【子季語】
夕凪ぐ
【解説】
海辺での現象。夕方、海風と陸風の入れ替わる時の無風状態をいう。瀬戸内のような内海では、この現象が特にはなはだしい。
【例句】
夕凪に油樽つむあつさかな
几董「晋明集二稿」
夕凪や行水時の裏通り
青木月斗 (同人)
【子季語】
薫風、薫る風、風の香、南薫
【解説】
夏に吹きわたる風をほめたたえた季語であるが、新緑、若葉のころの風として使いたい季語でもある。語源は漢語の「薫風」で、それを訓読みして和語化したものである。
【例句】
風薫る羽織は襟もつくろはず
芭蕉「小文庫」
ありがたや雪をかをらす南谷
芭蕉「奥の細道」
風かをるこしの白根を国の花
芭蕉「柞原」
さゝ波や風の薫の相拍子
芭蕉「笈日記」
松杉をほめてや風のかをる音
芭蕉「笈日記」
帆をかふる鯛のさはきや薫る風
其角「五元集拾遺」
風薫れ風鈴の銘も小倉山
園女「菊の塵」
高紐にかくる兜や風薫る
蕪村「落日庵句集」
青のりに風こそ薫れとろろ汁
蕪村「新五子稿」
杉くらし五月雨山風かをる
暁台「佐渡日記」
風薫る暮や鞠場の茶の給仕
乙二「をのゝえ草稿」
薫風や蚕は吐く糸にまみれつつ
渡辺水巴「水巴句集」
空間を縦横に切り風薫る
長谷川櫂「初雁」
【子季語】
南吹く、南風(みなみかぜ)、南風(なんぷう)、正南風、大南風
【解説】
夏の季節風。冬の北風がからからに乾いているのに対し、この風は湿っていて暑苦しい。「みなみ」だけで風を省略した呼び名は、もともとは漁師、船乗り言葉だったことによる。
【例句】
風の香も南に近し最上川
芭蕉「続山の井」
尻ふりて蛤ふむや南風
涼莵「喪の名残」
島影に海緑すや南風
青木月斗 (同人)
南風や化粧に洩れし耳の下
日野草城「花氷」
【子季語】
月涼し
【解説】
夏の夜といっても暑苦さに変りはないが、古来より暑い昼が去って、夏の夜空に煌々と輝く月に涼しさを感じるというのが本意である。
【例句】
蛸壺やはかなき夢を夏の月
芭蕉「猿蓑」
大井川浪に塵なし夏の月
芭蕉「笈日記」
夏の月ごゆより出でて赤坂や
芭蕉「向之岡」
月はあれど留守のやう也須磨の夏
芭蕉「笈の小文」
月見ても物たらはずや須磨の夏
芭蕉「笈の小文」
手をうてば木魂に明る夏の月
芭蕉「嵯峨日記」
市中は物のにほいや夏の月
凡兆「猿蓑」
太秦は竹ばかりなり夏の月
士朗「枇杷園句集」
河童(かはたる)の恋する宿や夏の月
蕪村「蕪村句集」
蚊屋を出て又障子あり夏の月
丈草「志津屋敷中」
少年の犬走らすや夏の月
召波「春泥句集」
【子季語】
積乱雲、入道雲、峰雲
【解説】
盛夏、聳え立つ山並みのようにわき立つ雲。積乱雲。夏といえば入道雲であり、夏の代名詞である。強い日差しを受けて発生する激しい上昇気流により、巨大な積雲に成長して行く。地方により坂東太郎・丹波太郎・信濃太郎・石見太郎・安達太郎・比古太郎などとよばれる。
【例句】
雲の峰幾つ崩れて月の山
芭蕉「奥の細道」
ひらひらとあぐる扇や雲の峰
芭蕉「笈日記」
湖やあつさををしむ雲のみね
芭蕉「笈日記」
雲の峰きのふに似たるけふもあり
白雄「白雄句集」
しづかさや湖水の底の雲のみね
一茶「寛政句帖」
雲の峰白帆南風にむらがれり
正岡子規「子規句集」
雲の峰雷を封じて聳えけり
夏目漱石「漱石俳句集」
雲の峰石伐る斧の光かな
泉鏡花「鏡花句集」
空をはさむ蟹死にをるや雲の峰
河東碧梧桐「碧梧桐句集」
厚餡割ればシクと音して雲の峰
中村草田男「銀河依然」
雲の峰人間小さく働ける
星野立子「句日記Ⅰ」
雲の峯夜は夜で湧いてをりにけり
