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8月 きごさい+報告 「異国への憧れ、南蛮菓子あれこれ」

きごさいBASE 投稿日:2023年9月7日 作成者: dvx223272025年9月25日

 8月11日、第30回きごさい+がズームで開催されました。講師は、きごさい+ではおなじみの株式会社虎屋・虎屋文庫主席研究員の中山圭子さん。中山さんの講座は今年で7年目、春夏秋冬の和菓子に続いて、一昨年は羊羹、昨年は落雁のお話。そして今回のテーマは「異国への憧れ、南蛮菓子あれこれ」でした。
講座 レポート 
 「ぜひ気になる南蛮菓子をご用意いただき、味わいながらご参加ください」という中山さんの事前の呼び掛けに、私も久しぶりに金平糖を買ってみた。中山さんから「私は平戸のカスドースと京都のボーロを用意して気分を高めています」と珍しいお菓子が画面で紹介された。
日本古来の菓子といえるものは木の実や果物だったが、飛鳥時代以降に入ってきた外来の菓子や食材に日本らしい創意工夫を重ね、様々な菓子が生み出された。影響をあたえた外来食物の一番目は遣唐使などがもたらした唐菓子、次が鎌倉~室町時代に中国に留学した禅宗の僧侶が伝えた点心(羊羹、饅頭など)、そして三番目が本日のテーマの南蛮菓子だという。 南蛮菓子とは、室町時代末期より江戸時代にかけて、ポルトガル人やスペイン人などの宣教師や貿易商人がもたらしたもので、代表的なものに、カステラ、金平糖、ボーロ、鶏卵素麺がある。和菓子の歴史のおさらいを聞きながら、江戸時代、花とひらいた菓子文化に南蛮菓子も入るのだろうか、その影響は、とますます興味がわいた。
レジュメにそって美しい画像と貴重な史料が次々と画面に映し出され、中山さんの明快で楽しいお話が始まった。代表的な南蛮菓子のルーツなど、一部を紹介すると…

カステラ  Bolo de Castela (カスティリアつまり、現在のスペインの菓子の意)
      ポルトガルのパン・デ・ロー、スペインのビスコチョが原形
金平糖   Confeito  (砂糖菓子の意) 
チャイコフスキー作曲 『くるみ割り人形』の「金平糖の精の踊り」はドラジェのこと
有平糖  Alfenim (テルセイラ島に伝承される飴菓子) Alféloa (砂糖菓子、実体不明)説もあり
鶏卵素麺  Fios de Ovos  (卵の糸の意)
ボーロ   Bolo(ケーキを主とした菓子の総称)
かせいた  Caixa de Marmelada  (マルメラーダの箱の意)
      マルメラーダ…マルメロを砂糖煮にして固めた羊羹のような菓子
カルメラ  Caramelo (焼き砂糖、飴類の意) 日本では生菓子の飾り附けなどに使用
ビスカウト Biscoito(二度焼きしたパンの意あり)
ヒリヨウス Filhós (クリスマスなどに食べる揚げ菓子)
日本では飛龍頭(ひりょうず、ひろうす)に変化              
けさちいな Queijada (チーズケーキ) 日本ではかぼちゃ餡入りの菓子に
カスドース Sopa dourada (パン・デ・ローを切って、卵黄クリームをかけたもの)が原形か?
カステラを卵黄にくぐらせ、煮たてた糖蜜で揚げ、グラニュー糖をまぶす

参考 中田友一「おーい、コンペートー」あかね書房 1990年 
荒尾美代「南蛮料理のふしぎ探検」日本テレビ 1992年    
南蛮菓子展 虎屋文庫展示小冊子 1993年
明坂英二「かすてら加寿底良」講談社 2007年
「歴史上の人物と和菓子」虎屋HP http://www.toraya-group.co.jp/gallery/dat_index.html

〇講座を聞いて
 織田信長と南蛮菓子の出てくる場面は大河ドラマなどでよく見る。エキゾチックな形、卵や砂糖を使った甘い菓子は、当時の人をどんなに魅了したことだろうか。現在も全国的に親しまれている「カステラ」や「金平糖」、限られた地方や店で伝統を継承している「かせいた」や「カスドース」、そして実体がよくわかっていない「はるていす」や「けさちいな」などなど。珍しい画像とお話で、遠く南蛮図屏風の世界に旅をした気分になった。
またポルトガルの菓子との比較画像は興味深かった。金平糖、有平糖のルーツであるポルトガルの砂糖菓子、飴菓子は日本のそれよりもずっと素朴だ。星を思わせる角や淡い色合いがかわいい金平糖、デザインも多様で色鮮やかな有平糖など、南蛮菓子も日本独自の進化をとげて今に至ることがよくわかった。沸騰した糖蜜に卵黄を糸状に垂らした「卵の糸」の意の菓子は現在もポルトガルや東南アジアの国々で人気だそうだが、それが日本では「鶏卵素麺」と呼ばれ、きれいに束ねて上等の茶菓に仕立てたものもあるのは、日本独自のもので、日本人の美意識と工夫に感心した。
南蛮菓子が和菓子であることに間違いないが、それでもカステラや金平糖には異国への憧れ、エキゾチックな魅力が今も息づいている。           (葛西美津子記)

菓子関係展示情報
〇和菓子でめぐる春夏秋冬展  虎屋赤坂ギャラリー 9月10日(日)まで
〇虎屋文庫50周年記念!「和菓子の〈はじめて〉物語」
虎屋赤坂ギャラリー10月1日(日)~11月23日(木)
〇はじめて知る銭湯 東京ミッドタウン店ギャラリー(六本木)9月8日(金)~2024年1月24日(水)
〇大名と菓子‐百菓繚乱‐ 彦根城博物館 10月7日(土)~11月6日(月)

虎屋文庫について
和菓子文化の伝承と創造の一翼を担うことを目的に、昭和48年(1973)に創設された「菓子資料室」。室町時代後期創業の虎屋に伝わる古文書や古器物を収蔵、和菓子に関する資料収集、調査研究を行っている。学術研究誌『和菓子』を年1回発行(最新号は第30号 特集―文学と菓子2)。
非公開だが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしている。
株式会社 虎屋 虎屋文庫 〒107-0052 東京都港区赤坂4-9-17 赤坂第一ビル2階
E-mail bunko@toraya-group.co.jp TEL 03-3408-2402 FAX 03-3408-4561

句会報告   選者=中山圭子、長谷川櫂
◆ 中山圭子 選
【特選】
掌に私の銀河金平糖         稲垣雄二
カルメラや並ぶ夜店の灯し色     越智淳子
カステイラ秋の昼寝の海わたる    飛岡光枝
銀河からつぎつぎこぼれ金平糖    齋藤嘉子
薄紙を透けくる桃のかをりかな    金澤道子
【入選】
沈めあり流れに透けて水饅頭     西川遊歩
石一つこれが英霊秋の風       齋藤嘉子
涼しさや氷の角のこんぺいと     長谷川櫂
恐山風無く廻る風車         山口伸一
幽霊も水飴買うて迎鐘        きだりえこ
月祀る昭和の社宅カルメ焼き     西川遊歩
一片の菓子さへ沁みる敗戦忌     澤田美那子
金平糖空へ散らして星の恋      きだりえこ

◆ 長谷川櫂 選
【特選】
掌に私の銀河金平糖         稲垣雄二
カステラの底の粗目や秋に入る    金澤道子
甘き菓子なき時代あり敗戦忌     谷口正人
夕顔の花とひらくや有平糖      飛岡光枝
掌に夏こぼるるや金平糖       飛岡光枝
【入選】
八月や軍用菓子を納めし記      西川遊歩
金平糖ぽつぽつ齧り麦茶かな     越智淳子
紐とけばなんと涼しき琥珀糖     ももたなおよ
均等に切れぬカステラ秋暑し     村井好子
新涼の紙に七色こんぺいと      葛西美津子
カステラやグラス冷たきアイスティー 越智淳子
菓子のせて南蛮船や秋の風      斉藤真知子
カステラのざらめぱらりと今朝の秋  村井好子
一片の菓子さへ沁みる敗戦忌     澤田美那子
角出して金平糖の夜の秋       澤田美那子

きごさい+ / 台湾映画の世界:『悲情城市から多様性の台湾へ』

きごさいBASE 投稿日:2023年5月28日 作成者: dvx223272025年9月25日

 5月20日、講師に明治大学理工学部教授 林ひふみ氏(ペンネーム新井一二三)をお迎えして「きごさい+」が開催されました。歴史の波に翻弄された台湾社会の複雑さや日本との関係を台湾映画の変遷から見る、というお話はとてもわかりやすく、エキサイティングでした。
林ひふみ氏から概要をいただきましたのでご覧ください。

 台湾映画で最も有名な作品は、1989年にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した侯孝賢監督作品『悲情城市』です。また、世界の映画ファンの間で最も高く評価されている作品は、1991年のエドワード・ヤン監督作品『牯嶺街少年殺人事件』だと言っていいでしょう。どちらも台湾の歴史をテーマとする大作、傑作で、映画や台湾に関心のある方はぜひ機会をみつけてご覧になるといいと思います。この巨匠お二人はどちらも1947年に中国で生まれ、物心つく前に公務員の両親とともに台湾に渡り、中国の故郷と切り離されて成長した、いわゆる外省人(台湾以外の場所で生まれた人)です。

 ただし、台湾で人気がある映画作品というと、話はまた別です。わかりやすい指標として興行収入の記録を見ても、ベスト10の中に両巨匠の作品は登場しません。時代が異なると、入場券の値段も異なるので、30年以上前の作品と近年の作品を比べるのは不公平かもしれません。けれども、先にあげた二作品は、どちらも近年デジタルリストア版で改めて一般上映されましたが、専門家筋の評価とは裏腹に、多くの人の関心を集めることはありませんでした。どこの国であっても、いわゆるアート作品と大勢の観客がつめかけるエンターテインメント作品では売上額が違うという現象は存在します。しかし、台湾の事情はもう少し複雑なのです。なぜなら、台湾は多言語の社会で、いわゆる標準語の中国語(北京語、近年では台湾華語とも呼ぶ)は、学校で第二言語として習得した人も多いからです。

 2023年4月時点での、台湾映画の現地における興行収入額ベスト10を見てみると、1位に『海角七号:君想う国境の南』(2008)、2位と10位に『セデック・バレ』(2011)の前後編が入っています。両者はどちらも1969年に台湾の古都台南で生まれた魏德聖監督の作品で、加えるならば、第8位の『KANO』(2014年)のプロデュースをしたのも同じ魏德聖氏です。
 内容は『海角七号』が60年を隔てた二つの時代の日本/台湾カップルの愛の行方、『セデック・バレ』は日本統治時代に台湾原住民地区で起きた抗日暴動と鎮圧の霧社事件を描いたものです。前者の使用言語は1945年の部分が日本語で、2000年代の部分は中国語と台湾語。後者は原住民のセデック語と、統治者・弾圧者の側の日本語。『KANO』は1931年に台湾代表として甲子園に出場した野球選手と監督の物語で、セリフは大部分が日本語で他には台湾語。全体として、現在台湾の公用語となっている中国語が使われている割合が目立って低い、とうことができます。
 魏德聖監督は清朝時代から台湾で暮らしてきた台湾本省人家庭の出身で、母語は台湾語、周囲には日本統治時代に日本語を身につけた年配者も大勢いたようです。日本統治時代を背景とする作品を複数撮って成功させていますが、彼自身はあくまでも台湾の歴史に興味があり、民主化が実現した21世紀、ようやく自分たちの故郷、台湾に根ざした物語を撮ることができるようになった時代に居合わせた監督だと言うことができると思います。
 ベストテン入りしている他の作品は、近年のラブコメ的なものが多いのですが、現在ではどの作品でも中国語と台湾語がごく自然にミックスした形で台詞に登場します。そして、この風潮を作り上げたのが、まさに魏德聖監督ということになります。

