リレーエッセイ022 中秋節 西川遊歩
「おくの細道」と杭州・西湖・大逆流
大きな波が生き物のように川下から唸りを立てて遡ってくる。岸辺の観覧席からどっと歓声が上がる。わくわくする気持ちと同時に恐怖心が入り交じるのは、過去、怒涛に呑まれて死者が出たこともある、と傍らにあるミュージアムで知ったばかりだったから。広い川幅を大波は手をつなぎ合うように、轟きながら目の前を過ぎて行った。時は中秋節の頃、中国は杭州の郊外、銭塘江のほとり塩官鎮でのことである。
松尾芭蕉の「おくの細道」の松島のくだりに、「松島は第一の光風にしておよそ洞庭、西湖を恥ぢず 東海より海を入れて江の中三里淅江の潮を湛ふ・・・」とある。文中の西湖は、杭州の町の真ん中にある美しい湖のこと。淅江の潮とは、上述の天下唯一の奇観といわれる銭塘江の大逆流のことである。芭蕉翁は中国へは行ったことはないが、漢籍の教養から風光明媚の対比として西湖と淅江の潮を「おくの細道」に書き記した。
月見の本場、三潭印月
中秋節の頃は、杭州には月見の客が押し寄せている。マルコポーロも「東方見聞録」で絶賛している杭州(英語表記はHangzhou)は、私が中国でもっとも好きなところである。過去、遅い夏休みを2度、6日間ずつこの町で過ごした。
西湖十景のひとつ「三潭印月」の沖には、三つの石塔が水中に一辺62メートルの正三角形の配置で置かれている。中秋節の頃、月が昇り水面に映るとその石塔に火をともし、水月の銀の輝きを照らし出す。つまり、名月を生け捕るための仕掛けのようなもの。私たちは小舟を借切って、桂花の香り漂う西湖に漕ぎ出し、天上の月と湖上の月の真っ只中での陶酔の観月会を実現した。
白居易が刺吏として赴任、また蘇東坡が知事を務めた時代もあり、多くの詩人たちが杭州、西湖の美しさを称えた作品を残している。そういえば、芭蕉が象潟で詠んだ、中国四大美人のひとり西施のふるさとも杭州からそう遠くはない。いつの日か、観月句会を月見の本場、杭州で!という企画はいかが?
(西川遊歩=季語歳副代表 写真=西湖)*2011年の中秋節は、9月12日
