8月16日きごさい+報告 「平安時代の菓子とは?」
「平安時代の菓子とは?」 講師:虎屋文庫 中山圭子
【講座レポート】
菓子といえば甘い味をイメージするが、確か平安時代はまだ砂糖はなかったはず。
本日の演題「平安時代の菓子とは?」 の「?」が、レジュメにそって中山さんの明快なお話と画面に映る貴重な画像で解き明かされていった。
平安時代(794~1185)の貴族の食は、米を中心に魚介や山菜、野菜類を用い、調味料は塩、酢、酒、醤(ひしお)。菓子とは主食以外の副食、嗜好品を指し、具体的には①木の実・果物 ②餅類 ③唐菓子があるそうだ。
〇平安時代の菓子
① 木の実・果物
② 餅類: 餅は稲作や霊魂の象徴
五穀豊穣・子孫繁栄・除災招福 祈りや願いを込めて神に捧げ、共食した。
年中行事との結びつき
三月三日の母子餅(草餅)、五月五日の粽、十月亥の日の亥の子餅は平安時代から今も続いていることにびっくりした。
正月の餅はそもそも歯固めの餅だったのか。
人生儀礼
三日夜の餅:当時は通い婚だったが三日通ったら正式に結婚の祝いとして、三日目の夜、三日夜の餅を用意したという。
五十日の餅、戴餅: 子どもの成長を祝う。生まれて一年目の子どもの背に一升餅を背負わせる行事が今でもある。
③ 唐菓子
遣唐使などが中国より伝えた菓子。多くは米の粉や小麦粉をこねて形作り、油で揚げている。
梅枝、桃枝、餲餬、桂心、黏臍、饆饠、団喜(歓喜団)、結果、餢飳(伏兎)、餛飩、餺飥、粉熟、
餅餤、糫餅、索餅(麦縄)、捻頭(麦形)など
中山さんの解説と図版の画像で、唐菓子の形や名前にそれぞれ意味や願いがあることがわかり興味深かった。「餅」は中国では小麦粉で作った製品を意味する、という説明にもはっとした。飛鳥~平安時代に渡ってきて米粉でも作られるようになったのだろうか。また、図版では唐菓子が器に高く積み上げられていて、平安時代はそのような盛り付け方をしたのか、とちょっと不思議だった。この盛り付け方も中国の影響だろうか。
現在、唐菓子の一部は神饌として受け継がれているという。
〇甘味料 甘葛(あまずら) について
唐菓子の甘味にも使われたという甘葛(あまずら)。でも何と言っても『枕草子』の 「あてなるもの~~削り氷(けずりひ)にあまづら入れて、あたらしき金鋺(かなまり)に入れたる。」にあこがれる。何しろ「あてなる」は「貴なる」、まさに平安時代のイメージだ。中山さんは「甘葛再現プロジェクト」に参加したことがあるそうだ。甘葛は冬の間に甘味を増した蔦の樹液を煮詰めたもの。適宜に切り、一方から息を吹き樹液を滴らせ、それを十分の一まで煮詰めて、甘葛を再現したとか。上品な甘さで、蜂蜜のような色合いだった、とのお話にいよいよ想像がふくらむ。甘葛をかけた削り氷が入った金属の一椀、虎屋が再現したレプリカがとても美しく、まさに「あてなるもの」だった。でも蔦の樹液を集めるのも煮詰めるのも相当な手間と時間がかかり、削り氷は氷室の天然の氷を運ばせて、となれば一杯百万円ぐらいする高価なものではないか、とのお話にため息がでた。
〇古典文学に見える菓子
以下の物語の中で菓子の出る場面が紹介された。当時の人々の暮らしと菓子との関わりがいきいきと描写されており、そして千年も前の菓子が現在に通じることにも驚いた。
『伊勢物語』とかざり粽 :宮中の端午の節句には厄除けとして粽を用意。
『土佐日記』と糫餅 :糫餅を売る店とも解釈されるが、諸説あり。
『和泉式部集』と母子餅 :花のさと心も知らず春の野に いろいろつめるははこもちひぞ
上巳の節句には厄払いのため、香りの強い草餅を食べる風習があった。昔は母子草(春の七草のひとつ、ごぎょう)を用いた。
『枕草子』と青ざし・餅餤 :青ざしは昭和頃まで存在したという青麦の菓子。餅餤は唐菓子の一つ。
『今昔物語集』と麦縄 :麦縄は索餅に同じと考えられる。素麺の原形。
『源氏物語』と亥の子餅(葵)、椿餅(若菜上)、粉熟(宿木)
亥の子餅は時代とともに変化、現在の椿餅は餡入り、粉熟はしんこ餅の一種。