 奇しくも、フランスでリュミエール兄弟が映画技術を発明、成功させた1894,95年に、日清戦争が起き、台湾は日本に割譲されました。そのため、1945年までの台湾映画は、日本人が日本語で撮った作品です。そのうちで、最も有名な作品は、太平洋戦争中に、かの李香蘭が台湾原住民の少女を演じた『サヨンの鐘』、制作は松竹と台湾総督府、満州映画協会です。
 物語は台湾中央山脈に暮らす少女サヨンが、徴兵されて山を降りる日本人教師の荷物を運ぶうち、足を滑らせて川に転落して亡くなった、という実話に基づき、台湾原住民少女の愛国心を描いた、とされるものです。当時は中国人という触れ込みだった李香蘭(日本名山口淑子)は、作中で主題歌以外に『海行かば』『台湾軍の歌』などの軍歌を歌い、台湾原住民の若者たちが高砂義勇隊などに志願して、日本のために戦うことを促した宣伝映画でした。そのためだけではありませんが、4000人の若者が軍隊に行き、多くが亡くなっています。

 台湾原住民は南太平洋の広い範囲に広がるオーストロネシア語族の言葉を話す人々です。中国からの移民が大規模に台湾へ渡り始めた1600年代以前、台湾は南太平洋の島だったのです。中国からの大量渡航は、大航海時代、東アジアの海にやってきたオランダ東インド会社が農業移民を募集したことから、始まったものです。
 台湾海峡を挟んで西側は、中国の福建省および広東省の東北部沿岸です。そのため、1600年代から1945年まで、台湾の漢人(漢民族)は大部分が福建語および広東の客家語を話す人たちでした。いわゆる中国語である北京語が広がったのは、1945年以降、中華民国政権が台湾を接収してからのことです。
 
 1945年、日本の敗戦後、台湾は中華民国の国民党政権に接収され、翌年から1949年まで続いた中国の内戦で、共産党軍が勝利。敗れた国民党政権は、軍隊、公務員、教員、財閥ら、計150万人ほどが台湾に渡りました。最初に紹介した侯孝賢、エドワード・ヤンは、どちらもまだ赤ん坊のうちに両親に連れられて台湾に渡った外省人で、彼らが撮った作品の多くは、中華民国の国語である中国語で、外省人の暮らしを切り取ったものです。『悲情城市』は台湾本省人家庭を舞台に、1945年から数年間の台湾史を描いたものですが、監督自身が外省人のコミュニティで育ち、歴史観も大きく影響を受けているために、今日に至るまで、歴史の描き方について、論争が絶えないのが実情です。

 国民党政権は共産党との内戦が停戦状態のままであったことから、史上最長の戒厳令を、1949年から蒋経国が死の前年1987年に解除するまで、38年間に渡り敷き続けました。その間、台湾では言論の自由も思想信条の自由も認められず、学校、メディア、映画で、中国語以外を使用することは許されませんでした。侯孝賢、エドワード・ヤンら台湾ニューシネマと呼ばれた監督たちが登場した1980年代は、戒厳令時代から民主化への助走期間でした。本当に台湾語や客家語で語られる映画が撮られるようになったのは、21世紀に入ってから、つまり魏德聖の時代になってからなのです。『海角七号』と同じ2008年には、初めての客家語大作『一八九五』が公開されてもいます。

 世界的に活躍するアン・リー監督は、外省人の教員であった父親のもと、台湾で生まれ育って、のちにアメリカに留学し、定住しています。彼が1993年に撮ったコメディ映画の『ウェディングバンケット』は、ゲイのカップルが主人公で、同性婚映画の先駆けとも言えるものです。翌年にはマレーシア生まれの華僑である蔡明亮が『愛情万歳』を皮切りに、同性愛映画を次々に発表し、特にフランスで高い評価を得ています。2002年作品で、高校生のさわやかな愛情と友情を描いた『藍色夏恋』も、後にカミングアウトする同性愛者の監督が撮ったもので、非常によい作品です。この映画でデビューした桂綸鎂が、その後二十年間、台湾のトップ女優の地位を保っています。2012年作品の『GF*BF』が興味深いのは、台湾の民主化を後押しした学生運動と、LGBTの権利との関係をはっきり描いていることです。つまり、同性婚などでLGBTの権利を擁護することは、台湾においては、明白に民主化の重要な一歩だと認識されています。

 台湾は2019年に同性婚を合法化しましたが、その前後から、同性愛者と家族の関係を描く作品『親愛なる君へ』や『先に愛した人』が登場します。これらの映画は特に啓蒙的なものではありませんが、家族や社会における性的マイノリティの存在について考える手助けの役を果たしていると考えられます。同性婚の合法化は、2016年から民進党政権を女性の蔡英文総統が率いていることとも大きく関係しています。蔡総統は、同性婚の合法化が欧米諸国の台湾に対する評価を上げる、とはっきり確信してこの政策を進めたのです。

 台湾映画界で女性監督が目立ってきたのは、つい近年のことです。2017年の作品、アニメ『幸福路のチー』は1975年生まれの台湾人女性が経てきた時代の変化を描いたもので、主人公のおばあちゃんとして台湾原住民が登場する点が画期的です。また2014年のひまわり学生運動を撮ったドキュメンタリーの『私たちの青春、台湾』は、台湾で新移民と呼ばれる、東南アジア出身の女性監督による作品です。

 近年、ネットフリックスなどで配信される台湾映画『ひとつの太陽』『強くて弱い女たち』などは、普遍的なヒューマンドラマとして価値の高いものも多く見られます。2022年に台湾で公開され、日本でも24年に一般上映が予定されている『流麻溝15号(Untold herstory)は、これまでほとんど語られてこなかった白色テロ時代の女性政治犯について、事実をもとに製作された劇映画で、女性監督周美玲による作品です。この映画に関連して、「台湾社会にとって、映画とはすなわちアイデンティティの問題である」と書いたレビューを見ましたが、まさにその通りだと私にも思えます。

 日本で一般公開される台湾映画の数はそれほど多くありませんが、テレビドラマをネット配給で見られるようになったことで、見えてくることもたくさんあります。『選挙の人々/Wave-makers』は民進党らしき政党で選挙に携わる女性たちを描き、興味深い場面もたくさん登場します。台湾の政治文化やジェンダー問題に関心のある方にもおすすめの作品です。

句会報告   選者=林ひふみ、趙栄順、長谷川櫂
◆ 林ひふみ 選
【特選】
外苑の森新緑ぞ万緑ぞ       奈良握
俤や日ごとに細る夏の月      上松美智子
阿里山の霧の晴れゆく茶摘うた   西川遊歩
牡丹や悲恋を歌ふ野外劇      飛岡光枝
【入選】
台中の震災遺構大夕立       村井好子
あめんばう水凹ませて水に立つ   金澤道子
ハイウエイ虹引き連れて空港へ   イーブン美奈子
映画観て蜜豆食べて一人の贅    金澤道子
レースハンカチ指先にあそばせて  金澤道子
台湾の万葉集読む夏の夜      谷口正人

◆ 趙栄順 選
【特選】
外苑の森新緑ぞ万緑ぞ       奈良握
五月闇花の刺繍の靴はいて     飛岡光枝
麗しの島様々に風薫る       越智淳子
日本名の少女は母に紅はこべ    越智淳子
【入選】
麗しの島をはるかに新茶汲む    葛西美津子
花であることの強さよアマリリス  越智淳子
夏休観てはいけない映画観に    三玉一郎
五校時は映画鑑賞麦の秋      宮本みさ子
 
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
とりどりの傘行き交ひぬ街白雨   村山恭子
麗しの島をはるかに新茶汲む    葛西美津子
反り返る屋根重なるや青嵐     飛岡光枝
白雨の熱冷めやらず椰子並木    足立心一
六甲の山気さわさわ新茶汲む    吉安とも子
海青く山又青き初夏台湾      趙栄順
【入選】
阿里山の霧の晴れゆく茶摘うた   西川遊歩
よく道を聞かれる日なり夏来る   村井好子
凍頂の花の香りの新茶かな     趙栄順
台北の空へランタン緑の夜     村山恭子
雲途切れ機窓に眩し初夏の海    山口伸一
目ざむれば湾いつぱいにヨットの帆 園田靖彦
五月闇花の刺繍の靴はいて     飛岡光枝
夏の空涙にかすむ字幕あり     三玉一郎
夏休観てはいけない映画観に    三玉一郎
梅雨寒やクラスごと入る映画館   宮本みさ子
台湾の万葉集読む夏の夜      谷口正人
エンドロール夏帽子膝の上     金澤道子
冷房や暗く孤独なキネマ席     宮本みさ子
大らかな台北句会生身魂      西川遊歩
蒸し上げて筵へ拡ぐ新茶かな    吉安とも子
映画とふ夢を観にゆく五月かな   三玉一郎

きごさい+/ 小倉百人一首~競技かるたの世界~

きごさいBASE 投稿日:2023年2月8日 作成者: dvx223272025年9月25日

1月22日、講師に競技かるたA級六段、ワシントンDCいにしへ会主宰のストーン睦美さんをお迎えして「きごさい+」が開催されました。
米国、英国、カザフスタン、タイ、中国、現在再び米国を拠点に、「競技かるた」を世界へ広められている、第一人者の情熱あふれるお話でした。
ストーン睦美さんに概要をいただきましたのでご覧ください。

小倉百人一首~競技かるたの世界~      ストーン睦美
〇はじめに
『小倉百人一首』は百首の短歌集で、藤原定家(一一六二~一二四一年)の編纂とされます。友人の宇都宮頼綱の山荘に飾る色紙用に選んだ歌が、後に歌集としてまとめられ、『百人一首』と呼ばれるようになったと考えられています。
選ばれた百首は七~十三世紀に作られたもので、百人の歌人がほぼ時代順に並べられています。天智天皇・持統天皇の親子で始まり、後鳥羽院・順徳院の親子で終わることから、律令政治の始まりから貴族政治の終焉までを歌で綴った歴史絵巻という見方もできます。
室町時代以降には、『新百人一首』『武家百人一首』など様々な百人一首が作られました。それらと区別するために、定家の山荘のあった地名の「小倉」がつけられましたが、ほかの百人一首は歴史から消えてしまい、今日『百人一首』といえば、ほぼすべて『小倉百人一首』を指します。『小倉百人一首』は和歌の入門書とされ、江戸時代には寺子屋での女子用教科書としても使われました。
十六世紀後半、ポルトガルから遊戯用カード(南蛮かるた)が伝来しました。当時日本にはゲーム用カードがなく、ポルトガル語のcartaがそのまま日本語で「かるた」となりました。江戸時代には、この南蛮かるたのカード形式を真似た「歌かるた」が作られるようになり、「百人一首かるた」も登場します。初期のかるたは手書きの高級品でしたが、元禄期には木版刷りで大量生産できるようになり、「百人一首かるた」は庶民にも手が届くものとなり広まりました。
江戸時代の「百人一首かるた」は、一方に作者名、歌人の絵、上の句が、もう一方には下の句が漢字仮名混じりの崩し字で書かれていました。しかし、これでは遊ぶ人のうちの誰かが百首覚えていないとどれが正しい取り札がわかりません。明治時代になると、絵札のほうに一首全部が書かれるようになりました。その後、印刷書体の札となり、取り札はすべて平仮名となりました。

