たくさんの応募ありがとうございました。応募総数は983句でした。
入賞発表までしばらくお待ちください。
今日から2019年前期分を募集いたします。
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恋の句 今日が締切です
恋の俳句大賞、今日が締切です。応募まだの方、ぜひ、大賞に挑戦してください。
下のフォームからでも投句できます。
恋の俳句大賞は年2回、次のとおり実施します。
【前期】1月末日締め切り、バレンタインデーまでに発表。
【後期】7月末日締め切り、旧暦の七夕までに発表。
【選者】趙栄順(チョ・ヨンスン)、長谷川 櫂
『こども「折々のうた」100』発刊のお知らせ
詩人、大岡信氏が29年間にわたり朝日新聞の一面に連載した「折々のうた」は日本の近現代を代表する詩歌選集です。この「折々のうた」から『こども「折々のうた」100』が新たに誕生しました。大岡信研究会が企画、編集した『こども「折々のうた」100』は、「折々のうた」より短歌50首、俳句50句を選び、詩歌の現代語訳、ことばの解説を加え、古代から現代へ時代の流れに沿って並べ換えました。さながら日本の詩歌のパノラマが手のなかに拡がるような一冊です。『折々のうた』の入門編として子どもから親しめるよう総ルビ付とし、新進気鋭のイラストレーター、絵本作家である北村人(きたむら・じん)氏の楽しいイラストを全ページに展開しました。
『こども「折々のうた」100』
大岡信・著 長谷川櫂・監修
大岡信研究会・協力
小学館(本体価格 1,500円)
きごさい+(3月3日)、岡博大さん「小津映画について」

第17回 きごさい+は、3月3日(日)、
いつもの神奈川近代文学館で開きます。
演 題: 小津映画について
講 師: 岡 博大(おか ひろもと)
【プロフィール】
1971年神奈川生まれ。NPO法人湘南遊映坐理事長、ドキュメンタリー映画作家。湘南鎌倉の市民映画祭「予告篇ZEN映画祭」「みんなの小津会」などを主催。建築家・隈研吾氏や気仙大工のドキュメンタリー映画なども監督・製作している。
【講演概要】
湘南鎌倉で毎年開かれている「予告篇ZEN映画祭」。
予告篇を切り口に、多様なインディペンデント作品の存在を紹介しているユニークな市民映画祭だが、地
元ゆかりの小津安二郎監督の魅力をさぐる「みんなの小津会」というプログラムも同時に開催している。
鎌倉五山の禅寺を会場に、小津映画の上映やトークイベント、ワークショップなどを企画。
2018年度は、建築家の隈研吾氏ともコラボレーションして、北鎌倉の浄智寺境内に、小津をモチーフにしたモバイル竹シアター「OZU-ANA」という仮設シアターも制作した。
この映画祭を主催するNPO法人湘南遊映坐の代表を務める岡博大氏に、小津映画の魅力について聞く。
日 時:2019年3月3日(日)13:30〜16:30(13:10開場)
・13:30~14:30 講座
・14:50 投句締切(当季雑詠5句)
・14:50~16:30 句会
会 場:神奈川近代文学館・中会議室(横浜市、港の見える丘公園、〒231-0862 横浜市中区山手町110 TEL045-622-6666、みなとみらい線「元町・中華街駅」6番出口から徒歩10分)http://www.kanabun.or.jp/guidance/access/
句 会:当季雑詠5句(選者=岡博大、長谷川櫂)句会の参加は自由です。
参加費:きごさい正会員1,000円、非会員2,000円
参加申込み:きごさいホームページ申し込み欄から、あるいは電話、FAX、でお申し込みください。申込みなしの当日参加もできます。きごさい事務局(TEL&FAX 0256-64-8333)へ。