「若菜上」には公達たちが蹴鞠のあと歓談しながら椿餅や木の実などを食べた場面がある。今で言うとスポーツの後のおやつのようなものか、と微笑ましい。そして「葵」の亥の子餅が出る場面で、惟光と源氏のやりとりにくすっとしてしまうのは、先に中山さんの「三日夜の餅」の解説を聞いたからだ。
〇平安時代の美意識の影響
江戸時代に花ひらき、洗練され、現在に至るすばらしい和菓子の文化、それは千年前の平安時代の雅びな美意識を受け継いだものだった。江戸時代の上菓子(白砂糖を使った上等な菓子)の銘や意匠に、平安時代の和歌や物語にでてくる言葉や名前、絵巻に見るような衣装の配色「かさねの色目」などが使われているという。江戸時代の人々の古典の教養の深さにあらためて感じ入った。そして王朝時代の美意識を受け継いだ、菓子の文化、和の文化に日本人として誇りを感じた。
***
「中山さんの和菓子の講座も今回で9回目、9年目になります。」と司会から紹介した。それを受けて、本日初めて参加した方から、「9回目とは!このような講座が開かれているのを知らずに残念。今までの講座も聞きたかった。一冊にまとめる予定はありませんか?」と質問があった。残念ながらその予定はないが、そういう方に中山さんのご著書『事典 和菓子の世界 増補改訂版』(岩波書店)をお勧めしたい。写真やイラストが美しく、中山さんの明快で親しみやすい語り口を彷彿とさせる解説が楽しく充実している。コラムも珍しい図版とともに内容が濃い。
中山さんには来年も講座をお願いする予定です。 (葛西美津子記)
参考文献
中村義雄『王朝の風俗と文学』塙書房1962年
山中裕『平安朝の年中行事』塙書房 1972年
‐平安建都1200年記念‐『王朝の雅と和菓子』展 虎屋文庫展示小冊子 1994年
菓子関係展示情報
○とらや東京ミッドタウン店ギャラリー 特別展「夏休み!寒天博士になろう」9月17日(水)まで
○とらや赤坂店地下一階ギャラリー 「和菓子が出会ったパリ」 10月14日(火)まで
○新潟県立歴史博物館 「飴・糖・あめ展」 9月6日(土)~10月19日(日)
虎屋文庫について
和菓子文化の伝承と創造の一翼を担うことを目的に、昭和48年(1973)に創設された「菓子資料室」。室町時代後期創業の虎屋に伝わる古文書や古器物を収蔵、和菓子に関する資料収集、調査研究を行っている。学術研究誌『和菓子』を年1回発行。
非公開だが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしている。
株式会社 虎屋 虎屋文庫 〒107-0052 東京都港区赤坂4-9-17 赤坂第一ビル2階
E-mail bunko@toraya-group.co.jp TEL 03-3408-2402 FAX 03-3408-4561
〇講演のあと、句会が開催されました。 選者: 中山圭子、長谷川櫂
中山圭子 選
【特選】
声だして笑ふ姫君夏氷 森永尚子
古都の菓子食みて秋思をなぐさめん 越智淳子
れもん水飲み干す君の息踊る 狩野恭子
懊悩は底へ預けて水海月 伴
桃と息合はせて桃の皮を引く 金澤道子
京菓子を選ぶに迷ひ秋はじめ 斉藤真知子
【入選】
それぞれの顔はたがひぬ鮎の菓子 村山恭子
朝顔は青空掴むつもりらし きだりえこ
かき氷削りし音の涼しさよ 谷口正人
水はじくうぶ毛をなでて桃あらふ 金澤道子
かき氷とらやの宇治の山みやび 西川遊歩
名水に水まんぢうのたゆたひぬ 村山恭子
この星に飢うる子ありて豊の秋 鈴木美江子
錦玉の流れに星撒く天の川 西川遊歩
空襲で溶けし羊羹敗戦忌 西川遊歩
つやつやの盆にぼたもち盆の入り 鈴木美江子
長き夜の菓子千年の物語 澤田美那子
水輪ゆれ真中にしんと水羊羹 飛岡光枝
長谷川櫂 選 (推敲例)
【特選】
洗ひたる墓に一切れ芋やうかん 葛西美津子
バラバラでも家族朝顔がひらく 田島博美
水輪ゆれ真中にしんと水饅頭 飛岡光枝
【入選】
白桃と息を合はせて皮を引く 金澤道子
空襲で溶けし羊羹敗戦忌 西川遊歩
握り鋏の音涼しさよ飴細工 飛岡光枝
月影や妻の好みの黒羊羹 花井淳
新盆や志ほせ饅頭乞はれ買ふ 西川遊歩
長き夜の菓子千年の物語 澤田美那子
琥珀羹夏の名残の水の色 澤田美那子
