きごさい+ / 「気候の危機と俳句の危機」概要
5月4日、講師に環境社会学者で俳人の長谷川公一さん(俳号:冬虹)をお迎えして「きごさい+」が開催されました。気候危機、いわゆる地球温暖化のメカニズム、その影響の深刻さなど、わかりやすく解説していただきました。そして、今から自分たちができること、を考える充実したご講演でした。長谷川公一さんより概要をいただきましたのでご覧ください。
気候の危機と俳句の危機
尚絅学院大学大学院特任教授
長谷川公一
「気候危機」という転換点
長期化するコロナ禍に加えて、ロシアによるウクライナ侵攻という衝撃的な出来事が続いています。私たちが大きな分岐点・転換点に立っているのは確実ですが、問題は、人類がどこに向かっているのか、現代がどういう分岐点・転換点なのか、ということです。
ベルリンの壁が崩壊し、ヨーロッパで「冷戦」が終焉した1990年代には、来るべき21世紀に対して楽観的な見方が多かったですが、2010年代・2020年代と分断と亀裂が深刻化しています。「冷戦の終焉」は幻想だったのでしょうか。
現在、世界全体が直面している危機の一つは「気候危機」です。長い間「地球温暖化」という言葉が使われてきましたが、影響は温暖化にとどまりません。干ばつや豪雨、竜巻など、異常気象の頻発・日常化が顕著です。すでに気候の危機が顕在化している、対策が急務であることを強調して、2019年頃から海外では「気候危機」という言葉がよく使われるようになってきました。
気候危機と俳句の未来
気候危機と俳句の未来とは一見無関係のようですが、気候の危機は、季語の存立や季語の持つリアリティを危うくしかねません。刊行されはじめた『新版角川俳句大歳時記』全5巻は、「季語の本意」の歴史的な変遷を教えてくれますが、気候の危機には、季語の持ちうる実感や手触りを徐々に毀損していく危険性があります。
気候危機対策がうまく行かなかった場合には、2100年までに、産業革命前と比較して、平均気温が4.8℃上昇すると予測されています。その場合には日本でも、最高気温が35℃以上の猛暑日が年間で60日以上にも達する、年間1.5万人を超える熱中症による死者、豪雨の激化、台風の巨大化などが予想されています(https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/2100weather/(”2100+天気予報“で検索してください))。
桜が3月30日頃に全国でほぼ一斉に開花するようになり、「桜前線」という言葉が死語になり、九州南部では冬の寒さが不足するために、桜が開花しなかったり、満開にならないことも想定されています。
大豆が世界的に品薄になり、高級食材になるとも予測されています。2050年代以降は、節分に「豆撒き」ができなくなるだろうと見られています。稲作の中心は北海道に移行しますが、北海道でも高温障害によって米の品質が悪化し、米は輸入食品になる危険性も指摘されています。
「田起し」「田植え」「青田」「稲刈り」「今年米」など、俳句の根幹にかかわる稲作文化が、九州や四国・本州のかなりの部分では、昔語りになってしまう怖れがあるのです。
私は「果樹王国」山形県の出身ですが、2060年代には、山形県の庄内地方や北陸地方の沿岸部も温州ミカンの栽培適地になると予測されています。山形県では2010年からかんきつ類の試験栽培を始めています。北限のみかんやすだちなどが既に試験栽培で収穫されています。2060年代には鹿児島県や熊本県・愛媛県・高知県・和歌山県・静岡県など現在の温州ミカンの栽培適地は、高温障害で温州ミカンの栽培には適さなくなると懸念されています。夏ミカンなどへの転換が必要になるそうです。
現在は山形特産ですが、サクランボの栽培適地も北海道に移行する可能性があります。
ミカンやリンゴが色づきにくくなる、病害虫の発生など、気候危機の影響は既に顕在化しつつあります。
櫂先生は、「季語はみな時とともに移ろうものを惜しむ言葉であり、歳時記はその集積である」と指摘しておられます(長谷川櫂『俳句的生活』中公新書、2004年、p.109)。四季の移ろいこそが日本人の美意識を育み、短歌や俳句など短詩形文学の土壌になってきましたが、やがては4月中旬から9月末頃まで、半年近くにわたって夏が居座るようになり、春秋冬は短くなると予測されています。
季節の移ろいという感覚が希薄化することは、俳句にとっては一種の「死刑宣告」のようなものかも知れません。
1.5℃未満に抑えられるか————日本政府の消極姿勢
