10月29日(日)、第12回「きごさい+」が神奈川近代文学館で開催された。今回のテーマは「俳句弾圧事件-その犠牲と責任を考える」。講師は俳人で比較文学者のマブソン青眼さん。マブソンさんの熱のこもった講座に一同惹きこまれた。
なお、次回、第13回きごさい+は、来年2月3日(土)に開催。
テーマは「桃山時代の日本食文化の転換―ヨーロッパとの邂逅から―」、お話しいただくのは、東京大学准教授、岡美穂子先生。
<講座概要>
僕は日本在住の四十九歳フランス人男性だ。もちろん、第二次世界を経験していない。しかし、八十歳を超えた両親は様々なことを記憶している。たとえば、戦後フランスでは、「第二次世界大戦中のヴィシー政権は自発的にナチス・ドイツと協力したことはない」、「公職や知識人のほとんどが内心では対独レジスタンスの見方だった」というフランス自画自賛の神話が作られ、長らく信じられてきたといわれている。
そこで、1972年に、フランス人ならぬロバート・パクストンというアメリカの歴史学者から、対独レジスタンスの神話を解体する名著が出された。客観的な資料に基づいて、戦時中のフランス政府や多くの知識人が能動的にナチス軍部と協力し、進んでユダヤ人迫害や共産主義者・平和主義者などの弾圧に手を染めていたという事実を、”よそ者の研究者”が証明した。そして1970年代からフランス政府は少しずつ過去の過ちを認めるようになり、同時に植民地の独立を認めたりして、国内でもより開放的な民主主義社会に向かうようになったといわれている。
案ずるには、どんな国でも、将来の平和や民主主義の健全な発展を望むのであれば、まずは過去の軍国主義の暴走を、それに協力した公職や知識人の役割を、そしてその土台である表現の自由の弾圧というシステムを客観的に省みる必要がある。
日本についても同じであろう。第二次世界大戦前の日本においては、表現の自由を無くしてしまい、軍国主義の暴走を可能にしたシステムの法的な要は「治安維持法」である。1925年に公布されたこの法律は次第に範囲が拡大され、1933年に小説家・小林多喜二の拷問による死をもたらし、1940年からはいわゆる「昭和俳句弾圧事件」を可能にした。
当時では、俳句実作において、季語を使わなかったり、自由律を試したり、社会を詠んだりしたというだけで(つまり日本の俳句の王道と定められていた「花鳥諷詠」の掟に従わなかったというだけで)、新体制(軍事政権)に反する考えをもっていると疑われ、その結果、多くの俳人が「治安維持法違反容疑」で特高警察に検挙されることになった。1940年(昭和十五年)2月14日から1943年(昭和十八年)12月6日まで、当時の戦争・軍国主義を批判・風刺した俳句や反体制的な作品を作ったとして、少なくとも44人の俳人が治安維持法違反容疑で検挙され、うち13人が懲役刑を受けた。留置場で心身の苛酷な苦痛を強いられたり、釈放後に病死したりした者もいた。その事件の進行と同時に、日本の俳壇、そして日本社会全体が聖戦礼賛の時代へと突入して行った。
実は今日の俳壇までその「俳句弾圧事件」の影響が認められると思われる。弾圧の史実と作品例を検証した後、弾圧に協力したと思われる俳人の役割を考えることにし、「日本俳句作家協会」会長、のちに「日本文学報国会」俳句部長を務めた高浜虚子の責任も論じた。
この問題に関しての私見は、拙編著『日本レジスタンス俳句撰』序文にあり、インターネット転載を参照 参照サイトはこちらから
最後に、弾圧事件の責任問題とは別に、弾圧された俳人の名誉回復の方法を考え、計画中の「俳句弾圧不忘の碑」建立事業を紹介した。長野県上田市の戦没画学生慰霊美術館「無言館」近辺に、有志で建てるという運動は、文学的にも、社会的にも意義があると思われる(筆頭呼びかけ人、金子兜太・窪島誠一郎・マブソン青眼)。
