「HAIKU+」②鴇田智哉さん
2「俳句を、教育的な言葉ではなく、語ろう」 鴇田智哉
作家が俳句について語ること、の大切さを最近思う。
たとえば私は今、俳句の可能性として、「中心のない俳句」に注目しています。
私はなぜ俳句にひかれるのか。俳句をやめないでいるのか。
それは、俳句の本質として、言葉にポエジーの生じる始まりの部分・最も小さい部分を見たい、という気持ちからだと思います。
まず、一つの思い出話をします。私の先生であった今井杏太郎との会話です。
咳をしても一人 尾崎放哉
この句について、杏太郎がこんなことを言いました。
「智哉君、この句の『も』とか、『一人』とかは、要らないよなあ。」
なぜ「も」や「一人」が要らないのか、私の記憶では、それが、句の内容として「甘ったれ」すぎるからである、ということでした。確かに、〝自分が一人であるから寂しいよ〟という思いが、見え見えのようなところがあるとは言えます。
私は杏太郎に、「では、もし、その句を直すとすれば、どうなりますか。」と聞いてみました。すると、
「究極は、『咳』ということになるだろう。季語だけが残るんだ。でも、それだと今度は物足りない。そこで、『咳をする』となる。いや、『咳をしてみる』がいいかな。」
と言ったのでした。
咳をしてみる
そのとき、私の頭に「ああっ」と閃くものがありました。なるほど。
「咳をする」では、たしかに淡泊すぎます。「咳をしてみる」となることで、生理現象である「咳」を、わざわざ意識的にする、というニュアンスが出ます。すると句に、〝寂しさ〟のメッセージが、ふっと入ってくることになるでしょう。私はずいぶんと納得し、杏太郎の言葉遣いのあり方に、とても感心したのでした。
考えてみればもちろん、読者がその感受性をフルに働かせれば、
咳
と一単語が書いてあるだけだって、感動できます。読者の感受性がフルなら、単語だけでも詩は立ち上がり得ます。たとえば、こんな句集はどうでしょう。
1ページ目をめくると、
古池
おおっー!
次のページには、
蛙
わおっ!
3ページ目をめくると、
咳
ぐっときたー! いい句ばっかりだなあ……(しみじみ)。
たとえばそんな句集、どこかおかしいですよね。読者がいつもそんなテンションでいることには、無理があるからです。そして気持ちが、麻痺してきます。悪い宗教みたいになってきます。
例えば「絵」だって、画面上に一点の汚れだけを付けて、「はい、作品です」って見せられたとして、見る人が、「うーん、いい絵だね」と涙を流す、そういう精神状態だって、ときにはあると思うんです。でも、それがいつもだとしたら、気持ちが麻痺しているのではないでしょうか。
では、最短のポエジーはどんなところに生じるでしょうか。
私はその答えの一つが先の
咳をしてみる
だと思っています。「咳」でもなく「咳をする」でもなく「咳をしてみる」。
陽へ病む 大橋裸木
なんていうのも、そうだと思います。私個人としては、これらの句を俳句と呼んでいいと思っています。
では、五七五とは何なんでしょうか。
詩が立ち上がりうる言葉の最短。それも、割とうまくいくことが多い、いちばん短い形が五七五、なのだとひとまず考えましょう、ということなのではないかと、私は思っています。
「咳をしてみる」とか「陽へ病む」などは例外と考え、「形式」として言葉にポエジーの生じやすい最短の形が五七五なのではないか、と私は思っています。
言葉を、もっともっと短くできるのかもしれないけれど、あまりに短すぎるのは落ち着かないので、不安過ぎるので、このくらいの長さでやりましょう、このくらいの長さに決めましょう、っていうのが俳句の五七五ではないかと思っています。
私は今、「考えましょう」「決めましょう」という言葉を使いました。「考えましょう」「決めましょう」、つまりそれが「定型」ということではないでしょうか。
このくらいの長さが気持ちいいですよね。ここでやってみませんか、という長さ。で実際、この長さでうまくいくことが多いから、この形式をやめずとどまる人が多いのではないでしょうか。作者、読者が気持ちを麻痺させずとも、面白がれる最小単位、その折り合いの付け方が、五七五の定型だと思います。
