9月 きごさい+報告 「羊羹の不思議」
講座 レポート
〇そもそも羊羹とは?
羊羹は黒くて甘くてずっしりとした、ちょっと特別なお菓子のイメージがある。昔からある、だれでも知っている日本のお菓子だが、あらためて文字を見ると不思議、羊(ひつじ)の羹(あつもの)!?
羊羹は古代中国の料理で、文字通り「羊肉入りの汁物」だった。鎌倉~室町時代、点心のひとつとして日本に伝えたのは禅宗の僧侶たち。禅僧は羊肉の代わりに小豆などの植物性の材料を使って精進料理の汁物を作った。
その後、羊羹は貴族や武家に広まり、饗応の席で出されるようになる。汁物から固形の料理・酒肴へ、そして茶会では菓子へと変化してゆくが、いずれも格式ある食べ物としてみなされていたことが、現在につながっているようで面白い。時代とともに形や味は変化しても、特別なおもてなしの食べ物だったのだ。
〇蒸羊羹、水羊羹、煉羊羹
全国に様々な羊羹があると思うが、一般的には、栗蒸し羊羹に代表されるもっちりした蒸羊羹、夏場のひんやり水羊羹、これぞ王道の煉羊羹の三種が思い浮かぶ。
江戸時代の初期から中期、菓子としての最初の羊羹は、小豆や小麦粉、砂糖を使った生地を蒸し固める製法の蒸羊羹と考えられる。蒸羊羹から形や柔らかさを変化させたいくつかのタイプが生まれるが、羊羹が革新的に変わったのは寒天で固める水羊羹の登場だ。寒天は日本の誇る食材で、なめらかな食感は蒸羊羹には無い魅力。この寒天を使った水羊羹を煉り上げたものが煉羊羹。煉羊羹の独特の弾力となめらかさ、また日持ちの良いことも江戸で人気を博し、数十年のうちに地方にも煉羊羹の製法が広まったという。
明治時代、鉄道が全国に敷かれ、日持ちがし、持ち運びが便利な羊羹は旅の土産として広まった。内国勧業博覧会や品評会が各地で開催され、受賞を目指して特産品を使った珍しい羊羹も出品されたという。
〇羊羹の魅力
羊羹は文学作品にも登場する。夏目漱石の「草枕」、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」などなど。陰翳を含む羊羹のうつくしさ、深さ、それは瞑想的だ、と賛美する「陰翳礼讃」の一文が、資料として配られ、中山さんが朗読された。谷崎の美文にうっとりし、羊羹の静けさの魅力をあらためて思った。材料もシンプル、色合いや形もシンプル、シンプルを極めると瞑想的になるのかもしれない。
一方、近頃はあまり見なくなったが、お祝いの引き出物や正月のお重に詰められていた羊羹は、形も色もめでたく華やかな美しさだった。格式のある特別な羊羹、饗応の席の羊羹、この伝統がだんだん消えてゆくとしたら残念だ。
〇現在の羊羹
現在は虎屋も他の店でも小形羊羹が主流だという。確かに、個包装で持ち運びも便利、切り分ける手間もなく一人で好きな時に食べられる。ただ漱石や谷崎が賛美したあの長く四角い棹羊羹の存在が、時代とともに薄れていくのはさびしい。
味や形もバリエーションに富んでいて、デザインも多様。羊羹の定義は広く、寒天、小麦粉、葛粉などで固めたものは羊羹の一種と考えてもいいかもしれない。確かに小豆を使ってなくても、○○羊羹、あるいは○○羹というお菓子はたくさんある。それは日本人が「ようかん」の響きが好きだからではないか、「ようかん」は美味しいものというイメージがあり、名前につけると安心するのではないか、と中山さんは話された。なるほど、大いに納得した。
もともと中国で「羊」は美味しいものの意味があり、羊の字が三つと美という字で構成されている「羊羹」は、たいへんすばらしく美味しいもののイメージがある、というお話も興味深かった。
虎屋はパリ(1980年出店)やニューヨーク(1993年出店、2003年閉店)に進出。パリ店では、現地の人に親しまれる羊羹を考案、販売しているという。果実や洋酒を使った羊羹、カラフルでデザイン性のある羊羹が紹介された。
