きごさい+ 「小津安二郎の魅力」 レポート
3月3日(日) 第17回「きごさい+」が神奈川近代文学館で開催されました。
講師はNPO法人湘南遊映坐理事長でドキュメンタリー映画作家の岡博大(おか・ひろもと)さん。
「小津監督はコメディー作家。でも、わざとらしい押し付けがましい笑いではなく、『かるみ』こそが小津調」と語った岡さんの笑顔が印象的でした。
岡さんに講演の概要をまとめていただきました。
小津安二郎の魅力について
岡博大 (NPO法人湘南遊映坐 理事長)
みんなの小津会
NPO法人湘南遊映坐(以下、遊映坐)は毎年、建長寺や円覚寺、浄智寺など鎌倉五山の禅寺や江の島ヨットハーバーで、「予告篇ZEN映画祭」を主催しています。映画の予告篇を切り口に、多様な映画作品の存在を紹介する小さな市民映画祭で、映画文化の草の根振興に取り組んでいます。
そのほか、遊映坐は出張上映会を通して東日本大震災や熊本地震の被災地のコミュニティ-支援を目指す復興支援活動や、藤沢市との協働事業として江の島会場で開催される2020年東京五輪セーリング競技の映像制作にも取り組んでいます。
遊映坐の副理事長には、新国立競技場の設計者でもある建築家の隈研吾先生がいます。環境に溶け込む隈建築の思想と同様に、映画祭のポリシーとして大切にしていることが、いかにその場所に根ざした企画を実現するか、ということです。地元文化を知る「さんぽ」企画や、坐禅やヨットの体験イベントなど、それぞれの会場の特性に応じたプログラムを用意しています。
そんな地元に根ざした映画祭企画を代表するものが「みんなの小津会」です。かつて鎌倉には、数々の名作を生み出した松竹大船撮影所がありました。小津安二郎監督は、後半生を北鎌倉の浄智寺隣りのご自宅で過ごされ、お墓も円覚寺にあるため、小津映画に親しむ会を開くご縁をいただきました。
これまでのトークゲストには、料理家の辰巳芳子さんや俳優の柄本明さん、加瀬亮さん、俳人の長谷川櫂さん、絵本作家の葉祥明さんらがいます。櫂さんにもお越しいただき、『東京物語』を上映後、小津映画をテーマに観客の皆さんと連句を行うワークショップを開きました。
世界的に評価の高いOZUですが、どうしても高尚で難解なイメージがこびりついてしまい、肝心の日本国内の若者の中に、小津映画を敬遠したり、見たこともなかったりする人々が増えています。
実は小津監督はコメディ作家です。戦前の名作『落第はしたけれど』や『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』は言うまでもなく、全作品の底流には心温まり、くすっと笑える人情喜劇の思想が脈々と流れています。
小津映画は日本人と日本文化の叡智が詰まった国宝であり、最低限の教養、嗜みとして知るべき作家です。いかに多様な切り口で、小津に親しみ、新たな魅力を発見できるか、絶えず「みんなの小津会」では挑戦しています。
2018年度の映画祭では、東京大学隈研吾研究室とコラボレーションして、浄智寺に小津をモチーフにしたモバイル竹シアター「OZU-ANA」を制作しました。柱を使わないドーム構造で、境内の竹林の間伐材を素材として活用。復興支援のご縁から熊本産のいぐさの畳も採用しました。自然に包まれた草庵のようなミニシアターは大変好評でした。どこでも気軽に映画が見られる時代。「予告篇ZEN映画祭」では、単に映画を上映するだけではなく、新たな映画体験を創造することを心がけています。
小津調の源泉は笠智衆にあり
時代と国境と越えて世界中の観客の心をつかむ小津映画。その魅力の源泉は、笠智衆の存在そのものだと思います。笠さんは、小津映画『若人の夢』で俳優デビュー。以降、小津映画初主演の『父ありき』で才能開花し、代表作である紀子三部作『晩春』『麦秋』『東京物語』ほか、小津監督の遺作『秋刀魚の味』まで、ほぼすべての小津作品に出演しました。
