リレーエッセイ010 仏生会 坂内文應
芭蕉は杜国と吉野山で花見をして、灌仏会(かんぶつえ)の日にたまたま奈良に降りてきていた。旅という不確定性のなかで、まさに折しもということだったに違いない。「潅仏の日に生まれあふ鹿の子かな」は元禄元年(翁45歳)、旧暦4月8日のこの日の作である。”生まれあふ”に芭蕉の祝福のまなざしがたっぷりと感じられる。あたかも、釈迦にかわって小鹿が生まれきたような輪廻感さえ感じられる句である。
どの寺の花御堂(はなみどう)も、あらかたは,昔からそう大きなものではない。だが近寄って、甘茶の水盤に立つ稚(いとけな)きその姿を見てみるのは、きっとよいことだ。その姿は、なんとも愛おしくも尊い。
生まれてすぐに七歩歩むと、ちいさな右手を上に、左手を下へ向け「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」つまりは「天にも地にも我ひとり」と呟いた、この場合、「われ」とは「人類の総体」の意であろう。超時代的な、精神の独立宣言のひとつ、最重要な場面とさえいえる気がする。しかし、鹿の子は生まれてすぐに、よろけながらでも立つけれど、人の子は立てないではないか・・・お説ごもっともである。あくまでも寓話であり、形象化ではある。でも、まことに幼きこの発言者の姿を嫌う人はまずはいないにきまっている。(季語歳副理事長 写真=花御堂の甘茶仏)