切り方、食べ方も多様で、クリームチーズを塗ったパンに羊羹のうす切りをはさんだサンドウィッチなどは試してみたいと思った。
〇講座のあとで
講座の後、全国から、海外ではタイからの参加者も交えたトークの時間となった。参加者には地元の珍しい羊羹や羊羹の思い出などを話してもらったが、それでも「大事な方への贈答は虎屋の羊羹にしています」という声が多かった。羊羹といえば虎屋、虎屋といえば羊羹である。美味しさ、品の確かさ、格式、必ず先方に喜ばれるはず、という信頼と安心があるようだ。
ズームでの開催だったが、画面に映る貴重な史料や画像、中山さんの楽しくわかりやすい解説に、あっという間の時間だった。羊羹の不思議な歴史、羊羹の奥深い魅力、製法の違いやバリエーション、お話は多岐にわたったが、どれも興味深い内容だった。外国のものが日本に渡り、日本人の感性と職人の技術で日本独自のものに完成する。羊羹も日本文化のあり方を示すものだった。
〇虎屋文庫とは
虎屋歴代の古文書や和菓子に関する資料収集、調査研究を行っている株式会社虎屋の菓子資料室。
一昨年の2019年に 再開御礼!「虎屋文庫の羊羹・YOKAN展」を開催。同年、新潮社から「ようかん」を出版
2021年9月17日~11月23日 こんなところにも!「和菓子で楽しむ錦絵展」 赤坂店・虎屋ギャラリーにて開催中
〇句会には羊羹の句がたくさん出た。美味しいだけでなく、羊羹にはイマジネーションを掻き立てる何かがあるようだ。それも羊羹の不思議だろうか。 (葛西美津子記)
句会報告 選者=長谷川櫂、中山圭子
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
栗ようかん栗のあたりを包丁す 上田雅子
羊羹や柚山のひかり一棹に 西川遊歩
羊羹はしづかなお菓子今日の月 金澤道子
湯気真白まんぢゆう真白秋彼岸 葛西美津子
日に透ける柿羊羹の一片を 飛岡光枝
羊羹にまつたき栗のあらはるる 斉藤真知子
【入選】
羊羹の一切れ秋のゆふべかな 葛西美津子
切り分けし厚さ見比べ栗羊羹 高橋慧
弁当箱母の作りし水羊羹 上松美智子
コーヒーと羊羹のある夜長かな 澤田美那子
羊羹や釣り花入れに山桔梗 矢野京子
日に月に待ち遠しきは栗羊羹 葛西美津子
秋日差す古き暖簾や和菓子売る 上松美智子
江ノ島にのり羊羹や居待月 金澤道子
羊羹の恋しき秋のはじめかな 矢野京子
砂糖噴く羊羹の角秋うらら 石川桃瑪
漱石忌羊羹そなふ猫の墓 川辺酸模
草で染め色なき風にさらしあり 北側松太
羊羹がうまくなる頃やや寒し 北側松太
羊羹を前にせはしや秋扇 矢野京子
懐中に小さき羊羹秋遍路 長井はるみ
羊羹を提げて父来る秋日和 斉藤真知子
羊羹の漆黒の秋深みゆく 飛岡光枝
羊羹に渋茶添へたる夜食かな 川辺酸模
今朝秋の水に黒文字浄められ 長井はるみ
◆ 中山圭子 選
【特選】
栗ようかん栗のあたりを包丁す 上田雅子
羊羹の黒はなやかやけふの月 長谷川櫂
羊羹は瞑想の菓子秋の風 長谷川櫂
懐中に小さき羊羹秋遍路 長井はるみ
一塊の羊羹にある秋思かな 斉藤真知子
【入選】
夜は長し羊羹にお茶いれかへて 金澤道子
鈴虫やふるさと行けぬまま秋に 田中益美
「夜の梅」塗りの菓子器に秋深む 高橋慧
奥美濃は色づく頃か柿羊羹 川辺酸模
水ようかん左党の君は無関心 上田雅子
秋日差す古き暖簾や和菓子売る 上松美智子
砂糖噴く羊羹の角秋うらら 石川桃瑪
登りきて羊羹タイム天高し 金澤道子
橡餅や知らぬふりして聞く話 イーブン美奈子
羊羹や湯呑をあがる秋の湯気 北側松太
芋羊羹まづ仏壇へ秋彼岸 石川桃瑪
まぼろしの藤むら羊羹露の玉 西川遊歩
深く濃く餡煉り上げん夕月夜 イーブン美奈子
羊羹の皿選びをり秋時雨 澤田美那子
羊羹に渋茶添へたる夜食かな 川辺酸模
今朝秋の水に黒文字浄められ 長井はるみ