きごさい+「涼を呼ぶ夏の和菓子」レポート
7月29日(日)、第15回「きごさい+」が神奈川近代文学館で開催されました。
講師は、虎屋文庫の中山圭子さん。和菓子は季節の巡りとともにあり、このきごさい+の和菓子のレクチャーも、一昨年の「梅の和菓子」、昨年の「桜の和菓子」に続く三回目。今年は「涼を呼ぶ夏の和菓子」をテーマにお話しいただきました。美しい和菓子の画像を眺めながら、菓子の名前、意匠、製法の知識をふんだんに織り込みながら、あっと言う間の一時間でした。
◆葛と寒天
夏の和菓子の涼を呼ぶための材料としては、(1)葛(2)寒天(3)道明寺+寒天などがあり、葛粉と寒天の製造過程の書かれた資料が配布されました。葛の生菓子をつくる葛粉は、植物の葛の根のでんぷんです。吉野葛が有名ですが、現在同地では葛の根を掘る人(掘り子)が減っているそうです。
その製造過程も手間暇がかかります。寒さの厳しい時期、でんぷんを繰り返し水に晒す過酷な作業を経てできる葛粉は、1kgの根から100g程度です。葛製のものを「水仙」とも呼び、例えば、葛製の生菓子に「水仙巌の花」といった菓銘がつきます。葛切りは、水仙、水織とも呼ばれ、蜜とともに頂きます。
寒天は、天草などから作ったところてんを、凍結と融解の繰り返しによって乾燥させたもの。氷点下の寒さと乾燥した空気が必要で、近年は昔にくらべ、天然寒天の生産は少なくなり、工業寒天の使用比率が増加中とのこと。それでも国産の天然寒天は、保存性、保水性がよく煉羊羹の粘りや固さの決め手となります。寒天液に砂糖を混ぜて固めると錦玉羹(琥珀羹)となり、煉り切りで作った金魚や小石などと合わせ、涼しさを演出します。
道明寺+寒天 道明寺は、もち米を水に漬けてから蒸し、乾燥させて粗引きをしたもの。錦玉羹にふやかした道明寺をいれ、固めると道明寺羹(みぞれ羹)が出来ます。
◆夏の和菓子の意匠例
(A) 動物=鮎、金魚、蛍
(B) 植物=百合、朝顔、向日葵、青楓、石竹、撫子、水牡丹、鉄線
(C) 果物=葡萄、枇杷、西瓜
(D) その他=花火、風鈴、団扇、扇、夏祭り、夏山、夏衣、夏木立、瓢箪、藤、水中花、涼風、星空、蛇篭
参加者のテーブルには、虎屋謹製、夏のお菓子が二種類(それぞれ好きな菓子を選択)
(一) 水仙夕涼み 二色の餡を葛の生地で茶巾絞りにした菓子。暮れかかる空を思わせる二色の餡が葛の生地に透けて涼やか。餡を葛生地で美しくバランスよく包む技量が必要。
(二) 若葉蔭 錦玉羹を水に見立て、練り切りの金魚が泳いでいる写実的なデザイン。今、金魚がテーマの和菓子が大人気だそうです。上下逆にして金魚と楓を錦玉羹に入れる製法や「職人によって金魚の目の位置が微妙に異なることがあるようです」などのエピソードを耳にすると、和菓子への視野が広がります。和菓子は、アート!写生も抽象化もそのレベルの高さを実感、見目も菓銘も涼やか。

左:「水仙夕涼み」 右:「若葉蔭」 画像提供:株式会社 虎屋
◆羊羹の歴史と夏のデザート
個人的に印象深かったお話は、羊羹についてでした。虎屋文庫では目下、羊羹の本作りに力を注いでおられるそうです。そもそも羊羹というのは、羊の羹(あつもの・スープ)のことで、鎌倉~室町時代に中国に留学した禅僧が伝えた点心の一つでした。まず精進料理としての展開を遂げつつ、茶道の菓子としても発展、秀吉の献立記録にも見られ、次第に小豆、砂糖、葛や小麦を材料に使う、今日の蒸羊羹に近いものができたようです。江戸時代の寒天の発見(1650年頃京都伏見で)後、寛政年間(1789~1801)に現在のような粘りと独特の食感の煉羊羹が完成。羊羹といえば、煉羊羹のことを指すようになりました。猪羹、魚羹などさまざまな羹が、室町時代の古文書に散見されているそうです。羊のスープから和菓子の羊羹へ至る道のりに興味がわきました。
さらに話題は、夏のデザートへ。水羊羹の美学、かき氷の蘊蓄、ところてんや白玉の江戸情緒、干菓子や有平糖の粋や楽しさ、先日まで出ていた土用餅まで広がっていきました。和菓子の季節感や色彩をどのように打ち出すかの工夫については、「見立て」の力が重要であるとも。自然界だけでなく、古典、たとえば「源氏物語」の美意識などを受け継ぐ銘や意匠の例を挙げて語られました。
最近、中山圭子著『事典 和菓子の世界 増補改訂版』が岩波書店から刊行されました。和菓子研究のため、浮世絵の資料調査にボストンまでも出かけられています。今回の講座では、夏の和菓子の涼しさをたっぷりお話いただく中で、何よりも中山さんの和菓子に対する思いが伝わってきて、心地よい一時間でした。その後の句会にも、夏の和菓子を詠んだ句がたくさん出ました。銘菓「水仙夕涼み」もおいしくいただきました。
西川 遊歩 記
<句会報告 選者= 中山圭子 長谷川櫂>
◆ 中山圭子 選
特選
涼しさのしずく固めて葛桜 西川遊歩
目を張つて心を張つてかき氷 大平佳余子
見つめられみうごきできぬ金魚かな 大場梅子
夏の雲ちぎつて丸めて白玉に 三玉一郎
葛切や無きがごとくに水の中 長谷川櫂
半身は闇にあづけて夕涼み 飛岡光枝
扇風機みどりの羽のなつかしき 前田麻里子
森閑と水羊羹が皿の上 金澤道子
翡翠色ゆるりと褪せて羽化の蝉 百田登起枝
◆ 長谷川櫂 選
特選
煮含めて青梅は山滴れり 鈴木伊豆山
半身は闇にあづけて夕涼み 飛岡光枝
一突きの一物仕立てところてん 西川遊歩
鴉さへ下界に降りて来ぬ暑さ 那珂侑子
天の川微塵となりて菓子の中 佐藤森惠
入選
楽しげに菓子を語れる君涼し 上田雅子
涼しさのしずく固めて葛桜 西川遊歩
あづま橋白玉売りは傘の内 飛岡光枝
見つめられみうごきできぬ金魚かな 大場梅子
金玉糖しとねに夢の金魚かな 大平佳余子
いつまでを病後といはん土用餅 金澤道子
裏山の氷室を守る杉木立 山中澄江
きらきらととけてゆきけりかき氷 葛西美津子
この先に住む人絶えて草茂る 山中澄江
かき氷かつて我らも高校生 上田雅子
一掬の水の宿れる葛まんぢゅう 葛西美津子
風涼し和菓子のページめくるたび 三玉一郎
箱庭の縁に羊羹茶の用意 西川遊歩
水羊羹みづの眠つてをりにけり 三玉一郎
窓あけて籠の白桃買ひし駅 久根下豊子
夏川や鮒つぎつぎにぶつかり来 園田靖彦
深閑と水羊羹が皿の上 金澤道子
土用餅小さくなりたる母の食ぶ 藤倉桂
