きごさい+/ 小倉百人一首~競技かるたの世界~
1月22日、講師に競技かるたA級六段、ワシントンDCいにしへ会主宰のストーン睦美さんをお迎えして「きごさい+」が開催されました。
米国、英国、カザフスタン、タイ、中国、現在再び米国を拠点に、「競技かるた」を世界へ広められている、第一人者の情熱あふれるお話でした。
ストーン睦美さんに概要をいただきましたのでご覧ください。
小倉百人一首~競技かるたの世界~ ストーン睦美
〇はじめに
『小倉百人一首』は百首の短歌集で、藤原定家(一一六二~一二四一年)の編纂とされます。友人の宇都宮頼綱の山荘に飾る色紙用に選んだ歌が、後に歌集としてまとめられ、『百人一首』と呼ばれるようになったと考えられています。
選ばれた百首は七~十三世紀に作られたもので、百人の歌人がほぼ時代順に並べられています。天智天皇・持統天皇の親子で始まり、後鳥羽院・順徳院の親子で終わることから、律令政治の始まりから貴族政治の終焉までを歌で綴った歴史絵巻という見方もできます。
室町時代以降には、『新百人一首』『武家百人一首』など様々な百人一首が作られました。それらと区別するために、定家の山荘のあった地名の「小倉」がつけられましたが、ほかの百人一首は歴史から消えてしまい、今日『百人一首』といえば、ほぼすべて『小倉百人一首』を指します。『小倉百人一首』は和歌の入門書とされ、江戸時代には寺子屋での女子用教科書としても使われました。
十六世紀後半、ポルトガルから遊戯用カード(南蛮かるた)が伝来しました。当時日本にはゲーム用カードがなく、ポルトガル語のcartaがそのまま日本語で「かるた」となりました。江戸時代には、この南蛮かるたのカード形式を真似た「歌かるた」が作られるようになり、「百人一首かるた」も登場します。初期のかるたは手書きの高級品でしたが、元禄期には木版刷りで大量生産できるようになり、「百人一首かるた」は庶民にも手が届くものとなり広まりました。
江戸時代の「百人一首かるた」は、一方に作者名、歌人の絵、上の句が、もう一方には下の句が漢字仮名混じりの崩し字で書かれていました。しかし、これでは遊ぶ人のうちの誰かが百首覚えていないとどれが正しい取り札がわかりません。明治時代になると、絵札のほうに一首全部が書かれるようになりました。その後、印刷書体の札となり、取り札はすべて平仮名となりました。
〇競技かるたルール
百人一首かるたを使った一対一の個人戦「競技かるた」は、一九〇四年に現在の競技規定に近い形で初の大会が開催されました。競技かるたでは、百枚のうち五十枚(自陣・相手陣二十五枚ずつ)を使い、読手は上の句を読み選手は下の句の札を取ります。先に自陣の札がなくなったほうが勝ちです。
競技かるた選手の団体である全日本かるた協会では、段位と級を制定しています。初心者はE級(無段)の公認大会に出場し、上位入賞でD級(初段)となります。各級の大会で上位になると昇級でき、トップのA級大会には四段以上の選手が出場できます。かるたというとお正月のイメージがありますが、一年を通じて週末日本のどこかで大会が開かれています。毎年一月には、第一番の天智天皇を祀る滋賀県大津市の近江神宮で、名人位・クイーン位決定戦が開催されます。
〇究極の頭脳スポーツ
選手が速く札を取れるのは、試合前十五分間の暗記時間に五十枚の札の位置を覚えることと、「決まり字」を知っていることによります。決まり字とは、「下の句を特定するための上の句の最初の数文字」です。選手は上の句の最初の文字で百首を分類し、次の順に覚えます。
一枚札 むすめふさほせ 一枚ずつ 計七枚
二枚札 うつしもゆ 二枚ずつ 計十枚
三枚札 いちひき 三枚ずつ 計十二枚
四枚札 はやよか 四枚ずつ 計十六枚
五枚札 み 五枚
六枚札 たこ 六枚ずつ 計十二枚
七枚札 おわ 七枚ずつ 計十四枚
八枚札 な 八枚
十六枚札 あ 十六枚
「む」で始まる歌は百首のうち一首のみなので、選手は「む」と聞いた瞬間に下の句の札「きりたちのほる…」の札が特定できます。同様に、「す」「め」「ふ」「さ」「ほ」「せ」で始まる歌も一首ずつしかありません。
「うつしもゆ」は、友札(同じ音で始まる札)が二枚ずつあります。例えば「う」で始まる歌は「うかりける」「うらみわび」の二首で、取り札の特定には二字目まで聞く必要があります。「あ」で始まる歌が最も多く十六首あります。決まり字が一番長いのは「大山札」と呼ばれ、六字目まで聞かないと特定できません。
かるた会の練習に参加するには、まず百枚の取り札を次々に見て、決まり字をすらすら言えるようになることを目指します。歌の意味・背景なども含めて一首まるまる覚えようとすると、途中で挫折しやすいので、まず語呂合わせでよいので、百首の決まり字を覚えましょう。競技で読みを何度も聞くうちに歌を覚え、興味がわいたら意味を調べるとよいでしょう。
決まり字は試合中に変化します。例えば「き」で始まる歌は三首あり、「きり」(二字目で特定)、「きみがため は」、「きみがため を」の大山札(六字目で特定)です。もし「きみがため は」が先に読まれたら、その後は「きみがため を」の札は二字目の「きみ」で特定できます。さらに「きり」の札が読まれたら、「きみがため は」は「き」の一字で特定できます。六字目で取るのと一字目で取るのではスピードが全く異なります。選手は空札も含めて、試合中にどの札が読まれたのかをすべて覚えます。