俳句の虚実 東日本大震災を詠み続けて 照井 翠
11月23日、俳句の未来を考える「HAIKU+」の第2回が、神奈川近代文学館で開催されました。講師は俳人の照井翠さん。テーマは「俳句の虚実 ―東日本大震災を詠み続けて―」。
照井さんは釜石で東日本大震災に遭遇し、極限状況と避難所生活の中で俳句を詠み続けました。震災から2年後に出した句集「龍宮」は俳壇以外でも注目され、多くの人の心を揺さぶりました。
講演では、震災に、自分に、そして俳句に、どう向き合ってきたのか。俳句における「虚」の意味とは。この不条理な時代に俳句(文学)が担う役割とは。具体的かつ大きな視野にたった照井さんのお話は、ずしんと心に響きました。
以下、照井さんに講演の要旨をまとめていただきました。
俳句の虚実 ―東日本大震災を詠み続けて― 照井 翠
1 始めに 北上市「日本現代詩歌文学館」
私の住む北上市にある詩歌文学館の公園の一角に、山本健吉の揮毫による「夢中落花」の碑がある。これは、西行の「春風のはなをちらすと見るゆめは覚めても胸のさはぐなりけり」という歌の詞書きにある言葉で山本が好んで揮毫した言葉である。文学館でこの春「水原秋櫻子展」が開催された。「瀧落ちて群青世界とどろけり」「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」。
2 俳句の師 加藤楸邨
俳句初学の頃、「俳句とは何か?」という根源的な問いに対するひとつの答えが加藤楸邨の俳句だった。俳句は、戦争や孤児など社会の様々なことを詠むことができると衝撃を受けた。「火の奥に牡丹崩るるさまを見つ」「明易き欅にしるす生死かな」「一本の鶏頭燃えて戦終る」「飴なめて流離悴むこともなし」「何がここにこの孤児を置く秋の風」「凩や焦土の金庫吹き鳴らす」。
3 震災以前の俳句(戦争、民族弾圧、生と死)
楸邨の影響もあってか、俳句初学の頃から、戦争や民族・宗教弾圧などに関する俳句を詠んでいた。この世の不条理・理不尽に対する自分なりの思いを、俳句にぶつけていたものか。
第一句集『針の峰』より。「影持たぬ冬の雀や爆心地」「どこかで戦乱長く剥かるる梨一つ」
第二句集『水恋宮』より。「ビル倒壊あの日冬日を見たつきり」「十一月嘆きの壁の混みはじむ」
第三句集『翡翠楼』より。「八月の水平線の人柱」「移民とは捨てらるること花ヒース」
第四句集『雪浄土』より。隠れキリシタン殉教の地「大籠」での俳句。「氷板ヲ踏マザル者ハ獄門ニ」「人がひとを獄門に懸け寒卵」「冷まじや死ぬ身に刻む十字紋」「袖に首隠して渡る雪の川」
また、沖縄での俳句。「血で描く日の丸島の頂に」「滴りや空気の薄き壕の底」「毒ミルクぬちぐすいとて飲ませらる」「黍殻と言はれしはみな死体 越ゆ」「死ぬ朝の木綿に包む仏桑花」
4 東日本大震災 釜石を詠む
釜石で東日本大震災に遭遇した。極限状況の中、不安な日々を支えてくれたのが俳句だった。虚の側に身を置き、現実と向き合っていた。生な表現や剥き出しの観念語を用いた俳句が多い。
句集『龍宮』より。「喪へばうしなふほどに降る雪よ」「泥の底繭のごとくに嬰と母」「双子なら同じ死顔桃の花」「春の星こんなに人が死んだのか」「春昼の冷蔵庫より黒き汁」「唇を噛み切りて咲く椿かな」「撫子のしら骨となり帰りけり」「初螢やうやく逢ひに来てくれた」「鰯雲声にならざるこゑのあり」「寒昴たれも誰かのただひとり」「虹の骨泥の中より拾ひけり」
5 震災後の俳句(時の経過、意識の変容、震災体験の捉え直し)
震災体験の内面化・深化を試みている。思索の沈潜化、詩としての昇華が大事だと思う。