〇競技かるたルール
百人一首かるたを使った一対一の個人戦「競技かるた」は、一九〇四年に現在の競技規定に近い形で初の大会が開催されました。競技かるたでは、百枚のうち五十枚(自陣・相手陣二十五枚ずつ)を使い、読手は上の句を読み選手は下の句の札を取ります。先に自陣の札がなくなったほうが勝ちです。
競技かるた選手の団体である全日本かるた協会では、段位と級を制定しています。初心者はE級(無段)の公認大会に出場し、上位入賞でD級(初段)となります。各級の大会で上位になると昇級でき、トップのA級大会には四段以上の選手が出場できます。かるたというとお正月のイメージがありますが、一年を通じて週末日本のどこかで大会が開かれています。毎年一月には、第一番の天智天皇を祀る滋賀県大津市の近江神宮で、名人位・クイーン位決定戦が開催されます。

〇究極の頭脳スポーツ
選手が速く札を取れるのは、試合前十五分間の暗記時間に五十枚の札の位置を覚えることと、「決まり字」を知っていることによります。決まり字とは、「下の句を特定するための上の句の最初の数文字」です。選手は上の句の最初の文字で百首を分類し、次の順に覚えます。
一枚札  むすめふさほせ 一枚ずつ 計七枚
二枚札  うつしもゆ 二枚ずつ 計十枚
三枚札  いちひき 三枚ずつ 計十二枚
四枚札  はやよか 四枚ずつ 計十六枚
五枚札  み 五枚
六枚札  たこ 六枚ずつ 計十二枚
七枚札  おわ 七枚ずつ 計十四枚
八枚札  な 八枚
十六枚札 あ 十六枚

「む」で始まる歌は百首のうち一首のみなので、選手は「む」と聞いた瞬間に下の句の札「きりたちのほる…」の札が特定できます。同様に、「す」「め」「ふ」「さ」「ほ」「せ」で始まる歌も一首ずつしかありません。
「うつしもゆ」は、友札(同じ音で始まる札)が二枚ずつあります。例えば「う」で始まる歌は「うかりける」「うらみわび」の二首で、取り札の特定には二字目まで聞く必要があります。「あ」で始まる歌が最も多く十六首あります。決まり字が一番長いのは「大山札」と呼ばれ、六字目まで聞かないと特定できません。
かるた会の練習に参加するには、まず百枚の取り札を次々に見て、決まり字をすらすら言えるようになることを目指します。歌の意味・背景なども含めて一首まるまる覚えようとすると、途中で挫折しやすいので、まず語呂合わせでよいので、百首の決まり字を覚えましょう。競技で読みを何度も聞くうちに歌を覚え、興味がわいたら意味を調べるとよいでしょう。
決まり字は試合中に変化します。例えば「き」で始まる歌は三首あり、「きり」(二字目で特定)、「きみがため は」、「きみがため を」の大山札(六字目で特定)です。もし「きみがため は」が先に読まれたら、その後は「きみがため を」の札は二字目の「きみ」で特定できます。さらに「きり」の札が読まれたら、「きみがため は」は「き」の一字で特定できます。六字目で取るのと一字目で取るのではスピードが全く異なります。選手は空札も含めて、試合中にどの札が読まれたのかをすべて覚えます。
競技かるたは記憶力の勝負と思われがちですが、実は「忘却力」も大切です。すでに読まれた札の位置を消去しなくては、後に友札が読まれたときのお手付きにつながります。一日に数試合連続して取る場合もあり、前の試合にあった札や位置を消去することも大切です。記憶とその消去で頭脳をフル回転させ、瞬発力、身体能力を駆使するこの競技を、私は「究極の頭脳スポーツ」と呼んでいます。

〇世界に広がる競技かるた
二〇〇一年、英国在住時にマインド・スポーツ・オリンピアードという頭脳スポーツ大会で競技かるたの紹介をしたのが、私の海外普及活動の最初です。これほどエキサイティングで面白い競技が外国人にとっても面白くないはずがない、日本人だけで独り占めするのはずるい、何より海外でも仲間が欲しいという思いで普及を続けました。二〇〇一年には海外選手人口は自分一人でしたが、今では世界十五カ国以上にかるた会があります。漫画『ちはやふる』がアニメ化され、世界中で配信された影響も非常に大きく、アニメで競技を知り、かるた会を立ち上げた国もあります。二〇一八、二〇一九年には海外から代表選手が参加する「おおつ光ルくん杯競技かるた世界大会」も近江神宮で開催されました。
海外では平仮名を覚える前に競技を始める人もいて、いろいろ苦心して札を覚えます。例えば「ちぎりきな…」という歌の取り札「すゑのまつやま」の「ゑ」が鶏の頭に似ていると感じ、「ちぎりき」⇒「チッキーリッキ―」⇒「チキンヘッド」⇒「ゑのある札」と覚えたという外国人選手もいます。
「競技かるたONLINE」は、二〇一九年に開発された携帯アプリです。画面サイズの制約で使える札の数は少ないですが、ルールは競技かるたと同じで、画面の札をタッチして取ります。オンラインで世界中の選手と対戦できるほか、レベルに合わせてコンピューターと対戦もでき、初心者にも競技選手にもお勧めです。コロナ禍で対面練習ができない期間、世界中の選手がこのアプリを活用し、オンライン世界大会も開催されています。
古来の和歌を使った世界に類のないこの日本独自の頭脳スポーツが、国境や言葉を超えさらに広がるよう願っています。

〇リンクの紹介
全日本かるた協会 https://www.karuta.or.jp  (ルール、読み方など)
決まり字覚えハンドブック http://karuta.game.coocan.jp/download.html
競技かるたONLINE https://karuta.betacomputing.co.jp/
YouTubeリンク 競技かるた 第69期名人位・第67期クイーン位 決定戦

〇句会報告
講演後、句会も開かれました。 選者=ストーン睦美、長谷川櫂
◆ ストーン睦美 選
【特選】
日本によくぞ歌留多の残りけり      斉藤真知子
実朝の海おだやかや歌がるた       金澤道子
ことだまの飛び交ふ国や歌留多とる    長谷川櫂
煮凝や琥珀の中のジュラ紀めく      吉安とも子
【入選】
この星の一人となりて春を待つ      吉安とも子
初明り火の見櫓に大鴉          村山恭子
お手つきの下に恋あるかるたかな     きだりえこ
ひらがなの国のはじめや歌かるた     齋藤嘉子
歌留多読むこゑ朗々と海越えて      葛西美津子
見つからぬ歌留多さがして二日かな    足立心一
かるたよりしづかに座るふたりかな    三玉一郎
歌かるた四人姉妹も老いにけり      金澤道子
黒文字のながながしきを花びら餅     大平佳余子
歌かるたこひに戸惑ふ指の先       きだりえこ
アメリカの空谺せよ歌かるた       長谷川櫂
歌留多とる永々詩歌の民ここに      西川遊歩
声となる前の声聴く歌留多かな      藤原智子
未だ恋を知らぬ手が取る歌留多かな    斉藤真知子
冬蒲公英言葉短き自己主張        好光幹雄
次の恋次の恋へとかるた取る       三玉一郎
幾万の色の塵とや鳥帰る         米山瑠衣
意味知らず百首覚へし歌留多かな     上田雅子

◆ 長谷川櫂 選
【特選】
声となる前の声聴く歌留多かな      藤原智子
歌留多取る君美しきアスリート      趙栄順
次の恋次の恋へとかるた取る       三玉一郎
大寒の畳のもゆる歌留多会        大平佳余子
天地に耳を澄ませるかるたかな      三玉一郎

【入選】
歌留多とる君の勇姿を見に行かん     木下洋子
エプロンをはづし加はる歌留多かな    金澤道子
かるた会たすき凛々しく出陣す      上田雅子
雪晴の空を飛び交ふ歌留多かな      藤原智子
わが札と決めしかるたは譲られぬ     宮本みさ子
春を待つこころ向き合ふかるたかな    三玉一郎
歌かるた実らぬ恋の札あまた       斉藤真知子
玉手箱ふたを開くれば歌かるた      大平佳余子
恋かるた競ふをんなに殺気あり      宮本みさ子
負けん気の五感全開かるた取る      西川遊歩
カルタ取る音の弾ける体育館       ももたなおよ
黒文字のながながしきを花びら餅     大平佳余子
老ひたれど五体すこやか歌留多取る    矢野京子
鍛へよと膝当てよこす歌留多の師     西川遊歩
耳澄ます耳うつくしきかるたかな     三玉一郎
君の手の一瞬早き歌留多かな       斉藤真知子
未だ恋を知らぬ手が取る歌留多かな    斉藤真知子
霜焼の手も飛び出す歌留多かな      藤原智子
初夢や敵の手中の恋かるた        宮本みさ子
アリゾナの空朗々と歌かるた       趙栄順
雪の道歌留多教室へと続き        藤原智子

きごさい+/ 麹菌と麹の秘密!〜日本人の腸は守られてきた!?〜

きごさいBASE 投稿日:2022年10月14日 作成者: dvx223272025年9月25日

9月23日、講師に日本麹クリエイター協会代表の鈴木ひろみさんをお迎えして「きごさい+」が開催されました。健康に美容に今も注目されている発酵食品、中でも日本の国菌「麹菌」、「麹」の持つパワーと魅力に目を見張るお話でした。講師の鈴木ひろみさんに概要をいただきましたのでご覧ください。

麹菌と麹の秘密!〜日本人の腸は守られてきた!?〜

一般社団法人日本麹クリエイター協会 代表理事 鈴木ひろみ

§0.講師自己紹介
§1.麹とは?
§2.日本の調味料
§3.腸内環境と麹の関係
§4.麹の可能性 美肌をつくるお薬いらずの生活
§5.おうち麹・自家製麹とは?

§0.講師自己紹介
1976年6月25日東京生まれ。
IT業界、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)、製薬会社を経て、40歳で起業。
2018年 一般社団法人日本麹クリエイター協会を設立。
2020年 鎌倉に麹Style(カフェ)をオープン。
医療機器メーカー勤務時代は病院で数々の手術に立ち会う。ヒトの身体の仕組みを医者と対等に話せるレベルまで学びを深める。
酒蔵や味噌蔵、種麹屋などで麹づくりを学ぶ。
東京農業大学にて、麹醸造学、麹菌学の単位も取得。

§1.麹とは?
麹とは、蒸した穀類(米、麦など)に麹菌を付け、培養したもの。
麹菌は菌糸を伸ばす際に、生きるために酵素やビタミン群を分泌するが、自身が必要とする以上の量を産生し、穀類に残していく。
麹には、「酵素」や「ビタミン」が豊富という話は有名だが、それは麹菌が生育する際に生み出しているものである。
私たち人間は、麹菌が生み出した「酵素」や「ビタミン」の恩恵を受け、麹と食材をあわせることで、より美味しく、栄養価が高まった食事を撮ることが出来ている。

§2.日本の調味料
日本の伝統的な調味料に、醤油、みりん、味噌、酢、酒などがある。
昔から日本の食文化を支え、日本人の優しくて強い心と身体を作ってきた、これらの伝統的な発酵調味料の原材料となっているものに共通するのが「麹」である。
現代でも、これらを使わない日はないほど、馴染みのある調味料たち。
例えば、醤油は、大豆と炒った小麦に麹菌をまぶして発酵させ、塩と水を加えて一年以上かけて発酵・熟成させたものが伝統的な製法。
しかし、一般的なスーパーやコンビニなどで販売されているこれらの調味料は、より短時間に、大量に、安価に、効率良く生産することを重視された結果、伝統的な製法で作られたものに出会うことは困難となっている。
本来の発酵の過程を経た、本物の発酵調味料が私たちの腸を整えてくれるのである。

§3.腸内環境と麹の関係〜腸とは?〜
腸は、第二の「脳」と言われている。
「腸活」や「腸内環境」が話題となっているように、「腸」は人間にとってとても大切な臓器である。
腸内環境を整えることで、次のようなメリットがたくさんある。

・栄養素をしっかりと吸収できる。
飽食の現代でも、栄養失調の人は多いと言われている。栄養を摂っているつもりでも、栄養を吸収する腸の状態が整っていない場合、栄養をしっかり吸収することが出来ない。
摂取した栄養素をしっかりと身にするためには、腸内環境を整えることが必要である。