地球全体の平均気温を産業革命前と比較して、1.5℃未満に抑えられるかどうかがカギになると科学的に警告されています。既に約1.0℃上昇していますので、あと0.5℃の上昇にとどめなければなりません。そのためにも、早期の効果的な気候危機対策と、2050年以降、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きゼロに抑えられるかが世界的な課題になっています。
肝心の気候危機対策は、ドイツをはじめEU諸国は積極的ですが、日本政府は消極的です。温室効果ガスの8割以上は、発電所などのエネルギー由来です。気候危機はエネルギー政策と表裏一体です。
日本政府の対応は、技術革新への期待が中心で、政策的に誘導しようとする姿勢に乏しいものです。経団連の「自主行動計画」、各業界の自主的な取り組みに委ねて、積極的に規制しようとする姿勢が弱いのです。気候危機対策も、エネルギー政策も、大胆な政策転換が不得手です。気候危機対策は「票にならない」こともあって、政治家の関心も低いのです。環境問題に関しては、農林族や文教族のような「族議員」も不在です。
もっとも効果的な政策は炭素税のように、炭素に価格を付けることですが、懸案となりながらも、本格的な炭素税の導入は、遅々として進みません。
ドイツやオランダなどでは会員数が20〜30万人の環境NGOが幾つもありますが、日本には会員数が1万人を超える環境NGOはほとんどありません。財政基盤も弱いために、環境NGOの政治的影響力も乏しいのです。韓国や台湾に比べても薄弱です。
未来は持続可能か
フランスの国旗三色旗は、青が自由を、白が平等を、赤が博愛を現わしています。自由・平等・博愛は、フランス革命以来の近代社会の理念を示していますが、現在中心、現世代中心の価値観です。最近SDGs(持続可能な開発目標)が浸透しつつありますが、持続可能性は、未来に生き残れるのかを問いかける新しい理念です。
お子さんやお孫さん、まだ見ぬ命の未来にも思いをはせましょう。
今年2022年生まれの赤ん坊は、2030年に8歳、50年に28歳、70年に48歳、80年に58歳、2100年に78歳を迎えます。1945年から本年までが77年。78年後もたちまちやってくるはずです。そのときどういう地球になっているのか、日本になっているのか、が問われています。2022年5月4日という現在は、2100年に向かう明日に続いています。
「俳句的生活」の原点
政府や大企業の責任が大きいですが、私たち市民ひとりひとりが出来ることもたくさんあります。
お薦めは地産地消です。筍や空豆をはじめ、地元産の旬のものを食べることは、輸送などにかかわるエネルギーを節約することにもなり、地域の農業を励ますことにもなり、将来世代のためでもあり、いい句材にもなります。一石三鳥・四鳥の効果があります。
公共交通機関の利用を心がけるとともに、一駅分歩くとか、バス停幾つ分かを歩くことは、健康にも財布にもやさしく、地球にもやさしく、句作のヒントにもなります。
安物買いをせずに、いいものを長く使おうとすることも、ごみを減らすことにつながり、気候危機対策になります。
全身をアンテナにして、五感を研ぎすまし、季節の移ろいに敏感になって、つつましやかで、たしなみのある生活を心がけることは、ささやかではあっても、地球にやさしい暮らし方であり、「俳句的生活」の原点とも言えるのです。
ご講演後、句会も開かれました。
句会報告 選者=長谷川櫂、長谷川公一(冬虹)
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
ラ・フランス冷たき空に花開く 飛岡光枝
八十八夜はやも藤だな茫々と ももたなおよ
けふ八十八夜止まざる砲撃よ ももたなおよ
【入選】
この星に戦場いくつ春ゆけり 斉藤真知子
だんだんゆがむこの星に芹を摘む イーブン美奈子
砲弾が幾万の薔薇砕きゆく 趙栄順
◆ 長谷川公一(冬虹)選
【特選】
田植機にどこか似てゐる戦車かな 齋藤嘉子
きらきらと赤子の尿や柏餅 齋藤嘉子
ととのはぬ国の形や蟇 斉藤真知子
好戦と厭戦を挟む昭和の日 喜田りえこ
口紐を切つてやりたや鯉幟 上俊一
【入選】
よく生きてよき虫たりぬ青菜かな 上村幸三
この星に戦場いくつ春ゆけり 斉藤真知子
花虻を真似てつつじの蜜吸はん 金澤道子
法華経の金字と銀字若葉寒 村山恭子
この年の残雪ゆたか田植かな 高橋慧
滴りやここにはじまる最上川 長谷川櫂
青空をゆすつてゐたり今年竹 葛西美津子
千年後越後の国に田植かな 斉藤真知子
人類は悪しき生きもの卯波かな 上村幸三
まかなひの昼をつげたる田植かな 田中益美