『龍宮』以後の俳句より。「三月を喪ひつづく砂時計」「螢や握りしめゐて喪ふ手」「霧がなあ霧が海這ひ魂呼ぶよ」「降りつづくこのしら雪も泥なりき」「別々に流されて逢ふ天の川」「寄するもの容るるが湾よ春の雪」「まだ立ち直れないのか 三月来」「三・一一みちのく今も穢土辺土」
6 俳句の虚実 フィクションの力
松尾芭蕉の言葉に「虚に居て実を行ふべし。実に居て虚を行ふべからず」とある。俳句は虚空が描ける。森澄雄の「ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに」は虚構の名句。虚空を描き得た一句。
念願が叶い、アウシュヴィッツを訪れた。戦争や民族虐殺の過酷さを思い知った。そして俳句という器に思いを収めることの難しさも知った。フィクションの力に委ねるより他ないと感じた。
「終着の駅は死の町虎落笛」「一列に連行されてゆく白鳥」「冬の蠅ユダヤ絶滅収容所」「腐れ蕪益無き民へ与へらる」「天狼や民の選びし独裁者」「ガス室の冬天の穴閉ぢきらる」「堆き女の遺髪霜の声」「死の灰の中より生まれ雪螢」「立牢の四人隙間無く凍り」「虐殺の百万人の冬白樺」
7 芸術 永遠のモダン
京都の龍安寺は、枯山水庭園で有名である。水を使わずに水を表す名園で日本を代表する芸術の最高のものだと思う。透徹した美意識に基づき、純度の高い抽象化がなされている。芸術とは「永遠のモダン」を創り出すこと。真の芸術は常に新しく、時代が移り変わっても全く古びない。
8 終わりに 「百年たてば その意味わかる」
北上市役所の裏手に寺山修司の文学碑がある。「百年たったら 帰っておいで 百年たてば その意味わかる」。あの震災にも何らかの意味があったのか、または今後意味をもたらすのか。震災に限らず、世界には苦しんでいる人々がいる。その苦悩を共有し、文学で表現していく。
「花仙の会」2018クリスマスから新年の巻 開催のお知らせ
花と俳句のコラボレーション「カフェきごさい・花仙の会」2018を以下の通り開催いたします。五回目となる今回は、クリスマスから新年にかけての華やかな花と俳句でお楽しみいただきます。俳句を作らない方も、美しい花と俳句とともに優雅なひとときを、どうぞ。みなさまのご参加をお待ち申し上げます。(カフェきごさい店長・飛岡光枝)
【日時】2018年12月15日(土)13時30分(開場・作句スタート)~16時(予定)
【会場】明治大学 駿河台キャンパス『リバティタワー』6階(1064教室)
千代田区神田駿河台1-1
(アクセス)JR・地下鉄「御茶ノ水駅」徒歩3分
地下鉄「新御茶ノ水駅」「神保町駅」徒歩5分
【資料費】2,000円
【進行方法】福島光加さん(草月流本部講師・師範会理事)のいけた花に参加者全員で俳句を作り、飛岡光枝が選をし1句選びます。その俳句に光加さんが花をいけ、みなさんが俳句を作る。そして6花と6句の「花仙」が巻き上がります。俳句は日本画家の杜今日子さんがその場で墨書展示。いけた花と墨書は俳句の入選者にお持ち帰りいただきます。
*前回のレポートがサイト「カフェきごさい」2017年8月4日に掲載されています。
きごさい+ 「大坊珈琲を味わう」レポート
10月28日(日)第16回「きごさい+」が神奈川近代文学館で開催された。
講師は大坊珈琲店主 大坊勝次さん。
南青山にあった大坊珈琲店は、自家焙煎とハンドネルドリップというスタイルを38年間変えずに営業し、著名人を含む多くの人たちから愛されたが、7年前ビルの取り壊しにより惜しまれつつ閉店した。もうお店で飲むことのできない幻の大坊珈琲を味わえる、そして大坊さんが珈琲を淹れる様子を間近で見られる、貴重な機会となった。
