10月 きごさい+報告 「季節をめぐる鳥の世界」
10月9日、第31回きごさい+がズームで開催されました。自然の中の様々な鳥の画像、渡り鳥の経路のアニメーションなども紹介され、興味深く充実した樋口先生のご講演でした。
「季節をめぐる鳥の世界」 東京大学名誉教授、慶應義塾大学訪問教授 樋口 広芳
鳥の世界は四季折々に変化する。それは単に、そこにいるものが色や姿を変える、といったことではない。すんでいる鳥そのものの種類が変わっていくのだ。その点が植物や昆虫、哺乳類の世界とは大きく異なっている。春には南から、秋には北からさまざまな鳥が訪れ、鳥をめぐる世界、「鳥景色」は大きく変化するのである。
もちろん、すむものすべてが変わるわけではない。一年を通じて同じところ、あるいは近隣にすんでいるものもいる。が、それらは、四季の移り変わりの中で異なる生活の様相を見せる。おおまかにいえば、鳥たちは春から初夏にかけて子育てに励む。秋には、すみかを移動させたり、なわばりの位置を変えたりする。冬には、厳しい気候条件の中、限りある食物を見つけ出し、命をつなぐ。
種類が入れ替わるのも、同じ種が異なるくらしを見せるのも、とても興味深い。ここでは、日本人の心の原風景とも言える「里山」を対象に、四季折々の鳥景色をながめていく(樋口2014『日本の鳥の世界』第4章より)。里山とは、水田、畑、小川、雑木林、丘陵などがモザイク状に連なるところで、 人のくらしが自然と調和を保ちながら維持されてきた環境だ。
里山の四季
2月から3月、庭や道ばたでウメの花が咲くころ、ウグイスのさえずりが響きわたる。ホーホケキョ、日本人ならだれもが知っている声だ。ウメの花に頻繁に訪れるのは、ウグイスではなくメジロだ。が、「梅に鶯」とは、とり合わせのよい二つのもの、美しく調和するもの、のたとえである。このころ、林の中ではエナガが巣づくりを始める。コケを集め、羽毛を探し出し、ふんわりとした温かな巣をつくる。草木の上でホオジロが、木々の上でシジュウカラやヤマガラがさえずる。やがてサクラの季節が訪れる。野山がヤマザクラやオオシマザクラ、ソメイヨシノの白やピンクの花でにぎわう。花にはメジロやヒヨドリがやってきて、さかんに蜜を吸う。上空では、ヒバリがにぎやかにさえずる。
春の訪れとともに、南の国からツバメがやってくる。ビチビチッと鳴きながら、草地や雑木林の上を飛ぶ。サクラの花が終わり、野山が新緑に彩られるころ、タカ類の1種、サシバがピックイー、ピックイーという声とともにやってくる。水田の両側に広がる雑木林の梢にとまり、周囲をうかがう。続いて、オオルリ、キビタキ、サンコウチョウなど、色とりどりの小鳥が訪れ、さえずりが響きわたるようになる。春まっさかり、里山の景観も音風景も一変する。
田植えの季節。田んぼではカエルがにぎやかに鳴き、小川ではカワトンボの姿が目につくようになる。5月なかば、多くの夏鳥に少し遅れて、カッコウやホトトギスがやってくる。カッコウはそのままの声で、ホトトギスは「テッペンカケタカ」と鳴く。夕刻、人家付近のケヤキやイチョウの大木で、アオバズクがホッホッ、ホッホッと鳴く。6月、ヤマボウシの白い花が輝いている。この時期、カッコウやホトトギスは小鳥の巣に托卵する。托卵相手によく似た色や模様の卵を産みこみ、その後の世話を小鳥にまかせてしまうのだ。7月に入り、巣立ちしたツバメの若鳥が、川や沼のほとりのヨシ原に集まることがある。ヨシの葉や茎に何羽もがとまり、そよ風にゆられる光景が目に入る。