私の好きな作家に、高屋窓秋がいますが、彼は次のようなことを書いています。
「〝たとえば『短歌』これは、ぼくにとっては、『長すぎる』〟長ければ、なんでも詠える、というものでもあるまい。これは、ぼくの精神および肉体の生理上の問題であるかも知れない。そして、俳句という手頃な形式があったから、という理由ではさらさらない。長すぎるのが困るのだ」
「俳句という短小詩形の領域をどう考えているか、といえば、これも、ぼくの経験では、『十七音前後』が適当な言語量であって、それより長ければ『短歌』の領域、短かすぎれば十分な詩的機能を果たしえない、ということになる」
「〝人類の、最短詩への表現欲求は、永久になくならない〟」
(以上、窓秋の文章の引用は、ぬ書房『高屋窓秋全句集』所収の、「百句自註」より)
こういう窓秋の考え方には、私はかなり賛同しています。
本来ならここで、五七五における季語の働きの話をしなければならないのですが、今日は時間が限られているので、簡単に次のことだけを言っておきます。
有季の一句の中では、多くの場合、季語が浮き出て見える、ということ。一句の中において、或る一つの季語は、或る一かたまりの特殊な意味たちの集合体として、膨れて見えるということです。季語には、感受性の偏り、凝縮があります。俳句を、針金で作るアクセサリーにたとえるなら、針金の中に一個入れる宝石。それが季語だと言えるかもしれません。
そのうえで私は、有季の句において、いつも季語が宝石であるとは限らないと思っています。
さて、そこで話を進めます。私が今、俳句の可能性として考えている「中心のない俳句」についてです。
今言ったように、私は、有季の句(季語が入っている句)において、季語が必ず一句の中心でなけらばならない、とは考えていません。たとえば、私の句で恐縮ですが、
梟のこゑのうつむきかけてをり 智哉
この句は、季語が浮き出て見えるタイプですが、
見まはしてゆけばつめたい木の林 智哉
などは、必ずしも「つめたい」という季語が句の中心で、浮き出て見えるとは私は思いません。
さらに私は、俳句が有季でなければならない、とは思っておらず、無季の一句の中には、季語の代わりとなる言葉(「キーワード」とも呼ばれたりしています)、一句の中心となる言葉が、必ず必要だとも思っていません。
よく、無季の句というものが成り立つことへの説明として、無季の句には、季語の代わりに、句の中心となる言葉が入っているんだ、というのがあります。たとえば、
手品師の指いきいきと地下の街 西東三鬼
ならば、「手品師」が、そういう言葉でしょう。「地下の街」とも考えられますが、それは解釈の違いであって、「季語の代わりに、句の中心となる言葉」という考え方は変わりません。
「季語の代わりに、句の中心となる言葉」をもう少し詳しく言うなら、季語がそうであるように、句の中に並ぶ他の語とは違って、とびぬけて特別の意味を持つ言葉、本意としてとびぬけて豊かなシニフィエを持つ言葉、ということになるでしょうか。
風下にうすい瞼はありにけり 智哉
ならば「瞼」がそうでしょう。しかし、
回るほど後ろの見えてくる疾さ 智哉
という句。この句、中心があるでしょうか。無いですよね。この句ができたときに私は、無季で中心の無い句というものは、可能なのだと感じました。
特別な存在としての単語(季語・キーワード)が不在で、言葉と言葉の引っ張り合いだけがあるような句。そういう句があっていいのではないでしょうか。
別の例を一つ挙げます。
西日暮里から稲妻見えている健康 田島健一
という句があります。この句、たとえば、多くの俳句教育者は、「健康」はいらないな、と言うのではないでしょうか。あるいは、どうしても「健康」を言いたいなら、「西日暮里」はいらないな、と言うのではないでしょうか。
なぜか。それは多くの場合において、季語のほかに大きな言葉(それなりの強い意味をもつ言葉)は、一句の中にせいぜい一個でよい、という考え方がされているからです。あるいは、一句の中に「ひねり」は一回でよい、という言い方もされているかもしれません。
