リレーエッセイ041 更衣 岩井善子
季節感が薄れ空調設備が整った昨今、町を行く人々を見て今日から衣更だなと気づかされることがなくなってしまった。子供の頃、学生はもとより制服を身に着ける職業の人が多かったせいか、六月一日になると何となく町全体が軽々として、明るくなった印象があったものだ。
住宅事情にもよるが、今の若い人は衣更えなどという習慣を持たないだろうし、洋服はTPOをわきまえればかなり自由だ。海外旅行では、「ホテルの窓から外をのぞいて、町を行く人が何を着ているか見ても参考にはなりません」とガイドさんに言われた。なるほど、人々はその日の温度や天候によって勝手に着たいものを着ている。
その点和服には制約が多い。六月の単衣 七月の絽 八月の紗 と生地は変わり、模様もその月ならではのものが用いられる。さながらこの季節の和服には、食べもののように旬があるようだ。着物好きにとってはセンスのみせどころ。また、それは見る側にとっても存分に楽しい。
この頃になると母は着物を縫い直すため洗い張りをしていた。丁寧にほどいた反物を洗い、のりをつけて貼り板に広げてゆく。日差しが強いのであっという間に乾き、一枚の紙のようになった布をはがすのも面白かった。うろ覚えだが、その頃に布団の打ち直しもしていたように思う。一枚一枚綿を広げ、部屋ぢゅう綿埃にして布団を仕上げていった。
子供は大人が忙しくすると何かわくわくしてはしゃぎまわる。退屈な日常と違う非日常が大好きだ。出来上がったばかりの布団に飛び乗ってはよく叱られた。働いている大人の傍にいて、何時も何かいたずらをしてはおこられる。まるで、何か片付けようとすると寄ってくる猫のように。(きごさいスタッフ 写真=越後の稲架木)
