5月 きごさい+報告 「韓国の四季と生活」
5月12日、第34回きごさい+がズームで開催されました。
韓国の四季と生活 ― ソウル俳句会の俳句から
ソウル俳句会顧問 山口禮子
1 はじめに
ソウル俳句会は「俳句を通しての草の根の日韓親善」を掲げ、初代代表、戸津真乎人が在韓の日韓の人々に呼びかけ1993年に発足。以来「師もなく派もない」句会として今年、31年目を迎えた。この間、年に1度の合同句集の発行、そして2000年からの日本の俳人を招請しての講演、句会を催してきた。稲畑汀子、金子兜太、有馬朗人、黒田杏子、坪内稔典、長谷川櫂、夏井いつき、星野椿、神野紗希、本井英、岸本尚毅、高田正子ほか、諸先生方の直接のご指導は、陸の孤島のソウル俳句会にとっては刺激的、かつ素晴らしい学びの経験となった。
また500回を迎えようとしている月2回の定例句会(勉強会と吟行句会)ではたくさんの句が詠まれてきた。そこには韓国ならではの風景、韓国ならではの感慨が詠まれている。ソウル俳句会版「韓国俳句歳時記」の目安はついているんではないかと思う。
昨年7月からは、ソウル大学で日本の古典文学を講ずる齊藤歩五代目主宰、石川桃瑪副主宰、ソウル本部、なにわ支部、東京支部の会員、合わせて80余名の新体制になったが、これからも韓国で、日本で、韓国の四季と生活を、ソウル俳句会ならではの句を大いに詠んで、充実した「韓国俳句歳時記」が編纂されることに大いに期待している。
2 ソウルの気候
ソウルは温帯性、大陸性気候に属し、四季がはっきりしている。夏は高温多湿で、冬は寒冷で乾燥し、春と秋はからっとした晴れの日が多い。寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい。2022年で見ると降水量は年間1478mmだが、雨は7、8月に年間の55%に当たる817mm(東京は388mm 24%)と集中して降る。
ソウルの顕著な気候現象の例として黄砂と氷板(ピンパン)キルについて見てみたい。
a黄砂【春】
中国、モンゴルと地続きのため、そして春の乾燥気候のため、、数メートル先が見えないほどの黄砂に見舞われる。
黄砂にもなほ白光の夕日かな 延与紀舟
楼閣の黄砂を洗う雨優し 神野有楽
b氷板(ピンパン)キル【冬】
厳寒のソウルでは道が凍ることはしばしば。
ピンパンキル滑って転んで空青し 孫可楽(ソンカラク)
千鳥足行く手にキラリ氷板道(ピンパンキル) 中田悟空
3 花が彩る韓国の四季
日本と同じ温帯に属するソウルでは植生は似ているが、興味深いのは植物の持つ意味合い、イメージが異なっていることがあることだ。
a桜【春】
韓国では植民地時代に各地に植えられたが、1945年の独立後には「日本の残滓」として伐採運動が起こった。その後、1974年に朴正煕大統領が「もともと韓国に自生していた」と植林を勧めたこと、さらに「ソメイヨシノの原産地は済州島である」という風説が広まり、全国各地に盛んに植えられ、現在では国民的な花になった。
日本人が古来、桜に「あはれ」を見てきたのに対し、韓国の桜は春を謳歌する花として愛でられているようだ。
半島をバスは南へ初桜 文茶影(ムンチャカゲ)
花冷やけふ閉店の骨董屋 那須川結香
bアカシアの花【夏】
韓国各地の緑化をめざして1960、70年代に、成長の早い樹木として韓国各地にニセアカシアが植えられた。
アカシアの花眠たげに午後のお茶 田中穂積
山裾のアカシア白き白き雨 村松玄歩