でも、教育は教育であって、俳句作品すべてにそれが適用されるとは限りません。この「西日暮里」の句、「健康」があることで面白くなっていると、私は思います。これはこれで、一句全体が動かしがたいバランスに保たれているのではないでしょうか。時間の関係で細かい解釈は省きますが、みなさん、どうでしょう。
作者はなぜここに「健康」を置いたのだろうかと考えるとき、私は、この作者は句の終わりにもう一個、錘を置きたかったのだと思うのです。「西日暮里から稲妻見えている」と来て、何を最後に置いたら効果的でしょうか。
私はこの句は、中心がずらされていくのを楽しむ句だと思っています。「西日暮里」→「稲妻」→「健康」。近景→遠景→超近景(自分)、とも言えます。でも、単にずらしだけを楽しむのではありません。近景→遠景→超近景(自分)、という循環の中で、地平、そして気象現象が、読者の身、へと循環してきます。私は、そういう固有の力学をこの句に感じます。
私の「回るほど」の句とは違うところがありますが、この句も、中心が無い句と言えるのではないでしょうか。二つの句はどちらも、中心の言葉をもたず、一句全体のバランスで成り立っている句と言えると思っています。違うのは、視点のありようや、一個一個の言葉の具体度です。「回るほど」の句が、細い針金と糸、紙でできたモビールだとすれば、「西日暮里」の句は鉄の棒と鎖と、重たい分銅とでできたオブジェと言えるかも、などと思っています。作者の田島さんがどう思うかはわかりませんが。
ただ、これだけは言えることは、作者は教育的バランスでこの句を作っている訳ではないということです。作者は、その句に固有の言葉の力学を見出してその句を提示している訳ですから、そこに、ある意味不器用な教育的物差しを当てて量ろうとしても、うまくいかない訳です。
という訳で、時間が来てしまいましたが、
私は俳句をこのように考えています、という話を今日はしました。
背景として、俳句を教育的な文脈だけで語ることへの疑問がありました。作家がもっと、自分の俳句のついてについてどう考えているかを語るべきだと、最近思っています。そう思うようになったきっかけとして、同人誌や勉強会などで、歌人や詩人の方などに触れたこともあります。
具体的には、最短詩としての俳句、中心の無い俳句、について話しました。中心の無い俳句については、私の中で最新の考え方であって、もう少し深く考えていけるかもしれませんし、実際私の最近の作品にそれが多いという訳ではありません。本当に中心が無いな、と思う句は(数えていませんが)数句だと思います。
最後に、一つ質問を受けましたので、お答えします。
質問は、私の言う「中心の無い俳句」とは、河東碧梧桐の「俳句無中心論」とは違うのか、というものです。
碧梧桐は、
雨の花野来しが母屋に長居せり 響也
という句を挙げ、この句に対する解釈が荻原井泉水と碧梧桐とで違っていると述べています。まず、井泉水の解釈は以下のようなものであったと、碧梧桐は書いています。
「この句を読むと何処となくゆったりした感じがする。母屋といえば普通天井の高い広々とした構えの家を想像する。そこで長居をしたというのであるから、腰を落着けた心持がする。夏野とか枯野とかいえば、他の聯想を生ずるが、花野の雨に濡れて来たというので、尚おゆったりした心持が出るように思う云々。」
これに対して、碧梧桐は以下のように述べています。
「井泉水はゆったりしたという明瞭な感じがこの句に現われておる点に興味を感ずるけれども、予にはさる明瞭な説明の出来る感じは毫も起らぬ。」
「予の興味を感ずる点は、さる感じに纏まる点ではない。雨中の花野を通って来て、離れの我家に帰るべきものが、母屋に立寄って長居をした、という事実其のものに存するのである。他の詞を以て言えば、一日の出来事の或る部分を取り出して、それを偽らずに叙したという所に興味を感ずるのである。即ち日記中の一節とさまで差異のない出来事が、花野という季題趣味を得て、興味を形づくっておる点を新らしいとするのである。」
そして、二人の解釈の違いのポイントを、碧梧桐は以下のように述べます。