・幸せホルモンの「セロトニン」がしっかり分泌される。朝日を浴びることも大切。
私たちが「幸せだな」と穏やかな気持ちを感じられるのは、幸せホルモンと言われる「セロトニン」が分泌されることによる。セロトニンは実は腸で9割が作られているため、腸内環境が大切である。
また、セロトニンの副産物が睡眠ホルモンのメラトニンである。日中、セロトニンがしっかりと分泌されることで、夜、メラトニンが分泌され、良質な睡眠が叶う。
メラトニンからセロトニンの分泌へ切り替えるために、朝日を浴びることが有効とされている。

・免疫力UP
免疫細胞の7割が腸に集結している。腸内環境を整えることで、免疫力の向上が叶う。

・痩せやすい体を作る
腸内環境が整うことで、栄養素が身体に行き渡り、代謝がアップし、痩せやすい体へと導かれる。
また、糖質の代謝にはビタミンBが必要であるが、麹にはビタミンB群が豊富に含まれており糖質の代謝も促される。

・ツヤ素肌を作る
肌は腸の写し鏡とも言われている。
肌トラブルの原因として、腸内環境がある。
腸内環境が乱れ、腸内で発生した有毒ガスや物質が血液に乗り、外へ排出される際に吹き出物等となる。
腸内環境が整っていることで、血液レベルで健やかなツヤ素肌を作ることができる。

・腸内環境が悪くなる理由(悪玉菌優位になる理由)
加齢、ストレス、運動不足、化学調味料・添加物の摂取、抗生物質の服用等がある。
現代の日本においては、これらを全てを完全に排除することは難しいが、これらと上手に付き合い、おうち麹で食のベースを整えることが大切である。

§3.腸内環境と麹の関係〜腸内細菌叢と菌との関係〜
地球の歴史は46億年。
微生物の歴史は38億年。
生物の種類は870万種とも言われており、私たちの腸内細菌は100〜1000兆個。
皮膚等の常在菌は、40〜100兆個。
ヒトの歴史は、
ヒト亜科は500万年。
新人類になってからは20万年。
人間の人生は約100年。

ヒトの歴史は、微生物や腸内細菌叢の菌たちに比べて圧倒的に短く、数も少ない。

§3.腸内環境と麹の関係〜菌と人間の関係〜
人間の体にはたくさんの菌達がそこで生きているが、
私たち自身は、菌たちがいなければ存在できない。
逆に、菌は私たちの体がなくても生きていける。
小さい頃から菌と触れ合い、菌を取り入れることで、私たちは免疫を獲得しているとも言われており、多様な菌と共に共存してきていた。
しかし近年では、必要以上の除菌によって幼い頃から菌と触れ合う機会も減少し、それがアレルギー発症にも影響が出ているとされている。

私たちは、菌に生かされていることを認識し、菌を排除するのではなく、菌と共存していくことを大切にすべきである。

§4.麹の可能性
麹クリエイター資格講座では、歯周病菌に麹菌が有効である可能性がある、という文献の紹介も行っている。
他にも、おうち麹から作る発酵麹化粧水や麹乳液といった美容関係、
また、ご飯だけではなく、麹おやつとしておやつ作りにもおうち麹が活用できる講座やレッスンを行い、麹の可能性を広げ、お伝えしている。
麹自体は、古来より日本人と深い関わりがあるが、麹菌のD N Aなどが解明され始めたのは、つい最近である。
今後も、麹、麹菌の可能性は益々広がっていくことに期待が高まっている。

§5.おうち麹・自家製麹とは?どう取り入れる?
日本麹クリエイター協会の「麹クリエイター」講座は、6種類のおうち麹を自宅のキッチンでつくれるようになる3日間連続の資格講座です。
2022年9月現在、600名以上の「麹クリエイター」が誕生しています。

おうち麹がどういったものか、麹のお料理への活かし方や麹おやつについてを1日集中で学び、習得できる「麹醸人講座」では、持ち運びできる小さな容器での麹づくり体験が叶います。
黄麦麹を仕込む他、18種類の自家製発酵調味料の味見、調味料作り、おうち麹の調味料でつくる洋食メニュー、ヴィーガン仕様のパンケーキやバターを作ることができるようになります。
  

他にも、6種類のおうち麹のお料理やおやつへの活かし方や、仕込みや後片付けも簡単に、美味しく、継続できるおうち麹LIFEを送っていただける「帰宅後10分片付け簡単麹ごはん・麹おやつ」講座では
おうち麹の特性を活かして、お肉料理、お魚料理、パーティーメニューなど多岐にわたる麹ごはん・麹おやつを3日間でお伝えしています。

また、美容に特化した1日集中の「麹pureスキンクリエイター」講座では、麹化粧水、麹乳液、麹洗顔、麹パック、麹クレンジングを手作りできるようになる他、美容の知識もしっかりと学ぶことができます。
おうち麹を内側から、外側から取り入れる相乗効果で、本来の肌の力を活かし、ノーファンデーションが叶っていく受講生が続出しています。
おうち麹の作り方だけではなく、どのように生活に取り入れるか、その具体的な活かし方まで、料理、おやつ、美容等幅広くお伝えをしています。

女性には様々な役割があり、ライフステージによって、悩みや課題は変化しますが、おうち麹・自家製麹は、全ての女性にとっての救世主です。
大学生から、お孫さんがいる方まで、各種講座をご受講くださっております。
最近では、海外に駐在している方や、男性のご受講も増えてきており、日本の伝統である「麹」「麹菌」を次世代へ繋いでいくことのニーズが高まっていると実感しています。

「俳句」と同じく、日本の素晴らしいものに再度目を向け、おうち麹に出会っていただけましたら幸いです。

6種類のおうち麹づくり資格講座、麹ごはん講座、お問い合わせは
一般社団法人日本麹クリエイター協会ホームページ →  https://koji-creator.com/

講演後、句会も開かれました。
句会報告   選者=長谷川櫂、鈴木ひろみ
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
返しては麹のこゑを聴く夜長     葛西美津子
灯の下にべつたら漬のなまめかし   葛西美津子
麹菌の花の声きく新酒かな      鬼川こまち
【入選】
発酵と腐敗の大地木の実降る     西川遊歩
ぶつぶつと秋の夜長を麹菌      飛岡光枝
麹菌もほつと一息秋涼し       北側松太
ひは色の花ひらきゐる新麹      金澤道子
天球の端から端まで鰯雲       吉安とも子

◆ 鈴木ひろみ 選
【特選】
いつの世の麹の花か寒造り      長谷川櫂
日に継いで麹花咲く月夜かな     齋藤嘉子
味噌仕込む背の赤子は眠りけり    斉藤真知子
麹のこと麹に聞かん寒仕込み     北側松太
麹菌もほつと一息秋涼し       北側松太
【入選】
大鍋に味噌一樽やきのこ汁      飛岡光枝
べつたらの樽置く参道月照らす    西川遊歩
秋深し国菌といふ宝あり       上田雅子
秋の田の風通り抜け珈琲店      佐藤森恵
劇場を出れば現世の秋の街      谷口正人
甘酒に励まされたる五体かな     三玉一郎
秋澄んで発酵の声響きけり      北側松太
言ひ過ぎをわびる新酒を送りけり   齋藤嘉子
発酵の宇宙に遊ぶ秋一日       上田雅子

8月 きごさい+報告 「祈りや願い 落雁に込めて」

きごさいBASE 投稿日:2022年8月23日 作成者: dvx223272025年9月25日

 8月13日(土)第26回きごさい+がズームで開催されました。講師は、きごさい+ではおなじみの株式会社虎屋・虎屋文庫主席研究員の中山圭子さん。中山さんの講座は今回で6回目、1回から4回は春夏秋冬それぞれの季節の和菓子について、昨年は羊羹のお話、そして今回のテーマは「祈りや願い、落雁に込めて」でした。
講座 レポート 
 私が「落雁」と聞いて思い浮かべるのは、仏事のお供えの菓子や和三盆などの小さい干菓子など。どうして落雁という名前? どこまでを落雁というの? 中山さんの明快で親しみやすい語り口に、落雁の存在と魅力をあらためて認識した。

〇落雁とは、その歴史
落雁は米・麦・大豆・小豆などの粉に砂糖・水飴などを混ぜ、型に詰め、打ち出したもの(和三盆のみのものも広い意味で落雁に含まれる)。干菓子の一種で、押物・打物・はくせんこ・粉菓子など、地域によって呼び名も様々という。
後陽成天皇(在位1586~1611)が献上された落雁を見て「白山の雪より高き菓子の名は四方の千里に落つる雁かな」と詠んだという逸話があるという。白い生地に胡麻を散らした菓子を、白砂に雁が落ちてくる景に見立てるとは、なんて優雅で風流。
その後、元禄年間(1688~1704)には木型に米粉(道明寺)と砂糖を詰めて打ち出す落雁が作られ、天保年間(1830~44)には、紀州徳川家と尾張徳川家との間で落雁の贈答例があるように、木型職人、菓子職人の技術が芸術の域にまで上がり、落雁文化、菓子文化の爛熟期を迎えた。和歌山の名所を表した細密で絵画のような、30㌢×40㌢もの落雁も作られたという。
一方、江戸時代、庶民にも落雁は広まり、贈答や見舞いなどに使われた。時代が下ってからも、式典や行事にふさわしい意匠の落雁が記念品や贈答品として盛んに作られた。驚いたのは戦時中に戦意高揚の落雁が作られたことだ。出征する兵士にはなむけとしても贈られたという。画面には、日章旗や「帝国萬歳」の文字が書かれた弾丸の意匠の木型が映し出された。菓子にまでプロパガンダか、と思ったが、中山さんは、戦場では、落雁をポケットに忍ばせ、飢えをしのいだ人もいたでしょうか、としんみり話された。
戦後、昭和30~40年代に冷蔵庫が普及する前までは、冠婚葬祭の折、魚介などの生ものの代用に落雁を使用することが少なくなかった。引き出物の鯛の落雁などは大きく、また日持ちもするので、家族で少しずつ大事に食べたものだった。
その後は、ライフスタイルや嗜好に合わなくなったのか、大きな落雁は特注以外にほとんど作られなくなり、茶席に使う干菓子のような小さいものが主流となっている。

〇落雁を作る道具、菓子木型
様々な文化が花開いた江戸時代。落雁文化、菓子文化その一つだが、菓子木型の卓越したデザインと木型を彫る職人の技術がそれを支えた。形も意匠(モチーフ)も多種多様で創造性があり、画面で紹介された木型も打ち出された落雁も美術品のようだ。意匠は桜や梅、菊など植物が多いが、動物、名所の風景、能の演目まで、そのデザインと彫りは絵画のようで芸術性が高い。アジアやヨーロッパでも菓子を作るための木型は見られるが、日本ほど多種多様ではないという。
そんなすばらしい日本の木型も、戦時中は燃料として軍に供出したという。お寺の鐘などの供出は聞いたことがあるが、燃料として木型を供出とは愕然とする。木型の価値を知り、大切にしていた菓子屋にとってつらいことだったろう。悲しい歴史だ。
前述のように、昭和後期頃より大ぶりの落雁が次第に作られなくなり、今や木型職人も減って、全国でも数えるほどとのこと。
落雁の存在が薄れてきたことにより、木型のすばらしさ、木型に見る日本の伝統美が忘れられていくのは残念、現代に合った落雁文化の伝承や木型の楽しみ方はないだろうか、と中山さんは情熱をこめて話された。
木型の展示情報も画面で紹介された。さまざまな木型を和紙で写し取った永田哲也氏のオブジェの画像は圧巻だった。ぜひ展示を見に行きたい。
 木型関連展示情報
金沢市…らくがん文庫(諸江屋)・金沢菓子木型美術館(森八)
高松市…香川県伝統工芸士(木型職人) 市原吉博氏のショールーム(要予約) 
東京…永田哲也氏「和菓紙」 アンダーズ 東京(虎ノ門)のエレベーター内
オークションや骨董市に古い木型が出される例も

