菜の胡桃和など、彼岸の法要のための精進料理が準備される。作り手もお参りする方も、雪の重圧から解かれた安堵感と開放感にあふれている。
寺によっては涅槃図をかかげ、合わせて法要を営む。この時、お斎の膳に配られるのが彼岸団子。米粉に食紅で色をつけ一センチほどのお団子を作り蒸しあげる。白と薄紅、やわらかな緑色の小さなお団子を見ると、色彩の乏しかった昔の人にとっては、さぞ心弾む色だったろう。
豊かなことも幸せだが、そればかりではないようだ。勢い余って鍋の蓋を落としても、またご愛嬌。その音は春を告げるシンバルのように寺中に響き渡る。(季語歳サポーター 写真=雙璧寺の彼岸のお斎膳)