コーヒーミルから挽きたての香りが漂い、いよいよ抽出が始まった。つる首のポットからお湯が白糸のように細くゆっくりとネルに注がれる。それはそれはゆっくり丁寧に。7~8分かけて4杯分を淹れるのだが、その間大坊さんはずっとネルのコーヒー豆を見つめ、白糸の湯を滴らせたり止めたり、まるで珈琲の声を聴いているようだ。コーヒーカップを温め、静かに注ぐ。その一連の所作はゆったりと美しい。参加20人だったので4人分ずつ5回繰り返されたのだが、まったく飽きることなく見とれていた。比べて自分は、今までなんと雑にコーヒーを淹れてきたことか。
濃いのに苦くない、やわらかい珈琲だった。口々に、美味しい、という声がもれる。深々とした珈琲の味と香り、そして大坊さんの佇まいに魅了された一時間だった。
後半は、偶然ふらっと大坊珈琲店に立ち寄り、以来いい店だなと通い出した、という長谷川代表と大坊さんの回想を交えたトーク。
分厚く、少し捩れたカウンターは、木場に浮いていた米松を取り寄せたもの。生木なので年月が経つと捩れていくのは覚悟の上だったが、どの辺で捩れが止まってくれるかは賭けだった。数年して一方の端が反ってコップが滑るようになったとき、一度だけなだらかな傾斜になるよう角度をずらして調整した。削れば簡単だが削りたくはなかった。捩れたりごつごつしていく経過を自分も楽しんでいたし、面白がってくださるお客様もあったので、と大坊さんは微笑んだ。
お店で豆を買って自宅で淹れてみるのだがどうしても大坊さんの味にはならない。水のせいか、道具のせいか、と思っていたが、大坊さんの淹れる姿を見てわかった気がする。あのふわっとやわらかい味は、ゆっくり時間をかけて、今日の句にもあった「慈しむように」淹れるからなのですね、と長谷川代表。
今はコーヒー機器の技術開発が進んで、微粉の出ないミル、全自動コンピューター制御のロースターもあるが、自分は微粉があってもいいと思っている。苦味や雑味を微粉のせいにしてはいけない、それより焙煎の工程、抽出の工程が大事、と大坊さんは言い切る。
そこからの焙煎の話が興味深かった。大坊さんは手回しロースターを使って焙煎をしているのだが、温度計がついていないので、自分の目で豆の様子や色を確かめながら、火力の調整をしてゆく。一爆ぜ二爆ぜと焙煎は爆ぜ(はぜ)を目安にするのだが、爆ぜそうになると火を弱めたり火から離したり、できるだけ爆ぜを遅らせるよう、ゆっくり時間をかけて焙煎していく。二爆ぜもゆっくり過ぎ、深煎りからさらに焼き過ぎ直前まで焼くと、やわらかな味になる瞬間があるという。それをちょっとでも過ぎると苦くて飲めなくなる。そのピンポイントを見極めようと愛用のロースターと仲良くしながら、工夫を重ねてきました、と大坊さんは語った。焙煎もゆっくり、抽出もゆっくり、丁寧に時間をかけることによって、あの濃くてやわらかい大坊珈琲になるのだ。
最後に、七年前、閉店を惜しむ声が多い中、違う場所で始めることは考えなかったのでしょうか、の問いに対して。長い年月をかけて作ってきた店で、初めて来た人でもいられる空間になっていたと思う。引っ越して一からそういう空間を作るのに何年かかるか、自分の年齢、急速に変わってゆく時代を考えて、その選択をしなかった、と静かに語った。
大坊さんは、長い年月と時間が作り出すものを何より大事にされている。時間をかけて本物になっていくものを静かに見つめておられる。カウンターしかり、珈琲豆しかり。
現在、大坊さんは全国各地で、手回しロースターを使った焙煎と抽出法をレクチャーしていらっしゃる。大坊珈琲に憧れて、教えを乞うコーヒーショップの店主も多いようだ。
