「プラントハンターの旅」 きごさい講座+句会 報告
4月17日(日) 神奈川近代文学館で「第6回きごさい講座+句会」が開かれました。
講座のテーマは「プラントハンターの旅」、講師は西川遊歩さん(トラベルジャーナリスト、大岡信研究会代表)。
西川遊歩さんは海外ガイドブック「地球の歩き方」の創刊メンバーのおひとりで、旅の達人。大学4年の時に横浜大桟橋からナホトカ号でヨーロッパへ旅立ったのが冒険旅行の始まりとか。現代のキャプテン・クックともいうべき西川さんの熱のこもったお話を聞きました。
<講座レポート>
〇プラントハンターとは?
プラントハンターとは有用な植物を海外で見つけ出し、移入する人とのことで、「王立キューガーデン」抜きには語れません。イギリスの「王立キューガーデン」は、他国に先駆けて18世紀より、プラントハンターを世界に送り出していました。そこにはヨーロッパにおける園芸への情熱があり、その根底には薬や食物としての未知の植物へのあこがれがありました。そしてそれを成功させたのは各時代のプラントハンターたちの魅力的な人柄だったのです。
〇ジョセフ・バンクスと英国王立キューガーデン
バンクス(1743-1820)は、王立キューガーデンの運営責任者&ロイヤル・アカデミーの会長であり、莫大な遺産を相続した資産家でした。動植物学への貢献が大きく、大英帝国の威信と拡大を常に意識して行動していました。バンクスはキャプテン・クックほど有名ではありませんがどこか惹かれるところのある人物です。
〇キャプテン・クック(1728-1779)の探検大航海
クックは51年の生涯に3回の探検航海を行いました。バンクスはこのうち第一回航海に同行し、オセアニアやタヒチなどの植物探索の成果は今も大英博物館に残っています。第一回航海で無事帰国できたのは94人中41人と過酷な航海でありながら、その後、第二回、第三回航海と続けます。西川さんからはこの時代の過酷な航海を成功させたクックのマネージャーとしての資質についても言及があり興味をひかれました。半分以上生きて帰れない航海と知りながら集まる探検家とそれを束ねるクック。そこにどんな物語があったのかは西川さんの別の機会のご講演を期待します。クック船長は1779年この航海の途中、ハワイ島で現地人によって撲殺されてしまいます。
〇商館医シーボルトは、プラントハンターだった
シーボルト(1796-1866)の日本滞在は1824-1829年(第一回)と1863-1866(第二回)です。シーボルトは来日前医学を学び、医学部のカリキュラムの自然科学、地理学、民俗学にも強い関心を示しています。医者も植物について学ぶことが必須だったのです。国家からシーボルトに与えられた使命は出島での日蘭貿易をさらに発展させるための日本に関する情報収集でした。出島でスタートしたシーボルトの講義は鳴滝塾開塾を皮切りに医学と治療、弟子の養成に力を注ぎプランタハンター成功の鍵となる人的ネットワークが構築されていくことになります。ここまで聞くとやはりシーボルトのマネージメント能力の高さを思います。行動を制限されていたシーボルトはネットワークが鍵となることを見越して着々とその準備をしていたのです。弟子の美馬順三らには動植物のコレクション収集、民族学関係のコレクション収集等の調査をさせ、調査結果をオランダ語の論文として提出させています。
〇江戸参府への参加(1826年2月15日―7月7日)
シーボルトの飽くなき探究心は長崎を飛び出し、江戸参府にも参加しています(1826年2月15日―7月7日)。江戸参府はこの時代4年に1度行われていました。長崎以外の日本を見る絶好のチャンスであり、長崎―江戸間の片道に約2ヶ月かけ門人の協力を得て情報収集および植物採集を行いました。
阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍 芭蕉
「阿蘭陀渡る(キャプテン渡る)」がこのような歴史背景をもとに春の季語であるとの説明があり、この後の句会ではこの季語を使った句が多く出句されました。(三玉一郎 記)
<句会報告 選者=西川遊歩、長谷川櫂>
◆ 西川遊歩 選
特選
富士白く阿蘭陀わたる日なりけり 長谷川櫂
おたくさは紫陽花のこと金平糖 大平佳余子
行く春や阿蘭陀行列ゆらゆらと 葛西美津子
入選
惜春の末広がりの出島かな 大平佳余子
阿蘭陀の真白き富士の裾通る 長谷川櫂
花白き阿蘭陀渡りの苺かな 大平佳余子
桜菓子ほろと崩れてふぶきけり 鈴木伊豆山
阿蘭陀も茶摘の唄の中とほる 長谷川櫂
象の花子阿蘭陀渉る夢のなか 飛岡光枝
春の地震我ら地表の居候 北島正和
◆ 長谷川櫂 選
特選
薔薇積んで船は嵐の只中へ 飛岡光枝
茶屋船のるそんあんなん柏餅 鈴木伊豆山
明易の波音大航海の夢 葛西美津子
入選
帆を上げて阿蘭陀わたる瀬戸は春 西川遊歩
花白き阿蘭陀渡りの苺かな 大平佳余子
おたくさは紫陽花のこと金平糖 大平佳余子