ヒガンバナが赤い花をつける9月から10月、モズの高鳴きが聞かれるようになる。静かな野山に、キィーキィー、キチキチキチの声が響きわたる。モズはこの時期、雄と雌が別々になわばりをかまえ、それぞれにこのけたたましい声でなわばり宣言をしているのだ。高鳴きは、俳句の秋の季語にもなっている。この時期、昆虫やカエル、小魚などの小動物を小枝やとげに突き刺す「はやにえ」がよく見られる。
季節が少し進むと、北からツグミやジョウビタキなどの冬鳥が訪れる。ツグミは畑や草地に、ジョウビタキは明るい林や人家の庭先にやってくる。ツグミのケケッ、ジョウビタキのヒッヒッ、カタカタという声が耳に入るようになる。ジョウビタキはモズ同様、雄と雌が分かれてなわばりをかまえる。ヒッヒッ、カタカタという声は、なわばり宣言としての役目を果たす。
木々が紅葉に彩られるころ、ヒレンジャクやキレンジャクが現れることもある。レンジャク類は群れになり、ヤドリギやネズミモチなどの柔らかい木の実を食べる。赤く染まる夕焼け空を背景に、ムクドリの群れがねぐらに向かう。近隣から集まってきた何百、何千もの鳥たちが、黒い雲のようなかたまりになり、形や大きさを変えながら飛びまわる。
冬の沼や池には、マガモやオナガガモ、あるいはオシドリやヒドリガモなどのカモ類が渡ってきている。渡来当初は、雄の羽色も雌同様に地味だが、やがて目も覚めるような美しい姿に変身する。その美しさをきわだたせるような求愛行動が見られることもある。しばらく姿を消していたカイツブリも見られるようになり、さかんに潜っては小魚をとっている。棒くいの上では、カワセミが水面をじっとながめている。
やがて季節がめぐり、ウメの花が咲く。メジロが集まり、蜜を吸う。暖かな日差しの中で、ウグイスのホーホケキョの声が響きわたる。冬を越したツグミやジョウビタキ、いろいろなカモたちは、北へと旅立つ。代わりに、南の方からいろいろな夏鳥が渡来する。里山の新しい一年がまた始まる。
世界の自然と自然、人と人をつなぐ渡り鳥
いろいろな渡り鳥、この鳥たちはどこからやってくるのだろうか。最近の研究の成果により、限られた種ではあるが、渡りの様子がよくわかってきている。夏鳥のサシバは、南西諸島方面から直線的に北上して本州にやってくる。同じくタカ類のハチクマは、インドネシア方面からマレー半島、中国南部を北上し、朝鮮半島を南下して九州に入る。冬鳥のカモ類の多くは、カムチャツカをふくむシベリア中~北部から南下してくる。コハクチョウは、ロシアの北極圏からアムール川河口やサハリンを経て南下してくる。オオハクチョウは、コハクチョウよりも少し南側のロシア東北部から渡来する(くわしくは樋口2005『鳥たちの旅』(NHK出版)や樋口2016『鳥ってすごい!』(山と渓谷社)を参照)。
渡り鳥は、こうした長距離移動をしていく先々で、異なる国や地域の自然と自然をつないでいる。その意味で、日本の自然は渡り鳥を介して、ロシア、中国、朝鮮半島の自然とも、また東南アジアのいろいろな国の自然ともつながっている。
渡り鳥は同時に、遠く離れた国や地域の人と人をもつないでいる。渡り鳥の移動する先々では、数多くの人が鳥たちの渡る様子を見ている。サシバやハチクマなどのタカ類が渡る長野県の白樺峠、愛知県の伊良湖岬、長崎県の福江島などには、一日に数百、数千もの人が訪れる。この中には、一般市民も多数ふくまれている。秋の青空を背景にタカの渡る様子を見ながら、自然の醍醐味や、渡りという現象への夢とロマンを感じているのだ。そして同じ楽しみを、渡りゆく国や地域でやはり数多くの人たちが味わっている。日本で私たちが見た同じ鳥の群れを、タイやマレーシア、インドネシアの人々が見て楽しんでいることもある。