葛西 美津子 記
<句会報告 選者=大坊勝次 長谷川櫂>
◆ 大坊勝次 選
入選
被爆して四人を育て草の花 磯田佐多子
珈琲となる一筋の秋の水 三玉一郎
ゆく秋の苦みなるらん珈琲よ 上村幸三
覗きみる心の奥の返り花 飛岡光枝
妖怪も珈琲ブレイクハロウィーン 清水今日子
蟷螂の見るべきは見し目玉かな 岩﨑ひとみ
◆ 長谷川櫂 選
特選
珈琲の一滴一滴秋深む 上村幸三
珈琲をネルで落として長き夜を 金澤道子
ゆく秋の苦みなるらん珈琲よ 上村幸三
逝く秋へ珈琲一杯献じたり 上村幸三
慈しむやうに珈琲淹れて秋 わたなべかよ
黄金のしづくの珈琲秋深し 西川遊歩
入選
鶏頭はごつと珈琲はブラック わたなべかよ
冬隣珈琲淹るる無心かな わたなべかよ
珈琲の香に満ち満ちて憩ふ秋 中山圭子
珈琲となる一筋の秋の水 三玉一郎
黄落は風格の街コーヒー濃し 鈴木伊豆山
秋深む珈琲の香ははなやかに 上田雅子
珈琲の香りの中や秋昼寝 飛岡光枝
珈琲の宇宙空間冬に入る 葛西美津子
仙人の淹るる珈琲秋の色 わたなべかよ
珈琲に五感めざめて秋深し 中山圭子
早々と珈琲の香に冬ごもり 飛岡光枝
華やかな珈琲といふ秋の暮 葛西美津子
まづ音で味はふ珈琲秋深し 清水今日子
「かなぶん」に大坊珈琲菊日和 上田雅子
階下まで珈琲の香や秋闌ける 金澤道子
これやこの大坊珈琲秋深む わたなべかよ
珈琲と火と気と露と香の一碗 西川遊歩
秋のコーヒー所作美しく淹れらるる 上田雅子
人類に珈琲の秋深みゆく 飛岡光枝
秋天を香らせ大坊珈琲よ 上村幸三
ドリップの一滴に山粧へり 鈴木伊豆山
露の玉一滴づつを珈琲に 金澤道子
珈琲香る秋の館となりにけり 飛岡光枝
身に入むや志野に味はふコーヒー濃く 鈴木伊豆山
色鳥や珈琲の香の流れくる 葛西美津子
小林凜君のドキュメンタリー番組を視聴して
九月一日、NHKテレビ(Èテレ)で「蜆蝶我の心の中で舞え-少年俳人・小林凜」が放映されました。
ご存じのよう、凜君は小学校の時からいじめに遭い、不登校にもなりました。その間に詠んだ俳句が、朝日俳壇で長谷川櫂先生にもとりあげられました。凜君の書いた「ランドセル俳人の五・七・五」の発行部数は十万部を超え、世間の注目を集めました。季語と歳時記の会で発行した「大人も読めるこども歳時記」にも凜君の俳句が数多く紹介されています。
今回の番組は、凜君がまだ中学生で不登校だった三年前から高校生になった現在までの成長を映しています。凜君は、「俳句はどんなに嫌なことでも俳句にしてしまえば、けっこう楽になるし、すごくしんどくてつらい過去でも、ああこんなことあったなとそんなに悪くない感じに変えられる。」と述べていました。彼の辛い過去を通して、俳句が生きる力になってきたことが十分に伺えました。
番組は、小林凜君と昨年亡くなられた聖路加病院の日野原重明先生の交流を軸に構成されていましたが、番組全体を通して、凜君の生活の中に俳句が息づいている様子が印象的でした。小林凜君は3月の「きごさい全国小中学生俳句大会」にも参加し、その映像もあったのですが、今回は使用されませんでした。
視聴して、俳句の力を改めて感じると共に、小林凜君の人間的な成長をとても感じることができました。(報告=小山正見)
きごさい+「大坊珈琲を味わう」満席です
10月28日(日)第16回 きごさい+「大坊珈琲を淹れる、味わう」は、申込みが定員20名に達し、受付を終了いたしました。何とぞご了承をお願い致します。
名句のできる季語
きごさいの冊子「歳時記学10号」で特集した「名句のできる季語」をこのサイトに転載しました。右サイトのメニューからご覧ください。