〇参加者から
 講座の後、全国から、海外ではタイからの参加者も交えトークの時間となり、参加者から落雁の思い出が次々と。「今の洗練された落雁(干菓子)は好きだが、子どもの頃に食べた大きい落雁は苦手だった」「昔は学校の記念行事で紅白の落雁が配られていた」「甘いものに飢えていたからありがたく美味しくいただいた」などなど。苦手だったという人も含め、落雁について皆さん懐かしそうに話される。 
ぼんやりしたイメージしかない落雁だったが、落雁の歴史から木型の芸術性まで、中山さんのわかりやすく熱のこもったお話に充実した時間だった。また、子どもの頃の記憶や、戦争を含めた時代の変遷を思う深いお話でもあった。折しもお盆の最中、77回目の終戦の日を前に、「祈りや願い、落雁に込めて」は参加者の心に強く響いた。
追記:参加者のお一人からメールをいただいた。「中山さんが話されていた岡山の木型職人さんの木型で、友人が香合を作っています。その職人さんに香合を見せたら、もっといろいろな香合を作ってみて、とまた違う木型を渡されたそうです。木型の利用方法が広がって、木型が維持出来れば、と中山さんも仰ってましたね」と。   (葛西美津子記)

〇虎屋文庫とは
昭和48年(1973)に創設された株式会社虎屋の「菓子資料室」。虎屋歴代の古文書や古器物を収蔵するほか、和菓子に関する資料収集、調査研究を行い、展示活動、機関誌『和菓子』の発行(年1回)、ホームページを通じ、和菓子情報を発信している。資料の閲覧機能はないが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしている。
書籍:『和菓子を愛した人たち』 山川出版社(2017年)、『ようかん』 新潮社(2019年)

〇菓子関係展示情報
大阪歴史博物館 「和菓子、いとおかし‐大阪と菓子のこれまでと今‐」 ~9月4日(月)
とらや赤坂ギャラリー 「かき氷大百科展」 ~9月25日(日) 
とらや東京ミッドタウン店ギャラリー
 「華麗なる有田 ラグジュアリーの歴史 そして現代展」~8月30日(火)   
  「お米と和菓子」9月2日(金)~2023年1月11日(水)

句会報告   選者=長谷川櫂、中山圭子
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
原爆忌鳩のかたちの干菓子かな   金澤道子
菓子こそは平和のあかし八月来   澤田美那子
落雁を手に笑まひけり生身魂    齋藤嘉子
落雁の鶴舞ひ降りて百寿かな    上田雅子
落雁や命すずしく老い賜ふ     飛岡光枝
【入選】
落雁の茄子や瓢や月を待つ     飛岡光枝
電柱に話しかけたき案山子かな   佐藤森恵
落雁や天高く嫁うつくしく     イーブン美奈子
人も国も貧しき頃や麦こがし    上田雅子
さはあれどこの世愛しく夕涼み   イーブン美奈子
麨もなつかしからん苧殻箸     澤田美那子
初秋の風のいろなる干菓子かな   金澤道子
新涼や鯛の落雁ざらざらす     宮本みさ子
落雁の大鯛秋を撥ね上げて     上村幸三
落雁のからくれなゐや生身魂    飛岡光枝
にぎやかに落雁添へん盆の棚    齋藤嘉子
子がまねて練るはつたいや夏休み  葛西美津子
遊びけりはつたい粉飴ポケットに  齋藤嘉子

◆ 中山圭子 選
【特選】
余るほどの余生にあらず麦こがし  上村幸三
蜻蛉にけふ新しき風の道      藤原智子
露草のしぼむに惜しき青さかな   田中益美
落雁の鶴舞ひ降りて百寿かな    上田雅子
落つ雁の見立ての菓子や盆供へ   喜田りえこ
【入選】
原爆忌鳩のかたちの干菓子かな   金澤道子
花園の如く落雁盂蘭盆会      澤田美那子
山峡の闇艶めくや虫送り      曽根崇
落雁や口中に秋くづれゆく     上村幸三
落雁を懐紙にふたつ秋日和     斉藤真知子
八月や残りわづかの砂時計     佐藤森恵
麦こがし茶わんも噎せてゐるやうな 葛西美津子
落雁のやさしき甘さ夏負けて    金澤道子
祝ひ唄自慢の祖母や麦こがし    長谷川冬虹

きごさい+ / 「気候の危機と俳句の危機」概要

きごさいBASE 投稿日:2022年5月20日 作成者: dvx223272025年9月25日

5月4日、講師に環境社会学者で俳人の長谷川公一さん(俳号:冬虹)をお迎えして「きごさい+」が開催されました。気候危機、いわゆる地球温暖化のメカニズム、その影響の深刻さなど、わかりやすく解説していただきました。そして、今から自分たちができること、を考える充実したご講演でした。長谷川公一さんより概要をいただきましたのでご覧ください。

気候の危機と俳句の危機
尚絅学院大学大学院特任教授
長谷川公一

「気候危機」という転換点
長期化するコロナ禍に加えて、ロシアによるウクライナ侵攻という衝撃的な出来事が続いています。私たちが大きな分岐点・転換点に立っているのは確実ですが、問題は、人類がどこに向かっているのか、現代がどういう分岐点・転換点なのか、ということです。
ベルリンの壁が崩壊し、ヨーロッパで「冷戦」が終焉した1990年代には、来るべき21世紀に対して楽観的な見方が多かったですが、2010年代・2020年代と分断と亀裂が深刻化しています。「冷戦の終焉」は幻想だったのでしょうか。
現在、世界全体が直面している危機の一つは「気候危機」です。長い間「地球温暖化」という言葉が使われてきましたが、影響は温暖化にとどまりません。干ばつや豪雨、竜巻など、異常気象の頻発・日常化が顕著です。すでに気候の危機が顕在化している、対策が急務であることを強調して、2019年頃から海外では「気候危機」という言葉がよく使われるようになってきました。

気候危機と俳句の未来
気候危機と俳句の未来とは一見無関係のようですが、気候の危機は、季語の存立や季語の持つリアリティを危うくしかねません。刊行されはじめた『新版角川俳句大歳時記』全5巻は、「季語の本意」の歴史的な変遷を教えてくれますが、気候の危機には、季語の持ちうる実感や手触りを徐々に毀損していく危険性があります。
気候危機対策がうまく行かなかった場合には、2100年までに、産業革命前と比較して、平均気温が4.8℃上昇すると予測されています。その場合には日本でも、最高気温が35℃以上の猛暑日が年間で60日以上にも達する、年間1.5万人を超える熱中症による死者、豪雨の激化、台風の巨大化などが予想されています(https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/2100weather/(”2100+天気予報“で検索してください))。
桜が3月30日頃に全国でほぼ一斉に開花するようになり、「桜前線」という言葉が死語になり、九州南部では冬の寒さが不足するために、桜が開花しなかったり、満開にならないことも想定されています。
大豆が世界的に品薄になり、高級食材になるとも予測されています。2050年代以降は、節分に「豆撒き」ができなくなるだろうと見られています。稲作の中心は北海道に移行しますが、北海道でも高温障害によって米の品質が悪化し、米は輸入食品になる危険性も指摘されています。
「田起し」「田植え」「青田」「稲刈り」「今年米」など、俳句の根幹にかかわる稲作文化が、九州や四国・本州のかなりの部分では、昔語りになってしまう怖れがあるのです。
私は「果樹王国」山形県の出身ですが、2060年代には、山形県の庄内地方や北陸地方の沿岸部も温州ミカンの栽培適地になると予測されています。山形県では2010年からかんきつ類の試験栽培を始めています。北限のみかんやすだちなどが既に試験栽培で収穫されています。2060年代には鹿児島県や熊本県・愛媛県・高知県・和歌山県・静岡県など現在の温州ミカンの栽培適地は、高温障害で温州ミカンの栽培には適さなくなると懸念されています。夏ミカンなどへの転換が必要になるそうです。
現在は山形特産ですが、サクランボの栽培適地も北海道に移行する可能性があります。
ミカンやリンゴが色づきにくくなる、病害虫の発生など、気候危機の影響は既に顕在化しつつあります。
櫂先生は、「季語はみな時とともに移ろうものを惜しむ言葉であり、歳時記はその集積である」と指摘しておられます(長谷川櫂『俳句的生活』中公新書、2004年、p.109)。四季の移ろいこそが日本人の美意識を育み、短歌や俳句など短詩形文学の土壌になってきましたが、やがては4月中旬から9月末頃まで、半年近くにわたって夏が居座るようになり、春秋冬は短くなると予測されています。
季節の移ろいという感覚が希薄化することは、俳句にとっては一種の「死刑宣告」のようなものかも知れません。

1.5℃未満に抑えられるか————日本政府の消極姿勢
地球全体の平均気温を産業革命前と比較して、1.5℃未満に抑えられるかどうかがカギになると科学的に警告されています。既に約1.0℃上昇していますので、あと0.5℃の上昇にとどめなければなりません。そのためにも、早期の効果的な気候危機対策と、2050年以降、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きゼロに抑えられるかが世界的な課題になっています。
肝心の気候危機対策は、ドイツをはじめEU諸国は積極的ですが、日本政府は消極的です。温室効果ガスの8割以上は、発電所などのエネルギー由来です。気候危機はエネルギー政策と表裏一体です。
日本政府の対応は、技術革新への期待が中心で、政策的に誘導しようとする姿勢に乏しいものです。経団連の「自主行動計画」、各業界の自主的な取り組みに委ねて、積極的に規制しようとする姿勢が弱いのです。気候危機対策も、エネルギー政策も、大胆な政策転換が不得手です。気候危機対策は「票にならない」こともあって、政治家の関心も低いのです。環境問題に関しては、農林族や文教族のような「族議員」も不在です。
もっとも効果的な政策は炭素税のように、炭素に価格を付けることですが、懸案となりながらも、本格的な炭素税の導入は、遅々として進みません。
ドイツやオランダなどでは会員数が20〜30万人の環境NGOが幾つもありますが、日本には会員数が1万人を超える環境NGOはほとんどありません。財政基盤も弱いために、環境NGOの政治的影響力も乏しいのです。韓国や台湾に比べても薄弱です。

未来は持続可能か
フランスの国旗三色旗は、青が自由を、白が平等を、赤が博愛を現わしています。自由・平等・博愛は、フランス革命以来の近代社会の理念を示していますが、現在中心、現世代中心の価値観です。最近SDGs(持続可能な開発目標)が浸透しつつありますが、持続可能性は、未来に生き残れるのかを問いかける新しい理念です。
お子さんやお孫さん、まだ見ぬ命の未来にも思いをはせましょう。
今年2022年生まれの赤ん坊は、2030年に8歳、50年に28歳、70年に48歳、80年に58歳、2100年に78歳を迎えます。1945年から本年までが77年。78年後もたちまちやってくるはずです。そのときどういう地球になっているのか、日本になっているのか、が問われています。2022年5月4日という現在は、2100年に向かう明日に続いています。

「俳句的生活」の原点
政府や大企業の責任が大きいですが、私たち市民ひとりひとりが出来ることもたくさんあります。
お薦めは地産地消です。筍や空豆をはじめ、地元産の旬のものを食べることは、輸送などにかかわるエネルギーを節約することにもなり、地域の農業を励ますことにもなり、将来世代のためでもあり、いい句材にもなります。一石三鳥・四鳥の効果があります。
公共交通機関の利用を心がけるとともに、一駅分歩くとか、バス停幾つ分かを歩くことは、健康にも財布にもやさしく、地球にもやさしく、句作のヒントにもなります。
安物買いをせずに、いいものを長く使おうとすることも、ごみを減らすことにつながり、気候危機対策になります。
全身をアンテナにして、五感を研ぎすまし、季節の移ろいに敏感になって、つつましやかで、たしなみのある生活を心がけることは、ささやかではあっても、地球にやさしい暮らし方であり、「俳句的生活」の原点とも言えるのです。

