吉野山「櫻花壇」前に山桜2本を植樹
2018年4月7日(土)16時より、吉野山の中千本にある櫻花壇(このイベントのために特別オープン)にて、季語歳の山桜100万本植樹式が行われた。
まず、季語歳が2008年より植樹を始め、近年は佐世保のハウステンボスや江東区の区役所前に(+芭蕉の句碑)植えて、この日の吉野の二本を含めトータル658本の植樹を行ってきた経緯と意義についての説明があった。そして、今年の植樹が山桜の名所である吉野山で実現した理由として、櫻花壇オーナーである辰巳家の多大なご協力をいただいたことが報告され、同席されていた辰巳さん一家に大きな拍手が送られた。
植樹場所は、櫻花壇の前の私有地。すでに若木が二本、添え木と共に植えられている。植え付けは、寒い時期に行われることが重要で、時期としてはギリギリの三月に専門家の手で若木の植え付け作業を済ませ、根がついて、一本は花を咲かせていた。
◆花の山は植樹でつくられた
吉野山は、自生の山桜が自然に増えて天下に名だたる花の山が出来たわけではなく、人間の手で長い時間をかけて、営々と桜の植樹が行われてきたものである。幾百年もの間、蔵王権現の信仰とも結びついて、吉野にやって来た人々が願い事を込めて植樹を行った。江戸時代の記録では、麓で子どもたちが桜の苗木を売る様子や、豪商が百本単位で植樹する記録も残されている。山の桜の木々の根元を改めて観察すれば、さまざまな植樹の主のプレートをあちこちに発見する。新たな若木が我々の手で増えることは、花の吉野山の植樹の歴史の流れ中でのこと。誇らしい気分をもって山桜植樹のセレモニー(歌人の岡野弘彦先生も参加された)を行い、参加者全員で植樹した若木の前で記念撮影を行った。
◆昨年、吉野で巻かれた歌仙と大岡忌
去年の4月5日に詩人の大岡信さんが逝去された。その直後、岡野弘彦、三浦雅士、長谷川の三人が「大岡信さん追悼の歌仙―花見舟空へ」をここ吉野で巻き始め(長谷川櫂著『俳句の誕生』筑摩書房刊に掲載)、6月には盛大な「大岡信さんを送る会」も開催された。花の頃に亡くなった大岡さんの「信の忌、大岡忌」が毎年詠まれ、歳時記に載る日が来ることを願い山桜植樹式を終了した。
塔いらか花の中なる吉野山 岡野弘彦
花冷えや黄泉路の妻のおもはるる
ほのぼのと闇さへ花の吉野かな 長谷川櫂
花守の子も花守になりしかな
(西川遊歩記:季語歳副代表&大岡研究会会長)