篠原鳳作「篠原鳳作句文集」
かつてここに堅田蕉門雲の峰
長谷川櫂「松島」

【子季語】
養花天
【解説】
桜が咲く頃の曇り空を言う。雲が低く垂れ込めるほどではなく、比較的明るい曇り空である。太陽に暈がかかることもある。「養花天」は雲が花を養うという発想から生まれた言葉。
【来歴】
『世話盡』(明暦2年、1656年)に所出。
【例句】
花ぐもり田螺のあとや水の底
丈草「菊の香」
花ぐもり心のくまをとりけらし
杉風「杉丸太」
花ぐもり朧につづくゆふべかな
蕪村「落日庵句集」
咲満る花に淋しき曇り哉
正岡子規「子規句集」
門の花静かに白し花曇
原石鼎「花影」
花曇尾の上の鐘の響かな
夏目漱石「漱石俳句集」
松原の中の小道や花ぐもり
日野草城「花氷」
水を飲む猫胴長に花曇
石田波郷「酒中花」
【関連季語】
花曇
【解説】
春の曇りがちな空模様をいう。
【例句】
春陰や干飯白き道明寺
青木月斗「時雨」
春陰や眠る田螺の一ゆるぎ
原石鼎「花影」
春陰や巌にかへりし海士が墓
加藤楸邨「雪後の天」
【子季語】
野馬、糸遊、遊糸、陽炎燃ゆ、陽焔、かげろひ、かぎろひ
【解説】
地面から立ちのぼる蒸気で空気が乱れ、風景やものが揺らめいて見えること。光の屈折率の変化によって起こる現象で春に限ったものではないが、のどかな感じがするので春の季語としている。
【来歴】
『毛吹草』(正保2年、1645年)に所出。
【文学での言及】
東の野にかぎろひの立つ見えて返り見すれば月かたぶきぬ 柿本人麻呂『万葉集』
【例句】
枯芝やややかげろふの一二寸
芭蕉「笈の小文」
糸遊に結びつきたる煙哉
芭蕉「雪まろげ」
入りかゝる日も糸ゆふの名残かな
芭蕉「初茄子」
丈六にかげろふ高し石の上
芭蕉「笈の小文」
かげろふの我肩にたつ紙子哉
芭蕉「伊達衣」
陽炎や柴胡の糸の薄曇
芭蕉「猿蓑」
野馬に子共あそばす狐哉
凡兆「猿蓑」
かげろふや墓より外に住ばかり
丈草「丈草発句集」
陽炎や名もしらぬ虫の白き飛
蕪村「蕪村句集」
かげろふや簣(あじか)に土をめづる人
蕪村「蕪村句集」
糸遊にほどける艸の葉先かな
白雄「白雄句集」
ちらちらと陽炎立ちぬ猫の塚
夏目漱石「漱石全集」
陽炎の草に移りし夕べかな
臼田亜浪「定本亜浪句集」
掛けられて陽炎となる蓑一つ
長谷川櫂「初雁」
【子季語】
朝霞、昼霞、夕霞、春霞、草霞、霞の海、霞の衣、霞棚引く
【関連季語】
朧
【解説】
春の山野に立ち込める水蒸気。万物の姿がほのぼのと薄れてのどかな春の景色となる。同じ現象を夜は「朧」とよぶ。
【来歴】
『花火草』(寛永13年、1636年)に所出。
【実証的見解】
気象学では視程距離が一キロ以下のものを霧といい、その淡いものを霞とするが、霞は気象用語としては使われない。
【例句】
春なれや名もなき山の薄霞
芭蕉「野ざらし紀行」
大比叡やしの字を引て一霞
芭蕉「江戸広小路」
はなを出て松へしみこむ霞かな
嵐雪「玄峰集」
橋桁や日はさしながら夕霞
北枝「卯辰集」
狂ひても霞をいでぬ野駒かな
沾徳「合歓の花道」
高麗船のよらで過行霞かな
蕪村「蕪村句集」
草霞み水に声なき日ぐれ哉
蕪村「蕪村句集」
山寺や撞そこなひの鐘霞む
蕪村「題苑集」
指南車を胡地に引去ル霞哉
蕪村「蕪村句集」
荒あらし霞の中の山の襞
芥川龍之介「澄江堂句集」
夕霞片瀬江の島灯り合ひ
松本たかし「鷹」
白浪を一度かゝげぬ海霞
芝不器男「芝不器男句集」
雛を掌に乗せて霞の中をゆく
飯田龍太「山の木」
なきがらを霞の底に埋めけり
長谷川櫂「虚空」