ご講演後、句会も開かれました。
句会報告   選者=長谷川櫂、長谷川公一(冬虹)
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
ラ・フランス冷たき空に花開く     飛岡光枝
八十八夜はやも藤だな茫々と      ももたなおよ
けふ八十八夜止まざる砲撃よ      ももたなおよ
【入選】
この星に戦場いくつ春ゆけり      斉藤真知子
だんだんゆがむこの星に芹を摘む    イーブン美奈子
砲弾が幾万の薔薇砕きゆく       趙栄順

◆ 長谷川公一(冬虹)選
【特選】
田植機にどこか似てゐる戦車かな    齋藤嘉子
きらきらと赤子の尿や柏餅       齋藤嘉子
ととのはぬ国の形や蟇         斉藤真知子
好戦と厭戦を挟む昭和の日       喜田りえこ
口紐を切つてやりたや鯉幟       上俊一
【入選】
よく生きてよき虫たりぬ青菜かな    上村幸三
この星に戦場いくつ春ゆけり      斉藤真知子
花虻を真似てつつじの蜜吸はん     金澤道子
法華経の金字と銀字若葉寒       村山恭子
この年の残雪ゆたか田植かな      高橋慧
滴りやここにはじまる最上川      長谷川櫂
青空をゆすつてゐたり今年竹      葛西美津子
千年後越後の国に田植かな       斉藤真知子
人類は悪しき生きもの卯波かな     上村幸三
まかなひの昼をつげたる田植かな    田中益美

きごさい+/時空を超える『源氏物語』あらまし

きごさいBASE 投稿日:2022年2月17日 作成者: dvx223272025年9月25日

 1月29日、講師に俳人の毬矢まりえさん、詩人の森山恵さんご姉妹をお迎えして「きごさい+」が開催されました。『源氏物語 A・ウェイリー版』全四巻を出されたご姉妹。この美しく画期的な訳書は第一巻発刊時から注目され、2020年のドナルド・キーン特別賞を受賞されました。
 紫式部とウェイリーと時空を超えてご姉妹で再創造された『源氏物語』、その魅力と文学的な意味を堪能したご講演でした。ご姉妹から概要をいただきましたのでご覧ください。

時空を超える『源氏物語』
紫式部、アーサー・ウェイリー、芭蕉へ

               毬矢 まりえ
               森山 恵

Ⅰ.『源氏物語』、ウェイリー訳『源氏物語』との出会い
 まず、幼い頃に百人一首との出会いがありました。なかでも好きだった歌「めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜半の月かな」。この歌人が、『源氏物語』という物語の作者、紫式部と知ります。そして十代半ばから源氏物語を読み始めました。最初は母の書棚に並んでいた谷崎潤一郎訳、それから与謝野晶子訳、円地文子訳、古典原典と読み進めていったのです。
 アーサー・ウェイリー訳『源氏物語The Tale of Genji』との出会いは、大学院で恵が研究していた小説家ヴァージニア・ウルフを通してでした。彼女の友人であるイギリス人のオリエンタリスト、アーサー・ウェイリーが、いまから約100年前、世界で初めて『源氏物語』を英語全訳したと知ったのです。語学の天才である彼は独学で日本語を学び、約十年でこの偉業を成し遂げました。1925年に第一巻が出版されるや、文壇の大評判となります。「人類の天才が生み出した十二の名作のひとつ」と原作も翻訳も激賞され、『戦争と平和』『カラマーゾフの兄弟』『失われたときを求めて』などと並び称され、一躍世界文学と認められました。レディ・ムラサキの、世界の文壇への鮮烈なデビューでした。

Ⅱ. 『源氏物語 A・ウェイリー版』の戻し訳/らせん訳
様々な経緯を経て、この作品を「戻し訳しよう!」と決意した私たち。なんとか引き受けてくれる出版社、編集者を見つけ、約3年半の訳業が始まりました。翻訳の上で、とくに工夫したのは次の点です。
① ルビ
ルビは視覚的に一瞬で重層的なイメージが創り出せる日本語特有の表現だと思います。漢字にカタカナ、現代日本語に古語、
カタカナに現代語・古典語など、ルビを細かく使い分けました。1000年前の平安時代、100年前のイギリス、現代の日本、それぞれの言語・文化の多層的イメージを読者に伝えたかったのです。
② カタカナ
登場人物の名前をカタカナで表記しました。
どこの国か、いつの時代か、限定されない新しい源氏物語を創造したい。それが私たちの願いでした。ゲンジ、トウノチュウジョウ、レディ・コキデン、プリンセス・アオイ……。
人名だけでなく、硯や障子、数珠、琵琶、琴、横笛といった事物も、日本の古典世界に訳し戻さず、平安時代から解放しようとしました。レディやプリンスは馬車に乗り、ワインを片手に愛の言葉を交わし、フルート、リュートで音楽を奏でます。どの単語をどう訳すか、一語一語悩み迷い、二人で話し合いました。

Ⅲ.ウェイリー源氏の和歌について
 ウェイリーは詩人でもありましたから、物語中の和歌、詩の重要性をよく理解していたと思います。けれども基本的には和歌を韻文としては訳さず、「~という詩を詠みました」「~と詩で答えました」など、見事に訳文に織り込んでいます。その代わり、その部分が詩であることが伝わるよう、ウェイリーはさまざま手法を用いています。そのひとつが「本歌取り」ともいうべき形です。
① シェイクスピア
一例として、シェイクスピアのソネット18番を挙げたいと思います。10帖「賢木」で光源氏と頭中將が交わす歌です。原典の歌は、
・それもがとけさひらけたる初花に劣らぬ君がにほひをぞ見る
・時ならでけさ咲く花は夏の雨にしをれにけらしにほふほどなく
ウェイリーはこの和歌を、シェイクスピアの有名なソネット18番の言葉を借りて翻訳しています。
“Not the first rose, that but this morning opened on the tree, with thy fair face would I compare.”
“Their time they knew not, the rose-buds that today unclosed. For all their fragrance and their freshness the summer rains have washed away.”
・あなたの美しい顔は、今朝咲き初めたファーストローズにも比べられようか
・今朝開いた薔薇のつぼみは、自らの時を知らなかったのです。その香気も瑞々しさも、夏の雨が洗い流してしまいましたから
(『源氏物語 A・ウェイリー版』拙訳)
シェイクスピア ソネット18番の第一連は、
Shall I compare thee to a summer’s day?
Thou art more lovely and more temperate:
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer’s lease hath all too short a date;
君を夏の一日に喩えようか
君はさらに美しくて さらに穏やか
夏の荒々しい風は可憐な蕾をゆさぶるし
それに夏はあまりにも短いあいだしか続かない
first rose, buds, compare, summer などの単語を含む訳文から、シェイクスピアの有名なソネットを想起せずにはいられません。
② 『源氏物語』の文学的重層性
 紫式部の文章そのものにも、重層性があるのです。この一場だけでも、たとえば頭中将の歌は紀貫之の本歌取りになっていますし、その他白楽天の漢詩、催馬楽の「高砂」、史記など、いくつもの言葉が歌の前後に引用、言及されています。ウェイリーは白楽天の翻訳者でもありますから、注をつけるなどして紫式部の文学の重層性も読み取って読者に示しています。

Ⅳ. 芭蕉と源氏物語
 さて、江戸の俳人松尾芭蕉の俳句にもまた、『源氏物語』を読み取ることができます。芭蕉は『嵯峨日記』に記述に見られる通り、『源氏物語』を愛読していました。芭蕉の師・北村季吟は源氏物語の注釈書『湖月抄』を著した学者でもありましたから、芭蕉も影響を受けていたでしょう。たとえば、
曙はまだむらさきにほとどきす
 芭蕉の頭には当然、清少納言『枕草子』があったと思います。
 けれど前書きに「(……)暁 石山寺に詣。かの源氏の間を見て」とあります。「むらさき」は紫式部へのオマージュでもあったのです。また「おくのほそ道」の冒頭部には、「弥生も末の七日、曙の空朧ゝとして、月は在明にて光をさまれる物から……」とあります。これは『源氏物語』の「帚木」帖と呼応しています。
『源氏物語』原文と比較して、他に3句例を挙げたいと思います。
夕顔のみとるるや身もうかりひよん (続山の井)
寄りてこそそれかとも見めたそがれにほの〲見つる花の夕顔(『源氏物語』「夕顔」帖)
花の顔に晴うてしてや朧月(続山の井)
いと若う をかしげなる声のなべての人とは聞えぬ、朧月夜に似る物ぞなきと(『源氏物語』「花宴」帖)
笋や雫もよその篠の露 (続連珠)
御歯おひいづるに食ひあてむと、たかなをつと握りもちて、雫もよよと食ひぬらし給へば(『源氏物語』「横笛」帖)

Ⅴ. 結論
 千年前に紫式部が書いた『源氏物語』には、ご紹介した場面だけでも古今集の紀貫之、白楽天の漢詩、催馬楽、中国の歴史書『史記』が引用されていました。350年前の芭蕉にもまた、その『源氏物語』をはじめ、白楽天や杜甫などの漢詩、万葉集、古今集などの古典が響いています。そして100年前のアーサー・ウェイリー訳『源氏物語』にも、シェイクスピアなどイギリス文学やヨーロッパ文学、白楽天の言葉までが重ねて翻訳されているのです。普遍的な作品には、こうした文学的重層性があるのではないでしょうか。
 私たちも多層性を意識し、その多声を反映した作品にしたいと言葉を探し、推敲し続けました。この翻訳を私たちは仮に「らせん訳」呼び、言葉の創造に挑みました。哲学者ヘーゲルは、歴史は「らせん的に発展する」と説いています。上からはただの円ですが、横から見ると上方へと向かう「らせん」。ヨーロッパの言語・文化を潜り、時空を超えた『源氏物語』。その物語を、単なる「戻し訳」ではなく「らせん的に」再創造したかったのです。もちろん、非力な私たちにどこまでそれが成せたか……心もとなくありますが、能う限りを注ぎました。少しでも読者の方々に感じていただけるものがあれば、幸せに思います。
 長谷川櫂先生には、第一巻刊行のときから拙作の本意と価値を見抜いて、励ましの言葉を送っていただきました。
 皆さま長時間拙い話を聞いていただき、ありがとうございました。     (了)


ご講演後、句会も開かれました。
句会報告   選者=長谷川櫂、森山恵、毬矢まりえ
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
いくとせの春にほそりし九十九髪      川村玲子
わが胸に春匂ひたつ一書かな        葛西美津子
読みさして春の重みを膝の上        葛西美津子
春の夢目覚めぬままに一生過ぐ       上田忠雄
うたた寝の源氏の君か花びら餅       澤田美那子
【入選】
赤子眠る春のささやき聞きながら      趙栄順
春節や天地自在に龍の舞          木下洋子
春はすぐそこに苺は大福に         澤田美那子
冬ごもり六条御息所恐ろしき        上松美智子
白梅や老神父よりエアメール        毬矢まりえ
春立つや雪より寒き雨の降る        澤田美那子
風花や生死のあはひ隔てなく        藤英樹
蝋梅は四方八方ひかりかな         藤原智子
梅の香や道通さじと石一つ         花井淳
日向ぼこ昔小町と言ひ合うて        木下洋子
シャイニングプリンスようこそ千年後の春へ 上田雅子
白梅と紅梅といふ姉妹あり         三玉一郎
風花のその一片のやうな恋         藤英樹
痛きほど固き莟は白梅か          葛西美津子
春霞となりゆく人やつくも髪        川村玲子
時々は猫の入りくる冬ごもり        飛岡光枝