「井泉水が『ゆったりした』という明瞭な限定した感じで、この句の解釈をしようとするのは、この句を従来の句と同じ取扱をしておるが為めではなかろうか。温かいとか、冷たいとか、大きいとか、雄壮だとかいう風に感じを一点に集めるのが、従来の句作の傾向であった。」
「感じを一点に纏める、何人にも普遍的に明瞭な限定した解釈が出来るようにする、ということを従来句に中心点があるというていた。若し中心点ということを、明瞭な限定した詞で現わされるものに限るとするならば、この句には中心点というものがないというてもよい。」
さらにこの、中心点がない、ということを、碧梧桐は演劇に引き合いに出して説明します。
「例を劇に借りて、歌舞伎芝居と壮士芝居と最近萌芽した社会劇の変化に就て一考を費して見る。歌舞伎芝居には先ず主人公を定める。事件の発端と波瀾と結末というものをきめる。それが定まらなければ芝居らしくないと考えられた時代の作物は、悉く同模型に出ておる。近松の心中物、黙阿弥の作の如き、事件に変化はあっても、事件の取扱が同法則に準じておる為め、どの脚本も略同じ刺戟を与うるのみである。且つ主人公、発端、結果等を限定する必要上、何処にか嘘らしい不自然な分子を含んで来る。つまり、主人公をきめ、事件の山を形づくる為めに、事実を犠牲にせねばならぬハメに陥るのである。俳句が中心点を作る為めに、自然を偽るに髣髴としておる。」
そして、事件の推移の不自然や、立廻りの形式のタテの不自然に対する不満足を充たすために、「柔道の乱取りに類したことを得意として見せ」る壮士芝居が生まれたが、それも「旧形式の大体を踏襲して部分的に自然に近づかしめた感があるに過ぎなかった」と述べ、「新俳句時代以後の我等の句は、歌舞伎劇から変化した壮士劇に類した観があったかと思う」と述べています。
こうした「不自然」なありようから脱するものとして、碧梧桐は当時自分が見た「近来の社会劇の脚本」を挙げます。
「近来の社会劇の脚本というても、予はゴーリキーの『どん底』というのを見たのみであるけれども、其形式が殆んど一変しておるのに驚かされたのである。第一に主人公というものがきまっていない。そうして事件の発端、波瀾、結末という明瞭な区劃がない。即ち従来の脚本の形式というものが全然破壊されておる。」
「換言すれば、自然に接近し得られるだけ接近した、自然を偽らざる叙法を生命としておる。予が今日主張する句は、之を社会劇に比して、劇と俳句の相違はあるとしても、何処にか類似の点を発見するのである。」
(以上、碧梧桐の文章の引用は、講談社学術文庫・夏石番矢『「俳句」百年の問い』所収の、大正四年六月刊『新傾向俳句の研究』原題〈無中心論〉籾山書店より)
簡単に言うと、碧梧桐の「俳句無中心論」は、自然現象や日常の風景を、人間の作為をもってまとめるのでなく、自然な形でとらえたい、まとまりがなくとも、複雑な自然を立体的にとらえたい、ということです。その根底にあるのは、自然をありのままにえがくこと、自然を写し取るということ、「自然を偽らざる叙法」ということです。
これに対して、今日私が述べた「中心の無い俳句」の説明においては、自然を写し取るということについては、全く力点を置いていません。説明の力点を置いているのは、言葉どうしの意味の引っ張り合いにおいて、その句特有の力学が発生していて、どこにも中心がないのに釣り合っている状態ということにです。つまり、私が「中心の無い俳句」として注目する点は、句に描かれているものや、ものの描き方ではなく、句の言葉としての構造や、句の読者において働く、(わかる・わからないなどの作用を含む)心の動きです。
また、碧梧桐が「感じを一点に纏める」ことへの反発から、「自然を偽らざる叙法」においては、言葉のまとまりのなさ、を求めているような向きがあるのに対して、私の考えはむしろ、一句における言葉どうしつり合いを求めています。
よって、「中心の無い俳句」についての私の考えは、碧梧桐の「俳句無中心論」とはまったく別のものだと考えています。
<関根千方レポート②>
二人目の鴇田智哉さんが主張することは、俳句を結社内に働いている教育的な論理から解放するような、個人の自由な言説が出てこなければならないのではないか、ということでした。