c無窮花(ムグンファ) 木槿【秋】
「槿花一日の栄え」と日本では栄華のはかなさに例えられるが、韓国では次々に蕾をつけ夏から秋、3か月にわたり花を咲かせるたくましさ、健気さを愛で、国花に指定されている。
燃えるもの芯にこめたる無窮花かな 畔柳海村
d茶の花【冬】
李朝の儒教政策により寺の専売だった茶文化は衰退。現在は日本のようにポピュラーではなく、趣味的な飲料として一部に好まれている。
茶の花や南道(ナムド)の寺のをんな坂 山口禮子
4 ソウル俳句会のテーマBEST5
ソウル俳句会で多く詠まれているテーマ5題を挙げる。
a連翹・ケナリ【春】
日本では里山など連翹は鄙びたところの花というイメージだが、ソウルでは街中に、河川敷に、高速道路の路肩に、あらゆるところに奔放に咲き、春を告げる。
行く処連翹の花瀧をなす 長谷川櫂
地より湧き崖よりふりてケナリかな 石川桃瑪
館まで道明くしてケナリ垣 呉花梨(オカリン)
ケナリ咲く図書館裏のかくれんぼ 雨宮白路
b市場・露店
南大門、東大門の大型市場をはじめ、昔ながらの在来市場、水産市場、韓方薬市場、そしてさまざまな露店では韓国のエネルギーが全開している。
山をなす古物市の夏衣 原浩朗
着ぶくれの店番大蒜剥きながら 池端さち
鮟鱇の生肝白くはみ出たる 湊月呻
冬晴や薬令門の香を潜る 金和園(キムファオン)
寒月と別れ屋台の人となる 山口嵩史
c王宮
李朝の都、ソウルには五つの王宮があり、それぞれが悲喜交々の歴史の舞台であり、往時を偲ぶだよすがになっている。住民にとっては大都会にありながら木々を蓄えたオアシスでもある。
衛兵の眉の緩みぬ春隣 安藤脩壱
交泰殿妃なき御苑の春しぐれ 康順子(カンスンジャ)
徳寿宮鳥戯れる茂りかな 吉田鎭雄
宮殿の森の夏蝶見てしまふ 荻野ゆ佑子
d漢江(ハンガン)
韓半島江原道南部からソウル市中央を流れ、黄海に注ぐ全長514kmの大河。河川敷にはグランド、遊歩道などが設けられ、市民の憩いの場になっている。
朝もやに漢江抱きしめられる春 江上一郎
漢江の太き橋脚大西日 堀妙子
秋澄むや向ふの橋の名は知らず 杉山杉久
漢江を龍に変えむと秋の雨 平松かつみ
eDMZ 非武装地帯
1953年、朝鮮戦争休戦協定朝鮮戦争の休戦ラインとして北緯38度付近に南北軍事境界線が発効し、DMZは韓国、北朝鮮のそれぞれ幅2kmの非武装地帯韓のこと。
鳥雲に臨津江の負のあたり 神山洋
冬空や視界の先まで分断線 横山全徳
駅頭の迷彩服に冬尖る 澤田俊樹
5 韓国の生活 食べる・着る・住む
a旧正月と秋夕【新年・秋】
韓国の二大名節。陰暦1月1日、8月15日で、その前後を合わせ3日間が公休日となる。多くの人が宗家に出向き、親族がともに過ごし、祖先の祭祀、墓参をする。目上の人にする新年の挨拶が歳拝(セベ)。
歳拝する子親より高き背を伏して 李秀珉(イシュウミン)
秋夕や帰省の列に吾子探す 黄玉(コウギョク)
bパッピンス 氷小豆
氷小豆だが、一人では食べきれないボリューム。
パッピンスただ自堕落に刻過ぎぬ 畔柳その子
c冷麺 ネンミョン【夏】
冷麺に鉄鋏入り冷え増せり 前原正嗣
e蔘鷄湯(サムゲタン)・補身湯(ポシンタン)【夏】
三伏の日に暑さに負けぬよう食する滋養食。補身湯は犬肉の鍋料理。
蔘鷄湯おもてに顔出す鶏の脚 川合鉢
ポシンタンうちのポチには秘密です 牛嶋竹志
fキムヂ(ジ)ャン【冬】
本格的な冬に入る前に越冬用のキムチを漬ける。一家、近隣の女性が集まり、大量の白菜を漬ける。