◆ 森山恵 選
【特選】
大白鳥はや線になり点になり        高橋慧
初雀若紫を訪ふならむ           中丸佳音
夢の世の岸をはるかに流し雛        長谷川櫂
シャイニングプリンスようこそ千年後の春へ 上田雅子
白梅と紅梅といふ姉妹あり         三玉一郎
【入選】
大寒の竹百幹の影真直ぐ          中丸佳音
バラ線のこの穴くぐり恋の猫        宮本みさ子
雪兎この世に赤き実をふたつ        飛岡光枝
絵屏風や衣摺れの音の行き交ひぬ      高橋真樹子
日脚のぶ雀目白とうち混じり        澤田美那子
水仙の二本ばかりを文机          田中益美
書く人の魂千年の春空に          越智淳子
手紙待つ日々過ぎにけり冬木の芽      田中益美
一滴の墨の滲みや春の雪          上田忠雄
人の世へ涙をこぼす屏風かな        三玉一郎
夢の世を流るる河へ流し雛         長谷川櫂
蝋梅は四方八方ひかりかな         藤原智子
山眠りながらときどき笑ひたる       藤原智子
梅の香や道通さじと石一つ         花井淳
薄氷光の音をたてて消ゆ          葛西美津子
椿落つただ窓開けただけなのに       金澤道子
うたた寝の源氏の君か花びら餅       澤田美那子
有明の寒月全きまゝに落つ         足立心一
時々は猫の入りくる冬ごもり        飛岡光枝

◆ 毬矢まりえ 選
【特選】
几帳より洩れくる光寒牡丹         花井淳
初雀若紫を訪ふならむ           中丸佳音
わが胸に春匂ひたつ一書かな        葛西美津子
書く人の魂千年の春空に          越智淳子
梅の香や道通さじと石一つ         花井淳
うたた寝の源氏の君か花びら餅       澤田美那子
読初に挑む二度目の源氏かな        上田雅子
【入選】
母の手が金粉降らす貝合せ         川村玲子
春薫る石山寺の苞の伽羅          越智淳子
大白鳥はや線になり点になり        高橋慧
雪兎この世に赤き実をふたつ        飛岡光枝
絵屏風や衣摺れの音の行き交ひぬ      高橋真樹子
橋の上すれ違ひしは佐保姫か        中丸佳音
母の声聞きたき朝や花ミモザ        川村玲子
読みさして春の重みを膝の上        葛西美津子
小夜時雨ジャズの粒立つ旅の宿       畝川晶子
花吹雪舞ふや公達風の袖          越智淳子
シャイニングプリンスようこそ千年後の春へ 上田雅子
着ぶくれの園児圧しあふ乳母車       足立心一
白梅と紅梅といふ姉妹あり         三玉一郎
半仙戯交互にゆらす姉妹かな        三玉一郎

9月 きごさい+報告 「羊羹の不思議」

きごさいBASE 投稿日:2021年9月23日 作成者: dvx223272025年9月25日

画像提供:株式会社虎屋

 9月5日(日)第23回きごさい+がズームで開催されました。講師は、株式会社虎屋・虎屋文庫主席研究員の中山圭子さん。中山さんには、一年ごとに春、夏、秋、冬の和菓子についてご講演をいただき、四年で四季を一巡。そして今回のテーマは「羊羹の不思議」でした。
講座 レポート 
〇そもそも羊羹とは?
 羊羹は黒くて甘くてずっしりとした、ちょっと特別なお菓子のイメージがある。昔からある、だれでも知っている日本のお菓子だが、あらためて文字を見ると不思議、羊(ひつじ)の羹(あつもの)!? 
羊羹は古代中国の料理で、文字通り「羊肉入りの汁物」だった。鎌倉~室町時代、点心のひとつとして日本に伝えたのは禅宗の僧侶たち。禅僧は羊肉の代わりに小豆などの植物性の材料を使って精進料理の汁物を作った。
その後、羊羹は貴族や武家に広まり、饗応の席で出されるようになる。汁物から固形の料理・酒肴へ、そして茶会では菓子へと変化してゆくが、いずれも格式ある食べ物としてみなされていたことが、現在につながっているようで面白い。時代とともに形や味は変化しても、特別なおもてなしの食べ物だったのだ。

〇蒸羊羹、水羊羹、煉羊羹
 全国に様々な羊羹があると思うが、一般的には、栗蒸し羊羹に代表されるもっちりした蒸羊羹、夏場のひんやり水羊羹、これぞ王道の煉羊羹の三種が思い浮かぶ。
 江戸時代の初期から中期、菓子としての最初の羊羹は、小豆や小麦粉、砂糖を使った生地を蒸し固める製法の蒸羊羹と考えられる。蒸羊羹から形や柔らかさを変化させたいくつかのタイプが生まれるが、羊羹が革新的に変わったのは寒天で固める水羊羹の登場だ。寒天は日本の誇る食材で、なめらかな食感は蒸羊羹には無い魅力。この寒天を使った水羊羹を煉り上げたものが煉羊羹。煉羊羹の独特の弾力となめらかさ、また日持ちの良いことも江戸で人気を博し、数十年のうちに地方にも煉羊羹の製法が広まったという。
 明治時代、鉄道が全国に敷かれ、日持ちがし、持ち運びが便利な羊羹は旅の土産として広まった。内国勧業博覧会や品評会が各地で開催され、受賞を目指して特産品を使った珍しい羊羹も出品されたという。

〇羊羹の魅力
 羊羹は文学作品にも登場する。夏目漱石の「草枕」、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」などなど。陰翳を含む羊羹のうつくしさ、深さ、それは瞑想的だ、と賛美する「陰翳礼讃」の一文が、資料として配られ、中山さんが朗読された。谷崎の美文にうっとりし、羊羹の静けさの魅力をあらためて思った。材料もシンプル、色合いや形もシンプル、シンプルを極めると瞑想的になるのかもしれない。
 一方、近頃はあまり見なくなったが、お祝いの引き出物や正月のお重に詰められていた羊羹は、形も色もめでたく華やかな美しさだった。格式のある特別な羊羹、饗応の席の羊羹、この伝統がだんだん消えてゆくとしたら残念だ。

〇現在の羊羹
 現在は虎屋も他の店でも小形羊羹が主流だという。確かに、個包装で持ち運びも便利、切り分ける手間もなく一人で好きな時に食べられる。ただ漱石や谷崎が賛美したあの長く四角い棹羊羹の存在が、時代とともに薄れていくのはさびしい。
 味や形もバリエーションに富んでいて、デザインも多様。羊羹の定義は広く、寒天、小麦粉、葛粉などで固めたものは羊羹の一種と考えてもいいかもしれない。確かに小豆を使ってなくても、○○羊羹、あるいは○○羹というお菓子はたくさんある。それは日本人が「ようかん」の響きが好きだからではないか、「ようかん」は美味しいものというイメージがあり、名前につけると安心するのではないか、と中山さんは話された。なるほど、大いに納得した。
もともと中国で「羊」は美味しいものの意味があり、羊の字が三つと美という字で構成されている「羊羹」は、たいへんすばらしく美味しいもののイメージがある、というお話も興味深かった。
 虎屋はパリ(1980年出店)やニューヨーク(1993年出店、2003年閉店)に進出。パリ店では、現地の人に親しまれる羊羹を考案、販売しているという。果実や洋酒を使った羊羹、カラフルでデザイン性のある羊羹が紹介された。
 切り方、食べ方も多様で、クリームチーズを塗ったパンに羊羹のうす切りをはさんだサンドウィッチなどは試してみたいと思った。

〇講座のあとで
 講座の後、全国から、海外ではタイからの参加者も交えたトークの時間となった。参加者には地元の珍しい羊羹や羊羹の思い出などを話してもらったが、それでも「大事な方への贈答は虎屋の羊羹にしています」という声が多かった。羊羹といえば虎屋、虎屋といえば羊羹である。美味しさ、品の確かさ、格式、必ず先方に喜ばれるはず、という信頼と安心があるようだ。
 ズームでの開催だったが、画面に映る貴重な史料や画像、中山さんの楽しくわかりやすい解説に、あっという間の時間だった。羊羹の不思議な歴史、羊羹の奥深い魅力、製法の違いやバリエーション、お話は多岐にわたったが、どれも興味深い内容だった。外国のものが日本に渡り、日本人の感性と職人の技術で日本独自のものに完成する。羊羹も日本文化のあり方を示すものだった。

〇虎屋文庫とは
虎屋歴代の古文書や和菓子に関する資料収集、調査研究を行っている株式会社虎屋の菓子資料室。
一昨年の2019年に 再開御礼!「虎屋文庫の羊羹・YOKAN展」を開催。同年、新潮社から「ようかん」を出版
2021年9月17日~11月23日 こんなところにも!「和菓子で楽しむ錦絵展」 赤坂店・虎屋ギャラリーにて開催中

〇句会には羊羹の句がたくさん出た。美味しいだけでなく、羊羹にはイマジネーションを掻き立てる何かがあるようだ。それも羊羹の不思議だろうか。       (葛西美津子記)

句会報告   選者=長谷川櫂、中山圭子
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
栗ようかん栗のあたりを包丁す    上田雅子
羊羹や柚山のひかり一棹に      西川遊歩
羊羹はしづかなお菓子今日の月    金澤道子
湯気真白まんぢゆう真白秋彼岸    葛西美津子
日に透ける柿羊羹の一片を      飛岡光枝
羊羹にまつたき栗のあらはるる    斉藤真知子

【入選】
羊羹の一切れ秋のゆふべかな     葛西美津子
切り分けし厚さ見比べ栗羊羹     高橋慧
弁当箱母の作りし水羊羹       上松美智子
コーヒーと羊羹のある夜長かな    澤田美那子
羊羹や釣り花入れに山桔梗      矢野京子
日に月に待ち遠しきは栗羊羹     葛西美津子
秋日差す古き暖簾や和菓子売る    上松美智子
江ノ島にのり羊羹や居待月      金澤道子
羊羹の恋しき秋のはじめかな     矢野京子
砂糖噴く羊羹の角秋うらら      石川桃瑪
漱石忌羊羹そなふ猫の墓       川辺酸模
草で染め色なき風にさらしあり    北側松太
羊羹がうまくなる頃やや寒し     北側松太
羊羹を前にせはしや秋扇       矢野京子
懐中に小さき羊羹秋遍路       長井はるみ
羊羹を提げて父来る秋日和      斉藤真知子
羊羹の漆黒の秋深みゆく       飛岡光枝
羊羹に渋茶添へたる夜食かな     川辺酸模  
今朝秋の水に黒文字浄められ     長井はるみ

◆ 中山圭子 選
【特選】
栗ようかん栗のあたりを包丁す    上田雅子
羊羹の黒はなやかやけふの月     長谷川櫂
羊羹は瞑想の菓子秋の風       長谷川櫂
懐中に小さき羊羹秋遍路       長井はるみ
一塊の羊羹にある秋思かな      斉藤真知子
【入選】
夜は長し羊羹にお茶いれかへて    金澤道子
鈴虫やふるさと行けぬまま秋に    田中益美
「夜の梅」塗りの菓子器に秋深む   高橋慧
奥美濃は色づく頃か柿羊羹      川辺酸模
水ようかん左党の君は無関心     上田雅子
秋日差す古き暖簾や和菓子売る    上松美智子
砂糖噴く羊羹の角秋うらら      石川桃瑪
登りきて羊羹タイム天高し      金澤道子
橡餅や知らぬふりして聞く話     イーブン美奈子
羊羹や湯呑をあがる秋の湯気     北側松太
芋羊羹まづ仏壇へ秋彼岸       石川桃瑪
まぼろしの藤むら羊羹露の玉     西川遊歩
深く濃く餡煉り上げん夕月夜     イーブン美奈子
羊羹の皿選びをり秋時雨       澤田美那子
羊羹に渋茶添へたる夜食かな     川辺酸模
今朝秋の水に黒文字浄められ     長井はるみ