もちろん、結社は先生から俳句を習う場所であり、そこでの教育論理について問題があるというのではなく、結社を超えたコンクールのような場所で、たとえば「この句は季語がないから外そう」といったことが、度々起きます。だから俳人は、結社内にある教育的な言葉ではなく、作家個人としての言葉で語る必要があるのではないかというのです。
この話は、どこか麒麟さんの話とつながっているように思えます。俳句の読者だけでなく、指導的な立場にいる人も自身の所属内の論理、つまり安全圏から出ようとしないということです。
そこで鴇田さんは、俳句の通念としてある「自句自解をしない」という考えを捨てて、むしろ積極的に語るべきではないかといいます。いわば、暗黙の了解で成立しているものを作家個人の言葉で揺るがそうということです。たしかに、それは個々の作家が新たな批評性を獲得していくことにつながるかもしれません。もちろん「自己正当化」という陥穽に落ちないようにしなければなりませんが。
そして、鴇田さんは実際に自身の俳句について語り始めます。鴇田さんは、自分がなぜ俳句をやめずにいるかというと、言葉にポエジーが生じる、その一番小さなところにいられるからだといいます。俳句を詠むのは、詩の起源のようなところに立ち会えるからだというのです。
なかなか難しい話なのですが、鴇田さんはわかりやすく、先生の今井杏太郎さんとの話を紹介してくれました。尾崎放哉の〈咳をしても一人〉という句があるが、「をしても」は表現として甘いという話になり、どうなおすべきかを一緒に考えたそうです。今井杏太郎さんは「この句は〈咳〉だけでいいんだよ」とおっしゃったそうです。しかし、さすがにそれだけでは詩にならない。場合によっては〈咳〉だけで感動を呼ぶこともあるかもしれないが、それは普通ではない。今井杏太郎さんの結着は「咳をしてみる」だったそうで、鴇田さん自身そのとき、言葉が詩となる最小に触れたように感じ、深く納得したそうです。
俳句は詠み手と読み手がいて成り立つものである以上、正気がたもたれていなければなりません。鴇田さんにとって、かろうじて正気をたもちうる最小の装置として、五七五という定型があるといいます。つまり、言葉が詩でありうる最小の型ということです。なので今、鴇田さんにとっては五七五という定型が重要であって、季語の有無は二の次だというのです。つまり、鴇田さんにとって五七五という定型は、俳句を詠むため=詩を詠むための形式になるのだろうと思います。
さらに、鴇田さんは自身が今注目している「中心のない俳句」について語ります。こちらも難しいので、詳細はサマリーを読んでいただきたいのですが、イメージとしては「モビール」と呼ばれる玩具(動く彫刻)のように、どこかに中心があるわけではないのに、いくつかの言葉が重りとしてちょうど釣り合っているような俳句だといいます。具体例として、自身の〈回るほど後ろの見えてくる疾さ〉、赤尾兜子の〈ちびた鐘のまわり跳ねては骨となる魚〉、田島健一さんの〈西日暮里から稲妻見えている健康〉といった句をあげて、その独特の力学で成り立つ句を解説されました。
「中心のない俳句」というとき、一物仕立てが特にそうですが、中心に季語がある俳句というのはわかりやすい。取り合わせを楕円のように中心が二つある俳句とみることもできるでしょう。無季と言われる句でも、季語に代わる言葉が入っている場合は中心があることになる。しかし、鴇田さんはそもそも中心のない俳句の形がありうるということを示されたわけです。
ただし、鴇田さんが言う「中心のない俳句」は、句の形から考えられているものであって、芥川と谷崎の「話のない話論争」に見られるような、内容(意味)に関わることではありません。また、河東碧梧桐が提唱した「無中心論」とも違って、詠み手の作為(意図)を消すというようなこととも異なり、句の構造が問題となっています。さらにいうと、この構造は五七五という定型とは異なる次元にあるように思います。なので、俳句の話なのか、詩の話なのか、よくわからなくなってきますが、日本語による五七五の定型詩の可能性を広げる議論には違いないと思います。