数ある生きものの中でも、このような役割を果たしているものは数少ない。その意味で、渡り鳥はすばらしく特異な存在である。インターネットなどの情報伝達が進んでいる今日、渡りゆく先々の地域の人々が、観察した鳥や渡りの様子を伝え合い、情報を共有していることも珍しくない。そうした情報は、鳥たちの現状を知り、かかわりのある保全上の問題を明らかにし、対策を考える上で重要なものともなっている。その過程で、人々は喜びや楽しみを共有し、人と人との結びつきのたいせつさをも感じとっている。
講座の後、句会が開かれました。
句会報告 選者=樋口広芳、藤英樹、長谷川櫂
◆ 樋口広芳 選
【特選】
木もれ日と遊ぶ小鳥や山の道 飛岡光枝
天地のふところ深く鷹渡る 村松二本
遠き灯の又ひとつ消ゆ木葉木菟 高橋慧
初雁の声を越後の土産とす 長谷川櫂
此の国も旅寝の一つ鳥渡る 吉安とも子
籾殻焼くいぶせき空を雁渡る 長谷川櫂
両腕に雀遊ばせ案山子かな 趙栄順
【入選】
小鳥来て影をひそめし庭雀 澤田美那子
一面の刈田佇む白鷺 高橋慧
鶴来たる非武装地帯経由して 西川遊歩
その胸に星を宿して鶲来る 飛岡光枝
わつと来て天を囃すや稲雀 きだりえこ
わが庭に虹のかけらや小鳥来る 稲垣雄二
ふわり来て別れを告げる秋の蝶 松平敦子
鵙鳴くやおのが領土を高らかに 越智淳子
◆ 藤英樹 選
【特選】
はなやぎて鷹の渡りの金華山 村山恭子
黒々と椋鳥の一樹や息づけり 飛岡光枝
戦なき国に帰れよつばくらめ 中丸佳音
わつと来て天を囃すや稲雀 きだりえこ
今日よりは此処がふる里鳥渡る 吉安とも子
髪切つて頭軽しや小鳥来る 趙栄順
欄干の鴉動じぬ柿日和 木下洋子
色鳥や必死に生きて番なる 澤田美那子
鵙鳴くやおのが領土を高らかに 越智淳子
【入選】
小鳥来て影をひそめし庭雀 澤田美那子
元の声とうに忘れし懸巣かな イーブン美奈子
神宮の森しんかんと小鳥来る 飛岡光枝
吊し柿父の楷書の如くなり 二見京兎
遠き灯の又ひとつ消ゆ木葉木菟 高橋慧
椋鳥の声が容となる木立 吉安とも子
鳥渡る国境のなき世を渡る 奈良握
美帆路峠朝日にのつて白鳥来 ももたなおよ
鳴き交はす雁がねやみな胴間声 長谷川櫂
色鳥や箱根八里の唄聞こゆ 奈良握
目覚まし時計要らぬ齢や小鳥くる 葛西美津子
燕帰る見たことのない空を見に 三玉一郎
園児らは昼寝の時間小鳥来る 木下洋子
鶺鴒の渚どこまで走るらん 越智淳子
両腕に雀遊ばせ案山子かな 趙栄順
ふわり来て別れを告げる秋の蝶 松平敦子
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
木もれ日と遊ぶ小鳥や山の道 飛岡光枝
神宮の森しんかんと小鳥来る 飛岡光枝
色鳥の散りてこぼれて万華鏡 趙栄順
【入選】
かりがねや蓬莱山を越えて来し 木下洋子
天地のふところ深く鷹渡る 村松二本
きりもなく稲を飛び出す雀かな 藤英樹
わつと来て天を囃すや稲雀 きだりえこ
思ひきやかりがね寒き朝の風 足立心一
わが庭に虹のかけらや小鳥来る 稲垣雄二
雨の日の次は風の日鷹柱 村松二本
目覚まし時計要らぬ齢や小鳥くる 葛西美津子
園児らは昼寝の時間小鳥来る 木下洋子
両腕に雀遊ばせ案山子かな 趙栄順