5月 きごさい+(講座と句会)報告

きごさいBASE 投稿日:2021年6月1日 作成者: dvx223272025年9月25日

5月29日(土)第22回きごさい+がズームで開催されました。
講師は、東京に唯一残る手縫いの着物仕立て工房「尾張屋」の四代目、森岡正博先生。
美しい画像を見ながら、着物の歴史と時代ごとの女性の役割について、興味深いご講演をいただきました。

古の風に舞う着物  森岡 正博

「きもの」とは「きるもの」の事で江戸時代までは「呉服」、「唐衣(からぎぬ)」、「小袖」、「厚板」等と言われてきました。
神代の頃から女性は崇高な姿で現われます。和服を着た女性の姿は、いつの時代でも特有な雰囲気であたりを魅了し、遠い昔からの思いが伝わります。
この講座では神話の時代から江戸時代まで着物の変遷をたどっていきます。そしてこの変遷には「巫女」と「遊女」の存在とその役割が大きく関わっていたことをお話したいと思います。

◆ 神話の風:女性が国を統治
着物の特徴:貫頭衣、二部式(隋形式)
巫女(神に仕える女性)が国を統治
神話の天照大御神は太陽神の性格と巫女の性格を併せ持つ。天宇受賣命 は神楽を舞う・祈祷をする巫女で卑弥呼も巫女。
応神天皇(父:仲哀天皇、母: 神功皇后)は韓国の王に依頼し、呉の国から機織り姫・絹縫い姫・反物を迎え入れ、国益の礎を作った。従って「呉服」は「呉から来た布・服」の意味。
今でも宮中で欠かさず毎年、繭から糸を取り織った反物を伊勢神宮に奉納する儀式(神嘗祭(かんなめさい) 神御衣祭(かんみそさい))が執り行われている。

◆ 皇族の風:日本文化に女性が貢献
着物の特徴:十二単衣、衣冠束帯
巫女は神に仕える女性
推古天皇は聖徳太子と仏教を軸とした統治を行う。
自然災害(富士山の大噴火 、陸奥で貞観大地震による津波被害)や疫病が流行し災厄を祓う祇園祭(869年)が始まる。
〇遣唐使の廃止、独自の日本文化「国風文化」が生まれる。
草木染は染める色の種類が限られる。ご婦人等は異なる色布を数枚組み合わせて品位・季節・自然界等を表わした(重ね色)。

〇白地小葵鳳凰模様表衣(うわぎ)は 現存する最古の衣装(神服)。第77代後白河法皇が第14代天皇・仲哀天皇の皇后神功(じんぐう)皇后(応神天皇の母)に奉納した宮廷装束(非常に手の込んだ二部織物)

◆ 公家の風:混乱期を支えてきた女性
着物の特徴:小袖(対丈)、直垂(ひたたれ)
巫女は、鎌倉時代に必要な4要素(占い、神楽、寄絃(よつら)口寄(くちよせ))を担い、遊女の側面をもつ巫女(旅をしながら禊(みそぎ)や祓い(はらい)をおこなう)もあった。

〇小袖の原型は十二単の下着
朝廷から東国支配権の公認を得た幕府は宮廷装束である下着(肌着)を表着(豪華な糸や紋様・金銀箔等で埋め尽くした小袖)にして権力を示した。

〇応仁の乱以降、小袖の全盛期

◆武家の風: 人気の的の女性
着物の特徴:小袖(身頃全体が次第に大胆な模様になり袖の口や幅も広くなる)、唐衣、打掛、裃
巫女は神楽の奉納。かぶきおどりなど歌舞で人気を集めた出雲阿国(いずものおくに)も遊女の側面を持つ巫女だった。
遊郭が成立し、遊女、太夫が出現した。

〇婦女有楽図屏風(松浦屏風)1610年 画像は右隻
屏風は遊女のみの風俗画で、着物、髪型などで遊女の序列がわかる。最高位の太夫の着物は現在では再現できないほど手の込んだ織物。豪華で貴重な衣装を着こなす太夫は憧れの的だった。中央右の遊女の首には何かを消した跡がある。キリシタン禁教令が出る前には描かれていたロザリオが弾圧の時期に消されたらしい。
この時期を境に遊女の姿形が極端に変化。その後舞妓姿(髪型等)へ変化してゆく。

〇遊女勝山の人気
江戸の神田にあった数軒の湯女風呂は美しい湯女を抱えて有名になる。中でも「堀丹後守の屋敷前の風呂屋」と言うことで「丹前風呂」と呼ばれた。そこに通う奴(やっこ)や男伊達の姿や歩く様子を歌舞伎で取り上げられた。
「桔梗風呂」にいた吉野という湯女は小唄の流派の元祖となった。
「紀伊国屋風呂」の勝山という湯女は旗本奴に人気がありまた独自に考案した髪型は武家の奥方にも好まれ結われるようになった、後に吉原からスカウトされ遊女となる。また冬に羽織る綿入りの着物「丹前」は、彼女が考案したもの。その姿を旗本奴や客がそれを真似て多くの人々が暖をとるために着用し今でも愛用されている品。大正時代から祇園祭の際に結う髪型(勝山)となる。

◆ 維新の風:威厳ある女性
着物の特徴:小袖(長い身丈、身八ツ口と振りが開く)、掻取(かいどり)、熨斗目、長袴、江戸褄
巫女は神楽の奉納など。
遊女は、太夫、花魁(おいらん)から花柳界、花街へ。着物文化や芸能は現在の舞妓・芸妓へ受け継がれる。1930年頃まで98市に花街が存在していた。

〇髪型の流行
元禄島田は(江戸時代前期に遊女から町人妙齢へ)、勝山髷は(江戸時代前期に遊女から武家妙齢へ)、丸髷は(江戸時代後期に武家既婚から町人既婚者へ)と広がる。
舞妓の区別は髪型が一番分かり易くまた明治の初期まで日常のご婦人方の髪型。

〇花魁(おいらん)・高尾
高尾(通称:もみじ)は、三浦屋に伝わる吉原で11代も続いた最も有名な遊女の源氏名。
2代目の仙台高尾は仙台藩主・伊達 綱宗(だて つなむね)が高尾を見初め身請けした。代金は、高尾の身の回りの衣服を含めた体重と同じ重さの小判(約5億円)だった。大金を費やしたにも関わらず意に従わなかったために、隅田川の三つ又あたりの船中で惨殺された。

〇江戸時代の粋
江戸の町民や大名が遊女や花魁と「馴染み」に成るまでの期間は「粋」が絶対必要条件。立派な大名であっても「野暮」な事をすると、翌日にはその評判で吉原中の「笑い者」になった。

〇幕府の贅沢禁止令
幕府は財政難から度々町民に贅沢禁止を発令し、金銀糸を用いた絹織物や反物の長さや幅を厳しく規制した。しかし帯の規制は無かったので、遊女や花魁達は初期幅5cm程の帯を30cm~40cmも広げ、絢爛豪華な姿で花魁道中をして見物客の目を楽しませた。
帯幅を広げたため袖付が押し上げられ、身八ツ口と振りが開いた。

やがてこの活気も時代と共に消え去り、着物の形は元禄時代以降からほとんど変化する事無く今日に至っている。(了)


句会報告   選者=長谷川櫂、森岡正博
◆ 長谷川櫂 選
【特選】
綺羅まとふ婆沙羅女らみな涼し   西川遊歩
婆さまの浴衣のおむつ天瓜粉    飛岡光枝
身を入れて水輪広がる薄衣     飛岡光枝
端切れでも母の匂ひや汗拭     石塚直子
鯵揚げる音響きけり更衣      北側松太
【入選】
ひと揺れに牡丹くづるる真昼かな  上田雅子
そぉと引く母の単衣やしつけ糸   小泉雅恵
平らかに畳んで仕舞ふ白絣     澤田美那子
家庭科で初めて縫ひし浴衣かな   木下洋子
芭蕉布をまとへば聞こゆ波の音   斉藤真知子
甚平を着てキューピーのやうな奴  高田正子
藍ゆかた手職ひとつを生きてきし  趙栄順
子の丈に仕立直して更衣      澤田美那子
白たへの襷清しく新茶くむ     飛岡光枝
きりきりと母の力の粽かな     上田雅子
二階から見ゆる川舟更衣      北側松太

◆ 森岡正博 選
【特選】
透かし柄さりげなく絽の夏羽織   石川桃瑪
婚の荷の一つに喪服桐の花     中丸佳音
つばめ飛ぶシャッターに閉店のビラ 金澤道子
割りしのぶからくれなゐの藤さげて 北側松太
蒸し上げる湯気家中に柏餅     吉安友子
【入選】
ひやひやと馬蛭泳ぐ水田かな    川辺酸模
なつかしやすり切れし祖母の羅   小泉雅恵
白玉や京の町屋を抜衣紋      鈴木伊豆山
あぢさゐに雨上がりたる日差しあり 曽根崇
明けきらぬ夏をちらつとまた読書  宮本みさ子
玉の汗走る呼吸の二進数      遠藤みや子
旅鞄から巴里祭の紙吹雪      高田正子
浴衣着て今宵眩しき妻の顔     川辺酸模
羅や爪の先まで羅なり       三玉一郎
くけ台は母のお下がり藍浴衣    米山瑠衣
白日傘こころゆつくりひらきけり  趙栄順
若葉雨祭儀を終へし巫女の裾    石川桃瑪
たてよこに風切り入れて浴衣かな  長谷川櫂
お太鼓をぽんと叩くや七変化    米山瑠衣
胸高にきゅきゅっと締めて藍浴衣  鈴木伊豆山
芭蕉布や三線鳴れば踊り出す    趙栄順
ペア浴衣一番乗りのクルーズ船   田中益美
待合せ君に見せたく藍浴衣     木下洋子

きごさい第13号 特集 新しい加藤楸邨

きごさいBASE 投稿日:2021年3月27日 作成者: dvx223272025年9月25日

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楸邨のたどりついた表現–村松二本
死後まで推敲した楸邨–藤 英樹
楸邨二百句–藤原智子
対談 楸邨/大岡信① 原点の旅-隠岐–構成・解説 西川遊歩

連載 末期的大衆社会をどう乗り越えるか②
末期的分極化社会と俳句–長谷川公一

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植物季語の科学的見解 六–藤吉正明
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2026年のはじめに  長谷川櫂

新年明けましておめでとうございます。

 NPO法人「季語と歳時記の会(きごさい)」は2008年の発足から今年で19年目を迎えました。年会誌「歳時記学」は「きごさい」と名称を変更して号を重ね、今年2月発行予定の号で第18号になります。この第18号を会誌の最終号とし、今年からこのサイト「きごさいBASE」に全面移行します。

 新企画「四季のエッセイ」には歌舞伎俳優の松本幸四郎さんに新春を寿ぐ素晴らしいエッセイを寄稿していただきました。また恒例の「日本の暦」も掲載しています。今後はデジタルの特性を生かしてスピィーディー発信してまいります。皆さまの更なる積極的なご協力、ご支援をお願いいたします。

最後に今年も皆さまの一層のご多幸を祈念いたします。(季語と歳時記の会代表)

きごさい歳時記


「日本の暦」2026年版


今夜はご馳走

季節文化を発信

NPO法人「きごさい」(季語と歳時記の会)は、ネット歳時記「きごさい」を中心に季節文化を発信する仕事をしています。その活動はボランティアのみなさんの力で運営されています。賛同される方はご参加ください。

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『花のテラスで』
福島光加
花神社
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