【子季語】
野わけ、野分だつ、野分波、野分雲、野分跡、野分晴
【関連季語】
台風、初嵐、やまじ、おしあな
【解説】
野の草を吹き分けて通る秋の強い風のこと。主に台風のもたらす風をさす。地方によっては「やまじ」「おしあな」などと呼ぶところもある。『枕草子』(百八十八段)では「野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ」とあり、野分の翌日はしみじみとした趣があるとする。
【来歴】
『花火草』(寛永13年、1636年)に所出。
【文学での言及】
野分のまたの日こそ、いみじうあはれに、をかしけれ。立蔀、透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、技など吹き折られたるが、萩、女郎花などの上に、横ろばひ伏せる、いと思はずなり。格子の壷などに、木の葉をことさらにしたらむやうに、こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね『枕草子』百八十八段
野分、例の年よりもおどろおどろしく、空の色変りて吹き出づ。花どものしをるるを、いとさしも思ひしまぬ人だに、あなわりなと思ひ騒がるるを、まして、草むらの露の玉の緒乱るるままに、御心まどひもしぬべくおぼしたり。おほふばかりの袖は、秋の空にしもこそ欲しげなりけれ。暮れゆくままに、ものも見えず吹きまよはして、いとむくつけければ、御格子など参りぬるに、うしろめたくいみじと、花の上をおぼし嘆く『源氏物語』野分巻
荻の葉にかはりし風の秋のこゑやがて野分のつゆくだくなり 藤原定家『六百番歌合』
かりにさす庵までこそなびきけれのわきにたへぬ小野の篠原 藤原家隆『六百番歌合』
【例句】
芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな
芭蕉「武蔵曲」
吹き飛ばす石は浅間の野分かな
芭蕉「更科紀行真蹟」
猪もともに吹かるゝ野分かな
芭蕉「蕉翁句集」
鳥羽殿へ五六騎急ぐ野分かな
蕪村「蕪村句集」
ぽつぽつと馬の爪切る野分かな
一茶「文化句帖」
鶏頭ノマダイトケナキ野分かな
正岡子規「子規句集」
心細く野分のつのる日暮れかな
正岡子規「子規句集」
大いなるものが過ぎ行く野分かな
高浜虚子「五百句」
山川の水裂けて飛ぶ野分かな
村上鬼城「定本鬼城句集」
白墨の手を洗ひをる野分かな
中村草田男「長子」
死ねば野分生きてゐしかば争へり
加藤楸邨「野哭」
吹かれきし野分の蜂にさゝれけり
星野立子「立子句集」