キムジャンのキムチの軸の未だ硬き 齊藤歩
キムジャンのたらいを洗うばかりなり 柿嶋慧
fトゥルマギ【冬】
韓国の伝統的な外套。
綿入れの嫁入りトゥルマギ猶今も 沈丁花
g温突(オンドル)【冬】
床暖房。かつては薪、練炭の煙を床下に通して床を温めたが、現在は床の中に這わせたパイプにボイラーで沸かした湯を通して温めるスタイルが一般的。
オンドルの床で微睡む猫となる 伊牟田真紀
g 竹夫人【夏】
日本ではほとんど見られなくなったが、韓国では市場、トラックの移動販売などで今も売られている。
竹婦人連れて帰るか故郷へ 木村順平 ※竹婦人は作者の造語
***********
<句会報告> 選者:山口禮子、趙栄順、長谷川櫂
山口禮子 選
【特選】
ふるさとを行つたり来たりハンモック 三玉一郎
オボイナル連なる家譜といふ重み 金和園
カチ鴉鳴き交はしけり五月闇 飛岡光枝
先生の日は先生の本を読み 三玉一郎
月涼しマッコリ注ぐ大薬缶 西川遊歩
明易や朝なほ灯す東大門 趙栄順
半べそに五月連休終りけり 鈴木美江子
初夏や満天星丸く丸く刈り 原浩朗
ほととぎす蒼い夜明けを連れてくる 西夏
【入選】
あの頃はいつもこの席パッピンス 延与紀舟
ゆふぐれの人を待つ人みずすまし 鈴木沙恵子
木浦までなんじゃもんじゃの道案内 高瀬澪
新調の靴は弾くよ新樹光 士道
韓国の四季知るうれしさ立夏かな 谷口正人
田水張るど真ん中行く予讃線 小川裕司
顕忠日硝煙しむる木の十字 金和園
ブラックデー一世を笑ひ飛ばしけり 三玉一郎
薫風や一升餅を負ふて立つ 齋藤嘉子
糊代のずれたる口や鯉のぼり 士道
山と積む金真桑の夏来たりけり 葛西美津子
りうりうと風従へて楠若葉 きだりえこ
この橋を渡れば俺も山桜 西夏
篠の子の剥かれて皮の堆し 石川桃瑪
亀の子や大器のへんりん蔵したる 園田靖彦
筑波嶺と空分かち合ふほととぎす きだりえこ
趙栄順 選
【特選】
月光の肌ひやひやと竹夫人 長谷川櫂
おろされて肩で息する鯉幟 園田靖彦
悠久の漢江とゆくヨットかな 吉田静生
黒揚羽離宮に影を濃く淡く 金澤道子
月涼しマッコリ注ぐ大薬缶 西川遊歩
山と積む金真桑の夏来たりけり 葛西美津子
鵲に自由自在の夏来る イーブン美奈子
大盥ぶつかり合うて金真桑 飛岡光枝
短夜や甕にマッコリ香りたつ 葛西美津子
短夜をましろき韓の酒酌みて 山口禮子
【入選】
ふるさとを行つたり来たりハンモック 三玉一郎
冷麺に銀のはさみを入れにけり 飛岡光枝
母の日や故郷へ贈る杖一本 雨宮白路
更衣愛することの難しさ 原山のび太
カチ鴉鳴き交はしけり五月闇 飛岡光枝
参鶏湯滾れ夏負け吹き飛ばせ 西川遊歩
長谷川櫂 選
【特選】
冷麺に銀のはさみを入れにけり 飛岡光枝
母の日や故郷へ贈る杖一本 雨宮白路
悠久の漢江をゆくヨットかな 吉田静生
月涼しマッコリ注ぐ大薬缶 西川遊歩
山と積む金真桑の夏来たりけり 葛西美津子
【入選】
母の日や母とならんとする人と 藤岡美恵子
夏きざす鎌倉は山高からず 金澤道子
縁いま国境を越え青あらし 三玉一郎
明易や朝なほ灯す東大門 趙栄順
草餅や娶り娶られ五十年 園田靖彦
金真桑ぶつかり合うて大盥 飛岡光枝
明易の空鳴き渡るカチ鴉 葛西美津子
短夜や甕にマッコリ香りたつ 葛西美津子
ゴスペルの手打ち足踏み聖五月 鈴木美江子
母の日や羽田の沖で散骨す 新名隆
鳳仙花近くて近き国であれ 藤岡美恵子
父母の日や光州ははるか手を合はす 奈良握
ほととぎす蒼い夜明けを連れてくる 西夏