競技かるたは記憶力の勝負と思われがちですが、実は「忘却力」も大切です。すでに読まれた札の位置を消去しなくては、後に友札が読まれたときのお手付きにつながります。一日に数試合連続して取る場合もあり、前の試合にあった札や位置を消去することも大切です。記憶とその消去で頭脳をフル回転させ、瞬発力、身体能力を駆使するこの競技を、私は「究極の頭脳スポーツ」と呼んでいます。
〇世界に広がる競技かるた
二〇〇一年、英国在住時にマインド・スポーツ・オリンピアードという頭脳スポーツ大会で競技かるたの紹介をしたのが、私の海外普及活動の最初です。これほどエキサイティングで面白い競技が外国人にとっても面白くないはずがない、日本人だけで独り占めするのはずるい、何より海外でも仲間が欲しいという思いで普及を続けました。二〇〇一年には海外選手人口は自分一人でしたが、今では世界十五カ国以上にかるた会があります。漫画『ちはやふる』がアニメ化され、世界中で配信された影響も非常に大きく、アニメで競技を知り、かるた会を立ち上げた国もあります。二〇一八、二〇一九年には海外から代表選手が参加する「おおつ光ルくん杯競技かるた世界大会」も近江神宮で開催されました。
海外では平仮名を覚える前に競技を始める人もいて、いろいろ苦心して札を覚えます。例えば「ちぎりきな…」という歌の取り札「すゑのまつやま」の「ゑ」が鶏の頭に似ていると感じ、「ちぎりき」⇒「チッキーリッキ―」⇒「チキンヘッド」⇒「ゑのある札」と覚えたという外国人選手もいます。
「競技かるたONLINE」は、二〇一九年に開発された携帯アプリです。画面サイズの制約で使える札の数は少ないですが、ルールは競技かるたと同じで、画面の札をタッチして取ります。オンラインで世界中の選手と対戦できるほか、レベルに合わせてコンピューターと対戦もでき、初心者にも競技選手にもお勧めです。コロナ禍で対面練習ができない期間、世界中の選手がこのアプリを活用し、オンライン世界大会も開催されています。
古来の和歌を使った世界に類のないこの日本独自の頭脳スポーツが、国境や言葉を超えさらに広がるよう願っています。
〇リンクの紹介
全日本かるた協会 https://www.karuta.or.jp (ルール、読み方など)
決まり字覚えハンドブック http://karuta.game.coocan.jp/download.html
競技かるたONLINE https://karuta.betacomputing.co.jp/
YouTubeリンク 競技かるた 第69期名人位・第67期クイーン位 決定戦
〇句会報告
講演後、句会も開かれました。 選者=ストーン睦美、長谷川櫂
◆ ストーン睦美 選
【特選】
日本によくぞ歌留多の残りけり 斉藤真知子
実朝の海おだやかや歌がるた 金澤道子
ことだまの飛び交ふ国や歌留多とる 長谷川櫂
煮凝や琥珀の中のジュラ紀めく 吉安とも子
【入選】
この星の一人となりて春を待つ 吉安とも子
初明り火の見櫓に大鴉 村山恭子
お手つきの下に恋あるかるたかな きだりえこ
ひらがなの国のはじめや歌かるた 齋藤嘉子
歌留多読むこゑ朗々と海越えて 葛西美津子
見つからぬ歌留多さがして二日かな 足立心一
かるたよりしづかに座るふたりかな 三玉一郎
歌かるた四人姉妹も老いにけり 金澤道子
黒文字のながながしきを花びら餅 大平佳余子
歌かるたこひに戸惑ふ指の先 きだりえこ
アメリカの空谺せよ歌かるた 長谷川櫂
歌留多とる永々詩歌の民ここに 西川遊歩
声となる前の声聴く歌留多かな 藤原智子
未だ恋を知らぬ手が取る歌留多かな 斉藤真知子
冬蒲公英言葉短き自己主張 好光幹雄
次の恋次の恋へとかるた取る 三玉一郎
幾万の色の塵とや鳥帰る 米山瑠衣
意味知らず百首覚へし歌留多かな 上田雅子
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
声となる前の声聴く歌留多かな 藤原智子
歌留多取る君美しきアスリート 趙栄順
次の恋次の恋へとかるた取る 三玉一郎
大寒の畳のもゆる歌留多会 大平佳余子
天地に耳を澄ませるかるたかな 三玉一郎
【入選】
歌留多とる君の勇姿を見に行かん 木下洋子
エプロンをはづし加はる歌留多かな 金澤道子
かるた会たすき凛々しく出陣す 上田雅子
雪晴の空を飛び交ふ歌留多かな 藤原智子
わが札と決めしかるたは譲られぬ 宮本みさ子
春を待つこころ向き合ふかるたかな 三玉一郎
歌かるた実らぬ恋の札あまた 斉藤真知子
玉手箱ふたを開くれば歌かるた 大平佳余子
恋かるた競ふをんなに殺気あり 宮本みさ子
負けん気の五感全開かるた取る 西川遊歩
カルタ取る音の弾ける体育館 ももたなおよ
黒文字のながながしきを花びら餅 大平佳余子
老ひたれど五体すこやか歌留多取る 矢野京子
鍛へよと膝当てよこす歌留多の師 西川遊歩
耳澄ます耳うつくしきかるたかな 三玉一郎
君の手の一瞬早き歌留多かな 斉藤真知子
未だ恋を知らぬ手が取る歌留多かな 斉藤真知子
霜焼の手も飛び出す歌留多かな 藤原智子
初夢や敵の手中の恋かるた 宮本みさ子
アリゾナの空朗々と歌かるた 趙栄順
雪の道歌留多教室へと続き 藤原智子