桜(さくら) 晩春
【子季語】
若桜、姥桜、千本桜、嶺桜、庭桜、一重桜、御所桜、楊貴妃桜、左近の桜、深山桜、里桜、緋桜、上溝桜、南殿、大島桜、染井吉野、桜月夜、桜の園、桜山
【関連季語】
花、山桜、初桜
【解説】
桜は花の中の花。古来より詩歌に歌われ、日本人に愛されてきた花である。もともとは、山野に自生する野生種であったが、江戸末期から明治にかけて、栽培種である染井吉野が誕生し、現在では、桜といえば染井吉野をさす。桜は神話の時代から、春を代表する花であったが、一時、中国から伝わった梅に、その地位を奪われる。『万葉集』集中の歌でも、梅の歌は桜の二倍以上になる。桜が梅に替わって、再び春を代表する花となったのは平安時代で、『古今集』では多くの桜の歌が見られるようになる。紫宸殿の「左近の桜」も最初は梅であったが、梅が枯れた後は桜に植えかえられた。
【来歴】
『俳諧初学抄』(寛永18年、1641年)に所出。
【文学での言及】
あしひきの山桜花日並べてかく咲きたらばいと恋ひめやも 山部赤人『万葉集』
あしひきの山桜花一目だに君とし見てば我れ恋ひめやも 大伴家持『万葉集』
桜花今盛りなり難波の海押し照る宮に聞こしめすなへ 大伴家持『万葉集』
世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平『古今集』
ひとめ見し君もや来ると桜花けふは待ちみて散らば散らなむ 紀貫之『古今集』
いま桜咲きぬと見えてうすぐもり春に霞める世のけしきかな 式子内親王『新古今集』
よし野山さくらが枝に雪降りて花おそげなる年にもあるかな 西行法師『新古今集』
【科学的見解】
桜は、バラ科サクラ属のうち、ウメ、モモ、アンズなどを除いたものの総称である。落葉高木で日本各地に広く自生し、公園や街路などにも観賞用として植えられる。日本にはヤマザクラ、オオシマザクラ、エドヒガン、マメザクラなど十種類ほどの自然種が認められているが、細かく分類すれば、百種以上にもなる。最も一般的なソメイヨシノは、オオシマザクラとエドヒガンを交配させた人工種で、江戸末期に、江戸の染井村の植木屋から広まった。桜の多くは、三月から四月にかけて、白や淡紅色の五弁の花を咲かせる。(藤吉正明記)
【例句】
さまざまの事思ひ出すさくらかな
芭蕉「笈の小文」
命二つの中に生きたる桜哉
芭蕉「甲子吟行」
木(こ)のもとに汁も膾も桜かな
芭蕉「ひさご」
声よくばうたはうものをさくら散
芭蕉「砂燕」
花に遠く桜に近しよしの川
蕪村「蕪村句集」
木の下が蹄のかぜや散さくら
蕪村「蕪村句集」
桜咲きさくら散りつつ我老いぬ
闌更「半化坊発句集」
観音の大悲の桜咲きにけり
正岡子規「子規句集」
風に落つ楊貴妃桜房のまま
杉田久女「久女句集」
夜桜やうら若き月本郷に
石田波郷「鶴の眼」
さくら咲きあふれて海へ雄物川
森澄雄「浮鷗」
天地をわが宿にして桜かな
長谷川櫂「松島」
大釜に飯炊きあがる桜かな
高田正子「花実」