リレーエッセイ037 雪国の春分の頃 中野津久夫
雪国の春分の頃は、雪解けのものの芽とともに蕗の薹と野芹が出る。蕗の薹は鮮やかな明るい緑色で赤紫の額がなんとも言えず春の色である。素手の爪で掴み採るとたちまち蕗のにおいがする。なにほどのものでもなく、毎年のように食べて珍しくもないはずなのに、採った時のささやかな喜びというものはやはりある。
野芹は清水が湧き出る傾斜地に出る。耳を澄ますとさらさらと絶え間なく水音が聞こえるなか、やはり爪で根元から引き抜く。それはちょうど高砂の老人の髭のような白い根である。芹はこんなに食べられるかと思うほど採ってきても調理すると足りないくらいになる。調理はいたって簡単である。野芹の灰汁の強さを根付きのまま食べると長生きするような感じになる。
今年は、東日本大震災から一年が経った。ちょうど桜前線が発表になるころでもある。あちこちの山桜もほころびはじめる。
深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け
古今和歌集832 作者は、上野岑雄(かみつけのみねお)である。
この古歌は今年にとって、意味が違っていても、心根としてなによりふさわしい歌であるように思う。山桜の中にも喪服色なる墨染の薄墨桜もあるはずである。今年の山桜はこころして眺めたい。(季語歳理事、写真=フキノトウ)