予定されている碑文の最後のくだりは以下の通りである。
「彼ら{弾圧された俳人}の犠牲と苦難を忘れないことを誓い、再び暗黒政治を許さず、平和、人権擁護、思想・言論・表現の自由を願って之を建立します」
詳細は「碑の会」の公式ホームページ参照:http://showahaiku.exblog.jp/
結論として、弾圧の被害者であり、懲役2年の刑を受け辛酸な経験をした栗林一石路の、敗戦後の言葉を引用した。「かつて戦争に協力した俳壇の多くは、何等の反省も告白もない」(朝日新聞・文化面、1946年6月17日)。
一石路は戦後「新俳句人連盟」を設立し秋元不死男らと共に「俳壇戦犯」の責任を追及しようとしたが、様々な圧力がかかり連盟において2つのグループが対立したため、真相が決して解明されないまま日本俳壇は今日まできている。軍国主義が再び勢いを見せているこの頃こそ、1940年代に弾圧された俳人の名誉回復と弾圧に協力した俳人の責任追及を果たすべきであろう。今日においても、健全な俳壇の条件は、表現の自由と人権擁護にあるといえよう。二度とあのような野蛮な社会と大戦への道を歩むことがないように、後世に「俳句弾圧不忘の碑」を遺す必要があると確信している。
<句会報告>
*マブソン青眼選
【特選】
蛤と化したる雀食はれけり 青沼尾燈子
韓人の愁思のかたち白磁壺 趙栄順
白文地忌まだ終らない夏の空 三玉一郎
戦果て海鼠ころがる海の底 飛岡光枝
モヒカンの髪高く立て野分かな 金井真紀
ポケットに字足らずの句と団栗 金井真紀
除染されブチ切れてますサツマイモ 金井良祐
反骨心背骨に据えて鳥渡る 神谷宣行
弾圧者みな顔のなき寒さかな 長谷川櫂
【入選】
冷まじやレジスタンスの俳諧史 吉安友子
反骨の一茶つぶやく茨の実 西川遊歩
嵐越え鯨のごとく男来る 飛岡光枝
日曜の庭に工具や鵙の晴 福田博之
秋の蝶誰か指揮棒振るやうに 前田麻里子
心自由たれ詩自由たれ青葡萄 趙栄順
青空文庫『陰翳礼讃』文化の日 渕上信子
セシウムの有無なく産まれ猪走る 金井良祐
リニアてふ怪獣花野を喰らひけり 青沼尾燈子
月白くひとつ手前の駅降りる 金井良祐
夜の木に四十五羽の黒鶫 長谷川櫂
郁子の実のまだ若きかな妊婦たち 前田麻里子
木守柿空の鳥巣と並びをり 前田麻里子
あいまいな言の葉の前薔薇氷る 飛岡光枝
どの国の雲も友なり鳥渡る 神谷宣行
除染土の袋累々もず高音 鈴木伊豆山
正眼の構へさながら冬の月 葛西美津子
青き目の台風が来てしづかなり 三玉一郎
台風の大河のまへの小屋護憲 渕上信子
*長谷川櫂選
【特選】
嵐越え鯨のごとく男来る 飛岡光枝
心自由たれ詩自由たれ青葡萄 趙栄順
歌ふごとくささやくごとく時雨かな 趙栄順
命ひとつ好きに燃やして秋の蝉 下山桃子
四十五の柿にぎりつぶす見えざる手 三玉一郎
罪寒し俳句作ったばっかりに 石川桃瑪
無季といふ荒野の果に立つ人よ 葛西美津子
【入選】
冷まじやレジスタンスの俳諧史 吉安友子
白文地忌まだ終らない夏の空 三玉一郎
セシウムの有無なく産まれ猪走る 金井良祐
実の赤し葉のもみづるや共謀罪? 石川桃瑪
火の恋しいまだ横浜事件の地 石川桃瑪
まだ青み残れる藁で俵編む 園田靖彦
さまざまの鳥の鳴き声茸狩 田中益美
何度でも倒れては起き芒かな 森あつ
遠くから戦争想ふ柿ひとつ 三玉一郎
戦争がもう寝台に鶏頭花 森あつ
作務座禅虚空に赤く柿一つ 鈴木伊豆山
*選者の一句
平和なり牛のまだらに陽の斑あり マブソン青眼
夜の木に四十五羽の黒鶫 長谷川櫂