笠さんはその著書「小津安二郎先生の思い出」の中で、小津先生から「表情はナシだ。お能の面でやってくれ」と演出指導をされた、と告白をしています。笠さんは、上手い演技を披露する“演技派”俳優ではありません。小津監督は、押しつけがましく、暑苦しく、うるさい、鼻につく演技を遠ざけました。
笠さんの孫で俳優の笠兼三さんに、「祖父、笠智衆の魅力をひと言で言うと?」と尋ねたことがあります。兼三さんはしばらく考えて、「月並」と答えてくれました。役者をやってみて、普通で月並みな人を描くほど難しいことはない、と実感したそうです。
ぼくは映画を見る時に物語はあまり重視しません。映画の空気感を大切にしています。それは、映画の中の断片に現れます。その良い例が、『長屋紳士録』の中で、笠さんが演じたあるワンシーンです。
舞台は戦後間もない貧乏長屋。住民たちが居間に集い歓談している時に、笠さんが箸で小鉢を叩きながら調子を取り、「のぞきからくり」の唄(不如帰)の口上を披露します。決して派手さはない日常の芸ですが、様々な背景を持つ住民みなが世代を超えて合いの手を入れ、一緒に歌い、笑顔になる実に微笑ましいシーンです。『長屋紳士録』で笠さんが見せた「かるみ」こそ、小津調だと感じます。
小津映画は普遍性のある「家族」をテーマにしています。しかし、それは小さな意味での家族、血縁ではなく、大きな意味での家族、現代で言う「コミュニティー」の大切さを問いかけているのではないでしょうか。
日常の淡味
小津映画のタイトルには、季節がよく使われています。春は『春はご婦人から』『晩春』『早春』、 夏は『麥秋』(初夏)。そして最も多い秋には、『カボチャ』(南瓜)『彼岸花』(曼珠沙華)『秋日和』『小早川家の秋』『秋刀魚の味』があります。四季の季節感は、日本人の日常そのものです。
また、食に関する題名も小津映画には多くあります。『カボチャ』『お茶漬の味』『秋刀魚の味』『大根と人参』(原案、没後映画化)など。「みんなの小津会」のゲストに来られた辰巳芳子さんは、小津映画の魅力をひと言で、「けんちん汁」と表現しました。けんちん汁は、身近な食材を使った庶民の料理です。しかし、素材一つ一つの持ち味を引き出し、生かすには、実は難しい料理だといいます。
小津映画は、料理の味で言うと「淡味」です。透明感があり、あっさり味ですが、一つ一つの食材の持ち味を引き出し、深い旨みがあります。小津先生は、コミュニティの大切さを徹底して日常生活から描き、問いかけています。
講座のあと、句会が開かれました。
<句会報告 選者= 岡博大、長谷川櫂>
◆ 岡博大 選
特選
豆腐田楽焦がし焦がしてうまかりき 飛岡光枝
能面に春月ほのとありにけり 三玉一郎
小津撮りし昭和の空気春の塵 西川遊歩
春風に少し傾く笠智衆 長谷川櫂
笠智衆はいらんかいと春炬燵 田中益美
のぞきからくり覗くや春のおそろしき 飛岡光枝
トンネルの出口から春歩み来る 西川遊歩
入選
春風や噛めば噛むほど笠智衆 長谷川櫂
春風や我もいつかは笠智衆 長谷川櫂
育めや兜太の反骨春の雨 吉安とも子
予告編に傑作ありき麦を踏む 西川遊歩
見えて来る新緑が小津安二郎 三玉一郎
早春も晩春もよき小津の春 西川遊歩
月並へ小津を探るや水の春 吉安とも子
◆ 長谷川櫂 選
特選
春愁の一本の影笠智衆 飛岡光枝
草餅の草の香りか小津映画 葛西美津子
予告編に傑作ありき麦を踏む 西川遊歩
早春も晩春もよき小津の春 西川遊歩
のぞきからくり覗くや春のおそろしき 飛岡光枝
笠智衆の横顔に春惜しみけり 葛西美津子
入選
僧列に道を譲れば春野なり 前田麻里子
笠智衆語る人居て暖かし 吉安とも子
雲立ちて鎌倉五山芹の水 鈴木伊豆山
雛しまふつめたき雨となりにけり 葛西美津子
のどけしや日本の父笠智衆 片山ひろし
竹匂ふ草匂ふこの春雨の中 葛西美津子
けんちんを煮返すけふの余寒かな 鈴木伊豆山