リレーエッセィ009 十年後の花見 中野津久夫
3.11の東北関東大震災で、私には宮城県の名取市、石巻市、岩手県の山田町、気仙沼郡の住田町、みな海辺の町に住んでいた4人の友人がいた。家は全滅したが寸前に助かった者2人、未だ連絡がつかない者2人。生死に明暗あり。被災に遭われた多くの方々には、新潟の地ではなすすべもなくただ祈るだけの日々が続いている。
山桜植樹担当となって三年、会員各位のご協力のもとに、韓国も含め全国6か所に、山桜364本を植樹させていただいた。百万本には程遠いが、毎年植え続けてゆくことが、会員の願いを成就させる本会の使命の一つだと思っている。
きっと被災地はこれから阪神淡路のときと同じように、力強い復興がなされるだろう。願わくは、それらの地に、NPO法人季語と歳時記の会の山桜植樹会が開催される日が一日も早く来ることを希っている。
いま、私は十年後の花見を計画している。それは、わが裏山に大きな山桜がある。この桜は、毎年、実に清楚な白い花を咲かせるのである。この山桜の苗を育て、裏山を桜の山にすることである。今年私は満開の山桜に友を偲び愛でた後、桜の実を拾い集め、これを水に浮かべ良い種だけを選別し、そして秋に畝に播種する。雪の降る前には越冬用に藁を敷きおくことも忘れない。雪の下で力を蓄えた桜種。必ずや来年の五月頃には、凛とした発芽を見ることができるだろう。これがすなわち山桜の「実生」である。
毎年、山桜の実を播き続け、十年後にはささやかな「実生園」にしたい。雪深き処ゆえに、簡単ではないことも覚悟しているが、「運」「根」「鈍」を心に、接木や挿し木ではない実生からの山桜を育てたいと願っている。そして、何年先になるかわからないが、その実生で育てた山桜を、被災に遭った地へ植樹に行きたいと切に思っている。(季語歳理事 写真=加茂市加茂山公園の桜)
