【解説】
椿は夏、翠色の艶やかな実をむすぶ。この球状の実はやがて紅を 帯び、秋には褐色となり成熟を迎える。熟すと背が三つに割れて、 硬い暗褐色の種が二、三個とびでる。この種を絞ったものが椿油 で、古くから食用や髪油として用いられてきた。
【例句】
実椿や立つるによわき蜂の針
野坡「野坡吟艸」
検索結果: "椿"
冬椿(ふゆつばき)晩冬
【子季語】
寒椿、早咲の椿
【解説】
寒椿、早咲き椿ともいわれる。冬のうちに咲く椿の総称。凛とした姿は茶人好みでもある。
【例句】
うつくしく交る中や冬椿
鬼貫「七車」
堅にする古きまくらや寒椿
野披「野披句集」
冬つばき難波の梅の時分哉
召波「春泥発句集」
火とぼして幾日になりぬ冬椿
一笑「あら野」
赤き実と見てよる鳥や冬椿
太祇「新選」
火のけなき家つんとして冬椿
一茶「享和句帖」
寒椿つひに一日のふところ手
石田波郷「風切」
椿(つばき)三春
【子季語】
山茶、山椿、乙女椿、白椿、紅椿、一重椿、八重椿、玉椿、つらつら椿、落椿、散椿、 藪椿、雪椿
【関連季語】
冬椿、椿の実
【解説】
椿は、春を代表する花。万葉集のころから歌にも詠まれ日本人に親しまれてきた。つやつやした肉厚の葉の中に真紅の花を咲かせる。花びらが散るのではなく、花ひとつが丸ごと落ちるので落椿という言葉もある。最も一般的な藪椿のほか、八重咲や白椿、雪椿などの種類もある。
【来歴】
『滑稽雑談』(正徳3年、1713年)に所出。
【文学での言及】
巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ思はな巨勢の春野を 坂門人足『万葉集』
あしひきの八峯の椿つらつらに見とも飽かめや植ゑてける君 大伴家持『万葉集』
【科学的見解】
椿の中で最もよく見られるヤブツバキは、在来のツバキ科ツバキ属の常緑高木で、北海道を除く日本各地の沿海地や山地に自生する。高さは大きいもので十五メートルにもなる。樹皮は灰色、厚く固い葉は互生し、長さ五~十センチくらいの長卵形で、ふちには細かい鋸歯がある。二月から四月にかけて、枝先に赤色の花をつける。白い蘂は花の中心部に集合して筒状になり、先端部は黄色。蒴果は直径五センチくらいで丸く、中の種からは椿油が採れる。
ユキツバキは日本海側の多雪地帯の産地に自生する常緑低木。しなやかな枝は、下部からよく分れ、高さ二メートルほどになる。葉はの広卵形でやや薄く光沢がある。花弁はヤブツバキより小さく雄しべは短い。蘂は鮮やかな黄色で花の中央に集合する。蒴果は三センチくらいの球形。皮が厚く、種子はヤブツバキよリ大きい。(藤吉正明記)
【例句】
鶯の笠おとしたる椿かな
芭蕉「猿蓑」
椿落て昨日の雨をこぼしけり
蕪村「蕪村遺稿」
ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に
高浜虚子「七百五十句」
赤い椿白い椿と落ちにけり
河東碧梧桐「新俳句」
椿落つる我が死ぬ家の暗さかな
前田普羅「普羅句集」
いま一つ椿落ちなば立去らん
松本たかし「松本たかし句集」
流れ来し椿に添ひて歩きけり
松本たかし「松本たかし句集」
流れ行く椿を風の押しとどむ
松本たかし「松本たかし句集」
一水の迅きに落つる椿かな
日野草城「花氷」
夜の椿果肉のごとき重さもつ
加藤楸邨「まぼろしの鹿」
一花揺れ二花揺れ椿みんな揺れ
星野立子「春雷」
ひとつ咲く酒中花は我が恋椿
石田波郷「酒中花」
ふり出して雪ふりしきる山つばき
森澄雄「鯉素」
家中の硝子戸の鳴る椿かな
長谷川櫂「天球」
顔あらふ水に椿の挿されある
高田正子「玩具」
椿挿す(つばきさす) 仲夏
【子季語】
挿椿
【解説】
椿を挿し木で育てること。七月から八月頃が良いとされる。挿木をしたら、夏は日差が強いので木陰や軒下など半日陰の場所に置き潅水を十分行う。
椿餅(つばきもち) 三春
【解説】
起源は古く平安時代で、『源氏物語』『空穂物語』などに「つばいもちひ」として載っている。道明寺糒(ほしい)で餡を包み、上下を椿の葉ではさむものがよく見られる。光沢ある椿の葉が美しい。新潟県ほかには小麦粉・米粉・砂糖などを混ぜて蒸した椿餅もある。かつては椿の葉を使っていた、あるいは「ツマキ」(粽・笹団子の類)がなまったからなどの説がある。
