リレーエッセイ017 ヒトガタ 北側松太
我家の名越の祓いは、人形(ひとがた)に家名を添えて家内安全と記し、賽銭と共に氏神である八幡神社に奉納するものであった。
人形(ひとがた)は本来、息を吹きかけられたり触れられたりして人の穢れをもらい、川に流されることで、禊とするものであるから、我家のそれは本筋と少し異なる。本筋と違うということが分かったのは、俳句をするようになってからのことで、それまでは、何のために六月晦日にお参りするのかさえも分からなかった。
「名越の祓い」でいう「穢れ」は、贖罪の対象となる精神的なものというより、疫病を引き起こすような、目に見えない細菌類を指すのであろう。「名越の祓い」にとどまらず、夏、それも梅雨どきの季語の中には、疫病退散を願う季語が少なくない。「菖蒲湯」「祇園祭」などは、その代表的なもの。我家の人形(ひとがた)も「家内安全」と記すよりは、「疫病退散」と記すほうが、本筋に適っているのだろうが、五年前に引っ越してからは、前もって届く人形(ひとがた)も届かなくなった。最近では名越のお参りもご無沙汰している。(季語歳理事 写真=片白草)