【例句】
妻在らず盗むに似たる椿餅
石田波郷「酒中花」
沙羅の花(しゃらのはな)晩夏
【子季語】
夏椿、杪羅、姫沙羅
【解説】
ツバキ科の落葉高木。十メートルほどの丈になる。白い花びらに黄色の蕊をもつ。咲いてもその日のうちに落ちてしまう一日花。花の形が椿に似ていることから「夏椿」ともいう。釈迦入寂の「沙羅双樹」とは別の木である。
【科学的見解】
シャラノキの標準和名は、ナツツバキである。ナツツバキは、ツバキ科の落葉高木で、本州福島県以南から九州までの山地に自生し、また花が大きくて美しいことから観賞用として庭木や公園木として身近なところにも植栽されている。花は夏に開花し、花弁は白色、黄色の雌しべは付け根で合着して筒状になるため茶筅のような形をしている。近縁種としては、ヒメシャラが知られており、ヒメシャラの花柄は一センチ以下であるのに対して、ナツツバキは一センチから六センチほどになるため、その違いや花冠の大きさ等で区別がつく。(藤吉正明記)
【例句】
花を拾へばはなびらとなり沙羅双樹
加藤楸邨「まぼろしの鹿」
沙羅の花捨身の落花惜しみなし
石田波郷「酒中花」
沙羅の花緑ひとすぢにじみけり
石田波郷「酒中花」
山茶花(さざんか、さざんくわ)初冬
【子季語】
姫椿
【解説】
日本固有のツバキ科の常緑小高木で、枝先に白か淡紅色の五弁の花を開く。園芸種として八重咲きや濃紅・絞りなどもある。
【科学的見解】
山茶花(サザンカ)は、ツバキ科ツバキ属の在来植物であり、山口・高知・長崎・熊本・鹿児島・沖縄などの地域で生育している。ヤブツバキと同様に、多くの園芸品種が作出され、公園や庭木として植栽されている。近縁種としてヒメサザンカが存在するが、ヒメサザンカは沖縄にしか自生していない。(藤吉正明記)
【例句】
山茶花を旅人に見する伏見かな
西鶴「蓮の実」
山茶花や雀顔出す花の中
青蘿「青蘿発句集」
さざん花に囮鳴く日のゆふべかな
言水「京日記」
山茶花に雨待つこころ小柴垣
泉鏡花「鏡花全集」
山茶花のこゝを書斎と定めたり
正岡子規「子規句集」
山茶花を雀のこぼす日和かな
正岡子規「子規句集」
山茶花のみだれやうすき天の川
渡辺水巴「白日」
山茶花やいくさに敗れたる国の
日野草城「旦暮」
山茶花のととのふときのなかりけり
長谷川櫂「虚空」
探梅(たんばい)晩冬
【子季語】
梅探る、探梅行、春の便り
【解説】
春を待ちかねて、まだ冬のうちに早咲きの梅を求めて山野に入ること。枯れ尽くした大地の中に春の兆しを探す心映えを尊ぶ。寒気の残る山野を、一輪の梅を探し求める姿は、人生の真を追い続ける心の旅にも似ている。
【例句】
香を探る梅に蔵見る軒端哉
芭蕉「笈の小文」
打ち寄りて花入探れ梅椿
芭蕉「句兄弟」
探梅の人が覗きて井は古りぬ
前田普羅「新訂普羅句集」
大仏のうしろの山の梅探る
長谷川櫂「果実」
冬日和(ふゆびより)仲冬
秋彼岸(あきひがん) 仲秋
【子季語】
後の彼岸、秋彼岸会
【関連季語】
彼岸、彼岸会、秋分
【解説】
秋分の日(九月二十三日ごろ)を中日とし、前後三日を含めた七日間を指す。お墓参りをし、おはぎを作ってご先祖に供える。彼岸は春と秋の二回あり、秋の彼岸は後の彼岸ともいう。ただ彼岸という場合は春の彼岸を指す。
【来歴】
『世話盡』(明暦2年、1656年)に所出。
【実証的見解】
彼岸は、亡き先祖に感謝し、その霊をなぐさめ、自分も身をつつしみ極楽往生を願う日本特有の仏教行事である。『源氏物語』にその記述があり、平安時代にはすでに行われていたとされる。太陽信仰と深いかかわりがあり、真東から上がって真西に沈む太陽を拝んで、阿弥陀如来が治める極楽浄土に思いをはせたのが起源とされる。「日の願(ひのがん)」から「彼岸」となったという説もある。彼岸は春彼岸と秋彼岸とがあり、春彼岸は種まきの季節で、その年の豊穣を祈る気持ちがつよく、秋彼岸は収穫に感謝する気持ちがつい。
【例句】
風もなき秋の彼岸の綿帽子
鬼貫「七車」
きらきらと秋の彼岸の椿かな
木導「韻塞」
傘(からかさ)をかたげて秋の彼岸かな
青流「住吉物語」
火の中に栄螺ならべて秋彼岸
長谷川櫂「果実」